AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 4 2019, Vol.366

重大な犠牲(A heavy toll)

野生動物およびその身体の一部の売買は、ゾウやサイなどの数少ない重要な種に対して十分認識されているが、それは世界中で多様な種にわたって起きている。Scheffersたちは、何万もの脊椎動物種を見渡し、種の5つに1つが何らかの取引により影響を受けていることを見出した。取引の影響は、ある系統発生群に集中する傾向があり、そのため、ある系列に対する長期の影響がかなりのものである可能性がある。この分析は、取引がまだ起きていない所での取引の可能性を予測できるようにし、事前保護を促進する。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 71

光時計を組み立てる(Building up an optical clock)

光ピンセットの配列は原子を捕捉するために使用可能であり、その後、原子を個別に操作できる。このような配列は、多体系の量子模擬実験で効果を発揮してきた。Norciaたちは、今回、それらが光時計の基盤技術としても使用できることを示している。研究者たちは、10個の光ピンセットを1次元配列に並べた。それぞれのピンセットは、1個またはゼロ個のストロンチウム原子を保持した。これらの原子は、その周波数がストロンチウムの 時計遷移に調整されたレーザー光にさらされた。各ピンセットの原子数を監視することにより、研究者たちは、数秒という長い(原子とレーザー光の)可干渉時間を測定した。ピンセットの数を増やすことで、この基盤技術の性能指数は向上するはずである。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 時計遷移:原子の共鳴現象のうち、特に鋭く非常に正確な周波数のもの
Science, this issue p. 93

若い連星系における気体流と円盤 (Gas flows and disks in a young binary)

多くの星は連星系をなしている。つまり互いに重力的に結合した星の対であり, しばしば似た質量をもつ二つの構成要素からなる。これらの連星系が、どのようにして物質を集め、降着させるのかは、不明なままである。Alvesたちは、まだ形成過程にある若い連星の高解像度観測を行った。大きな円盤が両方の星を囲んでおり、個々の構成要素は、また星を取り囲む独自のより小さな円盤を有している。ダストとガスの渦状のフィラメントがこれら(二つ)の小さな円盤を大きな円盤に結合させている。物質は、その時点で質量がより小さな星に選択的に降着し、両者の質量が似通った値となるように進めている。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 90

鳥類の個体数の驚くべき減少 (Staggering decline of bird populations)

鳥類は人目につき、見分けることや数えることが容易であるため、それらの存在の信頼できる記録が、世界中の多くの場所で数十年にわたって収集されてきた。北米のこのようなデータを利用して、Rosenbergたちは、過去半世紀の間に、鳥類の広範囲に及ぶ個体数の減少が生じ、幅広い種と生息地にわたって、数十億の繁殖個体が累積喪失を報告している。彼らは、減少が希少種や絶滅危惧種に限定されておらず、昔はありふれて何処にでもいると考えられていた種も減少していることを示している。これらの結果は、生態系の健全性、より広い野生生物の保護、および鳥類やそれらが依存している自然生態系の保護に関連する方策に対し、深刻な意味合いを持つ。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 120

サブミクロン印刷の速度を向上させる (Speeding up submicrometer printing)

光を用いて光重合で3次元構造を作ることが、2光子リソグラフィの基礎である。ただし、この方法で構造体を製造するには、速度と解像度の間に相反関係がある。Sahaたちは、超高速レーザーを利用する新たな並列印刷の手順を最適化している。彼らは、サブミクロンの解像度を維持しながら、印刷速度を劇的に向上させる性能を示している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 2光子リソグラフィ:同時に2個の光子を吸収することではじめて固化する材料をレジストに用いる方法で、レジストが固化する確率が露光強度分布の二乗に比例するため、ビーム径より微細な構造や、三次元構造が作成可能となる
Science, this issue p. 105

Raf抑制の光と影 (The yin and yang of Raf inhibition)

多くのヒト黒色腫は、過活性型Rafキナーゼ(B-Raf)を含んでいる。阻害剤はこの変異型B-Rafに対して有効であるが、それとは逆に野生型B-Rafを活性化し、治療の可能性を制限する。Kondoたちは、低温電子顕微鏡法により足場タンパク質14-3-3との複合体におけるリン酸化B-Raf二量体の構造を決定した。両方のキナーゼは活性な高次構造状態にあるが、一方が他方のC末端尾部によって阻害されている。この立体配置は、一つの活性部位を抑制するが、二量体を活性な高次構造で安定にする。この機構の理解により、野生型Rafを活性化しない阻害剤の開発のための構想が得られる。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 109

