AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 13 2019, Vol.366

火星高層大気風の地図を作る (Mapping winds in Mars' upper atmosphere)

火星から太古の大気の大部分を取り除いた大気喪失過程については、ほとんど理解されていない。Bennaたちは、火星大気探査機 Mars Atmosphere and Volatile Evolution (MAVEN)が、その赤い惑星の高層大気に繰り返し入り込みながら収集された大気の測定値結果を解析した。複数の観測モードを組み合わせることで、著者たちはほぼ150キロメートルの高度における風速を導出し、大気の全球循環の地図を作成することができた。いくつかの場所では、風ははるか下の地表地形の向斜を追随していた。惑星大気の上層部に対するこのような知見は、地球に関してすら限られている。(Wt,KU,nk,kj)

Science, this issue p. 1363

コヒーシンはDNAループを押し出す (Cohesin extrudes DNA loops)

DNAは、コヒーシンと呼ばれる環状のATP分解酵素複合体に依存するプロセスによって、真核細胞ではループ状に折り畳まれる。DavidsonたちとKimたちは、NIPBLMAU2タンパク質複合体の存在下で、ヒトのコヒーシン複合体が、in vitroで高速にDNAループを押し出す分子モーターとして機能しうることを示している。姉妹染色分体の接着に仲介する方法とは対照的に、コヒーシンはループ押し出し中に形態的にDNAをわなに掛けるようには見えない。この結果は、クロマチン組織のループ押出モデルに対する直接的な証拠を提供し、ゲノム構築が高度に動的であることを示唆している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • コヒーシン:姉妹染色分体の接着(sister chromatid cohesion:複製された染色体を娘細胞に均等に分離するために必須な過程 )に中心的な役割を果たすタンパク質複合体
  • ループ:クロマチン・ループ。クロマチンの一部が核マトリックスに結合してつくるループ構造。
Science, this issue p. 1338, p. 1345

内部鼓動への歩み (Stepping to an internal beat)

何が地球大気中酸素分子増加の階段的な性質の, 酸素が20億年以上前に地球上に大量に出現して以降, 原因になったのだろう? Alcottたちは、個々の外力ではなく、リン、炭素、酸素からなるサイクルが関与する地球規模の内的フィードバックが原因である可能性を示している。彼らのモデルは、表面状態が時間と共に、徐々に還元状態から酸化状態へと移行することにのみ依存しているのだが、地質記録において観察されたのと同じ3段階のパターンを生成する。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1333

ダイヤモンドに基づくセンサー (Diamond-based sensors)

材料物性は圧力下で劇的に変化することがある。高圧条件を作り出すために、研究者は通常、ダイヤモンド・アンビル・セル (DAC)内に試料を置く。しかしながら、DAC内の試料の物性を観測することは容易ではない(HamlinとZhouによる展望記事参照)。Hsiehら、Lesikら、およびYipらは、ダイヤモンド内の窒素空孔(NV)中心に基づく観測手法を開発した。NV中心は、そのエネルギー準位とそれに関連した分光スペクトルが歪みと磁場に鋭敏であるため、センサーとして用いることができる。本手法は、空間的に分解された信号の光学的読み取りを可能にする。(NK,KU,kh)

【訳注】
  • ダイヤモンドアンビルセル:科学実験で高圧力を印加する装置
Science, this issue p. 1349, p. 1359, p. 1355; see also p. 1312

強くて粘つく繊維 (Strong and tough fibers)

クモの牽引糸は、強度と靭性を併せ持つことで知られているが、合成繊維でこの組み合わせを再現することは困難であった。Liaoたちは、少量のポリエチレングリコール・ビスアジド(PEG-BA)で修飾された、アクリルニトリルとメチルアクリレートの共重合体繊維を静電紡糸した(Foxによる展望記事参照)。彼らは、この静電紡糸された糸を集めた後、その微小繊維を一方向に並べ、またそれらの繊維をPEG-BAにより架橋して一体化させる張力をかけながら、アニール処理を施した。期待通り、全体的特性はクモ糸シルクのものに匹敵した。(MY,kh)

【訳注】
  • 牽引糸:クモが素早く獲物を捕らえる際や、危険に遭遇して糸にぶら下がり逃げる際に出す糸。
  • 静電紡糸:紡糸ノズルに高電圧を印加し、重合体溶液あるいは溶融物を噴出させて細い繊維を紡糸する方法。噴出した繊維表面上に付与された電荷の反発により繊維が引き伸ばされ細くなる。
  • クモ糸シルク:クモの遺伝子を導入した蚕に作らせた絹。
Science, this issue p. 1376; see also p. 1314

神経回路における細胞型の同定 (Cell-type identification in neural circuits)

