AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 21 2019, Vol.364

甘ったるい見物人が悪役になる (Sweet bystander becomes a villain)

膵臓ガン患者は、往々にして多くのタンパク質上に存在する糖鎖抗原であるCA19-9の血中濃度が高い。このためCA19-9は、病状進行の診断と監視のための生物指標化合物として通常用いられている。Engleたちはマウスの研究で、CA19-9が膵臓疾患の存在を示す無害な見物人どころではない、つまり病気の因果的役割を果たしている可能性があることを見出した(HalbrookとCrawfordによる展望記事参照)。タンパク質にCA19-9を付加するヒト酵素を発現している遺伝子導入マウスは、重篤な膵臓炎を発症した。これはCA19-9の抗体による治療で改善に向かわせることができた。遺伝子導入マウスがKrasガン遺伝子をも内在している場合、膵臓ガンの発症に至った。これらの予期せぬ観察結果は、膵臓疾患の治療に対する新しい道を示唆する。(MY,kh)

【訳注】
  • Krasガン遺伝子:細胞増殖を促進するシグナルを細胞内に伝達するタンパク質をコードした遺伝子が異常となったもの。細胞増殖のシグナルを出し続け、ガン細胞を増殖する。
Science, this issue p. 1156; see also p. 1132

量子増幅で精度を高める (Improving precision with quantum amplification)

量子力学では、一つの物体は対になっている非可換観測量によって記述することができる、典型的にはその位置と運動量による記述がある。これらの観測量の測定可能な精度は、避けることが不可能な量子揺らぎによって制限される。しかしながら、「スクイーズド(圧搾)」手法は、この量子揺らぎをハイゼンベルクの不確定性関係を保存しながら操作することを可能にする。この手法により、一方の揺らぎの増加という犠牲のもとで、他方の観測量の測定精度を高めることができる。Burdらは、トラップ原子の付加的な変位がスクイーズドの増幅と言う結果になり、さらなる変位測定精度が高まることを示している(Schleier-Smithの展望記事参照)。この技術は、計測学における様々な用途に対し役立つであろう。(NK,KU,kj,nk)

【訳注】
  • スクイーズド状態;同時には正確に定めることができない非可換観測量の対に関して, 一方を厳密に定めた状態. 他方は完全にランダムになる.
Science, this issue p. 1163; see also p. 1137

金属を使わないPETプローブへの道 (A metal-free route to PET probes)

陽電子放出断層撮影法(PET)は、医学診断および薬剤の開発のために広く用いられている画像形成技術である。その名前が示すように、この技術は陽電子を放出するトレーサーを必要とし、一般には、フッ素または炭素の標識化放射性同位元素によっている。W.Chenたちは、放射性フッ化物を芳香環に組み込むための、多用途の技術を考案した。金属を使用しないこの光化学的方法は、芳香族の炭素-水素結合を[18F]フッ化物で直接置換するため、複雑な分子のトレーサーへの後期段階での変換に特に適している。(Sk,kj,nk)

Science, this issue p. 1170

小さな魚が大きな貢献をする (Little fish make a big contribution)

サンゴ礁は、最も生物多様性に富んだ豊かな生態系の一つを代表している。そのような豊かさは、コーラル・ヘッドと大きくて色彩に富んだサンゴ礁の魚を思い起こさせる。しかし、Brandlたちは、サンゴ礁の生態系の最も顕著で重要な部分の一つが、ほとんど見えていないことを示している(RiginosとLeis による展望記事参照)。イソギンポのような、小型の海底に隠れ住む魚が、サンゴ礁の魚の生物多様性の約40%を占めている。さらに、この海底に隠れ住む魚の幼魚の大部分は、広く分散しているのではなく、局所的に住み着き、そして急速に世代交代している。そのような高度な多様性と生息密度が、もっと大きくて、もっと知られているサンゴ礁の魚のために、生物資源の基礎を提供しているのかもしれない。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • コーラル・ヘッド:サンゴ礁の海中にある、サンゴで覆われた岩の塊
Science, this issue p. 1189; see also p. 1128

光が(補)酵素に新しい技を教授する (Light teaches (co)enzymes new tricks)

有機合成において、光は基質や触媒の電子を励起するのに広く用いられ、所望の生成物への反応経路を広げる。 生命現象が 光をこのように使うことは少ないが、フラビンなどの補酵素は、光により励起状態に誘導されうる。Biegasiewiczたちはこの反応性を調べ、光に暴露されると非対称ラジカル環化反応を触媒する一連のフラビン酵素群を見出した。"エン"-還元酵素は、還元されて光照射されると、α-クロロアミド1つとアルケン1つを含有する出発物質を、5、6、7あるいは8員環のラクタムへと転換した。さまざまな酵素が、生成物において異なる立体化学性を付与した。これは活性部位ポケットの幾何形状の違いのためらしい。(MY,kh)

