AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 15 2019, Vol.366

磁場はスピキュールを生成できる (Magnetic fields can generate spicules)

スピキュールは、数分間続く太陽の表面からのプラズマの小さなジェットである。 太陽活動が低い時期であっても、およそ100万本がいつも発生している。 スピキュールが太陽コロナの加熱にどの程度寄与しているかかが不明であるように、それらの発生原因となる機構も不明のままである。 Samanta たちは、太陽表面の周辺に出現するスピキュールと磁場を観測した。 彼らは、多くのスピキュールが断続的におこる磁場の逆転の数分後に現れること、そしてすぐ後にコロナが覆いかぶさって加熱されることを発見した。 この結果は、磁気再結合がスピキュールを生成でき、それがコロナにエネルギーを伝達している証拠となつている。(Wt,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 890

ストレスの調整が認知を守る (Tuning stress protects cognition)

ダウン症候群(DS)は、21番染色体が余分な染色分体を1つ持つ場合に起きる染色体疾患である。 DSは、健康問題の中でも特に知的障害を引き起こすが、DSの記憶障害の根底をなす機構についてはほとんど分かっていない。 Zhu たちは多くの専門分野にわたる取り組みを用いて、タンパク質恒常性を制御する、進化的に保存された経路である統合的ストレス応答における欠陥が、DSのマウス・モデルにおいて認知障害及び神経障害を説明できることを示した(Halliday と Mallucci による展望記事参照)。 DSの根底をなす生物学的基盤へのこれらの洞察は、この病気に対する治療の立案に役立つ可能性がある。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • タンパク質恒常性:生じた異常タンパク質を選別して分解し、不要なタンパク質の累積を回避する細胞機構。
  • 統合的ストレス応答:ストレスによる真核生物翻訳開始因子のリン酸化が起点となり、細胞の恒常性を維持するタンパク質の翻訳が阻害され、他方、ストレス応答タンパク質が選択的に翻訳される細胞機構。
Science, this issue p. 843; see also p. 797

RSC複合体の構成 (The architecture of the RSC complex)

RSCはSnf2ファミリーに属するクロマチン再構成複合体で、酵母におけるほとんどの遺伝子のプロモーター構成を制御している。 Ye たちは単一粒子低温電子顕微法を用いて、ヌクレオソームに結合したRSCの構造を決定した。 この構造は RSCのモジュラー構成を明らかにし、RSCがヌクレオソームにどのように関与しているかを示し、再構成の方向性を説明する。 RSCは、ガンで頻繁に変異する相同的ヒト複合体と強い類似性を示し、この構造はこれらのシステムを理解するための貴重な情報を提供する。(KU,kh)

【訳注】
  • クロマチン再構成複合体:真核細胞のDNAを核内に収納するための機構であるクロマチン構造を、遺伝子の転写、複製、修復、組み換えなどがなされる際に転写因子などがDNAにアクセスできるよう変化させるタンパク質複合体。
Science, this issue p. 838

光の不可逆的な分裂 (Irreversible splitting of light)

プリズムと誘電体ビーム・スプリッターは、ユニタリー性と可逆性の強い光学変換素子で、光子の量子的な特性とはほとんど無関係である。 Kurtscheid たちは、二重くぼみ型光空洞内の蛍光色素との吸収-放射相互作用の繰り返しで光子を低エネルギー基底状態に熱平衡化することにより、非可逆的だが可干渉的に、分裂状態に光子を置く方法を紹介している。 このような可干渉的な分裂状態の生成は、光の多体もつれ状態の準連続的な生成の前段階として用いることが可能かもしれない。 そして、それは、量子通信、演算、およびシミュレーションという応用で役立つかもしれない。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 894

ペプチド模倣体は心臓を壊す (Peptide mimicry breaks the heart)

心筋の長期にわたる慢性炎症である心筋炎は、最終的に心不全に関連する重篤な状態である炎症性心筋症に進行する可能性がある。 ミオシン重鎖6由来ペプチドを認識する活性化ヘルパーT(TH)細胞は、この病変形成の中心的な役割を果たすと考えられている。 Gil-Cruz たちは心筋炎のマウス・モデルを用いて、心筋ミオシンに反応性を持つ TH 細胞が、腸内共生バクテロイデス種由来のミオシン-ペプチドの模倣体によって、最初に抗原刺激を受けることを見出した(Epelman による展望記事参照)。 健常対象者とは異なりヒト心筋炎患者は、バクテロイデスと心筋ミオシン抗原の両方に対して検出可能な免疫反応性も示した。 抗生物質による治療は炎症反応を弱め、致命的な心疾患を予防した。(Sh)

