AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 30 2019, Vol.365

人による土地利用の統合的歴史 (A synthetic history of human land use)

人類は、10,000年ないし8000年前から、地球表面に持続的な影響を残し始めた。Stephensたちは、世界中の考古学者との統合的な共同研究を通じて、完新世の間の、世界中の、人による土地利用の軌跡の包括的な全体像を作り上げた(Robertsによる展望記事参照)。狩猟採集民、農民、牧畜民は、広く認知されているよりも早く、より広範囲に、地球の容貌を変容させた。変容は、今から3000年前までには、実質的に地球規模となった。(Sk,ok,nk,kj)

【訳注】
  • 完新世:最終氷期が終わる約1万年前から現在までを指す、最も新しい地質時代区分
Science, this issue p. 897; see also p. 865

今やAIは6人制ポーカーに習熟する (AI now masters six-player poker)

コンピューター・プログラムは、例えばチェス、碁、そしてヘッズアップ(一対一)で行う無制限のテキサス・ホールデム・ポーカーのような2人プレイヤーのゲームにおいて人間に対して優位性を示している。しかしながら、ポーカー・ゲームは通常、6人のプレイヤーが参加するが、このことは人工知能にとってよく知られた変形である2人プレイヤーよりも遥かに取り扱いを困難にする。BrownとSandholmは、AIプログラム「dubbed Pluribus」を開発したが、そのプログラムはPluribus自身の5つのコピーに対してプレイすることで6人プレイヤーの無制限のテキサス・ホールデムをプレイする方法を学習した(BlairとSaffidineによる展望記事参照)。5人の熟練のプロのポーカー・プレイヤーと戦った時、もしくは一人のプロのプレイヤーに対してプレイするPluribusの5つのコピーと一緒に戦った時、いずれにおいても、このコンピューター・プログラムは明らかにポーカーの10.000回の戦において人間よりもよい成績をおさめた。(Uc,KU,ok,nk,kh)

【訳注】
  • テキサス・ホールデム(Texas hold 'em)ポーカー:各プレイヤーごとに配られる2枚の手札と、コミュニティ・カードと呼ばれる全プレイヤー共通のカード(最大5枚)を組み合わせてプレーする。アメリカ合衆国のカジノにおいては最もポピュラーなゲームのひとつである。通常は2人から10人で行われる。
  • ヘッズアップ(heads-up)・ポーカー :二人のプレーヤによるポーカー
Science, this issue p. 885; see also p. 864

OH基を触媒作用により置換する (Displacing OH groups catalytically)

Mitsunobu(光延)反応は、アルコールの立体配置を反転させるのに広く用いられている。しかし、その大きな欠点は、原料のアルコールを完全当量のホスフィンで活性化する必要があることで、それによりホスフィン・オキシドが副産物として生成してしまう。Beddoeたちは、触媒作用により同じ結果を達成するホスフィン・オキシド化合物を報告している(LongwitzとWernerによる展望記事参照)。重要なのはオキシド化合物を構成するフェノール置換基で、これがフェノール酸素を介してリン原子と可逆的に結合でき、これにより環が作られ、原料のアルコールがこれを開環する。結果として、リン原子はこの反応を通して+5の酸化状態のままで、水が唯一の副産物である。(MY,ok,kh,kj)

【訳注】
  • ホスフィン:光延反応では、通常、リン原子に3つのフェニル基が結合した化合物であるトリフェニル・ホスフィンが使われる。
  • +5の酸化状態:酸化数が+5であること。一般的にリン原子は化合物中で、-3, +1, +3, +5の酸化数を取り得る。
Science, this issue p. 910; see also p. 866

地球深部で分かれた鉄の運命 (Deep divide in fate of iron)

地球の大気の大きな構成要素は、地球内部に由来する。そこでは、ガス種は、マントルの酸化還元状態によって支配される。地球の鉄の核が形成された後に、マントルはさらに5−6桁も大量に酸化された状態になった。Armstrongたちは、地球初期のマグマ・オーシャンを代表するケイ酸塩融解物の酸化還元状態を調べる一連の実験を実施した。彼らは、ある深さで、酸化鉄が酸化鉄(III)と金属の鉄に不均化することを発見した。還元された鉄は核へと沈み、酸化された岩石をマントルに残す。そしてそれは、より還元的なガスでなく、二酸化炭素と水を放出する。(Wt,KU,nk,kj)

Science, this issue p. 903

年代同定の穴を埋める (Filling a dating hole)

太陽の周りの地球の軌道の周期的な性質は、気候記録に反映される周期的な日射サイクルを生みだす。逆に言えば、これらの気候記録は、太陽系のダイナミクスな変化を推論することに使うことができる。このダイナミクスは、本質的にカオス的で、いつも周期性がいつも同じではない。一つの特別の障害は、過去 5千万年から 6千万年の間の明確な惑星の軌道に対する拘束条件がないことである。ZeebeとLourensは、この期間に対する天文学的な解を見出した。この解は、太陽系は特定の共鳴遷移パターンを経験したことを示している。これらのデータは、暁新世−始新世温暖化極大期の継続期間の尺度を提供する。(Wt,kh,kj)

