AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 11 2019, Vol.366

マウスのシナプスにおける睡眠覚醒サイクル (Sleep-wake cycles at mouse synapses)

毎日の睡眠と覚醒のサイクルにわたって、マウスの脳におけるトランスクリプトーム、プロテオーム、リン酸化プロテオームの分析は、大きな動的変化を明らかにする(CirelliとTononiによる展望記事参照)。Noyaたちは、転写物のほぼ70%が概日サイクルの間で存在量の変化を示すことを見出した。シナプスのシグナル伝達と関連する転写物とタンパク質は、活動期の前(夜行性動物にとっては夕暮れ時)に蓄積し、一方、代謝と翻訳に関連するメッセンジャーRNAとタンパク質は、休止期の前に蓄積した。Bruningたちは、定量化されたシナプスのリン酸化タンパク質の2000のうちの半数が日周の活動-休止サイクルとともに変化を示すことを見出した。 睡眠遮断はシナプスにおけるこれらのリン酸化サイクルのほぼ全て(98%)を消失させた。(MY,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:特定の状況で細胞中に存在する全ての転写産物(全RNA)のこと。1
  • プロテオーム:特定の状況で細胞中に存在する全タンパク質のこと。
Science, this issue p. eaav2642, p. eaav3617; see also p. 189

調整方法を支配する (Mastering regulation)

機構的ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)は、中心的なリン酸化酵素として知られていて、複数のシグナルを統合して細胞増殖を調整する重要な役割を自認している。栄養が豊富である場合、小さなGTP加水分解酵素の1部類であるRagから成るヘテロ二量体はmTORC1に結合して、それをリソソームへ誘導する。ここで mTORC1に関わるシグナル伝達経路が集中する。Anandapadamanabanたちは低温電子顕微法を用いて、RagA/RagCヘテロ二量体の結晶構造を決定した。この構造は、動態研究と合わせて、mTORC1への結合に必要なヌクレオチドの状態を説明し、このヘテロ二量体におけるRagAとRagCのサブユニット間の立体構造的やり取りに対する機構を支持する。RagA/RagCのmTORC1への結合は、mTORC1中の立体構造変化を全くひき起こさず、このことは、mTORC1が、活性化される前に追化の増殖調整物質を感知する必要があるという考えと一致する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • mTORC1:mTORと呼ばれるリン酸化酵素が複数のタンパク質と形成する2つの複合体のうちの1つ。翻訳、リボソームの生合成、オートファジー(分解)などの重要な細胞内素過程を制御する。
  • GTP加水分解酵素:グアノシン三リン酸(GTP)を加水分解する酵素群で、細胞内の多様なシグナル伝達に関与する。
  • リソソーム:加水分解酵素を含み、細胞の消化作用を助ける細胞小器官。
Science, this issue p. 203

ねじれば冷える (Twisting is cool)

引き伸ばされて、そのままの形でしばらく保持された輪ゴムは緩まされると周囲から熱を奪うだろう。それは発熱プロセスである応力による結晶化の逆だからである。Wangたちは、天然ゴム、ポリエチレン、およびニッケルチタン繊維などの材料に対して、高次らせんのような形状だけでなく、ねじれた繊維の固体冷却の可能性を調べている。この冷却は、材料が機械的に変形する際の、材料のエントロピー変化に関連している。(Sk,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 216

純粋な過酸化水素への直接の道筋 (A direct route to pure peroxide)

過酸化水素は、酸化剤および消毒剤として広く使用されているにもかかわらず、その商業的合成には依然として非効率的な濃縮および精製段階を必要としている。Xiaたちは、今回、水素と酸素から直接に純粋な過酸化水素水を合成する、電気化学的手段を報告している。彼らは固体電解質を使用して、外来性イオンによる製品溶液の汚染を防いでいる。電気化学セルを通る水の流速を変化させることにより、0.3?20重量%の範囲にわたって、最終濃度が調整される。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 226

エチレンのための選択 (Selecting for ethylene)

エチレンの合成中に生成される他のガス、アセチレン、エタン、二酸化炭素からエチレンの精製は、エネルギー集約型のプロセスである。Chenたちは、これら4つのガスの内のそれぞれ一つづつに対して選択的である微孔性金属-有機構造の物理吸着剤の混合物を使用している。一連の吸着剤の充填層ベッドを並べて、ポリマーを製造するのに十分なほどの高純度のエチレンを生成した。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 241

「自然がもたらすもの」の未来 (The future of nature's contributions)

