AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 6 2019, Vol.365

分光器のミニチュア化 (Miniaturizing spectrometers)

分光法は、ほとんどの科学分野及び多くの産業分野にまたがる普遍的な特性測定装置である。 ほとんどの携帯型分光計は卓上用の光学部品に基づいており、そのため分光計の縮小可能限界の大きさが制限される。 マイクロメートル大(そしてより小さい)の設置面積の小型分光計に対する要望に応えるため、Yang たちは、組成が長さ方向に傾斜して作られ、それにより光吸収端波長が連続的に変化する1本のナノワイヤーをもとに、そのような微小分光計を開発した。 この結果は、このような超小型分光系の技術基盤に対して他の光感受性ナノ材料の使用に向けての実用的な一歩である。(KU,MY,kj,nk)

【訳注】
  • 本分光器の原理:長さ方向でCdS・CdSeの組成が傾斜したナノワイヤー(CdSx・CdSe1-x のxを連続的に変化させることで、長さ方向のナノワイヤーの各箇所のバンドギャップを510~660nm程度の範囲で変化させる。バンドギャップより長波長側の光は吸収されない)に物体光を照射し、ナノワイヤーに微小間隔ごとに接触した電極から各々の接触点の光電流を取得し、これらを処理・再構成することで分光スペクトルを得るというもの。
Science, this issue p. 1017

陽子の謎を解明する (Unraveling the proton puzzle)

陽子の大きさの、ミューオン水素のラム・シフトからの推定値と、通常の(電子)水素に基づく平均的・教科書的値との間の矛盾は、ほぼ10年にわたって、物理学者を困惑させてきた。 考えられる解答の1つは、電子がミューオンとは異なる方法で陽子と相互作用するというものかもしれないが、これには「新しい物理学」が必要になるであろう。 Bezginovet たちは、電子水素のラム・シフトを測定し、それにより、ミューオン水素で測定されたラム・シフトとの直接比較が可能になった。 この2つの結果は一致したが、上記平均値との不一致は残っている。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • ミューオン水素:電子と陽子からなる通常の水素原子の電子を、電子と等しい電荷量で、約207倍の質量を持つ素粒子であるミューオンで置き換えた水素原子。
  • ラム・シフト:水素原子の2s 軌道、2p 軌道の電子のエネルギー準位の僅かなずれ。
  • 平均的・教科書的値:電子散乱および水素分光法によって決定された値。
Science, this issue p. 1007

見えない脅威 (Invisible threat)

現在の変動する気候は、サンゴに対する脅威であり、外観を損なう白化と、一度は生命に満ちていた礁に対する大量死をもたらす。 Shlesinger と Loya は、同じように危険であるが殆ど目に見えないサンゴに対する有害要因、すなわち繁殖同調性の喪失について我々に注意喚起している(Fogarty と Marhaver による展望記事参照)。 彼らは、紅海において環境変化が幾つかの放卵放精型サンゴ種における配偶子放出時期の変化をもたらしていることを見出した。 同様の変化は地球規模で発生しているようである。 このような産卵同調性の喪失は、あまりあからさまでないが密かに進行するサンゴ礁に対する脅威、すなわち生殖の不成功を引き起こしている可能性がある。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 1002; see also p. 987

一般相対論がパルサー・ビームの正体を明らかにする (General relativity reveals pulsar beams)

パルサーは回転する中性子星であり、磁極方向に電波のビームを放射する。 もし、そのビームが地球に向かっていると、規則的なパルスが見られる。 Desvignes たちは、パルサーを10年以上監視し、その電波のパルスがどのように変化しているか観察した。 一般相対論は、連星系の伴星の影響で、回転軸の歳差運動を引き起こす。 2005年に、各磁極から1つずつ、回転ごとに2つのパルスを見ることができたが、2018年までに 1つは我々の視線外へ歳差運動して消えていった。 磁極全体に電波放射を写像すると、放射角度、つまり電波観測者がパルサーを検出できる角度領域が決定される。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1013

