AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 22 2019, Vol.366

地球上の回復の記録 (Terrestrial record of recovery)

白亜紀の終わりに起こった絶滅は、非鳥類恐竜の終わりとして最もよく知られている。 理屈の上では、これが哺乳類および植物を含む他の分類群の発展への道を開いた。 しかしながら、この出来事中の生物多様性の損失と回復の直接的な記録はほとんどない。 Lyson たちは、この出来事を詳細に物語る(珍しいほど完全な脊椎動物と植物の) 化石を含むコロラド州の白亜紀-古第三紀(K-Pg)境界からの新たな記録を、哺乳類の体の大きさの回復と増大および植動物の生物多様性の増加が最初の百万年以内であったことを含めて、説明している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 977

栄養状態への細胞応答 (Cellular response to nutrient status)

機構的ラパマイシン標的複合体1(mTORC1)タンパク質キナーゼ複合体による制御をめぐって、複雑な調節機構が明確になりつつある。 栄養豊富状態に対する細胞の生理応答は、mTORC1によるシグナル伝達により調節されていて、mTORC1は、低分子量グアノシン三リン酸分解酵素(GTPase)、GTPase活性化タンパク質群およびその他を含む他のタンパク質の複合体と、リソソームで相互作用する。 Lawrence たちは低温顕微鏡構造と生化学実験を示し、低分子量GTPaseが、この複合体において予想外のやり方で作用することを明らかにしている。 腫瘍抑制因子である卵胞ホルモン(FLCN)は、FLCN相互作用性タンパク質2とともに、そのパートナーであるGTPase RagCと活性及び非活性の状態の両方で相互作用し、これは特に精巧で厳密な調整機構が働いていることを示唆する。(MY)

【訳注】
  • mTORC1:mTORと呼ばれるリン酸化酵素が複数のタンパク質と形成する2つの複合体のうちの1つ。 アミノ酸などの栄養源やエネルギーの感知で活性化し、細胞の成長やストレス応答などの重要な細胞内シグナル伝達を起こす。 mTORC1の活性化にはそのリソソーム膜表面への動員が必須となる。
  • RagC:低分子量GTPase(GTP加水分解酵素)の一種であるRag GTPaseを構成する4つのサブユニットの1つ。 Rag GTPaseはこのうちの2つのサブユニット(代表的にはRagA・RagC)から構成されるヘテロ二量体で、リソソーム膜にあるRagulator複合体がRag GTPaseをリソソーム膜表面へ動員し、この動員されたRag GTPaseが今度はmTORC1をリソソーム膜に動員するよう作用する。
Science, this issue p. 971

共通の遺伝子が、異なる構造をもたらす (Common gene yields different structures)

根粒は、マメ科植物の根に形成され、共生する窒素固定細菌を宿らせる。 側根は、非常に広範囲の植物の特徴であり、土壌から栄養分と水を吸収するために伸びる。 Soyano たちは、根粒と側根を形成する発達経路に共通の素因を見つけた(Bishopp と Bennett による展望記事参照)。 大気中の窒素を固定できるマメ科植物であるミヤコグサからの証拠は、根粒形成経路が側根形成経路と構成要素を共有していることを示している。(Sk,nk)

Science, this issue p. 1021; see also p. 953

グルタミン標的化に新たな目を向ける (A fresh look at glutamine targeting)

グルタミンは腫瘍増殖に不可欠で、ガン研究者にとって長らく魅力的な治療標的となってきた。 ガン患者においてグルタミン代謝を遮断する幾つかの試みは毒性をもたらした。 このため、Leone たちは副作用全般を減らす革新的な方法を開発した。 彼らは、グルタミンの拮抗物質である6-ジアゾ-5-オキソ-ノルロイシン(DON)の前駆薬形であるJHU083を作った。 この物質は不活性状態で投与されるがその後、お腹や微小環境に豊富に存在する酵素によって優先的に活性化される。 JHU083は、T細胞の酸化的リン酸化と抗ガン免疫応答を高めながら、同時に、マウスのガン細胞における解糖系と酸化的リン酸化を作動停止にした。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • 酸化的リン酸化:ミトコンドリア内膜などで電子伝達系の酸化還元反応と共役して行われる一連のATP合成反応。
Science, this issue p. 1013

お行儀の良いアルゴリズムを作成する (Making well-behaved algorithms)

機械学習のアルゴリズムは、ますます多くの用途で用いられており、これらの用途の多くは生活の質に影響を与えるものである。 しかし、このようなアルゴリズムは、さまざまの類型の偏見から、金銭的損失を発生させたり医療診断を遅らせるものまで、しばしば望ましくない動作を示す。 標準的な機械学習法では、この有害な動作を回避するための責任は、そのアルゴリズムの使用者に課せられているが、使用者は、ほとんどの場合コンピューター科学者ではない。 Thomas たちは、この責任が使用者からアルゴリズム設計者に移る、一般的なアルゴリズム設計のフレームワークを紹介している。 彼らは、ジェンダーの公平性と糖尿病管理の例を用いて、彼らの方法の有用性を示している。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 999

