AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 26 2019, Vol.365

相変化 - 細胞核における品質管理 (Phasing-in quality control in the nucleus)

細胞核でのタンパク質の品質制御の基本的な過程はよくわかっていない。 細胞核には、液体様凝縮物を形成する幾つかの非膜結合型の小区画が含まれている。 このうちの最も大きいのは、リボソームが生合成される部位である核小体である。 Frottin たちは、熱ストレス状態で不正に折り畳まれる準安定な核タンパク質が核小体に入ることを見出した。 核小体において、これらのタンパク質は不可逆凝集せず、また、ストレスからの回復で、熱ショック・タンパク質70依存的再折り畳み能力を維持する。 長時間のストレス、あるいは神経変性疾患が関係する核小体へのタンパク質取り込みは、この可逆性を妨げた。 このようにして、相分離して存在する小区画の性状が、タンパク質の品質管理を助けることが出来る。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • 熱ショック・タンパク質70:生体膜をタンパク質が通過するのに関与し、また、不正に折り畳まれたタンパク質を正しい折り畳みに回復させるのに関与するタンパク質。
Science, this issue p. 342

ヒトの胚発生のエピジェネティクス (Epigenetics of human embryonic development)

かなりのエピジェネティクス的再プログラム化が、哺乳動物では発生初期に起こる。 Xia たちは、ヒトの胚発生初期における、3つの重要なヒストン修飾の再プログラム化動態を調べた。 ヒトにおける再プログラム化は非常に種特異的であり、マウスにおけるそれと異なる。 巨視的にみて許容されるクロマチン状態が、卵母細胞から接合子への移行の間に、配偶子と接合子のエピゲノムを結びつける。 初期の系統分離の間に、栄養外胚葉特異的でなく、内細胞塊特異的な遺伝子が、ヒストン・マークによって非対称的に様式化される。(Sk,MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • エピジェネティクス:DNAの塩基配列の変化をともなわずに、染色体における変化によって生じる、安定的に受け継がれうる表現型を研究する学問領域。 また、この変化した染色体をエピゲノムという。
  • ヒストン:DNAを外周に巻き付けるように結合させるタンパク質で、メチル化、エチル化などの修飾を受ける場合がある。
  • クロマチン:DNAとヒストンの複合体で、細胞分裂期にはクロマチンが構造変化して棒状の構造体である染色体を形成する。
  • 接合子:配偶子の接合の結果、出来た細胞(本論文では受精卵細胞を意味する)。
  • 栄養外胚葉と内細胞塊:受精卵細胞が分裂を繰り返して胚盤胞形成期になると、1種類であった細胞が、胎盤などの胚体外組織を形成する役割を持つ栄養外胚葉と、胚そのものを形成する役割を持つ内細胞塊に分化する。
  • ヒストン・マーク:ヒストンの受けた修飾を、その場所と種類を記号化して表したもの。
Science, this issue p. 353

流れるCO2が、分子触媒を強化する (Flowing CO2 boosts a molecular catalyst)

CO2 還元のための分子的な電極触媒は、多くの場合、実用化に十分な活性または安定性を欠いているように思われてきた。 Ren たちは今回、周りを取り囲む電気化学セルの設計が、両方の大幅に機能を強化することができることを示している。 彼らは、既知の分子触媒であるコバルト・フタロシアニンを、電解質水溶液ではなく、流動セル構造中の気体のCO2 に直接さらした。 この構成は、1平方センチメートル当たり150ミリアンペアを超える電流密度を提供し、その寿命は触媒安定性よりはむしろ局所的水素イオン濃度により決められていた。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 367

海面下の融解 (Underwater melting)

暖かい海水は、海が終端となっている氷河をどれくらい速く融解するのだろうか?  この問題は、地球規模の温暖化に応じて、氷床がどれだけ速くその質量を失う可能性があるのか、従って、どの程度速く海面が上昇するのかを理解する上で中心的課題である。 しかし、その過程に関するデータはほとんどない。 Sutherland たちは、反復多重波水中音響測量を用いて、アラスカの氷河において水面下の潮汐水にさらされる面を観測して、その融解と浸食の傾向の時系列を作成した。 彼らは、理論による予測よりも最大で100倍も大きい融解速度を観測した。 これはそのような氷の損失の予測を再評価せざるを得ない観測結果である。(Wt,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 369

角度に注意を払う (Mind the angle)

物質における実空間特性と運動量空間特性の間の相互作用は、エキゾチックな現象を生み出すことがある。 Suzuki たちは、磁性も内在するワイル半金属であるセリウム-アルミニウム-ゲルマニウムにおける電気輸送を磁場中で調べた(Hassinger と Meng による展望記事参照)。 彼らは、 印加する磁場の向きを変えるにつれて、抵抗のスパイク波形が試料の高対称軸のまわりに集中することを見出した。 このスパイクは、実空間に存在する磁壁の両側における運動量空間のフェルミ面がわずかに重なる結果であった。 この極端な角度敏感性は実用面で有用であるかもしれない。(NK,MY,nk,kh)

