AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 19 2019, Vol.365

千年マグマの蓄積量 (Millennial magma reserves)

溶岩は、マグマとして深い地下に貯留された後に噴出する。 Pinatubo のような火山に特徴的な二酸化ケイ素が豊富なマグマは、数千年から数十万年もの間、貯蔵されている。 しかし、アイスランドの火山に供給するような、より深い玄武岩質のマグマの時間尺度についてはほとんど判っていない。 Mutch たちは、クロムとアルミニウム原子の拡散を用いて、これらのマグマが地殻とマントルの境界に数百年から数千年間、貯蔵されることを示した。 この発見は、マグマがどのように生成・保存されるのか、そして、どのように噴火するのかを理解するための時間尺度を明らかにしている。(Wt,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 260

混成された動的メタ表面 (A dynamic metasurface in the mix)

メタ表面は、多くの受動光学素子として機能するように設計および製造されてきた。 今や、微小電気機械技術における概念を、一次元の誘電体ナノワイヤの配列と結びつけることによって、時間依存性の能動素子を得ることができる。 そのような静的配列は所望の波長を選択するために使用されてきたが、その波長はナノワイヤと基板の距離に依存する。 Holsteen たちは、ある色の光の選択・混合それに光線操作が可能な設計に、電圧制御駆動の要素を付加した。 この高速駆動の能力は、自動走行車から拡張および仮想現実装置まで、幅広い応用に影響を与えるかもしれない。(Sk,MY,nk,kh)

【訳注】
  • メタ表面:人為的に波長以下の周期で等間隔配置された構造体からなる表面。
Science, this issue p. 257

量子破綻 (A quantum breakdown)

低温下で接触相互作用を有する2次元系は量子異常(古典論領域でそのような系を特徴づける相似則の破綻)を示すと期待されている。 これら量子異常の特徴は2次元フェルミ気体の実空間特性において観測されてきたが、その効果は理論的に期待されるほどではなかった。 Murthy たちは、フェルミオン原子からなる2次元超流体の運動量空間特性を調べた。 彼らはまず超流体気体に摂動を与え、次にその原子の運動量分布を追跡観測した。 原子間相互作用が強い領域において、運動量分布は古典的相似則から大きく逸脱した。(NK,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 268

海洋の未来予測 (Predicting marine futures)

気候変動が海洋生態系にどのように影響するかを予測する能力は、経済面および生態系面のより良い計画および管理を可能にするだろう。 Park たちは、全地球系モデルが多くの地域において、海洋葉緑素の季節変動から多年変動に至るまでを巧みに予測することを見出した。 これにより、一部の地域において、2から3年前に年間漁獲量予測できる可能性がある。(ST,nk,kh)

Science, this issue p. 284

依存せずに長くなる (Growing independently)

細菌は、さまざまな機能を持つ自然産物を産生する。 主要な一群には、リボソームで合成されて翻訳後に修飾されるペプチドが含まれる。 Ting たちは、あるアミノ酸から自然産物が得られる生合成経路を特定した。 このアミノ酸はリボソームに依存せずに、リボソームで合成されたペプチドに付加される。 この生合成の方法論は、チアグルタミン酸とアンモサミドの合成に用いられ、また、関連遺伝子群の発見は、このやり方が自然界で更に広く用いられているかもしれないことを示唆する。(MY,kh)

【訳注】
  • チアグルタミン酸:ここでは、グルタミン酸のα位炭素がSに置換した化合物を指している。
  • アンモサミド:インドール環にピリジンが縮合した形のヘテロ三環構造を持つ化合物。
Science, this issue p. 280

炭素のカテナン化 (Carbon catenation)

分子規模で連結した環および結び目の作製は伝統的に、窒素或いは酸素置換基による構築要素の事前配向に依存している。 Segawa たちは独特の方法を考案して、炭素と水素だけで構成されたカテナンおよび三つ葉模構造を合成した(Van Raden と Jasti による展望記事参照)。 彼らは、フェニル環の末端同士を結合して大きなリング化合物を作り、その2つのリングの途中にあるケイ素原子のスピロ結合により2つのリングを交差させた。 次いで、ケイ素原子をフッ化物で切断除去することで、2つのリングがトポロジカルに連結した生成物が得られた。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • カテナン:化学的に結合していない2個以上の環状化合物が、共有結合を介さずに知恵の輪のようにして連結している化合物の総称。
Science, this issue p. 272; see also p. 216

初期の哺乳動物? (Early suckler?)