核戦争の結果 (Consequences of nuclear war)

地球規模の核戦争の結果として起こりうる破滅的な環境への影響は、科学文献においてよく説明されているが、より限定された、地域的核戦争の影響も同様に驚くべき結果をもたらす。Toonたちは、隣接した核保有国のインドとパキスタンを巻き込む現実的な戦争のシナリオを確立された気候モデルと結びつけて、このような衝突の妥当な地球規模影響を調査した。これらのモデルは、人への被害に加えて、インド-パキスタンの核戦争は成層圏に数十兆グラムの黒色炭素を放出する火事を引き起こすだろうということを示唆している。この煤煙は地球規模に分散されることにより、地表に届く太陽光の量を制限し、著しく表面温度を低下させ、結果として十年以上食料供給を制限する可能性がある。(Uc,KU,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aay5478 (2019).

ヌクレオシドを作るための好都合な条件 (Conditions right for making nucleosides)

生物学的触媒および代謝が存在しない場合、大気プロセスと地球化学的プロセスは生物学的分子の生成に必要な基材と条件を提供できるのだろうか? Beckerたちは、プリンとピリミジン・ヌクレオシド一リン酸および二リン酸の両方の蓄積を可能にする非生物的合成方法を考案した(HudとFialhoの展望記事参照)。この化学における重要な出発物質であるヒドロキシルアミンおよび/またはヒドロキシルアミン・ジスルホネートは、妥当な太古の大気条件下で形成される可能性がある。湿った状態と乾燥した状態の繰り返しが、プリン塩基とピリミジン塩基の形成を本質的にワン・ポット (一つ鍋)で完了するのに必要な環境を提供する。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. 76; see also p. 32

模倣の回路 (An imitation circuit)

ヒトを含む、動物たちは模倣と社会的学習に大きく依存しているが、このプロセスが脳内でどのように作用しているのかは、ほとんど分かっていない。Zhaoたちは、聴覚と発声運動の回路を結合しているシナプス経路の光遺伝学的操作を用いて、若いゼブラ・フィンチに十分なさえずりの記憶を植え付けてさえずり学習を誘導した (Claytonによる展望記事参照)。この回路の活性化は先生役の鳥の実演による学習を圧倒した。これらの実験は、先生役の鳥によるさえずりの社会的学習に必須の回路を明確にし、そしてこのような記憶が局在化していることを示している。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 83; see also p. 33

宇宙網のフィラメントの成長 (Glowing filaments of the cosmic web)

宇宙のほとんどのガスは銀河間媒質中にあり、そこで、ガスは宇宙網のシートやフィラメントの形になる。銀河団は、これらのフィラメントの交差部で形になり、フィラメントに沿って、重力で引き寄せられたガスが銀河団に供給される。この描像は宇宙論に関するシミュレーションによって十分に確立されているが、それを観測的に実証することが困難であった。Umehataたちは、銀河団を形成しはじめた銀河のまわりの銀河間物質からの放射を図化した (Hamdenによる展望記事を参照のこと)。彼らは、ガスがフィラメント状に配置され、その位置と速度は、星を形成している銀河と相関があり、これは、理論的な描像を支持するものであることを見出した。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 97; see also p. 31

量子重力を試す (A test of quantum gravity)

量子力学と一般相対性理論は、共に現代物理学の大黒柱的理論であるが、これら2つの理論の統一は未解決の問題である。量子重力理論は多く存在するが、実験的裏付を欠く傾向にある。このような提唱された理論の一つ、event formalismと呼ばれる理論は、もつれた粒子の対が、惑星天体が作り出す重力井戸の異なる領域を通過する間に相関性を失うと予測している。Xuらは量子科学実験衛星である Miciusを用いて、この提唱の量子光学実験の結果を報告している。筆者らは、もつれた光子対の一方を衛星に向けて飛ばし他方を地球上に保持する実験を行い、予測された非相関効果に関する何等の証拠も見い出していない。この結果は量子論と重力の関係に光をともすかも知れない。(NK,nk,kh)

Science, this issue p. 132

密度依存性への真菌の影響 (Fungal influence on density dependence)

