AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 2 2019, Vol.365

内腔の作成 (The making of a lumen)

哺乳類の発生初期の間に、液体で満たされた内腔である卵割腔の形成と配置が、胚の対称性の最初の軸を定義する。Dumortierたちは、細胞-細胞間接触部が水圧破砕されて数百個のマイクロメートル大の水たまりになり、その後それが単一の大きな内腔を形成するという、卵割腔が生じる過程を説明している(ArroyoとTrepat による展望記事参照)。著者らは、内腔形成の過程を機械的および分子的に明らかにし、哺乳類の胚の対称性の最初の軸を実験的に操作することができた。このように、流体力学は胚において重要な役割を果たしており、他の生物学的な腔の形成において同様の役割を果たしているのかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 465; see also p. 442

つましい熱電冷却 (Thrifty thermoelectric cooling)

既存の入手可能な冷却用熱電素子には、高価なビスマス・テルル化合物が使われている。Maoらは、良好な熱電特性を有する非常に安価なN型マグネシウム-ビスマスに基づく材料を系統的に開発した。筆者らは、市販の入手可能なP型材料と結合した時、最大90ケルビンの温度差を発生させることができる素子を作った。これら材料は、費用対効果の高い熱電冷却技術のための卓越した基礎を与えるはずである。(NK,KU,ok)

Science, this issue p. 495

ケフェウス型変光星は銀河の地図作成の役に立つ (Cepheids help to map the Galaxy)

ケフェウス型変光星は脈動するが、それによりその輝度の周期的変動からそれらの距離を決定することができる。Skowronたちは、天の川の大部分をおおうする数千のセケフェウス型変光星のカタログを作成した。彼らは、星の脈動周期を決定するために可視光領域と赤外領域のデータを組み合わせて、天の川銀河系全体のセファイド型変光星とその関連するより若い恒星集団の分布地図を作成した。彼らの三次元地図は天の川の円盤にゆがみのあることを示している。渦状腕における単純な星形成のモデルは、ケフェウス型変光星種族の位置と年齢を再現した。(Wt,KU,kh)

Science, this issue p. 478

酸素酸塩による安定性 (Stability through oxysalts)

有機-無機ペロブスカイト太陽電池の安定性は、酸素と水に由来する劣化で制限される。Yangたちは、ペロブスカイトと硫酸イオンもしくはリン酸イオンとのその場反応が、欠陥部位を保護する強く結合した鉛酸素酸塩薄層を作製できることを示している。この層はまた、電荷担体の寿命を高め、その結果、20%以上の電力変換効率をもたらす。封入素子は、現実的な動作温度である65°Cでほぼ2か月間模擬太陽光を照射して、この変換効率の約97%を維持した。(MY,kh)

Science, this issue p. 473

類似かつ特異的な魚の適応 (Parallel and idiosyncratic fish adaptation)

魚の個体数は、漁業の影響に素早く応答する。数世代の間に顕著な表現型の変化が起こることがあり、個体の大きさが小さくなることが多い。それは通常、捕獲されるのは大きな魚であるためである。Therkildsenらは野生の祖先魚の系統を調べ、多遺伝子機構がこの急速な進化能力を支えていることを見い出した (JorgensenとEnbergによる展望参照)。表現型の変化は2つの方法で起こっていた。1つは、野生での成長変異に関連する数百の連鎖していない遺伝子における複数の小さな類似変化によるものであり、もう1つは、連鎖した遺伝子の大きな塊の中での変化によるもので、いくつかの遺伝子座で大きな対立遺伝子の頻繁な変化を引き起こす。(ST,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 487; see also p. 443

電力を送るための音波による安全な方式 (A sound way to deliver power)

インプラント型の医療機器、例えばペースメーカーや神経刺激装置は通常電池型の電源を必要とする。電池が機器と一緒にインプラントされる場合、交換には追加的な手術が必要となる。一方、外部電源パックは体内に電線を挿入する箇所に感染症を引き起ここしやすくなる。Hinchetたちは、摩擦帯電型発電機について詳述しており、体外から加えられた超音波を体内の電源に転換し、日常的に電池を充電するために十分なエネルギーを送ることができる。(Uc,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 491

ホルモン合成における自発的な分解 (Spontaneous degradation in hormone synthesis)