【訳注】
  • 補酵素:酵素単独では触媒活性がなく、触媒活性発現に低分子有機化合物を必要とする場合の低分子有機化合物のこと。
  • エン:アルケンの二重結合部のこと。
  • フラビン:生物体広くみられる黄色色素で、酸化還元反応・酸素添加反応に関与する。
Science, this issue p. 1166

ゲートを開いた状態に保つ (Keeping the gate open)

嚢胞性線維症は、肺機能に影響を与える進行性疾患であり、致命的となる場合も多い。この疾患は、嚢胞性線維症膜貫通コンダクタンス調節因子(CFTR)の変異によって引き起こされる。変異体の一種はイオン伝導性を損ない、そして薬剤アイバカフトール(ivacaftor)はイオン流動を増加させることで作用する。Liuたちは、アイバカフトールに結合したCFTRとイオン流を同様に増強する治験薬GLPG1837に結合したCFTRの二つの高分解能構造を記述している。2つの薬剤は膜貫通領域内の同じ部位に結合している。この部位はチャネル開閉に関与するヒンジと一致しており、このことは この薬剤がチャネルの開構造を安定にしているかもしれないことを示唆している。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1184

あなたに手渡す (Hand it to you)

物をつかみ、握り、そして操作する我々の能力は、器用な手、触覚、そして制御された握りを維持できるようにしている目や筋肉からのフィードバックを含んでいる。BillardとKragicは、これらの機能を模倣するためにロボット工学においてなされた進歩を概説している。把握装置は、完全に定義された環境で動作する単純な、はさんでつかむ機械から、雑多な物の山から対象物を識別し、選択し、そして操作できるロボットにまで進展してきた。さらなる進展が、コンピュータ視覚、コンピュータの処理能力、およびこのロボットにフィードバックを与える触覚材料の進歩から生じつつある。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. eaat8414

反芻動物の系統発生と特徴 (Phylogeny and characteristics of ruminants)

反芻動物は、シカ、ウシ、ヤギのようなよく知られた分類群を含めて科を包含する多様な哺乳類のグループである。しかし、それらの進化的な関係は、独特の消化器系と洞角や枝角のような頭蓋付属器の起源などについてが論争の的になっていた(KerとYangによる展望記事を参照)。反芻動物の間の関係を理解するために、L. Chenらは6つの科を代表する44種の配列を決定し、系統発生解析を行った。この解析から、彼らは多くの属の系統を解明し、主要な分岐群の間で不完全だった系統の分類を実証することができた。興味深いことに、彼らは、約10万年前に始まった多くの分類群における大規模な個体数減少の証拠を見い出したが、これは人類の出アフリカと一致している。頭につく骨性の付属器(いわゆる頭蓋付属器)を調べることで、Wang等は反芻動物の特異的な進化上の変化を説明し、シカの枝角の発生に働いているかもしれないガン関連遺伝子における選択を明らかにしている。最後に、Lin等はトナカイのゲノムを精査して、トナカイが北極の過酷な条件で生き残ることを可能にする順応の遺伝的な根拠を明らかにしている。(ST,KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaav6202, p. eaav6335, p. eaav6312; see also p. 1130

よく回る機械の柔軟領域 (Flexible domains in a well-oiled machine)

モーターは、あるエネルギー形態を別のエネルギー形態に変換する。生物モーターの場合、アデノシン三リン酸(ATP)は化学エネルギーとして働き、その加水分解は機械的な力をもたらす構造変化に結び付いている。ATP合成酵素は、多段階プロセスでこのプロセスを逆にする:最初に電気化学的勾配を回転運動エネルギーに変換し、次に回転運動エネルギーを高エネルギーのホスホジエステル結合の形成に結びつける。Murphyたちは、単細胞藻 Polytomella sp.からの二量体ミトコンドリア F1-Fo ATP合成酵素におけるこれらのエネルギー変化を研究した。彼らは、ATP成酵素複合体の高分解能低温電子顕微鏡構造を解明し、13個の準回転状態を抽出した。この構造の集まりは、Fo環と中心柄の回転がF1頭部の部分回転と結びついていることを明らかにした。この柔軟性により、頭部が、連続回転と不連続ATP合成事象とをより結びつけることを可能しているのかもしれない。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw9128

小さな、相互接続された世界 (A small, interconnected world)

国家は、魚介資源があたかも地域的な資源であるかのように管理している。ある程度まで、これは真実を反映しているかもしれないが、海洋の魚は、おそらく他のいかなる脊椎動物群よりも、海流を通じて大規模な距離を越えて繋がっている。Rameshたちは、これらの海流が7000種以上の仔稚魚をどのように分布させるのかのモデルを作っている。彼らはネットワーク解析を使用して、世界のある 場所で見つかった個体群が他の地点から来てるかも知れない度合を評価した。世界中の魚はスモール・ワールド・ネットワークを構成し、そこでは魚全体に亘っての関連性が堅固であり、特定の生産性中枢構造が広く重要となっているようだ。このような関連性は、保存・管理そして食糧供給に関し、世界的に広い範囲に及ぶ意味合いを有している。(Uc,KU,kj,nk,kh) 【訳注】