異常金属を探して (Looking for a strange metal)

多くの物質では、電荷担体は相互作用しない準粒子として十分適切に説明されている。 しかし、強相関を持つ物質では、この近似が崩れ、高温での異常な輸送特性につながる可能性がある。 Huang たちは、量子モンテカルロ計算を用いて、相互作用する電子に対する最も単純な二次元モデルであるハバード・モデルの範疇で、このいわゆる異常金属相を探索した。 彼らは、異常金属相で予想されているように、計算で求められた抵抗率は、正孔ドーピングが取り入れられた時は線形の温度依存性を持つことを見出した。 この観察結果は、単純なモデルでも、銅酸化物高温超伝導体のような実際の物質の挙動の記述と理解に活用できるという確信を与えるものである。(Wt)

Science, this issue p. 987

腫瘍周縁部での混合シグナル (Mixed signals at tumor margins)

Hippoシグナル伝達経路は腫瘍増殖に関係しており、潜在的治療標的として、この経路への関心を引き起こしてきた。 Moya たちは遺伝子改変マウスでの肝臓ガンの研究で、腫瘍発生におけるこの経路の役割が、以前に認識されていたよりも複雑であることを発見した。 彼らは、腫瘍細胞でのHippo経路の活性化が腫瘍増殖を駆動することを確かめたが、しかしまた、これに隣接する細胞でのこの経路の活性化が逆の効果を持ち、腫瘍増殖を抑制することを見出した。 腫瘍細胞が生き残るのか除かれるのかは、このように腫瘍および周りの組織によって作り出される競合シグナル次第であるらしい。(MY)

【訳注】
  • Hippo経路:細胞の増殖や生死・分化などを制御して、組織の細胞数を調節し、器官の大きさや組織の恒常性を維持するガン抑制信号伝達経路の1つ。
Science, this issue p. 1029

小さく考え、沢山貯めよう (Thinking small to store more)

携帯型の機器から電力網に至るまで、高エネルギー密度または高電力密度のエネルギー貯蔵材料の必要性は増大し続けている。 少なくともナノメートル規模の1つの次元を持つ材料は、エネルギー貯蔵を増大させる機会を提供するが、例えば、安定性や製造に関する課題もある。 これに関連して、Pomerantseva たちは、特にナノ構造材料に適用される電荷蓄積方法を概説し、可能性のある製造方法を簡潔に調査している。 著者たちはまた、電池業界で見られるような、これらの材料の使用に対する懐疑論のいくつかを考察している。(Sk,kh,nk,kj)

Science, this issue p. eaan8285

重ね合わせが制御する (Stacking control)

近年の二次元磁石の探索を通して、三ヨウ化クロムや三臭化クロムといった多くのファン・デル・ワールス材料が発見された。 それらの材料物性は似通っていると予想されているが、2層膜の場合、前者(三ヨウ化クロム)は反強磁性、後者(三臭化クロム)は強磁性であるらしい。 Chen たちはスピン偏極走査トンネル顕微鏡を用いて、三臭化クロム2層膜の磁性状態の性質が、それを構成する単層の重ね合わせ状態に依存することを究明した。 2つの単層が同じ向きに配向している場合は反強磁性、反対向きの場合は強磁性となった。(NK,kh,nk)

【訳注】
  • ファン・デル・ワールス材料:グラフェンのように、 非常に薄い原子層同士が弱いファン・デル・ワールス結合によって積層している材料。
Science, this issue p. 983

感知と応答 (Sense and respond)

多くのシグナル伝達経路は、細胞タンパク質が小分子を感知しそれに応答することから始まる。 タンパク質設計の進歩にも拘わらず、タンパク質に基づく感知・応答系は依然として難しい課題である。 Glasgow たちは、タンパク質のヘテロ二量体接点の結合部位を設計した(Chica による展望記事参照)。 彼らは、各単量体を二分割されたレポーターの一方と融合することで、リガンドに駆動された二量体化とレポーターの出力とを結びつけた。 計算機による設計方法が、さまざまな出力を持つ合成感知系を作り出す一般化可能な手法を提供している。(MY,kh,kj)

Science, this issue p. 1024; see also p. 952

C-N結合を形成するための二人チーム方法 (A tag team approach to forming C–N bonds)

多数の医薬品化合物は炭素-窒素(C-N)結合を含んでいて、2つの鏡像配置のうちの1つだけを取る。 電子の豊富な窒素反応物を用いてこの結合を形成することは、窒素基が触媒に配位し、そのために触媒反応を妨害する可能性があるため興味をそそる課題である。 Li たちは、この障壁を克服するための協同的方法を報告している(Ovian と Jacobsen による展望記事参照)。 彼らは、銅触媒を使用して炭素反応物を活性化し、次に水素結合するチオ尿素触媒を使用して、高い選択性で生成物の立体配置を設定した。 この反応は、広範囲のジアゾ・エステルとアミンの結合組み合わせに適合性がある。(KU,MY,kh,kj)