多くの場合、単一の分子マーカーでは特定の細胞型を限定するには不十分であり、数個または数百個の生理学的には別のものと識別される細胞型を同一に標識する可能性がある。Leeたちは、特定の生理学的プロファイルを示す細胞の発現プロファイルを特定するために、生理学的光学タグ付けシーケンス(PhOTseq)と呼ばれる大量処理技術を開発した(Renningerによる展望記事参照)。彼らはPhOTseqを使用して、マウスの鋤鼻受容体(フェロモンを検出し社会的情報交換に役立つ)をコードする遺伝子を特定した。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1384; see also p. 1311

認知機能低下における睡眠障害 (Sleep disruption in cognitive decline)

認知症は世界中で約3,600万人に影響を及ぼしており、その数は今後20年以内に2倍になると予想されている。睡眠障害が、認知機能低下と神経変性のいくつかの特徴の根底にあると考えられている。Kaneshwaranたちは、高齢者を対象とした2つのコホート研究(Rush Memory and Aging Project と Religious Orders Study)で睡眠障害を評価した。これらの被験者では、より著しい睡眠の断片化が、小膠細胞の老化と活性化に特徴的な遺伝子の、大脳新皮質でのより高い発現と関連していた。この貴重なヒトのデータは、神経変性障害の治療のための治療指針を提供するかもしれない。(Sk,kh)

【訳注】
  • コホート研究:特定の要因に曝露した集団と曝露していない集団を一定期間追跡し、研究対象となる疾病の発生率を比較することで、要因と疾病発生の関連を調べる観察的研究
  • 小膠細胞:ミクログリア細胞ともよばれ、中枢神経系における免疫細胞に相当するが、神経の保護、傷害両方の作用を発現する
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aax7331 (2019).

大事なのは獲物だ (It's the prey that matters)

多くの人は、恐竜を地球上で生きていた最大の生き物だと考えているが、知られる限り本当に最大の動物は、今日もまだここにいる。それは、シロナガスクジラである。どのようにしてクジラがそれほど大きくなれるのか、長い間関心を持たれてきた。Goldbogenたちは、さまざまな種類のクジラにわたり、摂食と潜水に関する現場で収集したデータを用いて、エネルギー獲得率を計算した(Williamsによる展望記事参照)。彼らは、体の大きさの増加が獲物捕獲の増加を促進することを見出した。さらに、海洋環境における体の大きさの増加は、獲物の入手可能性によってのみ制限されているように思われる。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1367; see also p. 1316

緩和と適応を測定する (Measuring mitigation and adaptation)

大気中にどんどん二酸化炭素が排出されることにより、人間と自然界は急速に変化する気候がもたらす有害な結果によって悩まされている。自然と半自然の生態系は、迅速な適応と緩和の解決策にとって最も相応しい出発点となりそうだ。先ずは、多くの自然環境が気候変動に対する自身の復元力を最大化するために回復を必要としている。我々の選択肢を評価するにあたり、Morecroftたちは大気中二酸化炭素濃度を定量化することによって、緩和戦略の成功か否かを直接観察することができることを指摘している。一方、適応の成功は一連の社会的かつ生物多様性の物差を含むため、より難しい課題である。しかしながら、状況変化が拡大しているときに我々が工夫し柔軟に対応するその介入の効果を常に監視しなければ、事態をより悪くしてしまう可能性がある。(Uc,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw9256

やるなら今だ (The time is now)

何十年もの間、科学者たちは、自然への我々の影響を減らす社会的変化を強く呼びかけてきた。多くの保全活動が行われてきたが、自然環境は我々の消費の重みで衰退し続けている。人類は、自然の産物に直接依存している。したがって、この衰退は、我々がこの世界を共有している他の種に影響するのと同様に、我々に影響を与える。Diazたちは、今まで実施された中で最大の自然の状態に関する評価の結果を概説している。彼らは、自然の状態、および自然の恵みの公平な分配の状態が深刻に低下していると報告している。世界的な旧態依然の経済や運営の即時の転換のみが、私たちが知っている自然を、そして私たちを、将来にわたり持続させるであろう。(Sk,kh)

Science, this issue p. eaax3100

携帯型の農業助言 (Mobile farming advice)

携帯電話はほぼ普遍的に利用可能であり、情報伝送のコストは低い。それらは、低所得国の小規模農家で用いられており、おおむねうまく、彼らの生産物の市場取引を最適化している。Fabregasたちは、スマートフォンでの携帯電話利用を促進し、市場情報だけでなく、より高度化された農業拡張の助言を提供する可能性を概説している。GPSにつながったスマートフォンは、地域に関連する天気や害虫の情報、および映像に基づく農業助言を提供できる。しかし、政府機関にとってのやっかいさや商業的供給者の既得権益を考えると、そのような拡張サービスの財政的要件をどのように支援するかはそれほど明らかではない。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. eaay3038