多様性の高い熱帯樹林での樹木種は、同種内の負の密度依存性を示す傾向がある。それは、同種の個体が互いに離れて成長する傾向があるという現象である。この現象は、種共存に対する重要な原動力だと理解されている。同種内の負の密度依存性の強さは種により異なるが、この違いを駆動する機構は分かっていない。Chenたちは、中国のある亜熱帯樹林における樹木種を研究し、土壌に生息する真菌がこの違いに重要な役割を果たしていることを見つけた。病原性真菌の蓄積の高まりが、より強い同種内の負の密度依存性を引き起こし、一方、双利共生性真菌の蓄積の高まりが、より弱い同種内の負の密度依存性につながる。(MY)

Science, this issue p. 124

遠戚は動物の酵素を突き止めるのに役立つ (Distant cousin helps spot animal enzyme)

細胞を囲む膜形成に加えて、脂質は重要なシグナル伝達分子である。ビニルエーテル結合を含むプラスマローゲン(plasmalogen)は、動物における豊富な脂質グループである。これらの脂質がアルキル・エーテル結合を持つ前駆体からどのように合成されるかは、謎であった。Gallego-Garciaたちは、社会性細菌、Myxococcus xanthus中に酵素 CarFを見い出した。この酵素は光酸化ストレスの目印である一重項酸素に対するシグナル伝達経路で使用されるプラスマローゲンを生成する。彼らは、次に動物の相同体が細菌およびヒト細胞においてプラズマローゲン合成の最終段階を触媒出来ることを示し、かくして動物におけるプラズマローゲンの供給源を解決した。(KU,kh)

【訳注】
  • Myxococcus:粘液細菌(ミクノコッカス目)、多数の細胞が協調して植物遺体等を捕食するという高度な社会性を持つ。
  • プラスマローゲン:ビニル・エーテル結合を持つリン脂質の一種。活性酸素種による傷害から保護する
Science, this issue p. 128

ヘムが末端酸化酵素内の活性位置を変更する (Hemes switch spots in a terminal oxidase)

分子状酸素の水への還元は、好気性生物における呼吸の原動力で、幾つかの別個の統合膜複合体によって触媒される。これらは、もっぱら原核生物の酵素であるシトクロムbd型キノール酸化酵素を含んでいて、この酵素は抗菌の標的候補である。Safarianたちは、腸内細菌である大腸菌に由来するこの酵素の高分解低温顕微法によって構造を決定した。相同体との比較により、酸素が結合して還元される部位が別な場所に一式で移り、それがタンパク質足場中でのヘム補因子とチャネルの配置変化により引き起こされることを明らかにしている。この変更は、この酵素ファミリーにおける構造・機能の多様性を説明しており、これらの相同体のさまざまな生化学的役割を反映している可能性がある。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 100

DNAをねじって動かす (Twisting DNA to move it)

15. DNAをねじって動かす(Twisting DNA to move it) DNAの重要な調節側面は、ヌクレオソーム(DNAを詰め込むのに役立つヒストンの筒)の周りにどれだけしっかりと巻き付けられているかである。DNAの露出は、転写因子やDNAメチル基転移酵などのタンパク質の近寄りやすさを決定し、これが次に遺伝子発現と細胞の独自性を調節する。遺伝子発現を調節するために、DNAはヌクレオソームからどのように巻き戻されるのか? 展望記事において、BowmanとDeindlは、ヌクレオソームの周りのDNAの動きが起こるその機構の理解に関する最近の進歩について考察している。ヌクレオソーム・リモデラー(と名付けられた複合体が存在する)はDNA鎖を引っ張って、らせんのねじれ方に影響を与え、その結果として鎖がヌクレオソームの周りを移動可能になる。同様の機構が、DNAに沿って移動する他のタンパク質複合体にも存在するかもしれない。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 35

タンパク質の競合は細胞の運命を動かす (Protein competition drives cell fate)

細胞の生存には、環境の変化に適応するに十分な可動性と必要な期間安定な切り替え機構を必要とすることもある。Lordたちは、細菌中に二つのタンパク質間の統計的競合に基づく切り替えシステムを作成した:一つは転写リプレッサーでもう一つはリプレッサーに結合して不活性状態に固定する拮抗物質である。彼らは、このシステムが運動性の単細胞状態から動きのない多細胞状態への枯草菌の切り替えを制御し、そしてその制御システムが他の 遠縁の細菌に 応用可能であることを示している。同様の機構は、以前に認識されていたよりも生物学的システムでより広く作用しているのかもしれない。(Sh,KU,nk,kh)

【訳注】
  • リプレッサー:特定の遺伝子の形質発現を抑制する作用をもつ制御タンパク質
Science, this issue p. 116