AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 14 2019, Vol.364

どうやってアーモンドを美味しくするか (How to make almonds palatable)

栽培化されたアーモンドの木は、数千年間、人間に食べ物を与え続けている。苦く、毒を持つ野生アーモンドから栽培種への誘導には、シアンを発生する二配糖体であるアミグダリンの喪失を必要とする。Sanchez-Perezたちは、アーモンドのゲノム配列を決定し、栽培種へ転換した要因となるゲノム領域を解析した。重要な変化は、この毒性化合物を生体合成する経路において、P450モノオキシゲナーゼの産生を調節する転写因子の一つの点変異であると分かった。(MY,ok,kj,nk)

【訳注】
  • アミグダリン:シアン配糖体(構造中にシアンと糖を持つ化合物)の1つで、バラ科サクラ属の未熟果実の種子核部などに含まれ、苦みが強く、加水分解により猛毒のシアン化水素を生じる。
  • P450モノオキシゲナーゼ: 細菌から高等生物まで普遍的に存在する一群のシトクロムP450の1つで、酸素1原子を化合物に導入する酸素添加酵素。
Science, this issue p. 1095

グラフェン系膜の支持 (Supported graphene-based membranes)

多孔質グラフェン薄膜は、優れた濾過能力を持ち、また、ほとんどのイオンの通過を阻止できるが、その脆弱性のために、実験室実証を超えたスケールアップが制限されている。Yangたちは、機械的安定性を付与するため、網状の単層カーボン・ナノチューブ(SWNT)で強化されたナノ多孔質グラフェン膜を作製した(Miによる展望記事参照)。このSWNTの網状構造はまた、グラフェン内で裂け目が広がるのを阻止し、カーボ・ナノチューブが作る網目内の1区画という小領域に損傷を効果的に局在させた。この膜は、水に対する高い流出率と同時に、ほとんどのイオンに対する高い除去率を示した。(MY,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1057; see also p. 1033

厳重監禁下でのATP生産 (ATP production under lockdown)

細胞プロセスは、しばしば速度を速めたり、遅くしたり、或いは総てを停止することで、変化に対応しなければならない。アデノシン三リン酸(ATP)合成酵素は、膜内外プロトン勾配を用いてATPを生成するが、この反応は逆に進む可能性があり、条件が好ましくない場合には停止する必要がある。Jinke Guたちは、内在性の抑制タンパク質IF1を含むブタ心臓から四量体ATP合成酵素複合体を精製した。低温電子顕微鏡における標的精密化は、IF1により2つの異なる回転状態に捕捉された哺乳動物ATP合成酵素の高分解能像をもたらした。この知見は、ATP合成酵素四量体が、少なくとも3つの異なる機構によって抑制され得ることを示唆している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1068

「3」が、鉄と二酸化炭素に対するおまじない (Three's a charm for iron and CO2)

CO2からCOへの大規模な電気化学的還元は、温室効果ガスの汎用化学製品への持続可能な変換における、有望な第一歩かも知れない。今のところ、金および銀がこの方法にとって最も活性の高い触媒である一方、より豊富でより安価な金属は、非実用的なほど高電位を必要とする傾向にある。Jun Gu たちは今回、貴金属と同等以上の活性を有する、鉄触媒について報告している。その鍵は、分散単原子鉄イオンの3価酸化状態での安定化であることが判明した。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1091

動的メタ表面 (Dynamic metasurfaces)

ナノ構造メタ表面は、多くの光学受動素子として機能を果たすことができる。S.Q.Liらは、メタ表面を液晶と組み合わせることで、能動的に光線を制御できることを実証している。Near-eye (目の近くで使う)拡張現実型ディスプレー技術の開発を目指して、彼らは誘電メタ表面と液晶薄膜と組み合わせて、小型空間光変調器を作成した。この結果は、動的メタ表面技術開発が先進的時間変動型機能をもった小型光学技術の基盤技術となる道を与える。(NK,KU,ok,kj,nk)

Science, this issue p. 1087

より長いリップル波が、より良い記憶を作る (Longer ripples make better memories)

海馬における鋭波リップルは、記憶形成および行動計画において役割を果たすと考えられている。Fernandez-Ruiz たちは、学習課題を行っているラットにおいて、海馬の錐体神経細胞の光遺伝学的活性化と組み合わせた多部位電気生理学的記録を用いた。空間記憶課題における学習と正確な記憶は、延長された鋭波リップルと関連していた。これらのリップル波を人為的に長くすると作業記憶の能力が向上し、リップル波の後半部分を止めると能力が低下した。(Sk)

【訳注】
  • 鋭波リップル:海馬で観察される、鋭波(70-200ミリ秒続く特徴的な波形)とリップル波(100-200Hz程度)が合成された脳波であり、ノンレム睡眠時には、覚醒時に経験した情報をリップル波に乗せて、実際のタイムスケールの数10分の1に圧縮して再生することで、記憶を強化している。
  • 光遺伝学:光によって活性化されるタンパク分子を遺伝学的手法を用いて特定の細胞に発現させ、その機能を光で操作する技術 作業記憶:現在の作業に必要な情報を一時的に保持するもので、それに基づいて一連の作業が効率的に実行される"
Science, this issue p. 1082

古代の大麻慣習 (Ancient usage of cannabis)

大麻の耕作は、はるかな有史前までさかのぼる。中国とタジキスタンの国境にあるパミール高原上の墓地発掘の際に、Renたちは木製の火鉢の中に大麻油を見つけた。この知見は、紀元前500年にはすでに埋葬の儀式で精神高揚の大麻利用があったことと一致する。この大麻は、THC(テトラヒドロカンナビノール)の高い濃度(この植物の野生株よりも高い)を特徴としていた。ヒト化石からの同位体証拠と同様に、この墓地から掘り出された古器物は、隣接地域の人々との高度の文化的・経済的交流があったことを示している。このように、この地域の人々は、大麻の作用強度を高める目的で大麻のまったく異なる種の交配に携わっていたのかもしれない。(Uc,KU,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaw1391 (2019).