抗がん剤機構の修正された見解 (Revised view of anticancer drug mechanism)

サイクリン依存性キナーゼ4(CDK4)の活性型の結晶構造は、細胞周期の調節と乳がん治療に使用される薬剤の作用機序に関する洞察を与える。タンパク質 p27はCDK阻害剤として作用すると考えられている。Guileyたちは、サイクリンD1(CycD1)及びp27とのCDK4の活性複合体の構造解析を行なった(Sherrによる展望記事参照)。その結果は、p27が実際にはCDK4の活性部位を再構築し、p27がチロシン(phosp27)上でリン酸化されると、完全な活性化を可能にすることを示した。さらに、彼らは、CDK4阻害剤である乳がん薬剤 palbociclibが、実際には活性なphosp27-CDK4-CycD1三量体と相互作用していないことを見い出した。その代わり、臨床で有望であるこの薬剤は、不活性なCDK4モノマーに結合してp27との相互作用を妨げているらしい。(KU,nk,kj)

Science, this issue p. eaaw2106; see also p. 1315

クロストリジウム属の代謝物産生 (Clostridial metabolite production)

クロストリジウム属は、哺乳類の腸に普通に見られるフィルミクテス門の共生細菌群である。クロストリジウム属の細菌は宿主の循環系内へ拡散するさまざまな代謝物を産生し、遺伝子操作が難しかった。しかし、Guoたちは、クロストリジウム属スポロゲネス菌においてCRISPR-Cas9による遺伝子削除方式の開発に成功した(HenkeとClardyによる展望記事参照)。彼らは削除変異体と質量分析を用いて、イソ酪酸、2-メチル酪酸、イソ吉草酸を含む、クロストリジウム属細菌による幾つかの異なる分岐短鎖脂肪酸(SCFA)の合成を解明した。SCFAの合成ができない変異体が共生した無菌マウスは、免疫グロブリンA産生に変化を示した。この知見は、細菌によるSCFAの産生と宿主応答を、クロストリジウム属細菌の存在に結びつける可能性がある。(MY,KU,nk,kj)

Science, this issue p. eaav1282; see also p. 1309

微生物叢内で医薬品を探査する (Prospecting for drugs in the microbiome)

微生物叢は、宿主の健康と病気に大きな影響を与える可能性のある天然物の重要な供給源である。Sugimotoたちは、ヒト微生物叢試料の生合成遺伝子群(biosynthetic gene cluster:BGC)を明らかにするMetaBGCと呼ばれる組み立て式の蓋然的戦略を構築した(HenkeとClardyによる展望記事を参照)。著者らは、BGCの地理的および系統特異的分布を見出した。2つのII型芳香族ポリケチドに狙いを定めることで、天然の微生物が特定され、BGCがストレプトミセス内で再構築され、そしてその生成物の特性が明らかにされた。枯草菌で発現すると、その生成物は現在使用されている抗がん剤と抗生物質に似ていた。これらのポリケチドは細胞毒性を有していなかったが、口腔グラム陽性菌に対する抑制活性を有しており、このことは、その生物由来の環境と生態を反映しているのかもしれない。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • ストレプトミセス属(Streptomyce):グラム陽性菌に分類される真正細菌の一族で、抗生物質の大部分を生産する細菌
Science, this issue p. eaax9176; see also p. 1309

グリコシル化の分業 (A division of labor for glycosylation)

グリコシル化は、真核生物の分泌タンパク質の遍在的な修飾である。アスパラギンが結合した糖鎖は、それが小胞体に移動する際に多くの基質に付加される。Ramirezたちは、2つのヒト・オリゴ糖転移酵素複合体であるOST-AとOST-Bの低温電子顕微鏡構造を解明した。触媒サブユニットは、特定の基質のグリコシル化を同時翻訳的に(OST-A)または完全に折り畳まれたタンパク質(OST-B)上に指示するパートナー・タンパク質に結合する。複合体の1つにおける活性部位及び結合した基質の高分解能写真は、ヒト酵素の重要な特徴を明らかにしている。(KU)

Science, this issue p. 1372

ポルフィリンの単一層重合 (Single-layer porphyrin polymerization)

二次元重合体は、界面での制御合成により、単層の膜として作製することが可能である。しかし、基板に移すことのできる無欠陥膜を大面積にわたり作ることは往々にして困難である。Zhongたちは、 水・ペンタン急峻界面での層流の間にポルフィリン誘導体分子を重合して、直径5cmの膜を形成した(MacLeanとRoseiによる展望記事参照)。彼らは電子顕微法と分光法を用いて、無欠陥の単層が作られたことを確認した。その後、この薄膜は二硫化モリブデンの単層膜上へ移され、静電コンデンサとしての利用される超格子を形成した。(MY,kh)

Science, this issue p. 1379; see also p. 1308