【訳注】
  • スモール・ワールド・ネットワーク: グラフであって, 任意の頂点間の経路長が典型的には, 総頂点数の対数程度に小さいもの. 人間社会が, 個人を頂点, 直接関係ありを辺と考えると, このグラフに該当するとする研究がある.
Science, this issue p. 1192

状況が抗共生免疫を形成する (Context shapes anticommensal immunity)

腸内細菌Akkermansia muciniphilaは、肥満予防、創傷治癒の増進、抗腫瘍反応の増強に関係している。Ansaldoたちは、この細菌が、CD4陽性T細胞ヘルプと共にB細胞によって産生される抗原特異的免疫グロブリンG1(IgG1)を誘発することを見出した。これはほとんどの反共生応答と対照的であって、IgA抗体のT細胞非依存的産生を引き起こす。細菌叢の全成分を規定した純粋隔離群の実験状況において、A.muciniphila特異的なT細胞は、A.muciniphilaが存在している場合のみ増殖した。このT細胞は主として、B細胞の支援に関係する表現型を示した。しかし、従来型の腸内細菌叢を持つマウスにおいては、炎症誘発性でA.muciniphila特異性的な他のT細胞集団もまた増殖した。このように、抗A.muciniphila免疫は状況依存的で、このことが、患者で報告されたこの細菌に対する可変的な免疫応答を説明するかもしれない。(MY,kj,kh,KU)

【訳注】
  • 免疫グロブリン:体内に侵入した抗原を認識して結合する免疫物質。
Science, this issue p. 1179

野生生物の健康に向けた知識システムの統合 (Integrating knowledge systems for wildlife health)

地域特有の住民即ち先住民族によって保持された知識は、しばしば野生生物の健康と保存の努力を支えるために非常に重要である。展望記事において、KutzとTomaselliは、これらの様々な形態の知識を相互に尊重する方法で統合するための努力に光を当てている。例えば、科学的知識と先住民族の知識を統合する直接参加型疫学的アプローチの使用が、東アフリカでのその最後の発症地における牛ペストを根絶する鍵となった。同様のアプローチが、カナダ北極圏におけるジャコウウシ(muskox)の個体数減少を引き起こす機構のより深い理解に導いた。このように、今後は、現在行われている反復とフィードバックに基づいた厳密な研究設計が、地域固有の先住民族の定性的な知識を、モデルと意思決定に含めることが可能になるだろう。。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1135

コロイド結晶中の可動性粒子 (Mobile particles in colloidal crystals)

ナノ粒子の結晶化は、分子交雑による集合を指示するDNA鎖を用いてナノ粒子を機能化することで制御することができる。粒子対間の相互作用に関する設計規則は、イオン化合物に関する設計規則に似ている。分子動態シミュレーションに触発されて、Girardたちは、 相互反発性相互作用を有するより大きな粒子(直径~10ナノメートル)が、はるかに小さな抱合粒子(直径~1.5ナノメートル)が存在する場合にのみ安定な格子を形成できることを示している。これらのより小さな粒子は可動であり、格子を通過して拡散するので、結合相互作用は金属における電子の古典的描像に似ている。(KU,kh)

Science, this issue p. 1174

大腸がんにおける微生物叢 (The microbiota in colorectal cancer)

何種類かの細菌が大腸がんに伴って見つかるが、これらの細菌は腫瘍形成に関与しているのだろうか? データははっきりしないままだが、証拠からすると、ある種の細菌が腫瘍の進行と治療に対する応答に影響する可能性があるらしい。展望記事で、Garrettは、大腸がんの予防と診断、治療をもしかして改善できるよう微生物叢の研究をどのように進めるべきかを考察している。(Sh,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1133

地下水枯渇の模型作成 (Modeling groundwater depletion)

地下水資源に対して人間の活動がどう影響するかを完全に理解することは、水文模型に対する継続的な挑戦課題である。そのような模型は、しばしば、資源管理のための最もよい事例を知らしめようとする。私たちの理解における重要な欠陥のひとつは、地下水の枯渇が地表水の挙動にどのように影響するかという点にある。CondonとMaxwellは、米国本土全体にわたる100年間の地下水の減少の影響をシミュレーションした。彼らの統合模型は、地下水汲み上げと自然のままの流域の変化との間の連関の性質を明らかにしている。これには、蒸発散量と河川流量への汲み上げの広範な影響も含まれている。(Wt,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav4574 (2019).