Science, this issue p. 926

微生物のtRNA断片が根粒形成を制御する (Microbial tRNA pieces regulate nodulation)

窒素固定のために、マメ科植物は根粒形成細菌と共生関係に入る。Renらは、細菌がこの過程における活性な制御要素であることを明らかにしている (BaldrichとMeyersのPerspectiveによる展望記事を参照)。根粒菌のtRNA分子から切断された小さな断片は、宿主のRNA干渉機構に入り込み、重要な宿主遺伝子を抑制させる。このようにして、宿主と微生物の両方が共生環境を形づくる。(ST,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 919; see also p. 868

プログラム可能なゲノム工学 (Programmable genome engineering)

モデル細菌である大腸菌は、単一の環状染色体を持っている。Wangたちは、大腸菌のゲノムを、修飾・再編成・組換えが可能な独立した染色体に断片化する方法を作り出した。大腸菌の未修飾ゲノムを、明確で安定な2つの合成染色体の対に効率的に分割することで、逆位および転座のような大規模なゲノム操作に対する共通性のある中間体が提供される。別個の細胞に由来する合成染色体を融合することで、標的細胞中に単一のゲノムが作り出された。正確で迅速な大規模なゲノム工学操作は、多様な合成ゲノムを作り出すのに有用な手段である。(MY,kh,kj)

【訳注】
  • 逆位:染色体上の遺伝子の配列順序が元の配列に対して逆向きになっていること。
  • 転座:染色体の一部が切断され、同じ染色体の他の部分または他の染色体に付着・融合すること。
Science, this issue p. 922

境界を通り抜ける神経細胞 (Neurons negotiating boundaries)

脳と脊髄の周りの関門は、中枢神経系を末梢神経系から区別けるが、それでもこの2つの神経系は連結している。SuterとJaworskiは、細胞、軸索、それに信号がどのようにして境界域を通り抜けるのかに関して、何が分かっているのかを概説している。境界の通り抜けにおける不具合を理解することが、発生の間に作られ、成体期においてこの2つの区画を区別する、複数の、ある程度冗長な機構の内部の働きを明らかにする。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. eaaw8231

性的指向の遺伝学 (The genetics of sexual orientation)

ヒトにおける性的指向の遺伝に対する双生児の研究および他の解析は、同性愛行為には遺伝的要素があることを示してきた。関与する特定の遺伝子を明らかにする以前の調査は力不足であったため、遺伝子の兆候を見つけることができていない。Gannaたちは、米国・英国・スウェーデンからの493,001人の参加者に対し、全ゲノム関連研究(GWAS)を行い、性的指向に関連する遺伝子を研究している(Millsによる展望記事参照)。彼らは、同性愛行為に関係する複数の座位を見出し、他の行動形質と同じように、非異性愛行為には多遺伝子が関係していることを示している。(MY,kh,kj)

【訳注】
  • GWAS:ある集団を設定し、集団に存在する個体間の形質の違いと遺伝子多型との関連をゲノム全体にわたって調べることにより、対象とする形質と関連する遺伝要因を仮説を設定することなく検出しようとする手法。
Science, this issue p. eaat7693; see also p. 869

T濾胞性ヘルパー細胞(TFH13)はアナフィラキシーを呼ぶ呪文です (Thirteen is the charm in anaphylaxis)

免疫グロブリンE(IgE)は、アレルギーと蠕虫などの寄生虫への応答に関連する抗体の一種である。高親和性の、アレルゲン特異的IgEがその標的に結合するとき、アナフィラキシーを誘発するマスト細胞上の受容体に架橋結合することがある。しかしながら、B細胞がどのようにして高親和性IgEを生成するように指示されるかは不明のままである。Gowthamanたちは、B細胞に高親和性IgEを生成するよう指示するT濾胞性ヘルパー細胞のサブセット(TFH13)を見い出した。TFH13細胞はアレルゲンによって誘発されるが、寄生虫感染中には誘発されない。これらの細胞を欠く遺伝子導入マウスは、高親和性アナフィラキシーIgEの産生に障害を示す。食物アレルギーや空気アレルギーのある患者で高揚するTFH13細胞は、将来の抗アナフィラキシー療法の標的になるかも知れない。(KU,nk,kh,kj)

【訳注】
  • マスト細胞:脊椎動物の結合組織中に散在し、組織に加えられた機械的あるいは化学的な刺激、異種タンパクなどのアレルギー毒に敏感で、それらに触れると顆粒を細胞外へ放出する。
Science, this issue p. eaaw6433

原虫のタンパク質キナーゼを標的に (Targeting parasite's protein kinase)

