AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 6 2019, Vol.366

幹細胞がリンパ管の微小環境を作り変える(Stem cells reshape a lymphatic niche)

成体幹細胞は、必要に応じて、自己更新することと新たな組織を再生するという両者を行うことができる。この細胞は微小環境(ニッチ)に存在し、ここでは、組織の過成長、ガン、老化を回避するためにこれらの決定の均衡を図る。Gur-Cohenたちはネズミの皮膚をモデルとして使い、毛包幹細胞ニッチと連携する毛細リンパ管網を明らかにした(Harveyによる展望記事参照)。毛包幹細胞はそのセクリトーム(分泌複合体)を切り替えることでそのリンパ管環境を作り変え、リンパ管と毛包幹細胞ニッチとの連携を調整する。組織再生の間に、上皮とリンパとの間のやり取りの動的な変化がこの連携を再構築して、結果として幹細胞挙動とそのニッチ挙動を同期化する。(MY,KU,nk,kj)

Science, this issue p. 1218; see also p. 1193

生息地断片化に対する脆弱性 (Vulnerability to habitat fragmentation)

人間活動による生息地断片化は、生物の分散や移動に重大な影響を有している。Bettsたちは、生息地断片化への直面することが、どのように生態系共同体の構成内容に影響を及ぼすのか、という点の地球規模の分析を報告している(Hargreavesによる展望記事参照)。6500以上の動物種のデータ集合において、歴史的に殆ど攪乱を受けていなかった地域は、断片化に対して脆弱な種を高い割合で生息させている傾向を有していた。より頻繁に攪乱を受けている地域内の種は、より強い回復力を有していた。歴史的に高緯度地域はより攪乱を受けており、より回復力を有する種を生息させていたが、このことは絶滅が断片化に対して脆弱な種を除いてきたことを示している。このように断片化を抑えようとする保全努力はとりわけ、熱帯地域において重要である。(Uc,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1236; see also p. 1196

酵素カスケード反応由来の最大効率 (Maximal efficiency from enzyme cascades)

酵素は高度に選択的な触媒であり、有機合成において特定の変換に役立つ可能性がある。Huffmanたちは一つの多段階カスケード反応の中に複数の設計酵素を組み合わせた(O'ReillyとRyanによる展望記事参照)。この方法は、精製段階を不要にし、高価な補因子を再使用し、好ましい反応と好ましくない反応を結び付ける。標的分子としてislatravir (実験的HIV薬剤)を用いて、彼らは5つの酵素を指向進化により最適化し、自然界に無い基質に適合し反応条件において安定であるようにした。立体化学的純度はすべての酵素段階で増幅され、最終的合成物は原子経済的かつ効率的であった。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 原子経済:出発物質の全原子が生成物に変換される無駄のない効率的反応
Science, this issue p. 1255; see also p. 1199

量子状態を伝える (Transmitting quantum states)

メゾスコピック構造中の電子コヒーレンスは、無秩序環境において生き残ることが難しいと考えられている。Duprezらは、必ずしもそうではないことを示している。筆者らは、無秩序環境の一例として金属島を研究している。彼らは電子干渉計を作り、その電子干渉計を通る2つの経路の一方に金属島を配置した。十分に低温でかつ量子ホール領域において、彼らは明瞭な干渉縞を観測した。このことは、島を横切る電子の量子状態の伝達が成功したことを示唆している。(NK,KU,kh)

【訳注】
  • メゾスコピック: 物質科学では「バルク」と「ミクロ」の中間 (メゾ) 領域である 5?100 nm を指す。
Science, this issue p. 1243

励起状態を追跡する (Tracking excitations)

光照射により、試料をその基底状態からいくつかの励起状態に励起することができる。しかしながら、一般に、励起状態の動態は非常に速く減衰するためにその詳細を観察することが困難である。Piatkowskiたちは、ポンプ・プローブ過渡吸収法と2パルス・光ルミネッセンス相関分光法を結びつけることで、誘導放出と退色基底状態の過渡的吸収信号への寄与を評価することができた。この方法は、単一ナノ結晶内の励起状態の動態に対する窓を提供し、そして複雑な試料の超高速ナノ特性評価にも役立つはずである。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1240