正確にナノグラフェンを折り畳む (Precisely folding nanographene)

グラフェン単層または二重層の折り畳み、または、巻きから生じるグラフェン・ナノ構造には、多くの興味深い電子特性があると予測されてきているが、そのような折り畳み過程の制御は限られていた。 Chen たちは、走査型トンネル顕微鏡用チップを使用して、グラファイト表面にエッチングされたグラフェンのナノアイランドを、低温(4ケルビン)で折り畳んだり広げたりした。 折り畳み角度は正確に制御でき、二重層グラフェンにさまざまなねじれ角を作り出し、また、折り畳まれたグラフェンにチューブ状の端を作り出した。 彼らはまた、5員環と7員環からなる欠陥を折り畳み、走査型トンネル分光法でこのヘテロ接合を調べた。(Wt,kj,kh)

Science, this issue p. 1036

ハワイ沖の海洋緑化 (Ocean greening off Hawai'i)

2018年6月から8月にかけて、キラウエア火山の噴火が、珪藻主体の植物プランクトンの異常発生を引き起こした。 Wilson たちは、海に出てこのプランクトン異常発生帯を採取し、海中グライダーを配置し、衛星監視を用いて、栄養不足の太平洋ではまれなこの出来事の動態を測定している(Ducklow と Plank による展望記事参照)。 彼らは、遠隔探査では見えない海面下での葉緑素濃度極大を見出し、トランスクリプトームおよび窒素同位体標識の分析を行い、栄養素、種々の生物への生物資源の分配、および一次生産を測定した。 データの多くは、海洋力学の物理モデル化によって裏付けられている。 著者らは、このプランクトン異常発生帯が、溶岩からの微量栄養素の直接注入ではなく、溶岩が海面下の水を加熱して深層水中の栄養素の海面への湧昇を引き起こすことで栄養を得て発生したと結論付けている。(Sk,MY,kj,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:特定の状況下において細胞中に存在する全てのmRNAの総体。
  • 一次生産:生態系において、ある期間中に植物が光合成により生産した有機物総量のこと。
Science, this issue p. 1040; see also p. 978

大規模な動物行動分析 (Animal behavior analysis at scale)

ビデオ・データは野生動物の社会的な動態に関する洞察を提供するが、大規模ビデオ・データ群の処理は高価で大きな労力を必要とする。 Schofield たちは、深層畳み込みニューラル・ネットワークを用いて、野生状態でのビデオから個々の動物を検出、追跡、認識する自動化された連続的処理方式を開発した。彼らはこの取組みを複数年にわたるチンパンジーのデータ群を用いて試し、評価した。このシステムは、研究者がビデオから直接個々の動物を追跡観察し、個体および集団の行動的・社会的な動態を自動的に抽出することを可能にした。(ST,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaw0736 (2019).

ゲノム組織化の不均一性 (Heterogeneity in genome organization)

ゲノムが細胞核の三次元空間でどのように組織化されるかは、遺伝子発現の活性に影響する。 Finn と Misteli は、空間的ゲノム組織化における、ゲノム構造ならびに細胞・対立遺伝子に特異的な多様化可能性の特徴を概説している。 彼らはまた、遺伝子転写の偶然性とゲノム組織化における可変性を結び付け、発生と疾患における細胞レベルおよび集団レベルでのゲノム可変性の機能的結果について考察している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw9498

アジアを経由した太古人の移動 (Ancient human movements through Asia)