マラリア撲滅の目標は、新たな薬物殺虫剤耐性の挑戦に絶えず損なわれている。Alamたちは、確立された薬剤標的(RNAスプライシングの調節に関与するCLKタンパク質キナーゼ)を用いて、原虫の酵素の抑制がその複雑な生活環の完了をどのように妨害するのかを研究した。彼らは、最も密接に関連する人タンパク質キナーゼに対しては100倍活性が低いながら、げっ歯類のマラリア原虫を除去するのに効果的な原虫のCLKタンパク質キナーゼの阻害剤を同定した。この化合物は、有性時代の発育を止めるだけでなく、マラリア薬の重要な要件である、原虫の媒介生物であるカへの伝播をも制限する。(KU,kh)

Science, this issue p. eaau1682

広がるゆらぎ(Pervasive fluctuations)

銅酸化物超伝導体の相図の多くの絡み合った相の中に、電荷密度波(CDW)秩序があり、それはすべての主要な銅酸化物ファミリーで検出されてきた。CDWは超伝導と競合すると考えられているが、CDWが超伝導の機構と関係があるかどうかは不明である。Arpaiaたちは、不純物水準と温度を変化させて、銅酸化物ファミリーの電荷密度のゆらぎに関する包括的な研究を実施した。彼らは、CDW秩序が消失する温度よりもかなり高い温度で、相図の大部分で短距離の動的な電荷ゆらぎが存在することを発見した。(Sk,nk,kj)

Science, this issue p. 906

動的なシグナル伝達の足場 (A dynamic signaling scaffold)

神経細胞において、多くの細胞プロセスが、細胞表面受容体である受容体チロシン・キナーゼ(RTK)によって調節され、その活性化は他のシグナル伝達経路に依存することがある。Zhouたちは超解像画像化を使用して、アクチン、スペクトリン、および神経細胞の軸索と樹状突起内の関連分子によって形成される膜につながった周期的骨格(MPS)上のシグナル伝達タンパク質の共在を可視化した。種々の異なる経路にあるシグナル伝達タンパク質がMPS上に共在することによって、RTKのトランス活性化が起こり、RTKによる細胞内のシグナル伝達が開始される。ネガティブ・フィードバック・ループにおいて、下流のシグナル伝達が次にMPSの崩壊に導く。したがって、MPSは、神経細胞におけるシグナル伝達を調整する動的に制御される基盤である。(KU,kh,kj)

【訳注】
  • トランス活性化:受容体が活性化されたとき, さらに他の受容体を活性化すること.
  • <
Science, this issue p. 929

胎盤に関する注目すべき免疫学 (Distinct immunology of the placenta)

胎盤は、胎芽の特殊な細胞が母体の子宮に侵入すると形成される。この過程の有効性が、妊娠高血圧腎症などの妊娠時の合併症が起きるかどうか、を決定することがある。展望記事でColucciは、胎盤形成時の免疫細胞の新たな役割について考察する。恒常性免疫細胞の活性は、胎児由来組織に発現する外来抗原に対する免疫応答を誘発することなく、胎盤着床を促進する。この過程をより完全に理解することは、妊娠時の胎盤に関わる合併症を予防し、また治療するのに役立つ。(Sh,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 胎芽:ヒト受精卵が分裂を始めてから8週目の終わりまでの、分化が終了する前の状態
Science, this issue p. 862

初期のアメリカ居住 (The early occupation of America)

北米西部のクーパーズ・フェリー遺跡は、アメリカ大陸における初期居住の様式と時間的経過の証拠を提供してきた。Davisたちは、有茎尖頭器を含む、この遺跡から見つかった人間活動の新たな証拠について述べている。放射性炭素年代測定とベイズ分析は、16,560年前から15,280年前の間の年代を示している。したがって、人類は、内陸の無氷回廊が開く前にアメリカ大陸に到着したことになり、それゆえ太平洋沿岸の経路が可能性の高い進入経路であった。有茎尖頭器は、後期旧石器時代の日本で見つかったものとよく似ており、これも沿岸経路の仮説を支持している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 有茎尖頭器:尖頭器(槍の穂先に用いたと考えられている石器)の中で、基部に舌状の茎(なかご:柄に被われる部分)を有するもの
Science, this issue p. 891

要求不満磁石中のスキルミオン(Skyrmions in a frustrated magnet)

スキルミオン(トポロジカル的に保護された微小スピン渦)は、スピントロニクス装置の情報担体としての応用期待から広く研究されてきた。通常、スキルミオンは非中心対称材料や材料界面で出現する。この経験則とは異なり、Kurumajiらは、中心対称材料であるGd2PdSi3においてスキルミオン格子相を観測した。材料中に存在する磁気フラストレーションによって、スキルミオン相が安定化されていることが磁場中の輸送測定を通して検出された。(NK,kh)

【訳注】
  • 磁気フラストレーション: 結晶格子の幾何的形状あるいはさまざまな相互作用の競合から生ずる, 磁気的な要求の不充足
Science, this issue p. 914