生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム (IPBES)による直近の地球評価は、どこでそしてどのように、自然がもたらすものが人々にとって最も重要であるのかを決定するための差し迫った必要性を強調している。Chaplin-Kramerたちは地球規模の生態系サービスのモデルを開発し、水質制御、沿岸防護、そして作物授粉に焦点をあてている(Balvaneraによる展望記事参照)。2050年までに、とりわけアフリカや南アジアにおいて、最大50億の人々が生態系サービスの低下のリスクにさらされる可能性がある。(Uc,KU,kh)

【訳注】
  • 自然がもたらすもの: IPBES は 「自然がもたらすもの(NCP)」という概念を、「生態系サービス」の代わりに用いることを決めた。
Science, this issue p. 255; see also p. 184

電波バーストで銀河のハローを探る (Probing a galaxy halo with a radio burst)

高速電波バースト(Fast radio bursts:FRB)は、遠方の銀河からのミリ秒程度の電波放射の閃光である。ごく最近になって、ホスト銀河を決定するのに十分なくらい正確に単一のバーストの位置を定めることが可能となった。Prochaskaたちは、電波干渉計を用いてFRBを観察し、その位置を突き止めた。そのホスト銀河への視線は、手前にある銀河の周辺を偶々通過している。著者たちは、FRBの伝播の様子を分析することにより、この前景銀河のはずれにあるガスの密度と磁化に対して制約を与えた。この手法は、背景クエーサーを使用した既存の方法に補足情報を提供するものである。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 231

輸送から維持まで (From trafficking to maintenance)

ニューロンは、細胞質ゾルで作られたタンパク質がしばしば、シナプスにおける彼らの作用部位へと軸索に沿って何十あるいは何百もの細胞体の長さを移動する必要があるほどに著しく極性化されている。これらの成分の軸索輸送は、軸索微小管に沿った分子モーターによって駆動される。 Guedes-DiasとHolzbaurは、軸索輸送の細胞生物学を概説し、この基本的なプロセスが生物の健康に果たす役割を強調している。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. eaaw9997

ナイーブT細胞の幾つかの運命は封印されている (Some naive T cell fates are sealed)

組織常在メモリT(TRM)細胞は、再循環する代わりに組織内に常駐するメモリ細胞の亜集団を構成する。皮膚などの部位の上皮に存在するCD8+上皮TRM(eTRM)細胞は、その発生のために形質転換成長因子-β(TGF-β)を必要とする。Maniたちは、TGF-βを活性化して提示するαVインテグリン-発現樹状細胞がeTRM発生のために重要であることを見出した(Farberによる展望記事を参照)。驚くべきことに、この相互作用は皮膚またはT細胞の抗原感作中に流入領域リンパ節では起こらなかった。むしろ、静止時のナイーブCD8+T細胞は、免疫恒常性の間でαVインテグリン-発現遊走性樹状細胞と相互作用し、その樹状細胞に可逆的に条件付けを行い、活性化でeTRM細胞になった。強力なサイトカインはこのように状況依存的様式で制御され、免疫前T細胞のレパートリーは以前に推定されたよりも均一ではないのかもしれない。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaav5728; see also p. 188

超伝導状態を調整する (Modulating superconductivity)

歪みは、材料の電子特性に大きな影響を与えることがある。例えば、材料が超伝導になる温度(臨界温度)は、歪みを変えることで調整することができる。Bachmannたちは、集束イオンビーム加工を使用して、サファイア基板上に超伝導体 CeIrIn5 の微細構造を作製した。2つの層の熱収縮係数の差が、サンプル冷却時に不均一な歪みを引き起こし、臨界温度の大きな勾配をもたらした。この方法は他の材料にも使用可能で、物理的接合のない超伝導回路の製造を可能にするかもしれない。(Wt,KU,kh)

Science, this issue p. 221

非従来型の振動 (Unconventional oscillations)

十分な低温環境下では、超伝導体は印加される外部磁場を排出する。しかし、超伝導体のトポロジーが非自明である場合、例えば試料に孔がある場合、孔中に非ゼロの磁束が存在することがある。この磁束は幾つかの離散的な値のみをとることができ、超伝導臨界温度は磁場の対応する値で最大値を示す。Liらは、多結晶β-Bi2Pd薄膜から作られた超伝導リングにおいて、いわゆるLittle-Parks振動を調べた。筆者らは、幾つかの非従来型ペアリング対称性を示す系において予測されているのと同様に、殆んどの超伝導体において観察された振動位相に比べてπだけ位相がシフトしていることを見出した。(NK,kh)