太古のDNAが、全世界での人の動きの歴史をたどり始めることを可能にした。 Narasimhan たちは、過去8000年間に暮らしていた500人以上の人々の遺伝子解析を実行することにより、南アジアおよび中央アジアでの人の移動および遺伝的混合事象の1つの複雑な様式を特定している(Schaefer と Shapiro による展望記事参照)。 彼らは、ユーラシアの人間集団先史の重要な段階を立証している。 これには、西向きと東向きの両方に移動する、近東からの農耕民の広がりが含まれている。 青銅器時代のヤムナヤとして知られる人々も、黒海の北に位置する起源の地域から、西向きと東向きの両方に移動した。 遺伝勾配全体の傾向は、南アジアとヨーロッパにおける類似かつ並行した傾向を反映している。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ヤムナヤ:初期青銅器時代の3300–2600 BCに、黒海に近い南ロシアに存在した、狩猟採集民や新石器時代終末期からつながる文化の名称。 原インド・ヨーロッパ人と同一視される。
Science, this issue p. eaat7487; see also p. 981

二重弾頭がDNA損傷を与える (Double warhead does DNA damage)

clb遺伝子クラスターを保有するヒト腸細菌である大腸菌は、コリバクチンと呼ばれる二次代謝物を産生し、幾つかのモデルにおいては直腸結腸ガンの誘発に結び付けらてきた。 コリバクチンは完全型で単離するのは困難だったが、その構造の断片は解明されてきており、ある求電子性の活性先端部を含んでいる。 Xue たちは、2つの活性先端部をコリバクチンが含有し、これが、DNAをアルキル化して架橋するコリバクチンの能力と合致していることを見出した。 合成コリバクチンが作るDNA架橋と、コリバクチンを生合成する大腸菌が産生するDNA架橋との比較で、この不安定で発ガン可能性のある代謝産物の構造と性質が確かめられた。(MY,kh)

【訳注】
  • コリバクチン:大腸がんリスク要因で、一部の大腸菌が生産する低分子有機化合物。 前駆体が生合成され、その後、加水分解を受けてコリバクチンとなる。 多くの大腸ガン患者はコリバクチン生合成遺伝子を保有する大腸菌が陽性であることが知られている。
  • clb遺伝子クラスター:ゲノム中のある部分にまとまって存在し、コリバクチンの生合成を行う酵素群を発現する複数の遺伝子。
Science, this issue p. eaax2685

平衡状態の効率的な標本抽出 (Efficient sampling of equilibrium states)

分子動力学法またはモンテカルロ法は、平衡状態を標本抽出するために使用することができるが、これらの方法は複雑系に対して計算費用が高くなる。 そこではある平衡状態から別の平衡状態への遷移が、まれな事象によってのみ生じ得るためである。 Noé たちはニューラル・ネットワークと深層学習を使用して、平衡状態にある独立柔軟凝縮物質(soft condensed-matter)試料の分布を生成した(Tuckerman による展望記事参照)。 教師あり訓練(supervised training)を使用して、着目している複雑系の座標と、同じ次元の単純なガウス分布座標との間の可逆変換を作り上げた。 このように、全体の構成はこのより単純な座標系で標本抽出することができ、そして次に正しい統計的重み付けを使用して複雑な座標系に変換することができる。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw1147; see also p. 982

光の曲芸師 (An optical contortionist)

ゲージ場の発展は、物理系における相互作用を理論的に理解することにとって根底的である。 ゲージ場は、2種類存在している。 1つはアーベル場であり、観測パラメータに関する観測される効果が可換的である。 他方は非アーベル場(非可換的)であり、場を加える順番によって違いが生じる。 後者を固体系で実現することはより困難であるが、近年の理論研究は、これが光学的に合成可能かもしれないことを示唆してきた。 Yang たちは、直列に接続した複数の非相反光学素子を用いて非アーベル・ゲージ場を作り出し、この達成をサニャック干渉計の干渉パターンで確認した。 アーベル状態と非アーベル状態を調節できる系を持つことは、光量子実験基盤において複雑なトポロジカル状態を研究する上で重要であろう。(NK,kh)

Science, this issue p. 1021

抗体は解毒剤にあらず (An antibody is not the antidote)