Science, this issue p. 881; see also p. 806

気候の変化が帝国を衰えさせた (Change in climate withered an empire)

およそ紀元前912年から紀元前609年まで、新アッシリア帝国はその時代の最も強力な超大国の1つとして繁栄し、近東の大部分を支配した。 Sinha たちは、紀元前670年頃の絶頂期からわずか60年後の崩壊まで、巨大干ばつが帝国の国力の急速な低下に重要な役割を果たしたと提案している。 正確に年代決定されたイラク北部の洞窟堆積物が、新アッシリア帝国の期間を含む4000年の期間にわたる降水量と有効水分の記録を保存した。 この記録は、帝国の繁栄が約200年の豊富な降雨の間に生じたことを証明している。 その後、深刻な巨大干ばつが帝国全体の気候を特徴づけて、帝国の急速な衰退の一因となった可能性が大きい。(Sk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aax6656 (2019).

ナノケージ鎖の燃料電池触媒 (Nanocage-chain fuel cell catalysts)

白金の費用と希少性が、プロトン交換膜型燃料電池における酸素還元触媒の改良努力を推し進めてきた。 Tian たちは、頸部でつながった白金-ニッケル合金ナノ球の鎖を合成した。 この構造はエッチングによって、酸素還元に対して高活性である白金に富んだ表面を持つナノケージを形成することができる。 空気と水素を燃料する燃料電池において、この触媒は少なくとも180時間動作した。(MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 850

サル胚の体外発生 (In vitro development of monkey embryos)

技術的および倫理的な制限により、霊長類の原腸陥入の根底にある分子的および細胞的機構は明らかではない(Tam による展望記事参照)。 2つの独立した研究が体外培養系を使用して、原腸陥入までとそれを越えた(9日目から20日目)カニクイザルの胚着床後の発生を調べた。 Niu たちは、体内での形態形成事象を観察し、単一細胞RNA塩基配列と単一細胞クロマチン・アクセシビリティを使用して、発生中の胚における異なる細胞系統を研究した。 Ma たちも、体内での初期発生の重要な事象が彼らの系で再現されることを観察し、また、単一細胞RNA塩基配列解析により、着床後の細胞型の分子的特徴が明らかにされた。 これらの系は、ヒト発生との可能な関連性など、霊長類における原腸陥入の動態と調節の解明に役立つだろう。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. eaaw5754, p. eaax7890; see also p. 798

テラヘルツの空白を埋める (Filling the terahertz gap)

他の波長と比較して、可干渉なテラヘルツ領域の電磁放射の光源は、他に比べてまれである。 保安用画像生成、分光法、および化学分析分野で多くの応用があるにもかかわらず、そのような光を生成することは実験的に困難だった。 Chevalier たちは、量子カスケード・レーザーによる分子気体の励起を含む手法を示している。 彼らは、必要な分子遷移を慎重に選ぶことにより、広範囲の所望の波長に調整できることを示している。 小さくまとまった基盤装置(靴箱の大きさ)と広く調整可能な可干渉テラヘルツ放射の光源は、多くの分野にわたってすぐに応用されるであろう。(Sk,kj)

【訳注】
  • 量子カスケード・レーザー:超格子を形成する様々な材料組成の周期的な薄層で構成され、中赤外からテラヘルツ領域の広い波長範囲をカバーする半導体レーザ(バルク材料を用いた通常の半導体レーザーとは異なる発光原理)。
Science, this issue p. 856

壊れないガラス (A glass that won't break)

酸化物ガラスはスマートフォンの表示面から窓ガラスにわたる応用に重要である。 ガラスのなじみ深い特徴の1つは、急速に変形すると割れて粉々になることで、それが使用可能範囲を制限している。 しかし、Frankberg たちは、室温でガラス状酸化アルミニウム(Al2O3)薄膜を高ひずみ率で変形できることを見出した(Wondraczek による展望記事参照)。 この驚くべき観測結果は材料シミュレーションによって支持され、それは高密度でひびのないガラス状酸化アルミニウム試料がこのように変形できることを示している。 この発見は、より高い耐破壊性を可能にする新規なガラスの設計への重要な洞察を提供する。(MY,kj)

Science, this issue p. 864; see also p. 804

素子上で光を切り替える (Switching light on-chip)