【訳注】
  • ワイル半金属:スピン軌道相互作用の強い系において、伝導バンドと価電子バンドが点で交わり、交差点の周りで縮退のない線形分散を有するバンド構造を持つ物質。 磁場がなくてもホール電圧が発生する異常ホール効果や、磁場と同じ方向に電流が生ずるカイラル磁気異常のような現象が理論的に予測されている。
Science, this issue p. 377; see also p. 324

両刃の水田除草剤 (A double-edged rice paddy herbicide)

有用な除草剤は、雑草を殺すが、肝心の作物には害を与えないものだ。 多くの水田では、除草剤ベンゾビシクロン(BBC)がこの目的に適っている。 しかし、いくつかのイネ系統はBBCの影響を受けやすく、それは雑草防除におけるその価値を減少させる。 Maeda たちは、除草剤に対する反応を制御する遺伝的原因を明らかにした。 すなわち、抵抗性のあるイネ品種は、BBC除草剤を解毒する酸化酵素を持っている。 除草剤の影響を受けやすいイネ品種は、この酸化酵素を無効にする遺伝子変異を持っていた。 この酸化酵素をコードする遺伝子であるHPPD INHIBITOR SENSITIVE1 は、BBC抵抗性作物の開発に有用かもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 393

明らかにセラミドだ (Ceramides in focus)

過剰なカロリー摂取は、最終的には脂肪や脂質の代謝を妨げるメタボリック症候群につながる可能性がある。 脂質にはさまざまな種類があり、代謝障害の根底にある真犯人はどれかということが広く議論されてきた。 Chaurasia たちは、セラミドがインスリン抵抗性と脂肪肝疾患の主な原因物質であることを報告している(Kusminski と Scherer による展望記事参照)。 これは、ジヒドロセラミド・デサチュラーゼ1(DES1)という酵素によって引き起こされるようであり、DES1は通常、セラミド分子の骨格に二重結合を挿入することによってセラミド生成に関与している。 高脂肪食を与えたマウスにおいて、DES1の消去がグルコースと脂質の代謝を改善した。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 386; see also p. 319

ヒドラの発達を細胞ごとに図化する (Mapping Hydra development cell by cell)

ヒドラは、3種の幹細胞集団を使って、自身の体の中の全ての細胞を絶えず更新する。 Siebert たちは、このようなヒドラ特有の性質を利用し、成体ヒドラの単一細胞のRNA配列決定法を用いて、幹細胞、前駆細胞、最終分化細胞に対する転写産物の特徴を同定することが出来た(Reddien による展望記事参照)。 彼らはこれらのデータから、全ての細胞系列に対する分化の経路を組み立て、この経路に沿って発現された遺伝子モジュール群を特定し、これらのモジュール群内遺伝子に対する推定調節遺伝子を特定した。 さらに彼らは、(多能性幹細胞および生殖系列幹細胞のような)捕捉しにくい細胞集団の候補マーカーを特定し、神経系の分子図を作り上げた。(MY,kh)

【訳注】
  • ヒドラ:刺胞動物門ヒドロ虫綱花クラゲ目ヒドラ科に属する淡水域に生息する無脊椎動物。
  • 遺伝子モジュール:ある状況において、発現制御がひとまとまりで行われている遺伝子群のこと。
  • 調節遺伝子:調節タンパク質を発現し、調節タンパク質が他の遺伝子のプロモーター配列に結合することで他の遺伝子の発現を調節する遺伝子。
Science, this issue p. eaav9314; see also p. 314

T細胞はあなたが痩せたままでいるのを助ける (T cells help keep you lean)

腸内細菌叢は、哺乳類の代謝を調節する重要な因子である。 一方宿主免疫系は、免疫グロブリンA(IgA)抗体を介して、腸内細菌叢をある程度形成することが出来る。 Petersen たちは、濾胞性ヘルパーT細胞の発達と腸のIgA産生に欠陥のあるマウスは、年齢とともにメタボリック症候群の顕著な特徴を示すと報告している(Wang と Hooper による展望記事参照)。 対照群マウスと比較してこれらのマウスは、より多く体重が増え、より多くの脂肪が蓄積され、そしてより高いインスリン抵抗性を示す。 これらのマウスにおけるIgAは、的外れにもクロストリジウムを標的としてしまい、デススルホビブリオの増殖を可能にする。 CD36の発現を調節することによって、宿主脂質吸収をクロストリジウムは抑制し、デススルホビブリオは増強する。 脂質吸収を調節する微生物産物をよりよく理解することは、肥満と代謝性疾患に対する将来の治療への扉を開く可能性がある。(Sh,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 濾胞性ヘルパーT細胞:B細胞の成熟と活性化、抗体産生を制御するヘルパーT細胞。
  • デススルホビブリオ:土壌や地下水、河川や海の低泥など自然界にも広く分布している硫酸還元菌の一種。
  • クロストリジウム:偏性嫌気性で芽胞と言うバリアを形成するグラム陽性の桿菌。
Science, this issue p. eaat9351; see also p. 316