哺乳類に特有な1つの特徴は、母乳を飲むことである。 乳を吸うには喉の安定性と動きの存在を必要とし、その両方が複雑な舌骨器官を必要とする。 Zhou たちは、ほぼ無傷の舌骨を持ったまま保存された、ジュラ紀の哺乳類型動物ドコドンタンの化石について述べている(Hoffmann と Krause による展望記事参照)。 その構造は、現代の哺乳類に見られるものと同様に、複雑かつ鞍形で、筋肉化した喉が哺乳類の発生以前から存在していたことを示唆している。(Sk)

Science, this issue p. 276; see also p. 222

疼痛管理に対する優れたUPR標的? (A “sUPR” target for pain management?)

小胞体ストレス応答(UPR)は、小胞体に折りたたみ不全或いは誤って折り畳まれたタンパク質が蓄積した際に開始される。 UPRの進化的に高度に保存された分枝であるIRE1α–XBP1シグナル伝達経路がまた、低酸素状態、血管形成、および炎症などの、UPRと関係しないさまざまな他の過程で役割を果たしている。 Chopra たちは、この経路がさらに、シクロオキシゲナーゼ2とミクロソームのプロスタグランジンE合成酵素1という2つの分子の産生を調整することを報告している。 この2つの分子は、炎症が引き起こす疼痛の仲介を助ける(Avril と Chevet による展望記事参照)。 IRE1α–XBP1シグナル伝達経路の要素がノックアウトされた場合、疼痛に対する2つの異なるマウス・モデルにおいて、疼痛挙動が低減した。 この経路を標的にすると、疼痛管理による治療を改善する結果になるかもしれない。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 小胞体ストレス:細胞小器官の一種である小胞体に不良タンパク質が蓄積されること。 これにより細胞への悪影響が生じ、幾つかの回避機能が誘導される。
  • IRE1α–XBP1経路:UPRにより誘起されるシグナル伝達経路の1つで、不良タンパク質を感知するタンパク質であるIRE1が活性化し、不良タンパク質修復に関係するタンパク質の発現を促す転写因子XBP1の産生を誘導する。
  • シクロオキシゲナーゼ2:外傷や炎症で誘導され、血管拡張・発痛・炎症促進などを起こす物質を合成する。
  • ミクロソーム:動物組織の破砕溶液を遠心分離により分画した時に得られる顆粒の成分。
  • ノックアウト:ゲノム上の狙った遺伝子を大きく欠失させる遺伝子操作。
Science, this issue p. eaau6499; see also p. 224

性的二形の遺伝学 (The genetics of sexual dimorphism)

哺乳類では、多くの種が雄と雌で異なる性特有の表現型を示す。 XとYの性染色体の効果に注目されいるが、性がその他のゲノムにどのように影響するのかは理解されていない。 Naqvi たちは、雄と雌のヒト・ラット・イヌ・カニクイザルにおける12の組織中で遺伝子発現を調べ、両性間における遺伝子発現の多様性を確認した。 ヒトの身長における遺伝子発現の性的バイアスを調べることで、雄や雌で反対方向のバイアスが確認された。 種間で差異を示す性特有の遺伝子発現の保存が認められたが、両性における特有の遺伝子は種間と系統間で異なった。 これは、種や系統に特異的な性的にバイアスされた遺伝子発現の進化を示唆している。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw7317

周皮細胞は認知に圧力をかける (Pericytes put the squeeze on cognition)

コンピュータのように、脳は信頼できる動力源を必要とし、それは血液中の酸素とグルコースとして供給される。 しかしながら多くの神経疾患においては、このエネルギー供給が乱されている。 脳血流は、血液を供給する血管の直径を調整することによって制御される。 Nortley たちは、アルツハイマー病(AD)を発症しているヒトとADマウス・モデルの両方で、脳の毛細血管が周皮細胞から圧迫されることを見出した(Liesz による展望記事参照)。 根本的な機構を明確にすることによって、彼らは初期AD治療に対する標的候補を示唆している。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 周皮細胞:毛細血管と小静脈において内皮細胞を囲っている多能性間葉系細胞。 脳では、神経血管単位を構成して、血液脳関門の維持や脳活動に応じた局所血流の調節に働く。
Science, this issue p. eaav9518; see also p. 223