Science, this issue p. 990; see also p. 948

サルモネラ菌増殖のためのマグネシウム (Magnesium for Salmonella growth)

哺乳動物において、マクロファージ (大食細胞)はサルモネラ菌のような病原菌に対する最初の防御ラインである。 この免疫細胞は、SLC11A1或いはNRAMP1と呼ばれる金属イオン輸送体を持っているが、この輸送体は感染抵抗性に関与することが知られている。 CunrathとBumannは、SLC11A1 遺伝子の1つの対立遺伝子のみが異なるマウス群を研究した。 これにより、マウスを感染しやすくしたり、或いは感染しにくくしたりする。 プロテオーム解析は、SLC11A1 対立遺伝子の機能的な方を持つマウスから単離された細菌が、金属、特にマグネシウム欠乏を経験することを示した。 その結果として生じる細菌増殖の機能障害は、侵入病原体に対する SLC11A1の主要な作用様式であるらしい。(KU,kh,kj)

Science, this issue p. 995

角は何処から来たのか (Where do horns come from?)

性的に選択された形質の最も顕著な例の1つは、スカラベの前胸部の角である。 この角は、最も極端な場合、この甲虫の体長のほぼ半分の長さになることがある。 淘汰がこれらの角をどのように形作ってきたであろうかを理解することは実に簡単であるが、角のない先祖から、発生がこれらの角をどのように形作ったかを理解することは、はるかに複雑な問題である。 Hu たちは、これらの角が翅の相同体から生成されることを示し、他の多くの昆虫の形質も同様の転写経路をたどってきたのかもしれないと主張している(Nijhoutによる展望記事参照)。(Sk,kh)

【訳注】
  • スカラベ:ファーブル「昆虫記」で有名な甲虫で、フンコロガシともよばれる。
  • 相同体:生物の持つある構造が、形は違っているが、発生学的にみれば同じ起源に由来したもの。
Science, this issue p. 1004; see also p. 946

アルコール摂取を制御する脳回路 (A brain circuit to control alcohol intake)

ほとんどの人は人生のある時点でアルコールにさらされるが、強迫性飲酒障害を発症するのはほんの一部だけである。 Siciliano たちはマウスの小集団で、体質が経験とどのように関わり強迫性飲酒を引き起こすかを評価する行動尺度を初めて確立した(Nixon と Mangieri による展望記事参照)。 根底にある神経生物学的メカニズムを探し求めて、彼らは内側前頭前野と脳幹の間のディスクリート回路が強迫性飲酒発症に重要であることを発見した。 この回路は、強迫性飲酒発症のバイオマーカーとその発現の原動力の両方として機能する。 罰信号を緩和または模倣することにより、この回路は強迫行動を双方向に制御できる。(Sh,kj)

【訳注】
  • ディスクリート回路:異なる機能素子を1つの集積回路としたものではなく、個々の機能素子からなる回路のことで電気回路技術分野の用語。
Science, this issue p. 1008; see also p. 947

資源に乏しい保健医療体制におけるAI (AI in resource-poor health care systems)

保健医療への人工知能(AI)応用の進展拡大は、そのほとんどが高所得の国々における保健医療体制に関係するものである。 展望記事で Hosny と Aerts は、低および中所得の国々おける保健医療を支えるため、どのようにAI応用が進展できるかを論じている。 循環器の病気やガンのような非感染型の病気の割合の増加につれて、財源・人材・専門的技術が限られている健康保健体制に対して複雑な難題が生じる。 著者たちは、携帯機器上での診断と助言に対するAI応用、臨床判断に焦点を当てたAI応用、公衆衛生上の要求を評価するAI応用が、資源に乏しい保健医療体制に最大の恩恵をもたらしそうだが、幾多の課題を乗り越える必要があると論じている。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 955

歌の異文化間分析 (Cross-cultural analysis of song)

文化を越えて音楽に普遍的な様式があるかどうかは不明である。 Mehr たちは民族誌学データを調べ、可能な限りの社会におけるデータ化された音楽を観察した(Fitch と Popescu による展望記事参照)。 具体的に歌に関しては、その実演の25%以上を3つの特性が特徴付けている。 即ち、実演の形式、覚醒レベル、および宗教性である。 社会間よりも社会内で音楽行動における変化がより多く、各社会は音楽行動において似たような程度の社会内変動を示す。 同時に、社会の3分の1はどの特定の特性に対しても平均と大きく異なり、すべての社会の半分は少なくとも1つの特性に関して平均と異なり、このことは文化を通じる可変性を示している。(KU,kh,nk,kj)

Science, this issue p. eaax0868; see also p. 944