Cassiniの土星の環の最後の眺め (Cassini's last look at Saturn's rings)

Cassiniの特命飛行の最終段階で、この探査機は土星とその環の間を飛行して、この壮大なシステムに関する新しい見方を提供した (Idaによる展望記事を参照のこと)。Spilkerは、先ずは、Cassiniが土星を周回して過ごした13年間の間になされた多数の発見を概説している。Iess たちは、Cassiniの重力的引力を測定し、その惑星と環からの寄与を分離した。これにより、彼らは土星の内部構造とその環の質量を決定することができた。Burattiたちは、環の中や周りにある 5つの小さい衛星の観測結果を与えている。それぞれの衛星は、環の物質の降着によって、特有の形状と組成を有している。Tiscarenoたちは、環を近距離で直接観測し、衛星と環の粒子との間の重力相互作用によって刻まれた複雑な特徴を見いだした。まとめると、これらの結果は、土星の環が惑星本体より十分に若いことを示しており、それらの起源に関するモデルを制約することになる。(Wt,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1046, p. eaat2965 , p. eaat2349, p. eaau1017; see also p. 1028

L-ドパ代謝における刺激剤 (The dope on L-dopa metabolism)

パーキンソン病に対するl-ドパ治療の効能は、患者の微生物相の組成に依存して、個人間で大きく異なる。l-ドパは脳内のヒト酵素で脱炭酸化され活性ドパミンへとなるが、l-ドパが血液脳関門を越える前に腸内微生物相がそれを代謝する場合、薬物療法は有効でなくなる。Maini Rekdalたちは、様々な種の細菌がl-ドパ代謝に関与していることを見い出した(O'Neillによる展望記事参照)。腸球菌科 Enterococcus faecalisからのチロシン脱炭酸化酵素(TDC)およびコリオバクター科 Eggerthella lenta A2からのドパミン脱水酸化酵素(Dadh)が、l-ドパを順次m-チラミンに代謝した。微生物のl-ドパ脱炭酸化酵素は、(S)-α-フルオロメチルチロシン(AFMT)によって不活性化されるが、このことは、微生物の脱炭酸化酵素による不活性化を回避するためにパーキンソン薬の組み合わせを開発する可能性を示している。(KU,ok,kj,kh,nk)

【訳注】
  • L-ドパ:チロシン水酸化酵素によりチロシンから生成され、ドパミン等の神経伝達物質の前駆体
  • 血液脳関門:血液と脳(そして脊髄を含む中枢神経系)の組織液との間の物質交換を制限する機構
  • チラミン:脱炭酸化酵素によりチロシンから生成されるモノアミン化合物
Science, this issue p. eaau6323; see also p. 1030

友達のちょっとした助け (A little help from a friend)

ハワイのウミウシElysia rufescensは、Bryopsis 種と呼ばれる藻を食べる。その藻は、カハラリドと呼ばれる脂肪酸で修飾されたペプチド毒素を使って捕食者から身を守る。Zanたちは、第三者が毒素生産に関わっているのではないかと考えた(MascuchとKubanekによる展望記事参照)。藻の内部で、非常に減少したゲノムを有するある細菌種が、カハラリド群の非リボソーム組立の工場であることが発見された。著者たちは、この化学的多様性を生み出すための経路を解明した。ウミウシは、毒素に耐性があるだけでなく、魚に捕食されることから自らを守るために、カハラリドを蓄積するよう藻を食べているようだ。(Sh,kh,nk)

Science, this issue p. eaaw6732; see also p. 1034

高速切替向きの構造的転換 (Structural switch for fast switching)

相変化材料はコンピュータ・メモリにとって重要である。この材料は熱パルスを使うことで、ガラス状態から結晶状態へ素早く転換し、その後、より低温で長時間、その構造のままにしておくことが出来る。Zaldenたちは、2つの相変化材料について、この構造転換の間の基礎をなす原子構造を、超高速X線回折とシミュレーションを用いて調べた(Raoによる展望記事参照)。2つの材料とも、液-液相転移が高温での高速転換を可能にした。より低温のガラス状態がこの構造を固定し、長期間のメモリ保持を可能にする。(MY,kh)

Science, this issue p. 1062; see also p. 1032

チタン酸ストロンチウム強誘電体を駆動する (Driving strontium titanate ferroelectric)

隠れた相は、平衡状態図上で一般的には到達できない準安定集団状態である。Novaたちは赤外線パルスを使用して、結晶を準安定強誘電体相(何時間も持続する可能性がある相)にする高周波格子モードを励起した。X.Liたちはテラヘルツ電磁場を用いて、結晶内のイオンを新しい相で占める位置に移動させる柔軟モードを駆動した。この場合に強誘電体相は過渡的であり、10ピコ秒のオーダー持続した。 これらの隠れた相は、その点を除けば通常の材料においてエキゾチックな性質を持つことができるので、そのような隠れた相へのアクセス可能性と制御は、潜在的な機能性と用途を広げるかもしれない。(KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1075, p. 1079