植物ホルモンのサリチル酸(SA)は、植物が生物学的および物理的ストレスに応答するのを助ける。Rekhterたちは、病原体へ応答してSAを産生する生合成経路を同定した。前駆体であるイソコリスミン酸は葉緑体中で形成され、次いで細胞質 ゾルへ運ばれる。そこでは、酵素的に産生されたイソコリスメート-9-グルタミン酸塩が自発的に分解して、SAに加えて副産物を放出する。この論文の結果は、植物免疫に関するこの重要な調節因子の合成に関わるいくつかの機構において種々の鍵となる段階を明らかにしている。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 498

我々の嗅覚を自覚する (Making sense of our sense of smell)

ヒトの嗅覚神経細胞は、我々の生態学的地位に特異的に適応してきたのかもしれない。SaraivaたちはRNA配列決定に基づく手法を用いて、哺乳類の進化におけるこれらの神経細胞の多様性を評価した。神経細胞の亜型を分類および定量するために、マウス、ラット、イヌ、マーモセット、マカクサル、およびヒトについて、鼻の十分な生体組織検査が行われた。哺乳動物におけるにおいの感受性は、神経細胞の匂い物質受容体遺伝子の発現の多様性を変更する選択圧によって、微調整されてきたのかもしれない。最も豊富な神経細胞の亜型は、フェロモンや他の情報伝達可能なにおい物質など、特定の種にとってより生態学的に関連のあるにおいを検出するように調整されたものであった。(Sk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aax0396 (2019).

珪藻における集光性配列 (A light-harvesting array in diatoms)

光合成生物は、巨大な色素アレイを用いて、光エネルギーを光化学系IIの中心部に引き込んでいる。これらの色素の配置は、いかに多くのエネルギーが反応中心に到達するかに影響する。Piたちは、フコキサンチン-クロロフィルa/c結合タンパク質(FCP)からなる集光アンテナとの複合体における珪藻の光化学系IIの構造を決定した(Buchelによる展望記事参照)。この複合体中の特殊化された色素は、微細藻類が広範囲の可視スペクトル中の光を集光 (収穫) することを可能にしている。FCPは、植物の集光性複合体に似た様式で配置されている。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. eaax4406; see also p. 447

野生になる (Born to be a wildling)

内系交配の実験用マウスの系統は、免疫分野の基礎研究から橋渡し研究において広範に用いられている。しかし、野生で遭遇する常在微生物の共生および病原性レパートリは、実験用の設定では複製されない。これは、免疫系が発生し機能する仕方を大幅に歪めることがあり、私たち自身の「野生」免疫系がどのように働くのかについて誤った仮説に導びく。Rosshartたちは、実験用系統の胚を野生マウスに移植することで、この板挟み状態を回避した(NobsとElinavによる展望記事参照)。得られた「野生型」は組織的な免疫表現型を示し、野生の同等動物のものにずっと近い細菌・ウイルス・真菌類の生物叢を保有した。2つの前臨床実験において、以前に実験用マウスが薬剤治療へのヒトの応答を予期できなかった事例において、この野生型は患者の結果を正確に表現型模写した。(MY,KU,kj)

Science, this issue p. eaaw4361; see also p. 444

タンパク質のアンフォールディング、一度に1つの基質 (Protein unfolding, one substrate at a time)

ユビキチンは、プロテアソームによる分解のためにタンパク質に印を付ける。しかしながら、多くの基質は直接的に分解されることはなく、その理由はそれらがよく折り畳まれていたり、または細胞膜中にもしくは多量体複合体中に存在しているためである。これらのタンパク質は最初にCdc48アデノシン・トリホスファターゼ(ATPase)によって折り畳みが広げられ、その複合酵素が六量体を形成してその中心孔を通してポリペプチドを引っ張る。Twomeyたちは、基質処理の開始段階でのCdc48の構造を決定した。驚くべきことに、基質-結合ポリユビキチン鎖におけるユビキチン分子は、単にCdc48複合体に結合することによって折り畳みを広げることができた。折り畳みを広げられたユビキチンの一部がATP分解酵素の環に挿入され、基質のアンフォールディングを開始する。これは、何故にCdc48が広範囲の基質に、更には折り畳まれている基質さえも処理できるかを説明する。Cooneyたちは、真の基質と複合体を形成したCdc48の低温電子顕微鏡構造を報告している。以前に報告されたCdc48構造とは対照的に、非対称螺旋状構造体は伸長した基質ポリペプチドを包み込む。従って、Cdc48は移動に関する手繰り寄せ機構を用いており、これはAAA+ATP分解酵素の対するタンパク質基質のアンフォールディングに関する共通の機構を支持している。(KU,kj)