結像なしに光を感知する (Sensing light without forming images)

げっ歯類の網膜内で、内在する光感受性網膜神経節細胞(ipRGC)は、概日リズムに同調し、気分を調節し、瞳孔調節に信号を送る。そのような反応は光により駆動されるが、視覚像には基づかない。Mureたちは提供されたヒト網膜組織を使い、電気生理学的手法を用いて、ヒトの網膜におけるipRGCの素性を明らかにした。ヒトの網膜は夜行性のマウスやラットの網膜よりも錐体が多い。反応の感度、潜時、および持続時間の違いで、ヒトipRGCに対する3つの亜型が同定された。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 錐体:目の網膜の最外層にある円錐状の視細胞。昼行性の動物の網膜に多く、昼間視および色覚に関わる。
  • 潜時:刺激が与えられてから反応が起きるまでの時間。
Science, this issue p. 1251

小児腫瘍-発端から(A childhood tumor?from the beginning)

多くの成人ガンは正常組織内での変異細胞のクローン増殖に起因する。これらの前ガン性増殖は、それに対応したガンと共通な体細胞変異によって説明される。小児ガンが同じように生じるのかは分かっていない。Coorensたちは、乳幼児の腎臓ガンであるウィルムス腫瘍を研究した。系統発生解析は、腫瘍発生よりずっと前に、組織学的および機能的に正常な腎臓組織中に多くの変異細胞のクローンがあることを明らかにした。このため、成人腫瘍と同様に、ウィルムス腫瘍は前ガン性組織層に起因するらしい。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1247

洪水が来る (Here comes the flood)

大気の川(AR)は、世界の主要な大陸の西海岸で極端な降水量を生じる温帯低気圧である。洪水の被害は、米国西海岸の地域社会に莫大な財政的損失を引き起こしている。今回、研究者たちは、ARと洪水被害との間のありそうな関係性を見出した。Corringhamたちは、ARの強度と持続時間の(一段階の)増加が、およそ10倍の洪水被害の増加に一致することを見出した。著者たちは、ARを1から5の段階で分類し、段階4と5は最も強力なARを表している。この手法は、もしかすると極端な洪水に対する非常時対応の準備の効率を高めるかもしれない。(Sk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aax4631 (2019).

より良いbnAbsを設計する (Engineering better bnAbs)

非常に効果的なHIVワクチンは、35年間近くワクチン専門家の目標だった。有効なワクチンは、複数のHIV株を中和できる広範囲中和抗体(bnAbs)を誘発する必要があるだろう(AgazioとTorresによる展望記事を参照)。Steichenたちは、最初のワクチン注射が、望ましいbnAbsを産生する免疫応答につながる戦略を報告している。設計に導くために、ヒト抗体のレパートリーと構造に関する知識を組み合わせて、彼らは機能的な前臨床試験を通して候補となる免疫原を確認した。Saundersたちは、bnAb前駆体の結合力に違いがある免疫原を設計し、免疫化後にまれな変異を選択できるようにした。免疫原は、ヒト化マウスと短尾サルのbnAb前駆体の成熟を促進した。(Sh.nk,kh)

【訳注】
  • ヒト化マウス:遺伝子・細胞・組織の一部が人間の物に置き換わったマウス
Science, this issue p. eaax4380, p. eaay7199; see also p. 1197

Bennuはその表面から物質を放出する (Bennu ejects material from its surface)

ほとんどの小惑星は不活性に見えるが、遠隔観測によると、ある少数小惑星は、それらの表面から質量損失を経験していることを示している。LaurettaとHergenrothe は、地球近接小惑星 Bennuの質量損失に関する近距離観測について説明している (Agarwalによる展望記事を参照)。OSIRIS-REx (Origins、Spectral Interpretation、Resource Identification、and Security Regolith Explorer)に搭載された航法カメラは、Bennuに到着して間もなく、小惑星表面の上空を移動する直径 1~10センチメートルの物体を検出した。その物体の軌跡を解析することにより、それらは、Bennu上の、他には目立たない場所からの, 別々の放出事象に起因していることが示された。いくつかの物体は、数日間軌道上に留まったが、他のものは惑星間空間に脱出した。著者たちは、この活動の根底にあるであろう複数の妥当な機構を提案している。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaay3544; see also p. 1192