抗レトロウイルス療法(ART)を継続せずに長期寛解をもたしてくれるヒト免疫不全ウイルス(HIV)治療は、長年の目標である。 Byrareddy たちは[Science 354, 197 (2016)]で、サル免疫不全ウイルス(SIV)陽性マカクザルに対して行われた、インテグリンα4β7 に対する抗体を用いたART中および後の治療が、全治療の中断後に、ウイルス学的抑制の維持という結果をもたらすことを報告した。 本号において3つの研究が、この結果の再現性に疑問を呈している。 Di Mascio たちは、2016年の研究で使われたウイルスの配列を決定し、それが野生型ウイルスではなく、停止コドンがnef 遺伝子領域内にあるバリアントであることを見出した。 Abbink たちは、以前と同様のα4β7 に対する抗体を用いたが、より一般的に用いられている病原性ウイルスの抑制を試験した。 Iwamato たちは、前の論文と同じnef 停止コドンのウイルスを用いたが、インテグリンに対する抗体と、同じようにインテグリンのウイルスへの結合を阻止する、SIVの外被糖タンパク質に対する抗体とを組み合わせた。 これらの3つの新規な研究はどれも、抗体による治療がART治療中断後のウイルス学的抑制に何の効果も及ぼさないことを見出した。(MY)

【訳注】
  • 抗レトロウイルス療法(ART):複数の種類の抗HIV薬を併用する多剤併用療法。 中断すると薬剤耐性ウイルスができやすくなる。
  • インテグリン:細胞表面の原形質膜にある細胞接着分子で、細胞骨格と細胞外基質をつなぐ役割を持つ。
  • ウイルス学的抑制:血漿中のウイルス量が所定濃度以下に抑えられていること。
  • nef 遺伝子:もともとウイルス増殖を抑制する因子として報告されたが、その後ウイルス増殖やウイルスの感染性の増強と関係していることが報告されている遺伝子。 HIV-1遺伝子の中で変異性が最も著しい。
Science, this issue p. 1025, p. 1029, p. 1033

合成遺伝子回路を安定化する (Stabilizing synthetic gene circuits)

細菌中に合成遺伝子回路を作ることと、高変異率状態でこの合成遺伝子回路を選択圧下で安定なものにすることは別の問題である。 Liao たちは、生態学的な方法を用いてこの問題に取り組んだ。 ここで彼らは3つの細菌株を作ったが、そのそれぞれは他の2つの菌株の1つを殺せるが、片方からは殺されるようにされていた(Johnston と Collins による展望記事参照)。 遺伝子工学的回路が組み込まれた細菌のうちの第1番目の菌株が、機能低下の変異をひとたび被ると、その菌株を殺すだけでなく所望の合成回路をも含有するもう1つの菌株を加えることで、系を「再起動」でき、その機能は乱されずに継続することが可能となる。 この方法は、抗生物質を使用してプラスミドを保持する従来の選択のやり方を用いずに、合成生態系を制御して合成遺伝子回路を維持する方法を提供する。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 従来の選択:プラスミドを遺伝子組み換え用のベクターとして用いる従来の方法は、組換え体作製のためのマーカー遺伝子としてプラスミド中の抗生物質耐性遺伝子を用い、抗生物質を含む培地中でこのプラスミドを取り込んだ細菌が増殖可能であることを利用する。
Science, this issue p. 1045; see also p. 986

乳幼児期での微生物定着 (Microbial colonization in early life)

蓄積されつつある証拠から、乳幼児期での組織への、特に胃腸管への微生物の定着は、もしかすると肥満と神経精神障害の発症を含み、健康に対して長期的な影響を与える可能性があることが示唆される。 展望記事で McDonald と McCoy は、乳児がいつ母親の微生物叢に曝されるか、そしてこれが発達と将来の健康にどのように影響するかを説明している。 彼らはまた、微生物叢の定着を通した母親から子への病気垂直感染の危険性の認識と、これが治療で改善できるかどうかについて論じている。(Sh,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 984