実用的で再構成可能な光工学技術の開発には、大規模回路に拡張でき、低電圧の相補型金属酸化膜半導体(CMOS)電子回路で駆動できる基盤技術が必要である。 このような基盤技術は、切り替え素子が小さな設置面積、低駆動電圧、高速切り替え、低光損失、低消費電力を備えていることを必要としている。 Haffner たちは、光電気機械効果とプラズモニック素子の組み合わせが、上記のすべての基準を満たす基盤技術を提供できることを実証している。 この結果は、CMOS水準の電圧で切り替え可能な素子上集積光回路網の開発にとって、期待できるものである。(Sk)

【訳注】
  • プラズモニック素子:光と、その波長より十分小さな表面構造を持つ金属の相互作用を利用した光学素子。
Science, this issue p. 860

さまざまなアルキル重合体を架橋する (Cross-linking a range of alkyl polymers)

ポリエチレンなどのアルキル重合体には、過酸化物や高エネルギー放射線を用いたり、またはラジカル形成剤の添加により、架橋できるものがある。 ポリプロピレンのような他のものは、分子鎖の切断を受ける可能性があり、またこの過程は、架橋の分布という点で制御されにくい。 Lepage たちは、架橋剤にビス-ジアジリン分子群を用いる、広く適用可能な方法を開発した(de Zwart による展望記事参照)。 これらの分子は熱的あるいは光化学的に活性化されて、重合体の炭素-水素結合へと容易に挿入し、結果、架橋へと誘導するカルベンを形成できる。 ビス-ジアジリンは非爆発性、非揮発性で、比較的温和な温度で容易に活性化されるため、既存重合体の特性を少しの化学修飾を通じて微調整するのに用いることが出来るかもしれない。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • ビス-ジアジリン:二重結合で結ばれた窒素原子および1つの炭素原子からなる三員環を有する化学構造(ジアジリン)を分子内に2つ持つ化学種。
  • カルベン:共有結合に参加している電子2個と共有結合に参加していない電子2個の価電子を持つ炭素原子から作られる化学種で、後者の電子により、近傍分子との共有結合形成能を有する。
Science, this issue p. 875; see also p. 800

重炭酸塩の増加に伴う植物の変化 (Change in plants as bicarbonate rises)

淡水植物は、その光合成の形質に応じて、大きく2つの範疇に分類することができる。 すなわち、それらの炭素源として、二酸化炭素を使用するものと、重炭酸塩を使用するものである。 Iversen たちは、水中におけるこれら2つの無機炭素化合物の相対濃度が、淡水生態系全体の植物群落の機能的組成を決定していることを見い出した(Marcé と Obrador による展望記事参照)。 彼らは、群落の組成が気候ではなく、流域の地質によって構造化されていることを明らかにする世界的な地図を作成した(形質の組成が温度と降雨によって構造化されている陸上領域とは対照的に)。 土地利用の変化による人為的影響は、淡水流域における重炭酸塩濃度の大規模な増加をもたらし、それにより水生植物群落の組成に大きな変化を引き起こしつつある。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 878; see also p. 805

多くの要因が地球規模の変動に影響する (Many factors influence global change)

地球規模の環境変動は、複数の自然および人為起源の要因により駆動されている。 Rillig たちは、地球規模の変動に、それが土壌に影響するということで焦点を合わせ、これまでに発表された研究のほぼ全てが、同時に1つもしくは2つの要因しか考慮してないと指摘している(Manning による展望記事参照)。 実験室での実験において、彼らは地球規模の変動の10の駆動因子を、2から10倍にわたるレベルで、個別および組み合わせで試験した。 彼らは、土壌の性質・作用・微生物群落が、単一影響の応答からでは予測できないこと、そして組み合わせた複数の要因が思いもよらない応答を引き起こすことを見出した。 彼らは、変動機構を明らかにするには単一要因の研究が引き続き重要であるが、地球規模の変動に対応する生物学が、生態系に作用する多数の駆動因子をもっと十分に取り込む必要がある、と結論した。(Uc,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 886; see also p. 801

電気的に制御する (Taking electrical control)

固体中での電子と正孔の結合対である励起子は、原理的に情報担体として用いることができる。 しかしながら、電子と正孔とが比較的短時間で再結合してしまうため、励起子の寿命には限界がある。 励起子の寿命を長くする1つの方法は、例えばファン・デル・ワールス的ヘテロ構造の異なる層に電子と正孔を別々に保持することである。 Jauregui たちはこの方法を用いて、単層のセレン化モリブデン(MoSe2) とセレン化タングステン(WSe2)からなるヘテロ構造中で、長寿命の層間励起子を作った。 ヘテロ構造中の層の電気的制御により筆者たちは、励起子の寿命をさらに伸ばし、また、荷電励起子を作り操作した。(NK,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 870