【訳注】
  • Little-Parks振動:磁束などのの量子化によって起こる超伝導転移温度Tcや磁気抵抗R(H)の振動
  • ペアリング対称性:超電導においてクーパー対をつくる電子の対称性
Science, this issue p. 238

化学吸着プロセスの画像化 (Imaging a chemisorption process)

低温では、分子は弱い力(物理吸着)を介してだけでも表面に吸着することが可能であり強い共有結合(化学吸着)を形成すると, 加熱してエネルギー障壁を超えた場合にのみ脱吸着できる。Huberらは、一酸化炭素分子の吸着した原子間力顕微鏡のチップにおいてこの転移を画像化した。このチップの酸素原子は通常、希ガス原子のようにふるまい、ファン・デル・ワールス相互作用を通してのみ影響し合うと考えられているが、遷移金属原子のすぐ上の近い場所で、強く相互作用する化学吸着状態に転移する。(NA,KU,ok,kh)

Science, this issue p. 235

脳でのGABAA受容体の微細制御 (Fine control of brain GABAA receptors)

GABAA(A型γ-アミノ酪酸)受容体は、リガンドにより開閉するアニオン・チャネルで、哺乳類の脳において速い抑制性伝達を仲介する。Hanたちは、SHISA7と呼ばれるタンパク質が、GABAA受容体の発現と機能の調整に関与しているのかを調べた(RudolphとMossによる展望記事参照)。SHISA7は、GABA放出性シナプスで見つかり、ここで、GABAA受容体と相互作用し、このシナプスにおける受容体の密度を制御し、受容体が非活性化する速度を高め、ある種の行動に作用するベンゾジアゼピンの特性を調整した。このようにSHISA7は脳内のGABAA受容体に関する、表面発現、受容体開閉の速度、薬理作用に影響を及ぼす。(MY)

【訳注】
  • ベンゾジアゼピン:抗不安薬の1つ。GABAの脳内での作用を増強する働きを持ち、それにより脳内の興奮性伝達が抑制されることで不安、緊張を和らげる効果を持つ。
Science, this issue p. 246; see also p. 185

抑制物質が神経興奮を引き起こす (An inhibitor causes neuronal excitation)

グリシンは、主に抑制性の神経伝達物質だと考えられている。 しかしながら、グリシンは興奮性N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体の共作動薬としても作用する。Otsuたちは、成体マウスの内側手綱核(MHb)中のNMDA受容体サブユニットの組み合わせであるGluN1/GluN3Aの機能を調べた。MHbニューロンのこのNMDA受容体サブユニットの組み合わせは、星状膠細胞から放出されるグリシンによって活性化される。GluN1/GluN3A NMDA受容体の活性化は、MHbニューロンの脱分極とスパイクの増加を引き起こす。 MHbのGluN3A受容体サブユニットが減ると、条件付け場所嫌悪性が阻まれる。(Sh)

【訳注】
  • 共作動薬:単独では作動薬としての活性を持たないが、他の因子と協力すると活性を持つもの。
  • 内側手綱核:間脳の上部にあり、辺縁系と中脳を結んで、睡眠と覚醒、食餌行動の調節を行う。
  • サブユニット:数本のポリペプチド鎖が組み合わさって多量体タンパク質やオリゴマータンパク質が形成されるときの各々1本のポリペプチド鎖。
  • 条件付け場所嫌悪性:どちらの部屋にも自由に行き来できる環境で、中央の仕切りを降ろし、一方の部屋で痛み刺激や薬物を処置する(条件付け)。条件付けが不快であれば、処置した部屋を避け滞在時間が減るので、その変化から嫌悪性を評価する。
Science, this issue p. 250

PCRAMから、もっと多くのビットを取り出す (Getting more bits out of PCRAM)

相変化ランダム・アクセス・メモリ(PCRAM)は、情報を保存および処理する両方の能力を有している。同時に、繰り返し処理中に蓄積する損傷による雑音と電気的ドリフトの影響を受ける。Dingたちは、相変化材料が仕切り壁材料によって分離されて交互積層を作成する、相変化ヘテロ構造を開発した(Gholipourによる展望記事を参照)。この構造は超低ノイズで低ドリフトの記憶素子を実現し, 結果として安定した多階層の記憶容量が得られて、新たな形の演算に役立つ可能性がある。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 210; see also p. 186