カルデラの崩壊と側噴火 (Caldera collapse and flank eruption)

カルデラ形成事象を含む火山噴火の実時間監視は、珍しい (Sigmundssonによる展望記事を参照のこと)。Andersonたちは、いくつかのタイプの地球物理学的な観測法を用いて、ハワイのキラウエア火山の2018年の噴火中に、その火山の頂上でカルデラを形成する崩壊を追跡した。Ganseckiたちは、ほぼ実時間の溶岩組成分析を用いて、マグマが高粘度で動きの遅い溶岩から低粘度で動きの速い溶岩に移行する時期を決定した。Patrickたちは、さまざまな地球物理学的手段を使用して、山頂でのプロセスを遠方の割れ目からの溶岩の湧出率に関連付けた。それとともに、3つの研究はカルデラの崩壊モデルを改善したので、実時間での危険対応を改善するのに役立つ可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1225, p. eaaz0147, p. eaay9070; p. eaaz1822; see also p. 1200

電子-フォノンの適時観察 (A timely look into electron-phonon coupling)

電子とフォノン(固体中の格子振動)の結合は、超伝導などの巨視的な量子現象の原因である。しかし、この結合を運動量の関数として、また特定のフォノンのモードについて実験的に測定するのは困難である。Naたちは時間分解および角度分解光電子分光法を用いて、グラファイト内の電子を励起し、フォノンの放出に付随して生じるそれらの減衰を監視した。これらの減衰過程の時定数は、この系における電子-フォノンに関する直接的な情報を提供した。(Sk,kj)

Science, this issue p. 1231

ダイオード中の二重空格子点 (Divacancies in a diode)

固体素子の欠陥は、量子コンピューターの構成要素としてかなり有望である。多くの研究はダイヤモンド中の欠陥に焦点を当ててきたが、既存の半導体技術と統合することが困難である多くの研究はダイヤモンド中の欠陥に焦点を当ててきたが、既存の半導体技術と統合することが困難である。代わりとなる炭化ケイ素(SiC)中の二重空格子点中性欠陥は、長い可干渉時間を有するが、広い光学線幅と電荷の不安定性に悩まされている。Andersonたちは、市販のSiCで作られたダイオード中にこれらの欠陥を作った。逆電圧がダイオード中に大きな電界を生じ、欠陥の遷移周波数を数百ギガヘルツまで調整した。この電界は電荷の欠乏も引き起こし、遷移の劇的な狭まりをもたらした。この手法は、容易に他の量子欠陥に一般化できるであろう。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1225

シナプス信号の調節 (Regulating synaptic signals)

脳では、AMPA型グルタミン酸受容体(AMPAR)はイオン・チャネルで、シナプス可塑性、認知、学習、および記憶において重要な役割を果たす。 クローディン・ファミリーとコルニコン・ファミリーという2つのクラスのサブユニットは、AMPARのゲート開閉と輸送を調節している。以前に、クローディン相同体に結合したAMPARの構造が提示された。今回、Nakagawaは、低温電子顕微法によって決定された、コルニコン相同体 CNIH3に結合したAMPARの高分解能構造を報告している(SchwenkとFaklerによる展望記事参照)。3つの膜貫通ヘリックスと一つの細胞内アミノ末端という予測された形態とは対照的に、CNIH3は4つの膜貫通ヘリックスを持ち、アミノ末端とカルボキシル末端の両方が細胞外に存在する。この構造は、AMPARとCNIH3の間の相互作用界面の構造を明らかにし、AMPAR-CNIH3複合体の構築と機能の調節における脂質の役割を示唆している。(KU)

Science, this issue p. 1259; see also p. 1194