形状変更可能な液状の強磁性材料 (Liquid reconfigurable ferromagnetic materials)

強磁性材料は永久磁気双極子を示すが、超常磁性材料は印加磁場のもとでのみ磁気特性を示す。 磁性流体のような幾つかの材料は液体のような挙動を示すが、印加磁場がないとその磁化を失う。 Liu たちは、他の状態なら超常磁性であるマグネタイト・ナノ粒子が、エマルジョン液滴の油-水界面で残留磁化を持つことを示している(Dreyfus による展望記事参照)。 この永久磁化は、個々のナノ粒子の磁化の結合と切断によって制御することができ、結果として液滴の形状を「書き込みおよび消去する」ことを、またはそれらを円柱状に伸長させることを可能にする。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. 264; see also p. 219

光格子中でパターンを探す (Looking for patterns in an optical lattice)

2次元(2D)格子上で相互作用するフェルミオンの最も単純なモデルの1つであるハバード・モデルは、空格子点(正孔)の密度が増加するにつれて、古典的なコンピュータ上で模擬実験を行うことがあまりに大変になる。 Chiu たちは、量子顕微鏡を用いて、様々な正孔密度のフェルミオン型リチウム原子で満たされた光格子中で、数千回にわたり2Dハバードモデルが具現化された様子の、スナップ写真を撮った(Schauss による展望記事参照)。 著者らは、パターン認識アルゴリズムを使用して画像を分析し、それら画像中の各格子点位置が個別に決定された。 これらのパターンをいくつかの理論モデルの予測と比較し、彼らは、それがいわゆる幾何学的弦モデルと最も良く一致することを見出した。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ハバード・モデル:周期ポテンシャル中で相互作用しながらトンネルする多数の粒子を扱うモデル。
Science, this issue p. 251; see also p. 218

嚢胞性線維症における広範な標的療法 (Broadening targeted therapy in cystic fibrosis)

嚢胞性線維症を引き起こすCFTR(嚢胞性線維症膜貫通コンダクタンス調節因子)遺伝子は、1700を越える変異がある。 幾つかの変異は頻繁に生じるが、他のものは非常に少数のまたは個々の患者にしか影響を与えない。 今までに複数のモジュレーターが開発され、コードされたタンパク質に対するそれらの機能的影響に従って分類される特定のCFTR変異を標的としてきた。 展望記事において Manfredi たちは、多くの CFTR変異が多面的効果を持ち、それゆえモジュレーター療法から恩恵を受けるはずであるが、実際にはそれを受けていない新たな見解について議論している。 さらに、極めてまれな CFTR変異を持つ人は、これらの標的薬を受け取るように指示されていないことが多い。 著者らは、より多くの患者を治療するために、これらのモジュレーターの個別化を広げるために必要な方法を概説している。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 嚢胞性線維症:白人に高頻度で見られ遺伝病で、塩素イオンチャネル(CFTR)の遺伝子異常で、水分の流れに異常をきたし粘液の粘度が高くなる。
Science, this issue p. 220

公平かどうかはどうでもいいよ・・・勝ちさえすればね (Doesn't matter if it's fair…as long as you win)

経済的不平等が増加している世界において、貧富の格差に関わる原因と公平について一般の人はどのように認識するのであろうか?  不平等な結果が公平と不平等についての個人的認識に及ぼす効果を計るため、Monina たちは機会の平等を、ゲームの結果、競技者の技量、および幸運から分離するカード・ゲームを考案した。 この設定において、非常に良い手が配られたプレイヤーは自分の勝利を、外的要素例えば幸運や有利な仕組みよりも、自身の能力に帰すると(間違って)考える傾向にあった。 勝利したプレイヤーはまた、そのルールが自身に都合のよい方に偏っていた場合においてさえ、そのゲームを公平だと考え、またそのゲームを肯定的に感じる傾向がより高かった。 このように貧富の不平等のような不平等な結果の認識は偏っていて、社会的経済的制度における機会を平等にするための試みを複雑にする。 結局のところ、「どのようにゲームがプレイされたかではなく、勝つか負けるかなのだ」。(Uc,MY,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau1156 (2019).