潜在性対立遺伝子が適応の橋渡しをする (Cryptic alleles make a bridge for adaptation)

タンパク質の機能は、総じて進化の可能性を阻害しうる選択上の要因によって制限される。このため、新規性がどのようにして起こるのかを決定することは困難であった。 Zheng たちは、細菌集団に変異を蓄積させ、次に指向性進化法を用いて、黄色蛍光タンパク質を発現する遺伝子から緑色蛍光タンパク質の機能を進化させた(Lee と Marx による展望記事参照)。 潜在性対立遺伝子(明かな表現型の違いを示さずに、選択上は中立かやや有害な遺伝子多様体)が試料集団中に存在する場合、代替タンパク質の進化が可能だった。 このようにして、潜在性対立遺伝子は多様性と選択の間の進化の橋を提供し、新規な適応が生じることを容易にする。(ST,MY,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 指向性進化法:酵素遺伝子を多様化して大腸菌に組み込み、酵素を発現させ、求める機能に適する酵素を作る遺伝子を選別し、これをもとに遺伝子の多様化・発現・選別を繰り返すことで、より機能の高い酵素を作り出す技術。
Science, this issue p. 347; see also p. 318

1つで2つになる光酸化還元への方法 (Two-for-one approach to photoredox)

光酸化還元触媒作用においては、1つの励起発色団が反応物質を酸化か還元することで、反応物質を1つだけ活性化するのが典型である。 Ghosh たちは半導体触媒を用いて、触媒中の励起電子1つとその残りの正孔の両方とも反応物質へエネルギー移動することで、一度に2つの反応物質を活性化した(Swift による展望記事参照)。 これにより、2つの異なる反応性炭素断片やハロゲン化物断片を、1つのアリール環の別の部位に付加することが出来た。 この触媒はまた、シアン化物のような強い求核試薬に耐えることができ、また、容易に回収して再使用することができた。(MY)

【訳注】
  • アリール環:芳香族環のこと。
Science, this issue p. 360; see also p. 320

メタ表面による光線操作 (Beam steering with a metasurface)

多くの受動光学素子として機能するメタ表面が設計されてきている。 Shaltout たちは、時間依存の能動要素を作製した。 周波数コム光線(広範囲の等間隔波長からなる光源)が、特別設計された受動メタ表面と相互作用することにより、広い角度(25°)にわたって迅速に(<8ピコ秒)この光線を掃引することができた。 このような光線操作能力は、拡張現実系および仮想現実系に直接的な影響を及ぼすかもしれない。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 374

RNA編集ツールボックスに加える (Adding to the RNA editing toolbox)

以前に開発されたREPAIRと呼ばれるRNA編集系は、ADAR2のアデニン脱アミノ酵素ドメインを、酵素機能が不活性化したCRISPR-Cas13と融合することにより、RNA中のアデニンをイノシンに塩基編集できる。 Abudayyeh たちは指向性進化法を用いて、ADAR2の脱アミノ酵素ドメインの制約が弱められ、他の塩基を受容できることを実証した。 これは、シチジンを脱アミノ化する活性をもたらし、RNA編集のツールボックスを、シトシンのウラシルへの置換へ向けて拡張した。 この系は、"RNA Editing for Specific C-to-U Exchange" (RESCUE)と称され、内因性転写物を編集でき、そのため、リン酸化のような翻訳後のタンパク質修飾の調節を可能にする。(MY,kh)

【訳注】
  • RNA編集:DNAから転写されたpre-mRNAが、塩基置換、塩基挿入、塩基欠損などの転写後修飾を受けること。 そのうちの塩基置換には、アデノシンがイノシンに置換されるA-to-I置換とシトシンがウラシルに置換されるC-to-U置換が知られている。 哺乳類ではほとんどの場合が前者である。
  • ADAR2:adenosine deaminase acting on RNA 2の略で、A-to-I置換を行うRNA編集酵素。
  • アデニン脱アミノ酵素:A-to-I置換を行う酵素。 尚、アデニンはヌクレオシドの1つであるアデノシンを構成している核酸塩基。
  • 指向性進化法:酵素遺伝子を多様化して大腸菌に組み込み、酵素を発現させ、求める機能に適する酵素を作る遺伝子を選別し、これをもとに遺伝子の多様化・発現・選別を繰り返すことで、より機能の高い酵素を作り出す技術。
Science, this issue p. 382

大気環境の閾値を超えて (Going beyond thresholds in air quality)

世界中で何百万もの人々が大気汚染の結果として早期の死を迎えている。 多くの大気汚染の政策は超えてはならないという規制の閾値に焦点を当てている。 展望記事において Fuller と Font は、そうではなく、大気汚染物質の変化率に焦点を当てることがより効果的である可能性を論じている。 傾向分析が人間の健康向上に向けた政策の有効性の評価に役立ちうるが、それは天候の変動性、データ不足そして観測限界のような交絡因子が対処されている限りにおいてである。 法的許容量が満たされている場合でさえも、空気の質向上が要求されると言う法的要件を包含することによって、政策は更に効果的なものにも出来るのである。(Uc,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 322