Science, this issue p. eaax1033, p. 502

イヌの悲惨な生涯だ (It's a dog's life)

イヌ科移植性性器腫瘍は、接触を通してイヌ科動物の個体間で転移する、数少ないガン系統の1つである。それは数千年前に生じ、それ以来、宿主とは独立に進化してきた。Baez-Ortegaたちは、このガンの系統発生史を調べ、幾つかの特徴的な変異パターンについて述べている(MaleyとShibataによる展望記事参照)。最も注目すべきは、正負の選択が両方とも、微弱あるいは関係の薄い徴候だけを示すことである。これは、この系譜に対する進化の主要駆動要因が、中立の遺伝子浮動であることを示唆している。浮動の影響を理解することは、私たちがガンの長期的進化についての考え方を作り変えるかもしれない。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 正負の選択:ここでは、有害な変異が世代を経て増減することを言っている。
  • 中立の遺伝子浮動:自然淘汰に対して有利でも不利でもない遺伝子の変化が偶然に生じ、次世代に伝わること。
Science, this issue p. eaau9923; see also p. 440

思ったほど熱くはない (Not as hot as we thought)

地球の初期の海は、一部の人が示唆しているほど熱くはなかったようである。海洋炭酸塩の酸素同位体組成は、過去35億年にわたって著しく変化した。しかし、それが海水の冷却(70℃もの高温から)によるものなのか、それとも水の同位体組成が実際に変化したためなのかを判断するのは困難であった。Galiliたちは、酸化鉄と水溶液の間の温度依存性の酸素同位体分別を較正し、過去20億年にわたる海洋の酸化鉄の酸素同位体の記録を作成した。彼らの調査結果は、冷却よりも、むしろ、水の同位体組成の変化が観測された地質学的傾向の根底にあることを示唆している。(Wt,kh)

Science, this issue p. 469

もし私に心臓がありさえすれば(If I only had a heart)

3Dバイオプリンティングは、解像度に関してと印刷可能な素材の点で制限されているいまだかなり新しい技術である。Leeたちは、生体組織工作用の複雑なコラーゲン骨格を構築するための3D印刷技術に関して記述している(DasguptaとBlackによる展望記事参照)。コラーゲンのゲル化はpHの調整によって制御され、印刷時に最大10マイクロメートルの解像度を得ることができた。ゼラチン球を埋め込むことによって細胞をコラーゲンに埋め込むこと、または細孔を骨格に導入することができた。著者たちは、毛細血管から完全な臓器スケールに至るヒト心臓の5つの要素の上出来の3D印刷を実証し、彼らは組織機能および臓器機能について検証した。(KU,kh)

【訳注】
  • バイオプリンティング:3Dプリンタを応用した生体組織の立体工学技術1
Science, this issue p. 482; see also p. 446

より良いRSVワクチンを作る (Building a better RSV vaccine)

呼吸器合胞体ウイルス(RSV)は、特に幼児や高齢者に深刻な呼吸器疾患を引き起こす。しかしながら、効果的なヒト・ワクチンを作成する試みはほとんど成功していない。構造に基づく設計が、その融合前の高次構造(DS-Cav1)において安定化されたRSV融合糖タンパク質を作成するのに用いられてきた。この免疫原はマウスやマカクに非常に効果的である。Crankたちは現在、安定化された融合前DS-Cav1分子を使用したワクチンの第一相臨床試験の結果を報告している。免疫化の4週間後、これらのワクチンは、初期RSV免疫原を用いて通常生成されるものよりも実質的により高品質の抗体価を誘発した。この知見は、構造生物学が高精度のワクチン設計にどのように貢献できるかについての概念実証を与える。(Sh,KU,kh)

Science, this issue p. 505

タスマニア・デビルにおけるがん伝染を攻撃目標にする (Targeting cancer transmission in devils)

タスマニア・デビルの個体数は急速に減少しつつあり、絶滅危惧種に指定されている。この種は、悪魔の顔面腫瘍病と呼ばれる伝染性のがんに侵されてきた。展望記事において、PatchettとWoodsは、この病気がどのように進化して個体間で伝染するかについての新たな考えを議論している。最近の知見は、この腫瘍がどのように宿主免疫系を回避するかを示しており、治療介入のための可能な戦略を明らかにしている。(KU,kh)

Science, this issue p. 438