AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 7 2019, Vol.364

カシミール効果において反発する何か (Something repulsive in the Casimir effect)

2つの帯電していない物体(例えば金属板)は、それらの間で引力を受け、その大きさはそれらが互いに接近するにつれて増大する。この力、すなわちカシミール効果は、電磁場の真空ゆらぎによって引き起こされる。物体間よりも物体外側の方に電磁波モードの数が多いため、その差が実効的に物体を押し付けることになる。Zhaoたちは、この物体の一方を誘電体(テフロン)で覆うことによって、電磁気的な揺らぎの大きさを制御できることを示している。誘電体は、小さな距離では、カシミール効果を反発力に変える。その結果、これが板間の力を相殺し、安定した平衡点を生み出す。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 984

ハロー(円環状)の模様を解読する (Decoding the halo pattern)

磁場は、超伝導体中に渦を形成させることがある。銅酸化物超伝導体中では、渦核は「ハロー」に囲まれており、そこでは電子状態密度が市松模様を示す。Edkinsたちは走査型トンネル分光法を用いて、このハローをより詳しく調べた。その結果は、その模様が、電子対密度波と呼ばれるひとつのエキゾティックな状態に対応していることを明らかにした。電子対密度波中では、有限の運動量を持つクーパー対の密度が、空間的に変調されている。(Sk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 976

二つの銀河団の間の電波の尾根(A radio ridge between two galaxy clusters)

銀河団には、数十から数百の銀河や膨大な量の高温ガス、大量の暗黒物質が含まれている。ガスが相対論的速度の電子を含んでいると、そのガスは電波の波長で放射する可能性がある。この相対論的電子は、活動銀河による注入か、あるいは2つの銀河団の合体中の加速による可能性がある。GovoniたちはLow-Frequency Array(LOFAR)電波望遠鏡を用いて、合体へと近づいている2つの銀河団の間に広がる電波を放射するプラズマの尾根状の構造を観測した。その結果は、銀河間磁場が2つの星団を結びつけていることを意味し、銀河間物質中の粒子加速の理論にその解明を求めている。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 981

パタゴニアからのブナ科化石 (Fossil Fagaceae from Patagonia)

ナラなどのブナ科ブナ科の進化上の起源は、北半球の温帯林および東南アジアだと考えられている。Wilfたちは今回、現生のブナ科シイ属に属する5200万年前の、南半球から得られた化石を報告している。ブナ科の起源についての仮説は、北半球だけを焦点としてきた。このシイ属の祖先は、今日東南アジアの熱帯雨林でシイ属とともに見出される、数多くの古南極大陸由来の植物属群の1つに相当する可能性がある。(MY)

【訳注】
  • ブナ科:ドングリをつける樹木の科で、日本ではブナ属、コナラ属、マテバシイ属、シイ属、クリ属が自生する。
Science, this issue p. eaaw5139

落ち着いて継続せよ (Keep cool and carry on)

地球温暖化の現在の進行経路は、地球全体の平均温度が2100年までに工業化前レベルよりも2.6度~3.1度以上増加すると予想している。パリ合意(Paris Agreement)は、この数値を2度未満に維持することを狙っており、最近では、達成目標を引き上げて1.5度未満にするよう調印国に圧力をかけている。Loたちは、15の米国主要都市からの気候と熱に関連する双方の死亡数に関するデータを評価した。彼らは、現在のパリ合意による制限が、アトランタを除いたこれら全ての都市において現在の温暖化傾向のままの場合と比べ、かなりの死亡数減少をもたらすに違いないことを発見した。特に、フィラデルフィアでは熱関連による死亡が3.1%もの最も大きな減少が見られた。さらに野心的な1.5度の目標を達成するならば、各都市あたりの年間見積もり死亡数を、現在のまま推移した場合に比べ、110から2720人少なくできるだろう。(Uc,KU,ok,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau4373 (2019).

触覚の脳地図 (Brain map of touch sensation)

脳の体性感覚皮質は、触覚入力を反映する地形図を含む。胚発生の間、中脳視床からの軸索は、感覚入力がない状態で皮質への円柱状の結合を構築する。 マウスの研究から、Anton-Bolanosたちは、これらの視床皮質結合が体性感覚皮質の組織化を担当していることを発見した(TiriacとFellerによる展望記事参照)。皮質における地図の構成は、胚性視床における自発的カルシウム波に依存する。したがって、体性感覚地図は、実際の感覚入力がその詳細を洗練しはじめる前に概略図が描かれる。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 987; see also p. 933

これは安全, 食べられるよ (This is safe, you can eat it)

食物嗜好の社会的伝達は、非空間的な記憶を研究するための模型になっている。マウスでは食物が安全に食べられるというシグナルは、同種の食べ物から出る空気の中の分子に伴って運ばれるその匂いによって伝達される。匂い自体がどのようにコード化され、価数が割り当てられるのかはよく分かっていない。Loureiro等は、このプロセスで中心的な役割を果たす2つの脳領域、つまり梨状皮質と内側前頭前野、の間に、このプロセスで中心的な役割を果たす単シナプス経路を見い出した。この接続は社会的相互作用の間中ずっと強化され、それによりマウスは自分の仲間に食物安全のメッセージを提供することが可能となる。(NA,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 991

正常組織における体細胞モザイク現象 (Somatic mosaicism in normal tissues)

体細胞は、個人の一生にわたっての変異を蓄積する可能性がある。これが、ゲノム内の特定の遺伝子座で遺伝的に異なる細胞を生成する。個々人におけるこの遺伝的多様性が疾患にどのように寄与しているかを調べるために、Yizhakたちは RNA配列決定データから変異を検出する方法を開発した(Tomasettiによる展望記事参照)。Cancer Genome Atlasからの試料とGenotype-Tissue Expression(GTEx)プロジェクトからの正常試料へ本方法を適用して、組織毎に変異蓄積の研究が行われた。体細胞変異は、ほぼ全ての個人と多くの正常ヒト組織の至る所で、がんホットスポットと呼ばれるゲノム領域とがんの一因となる遺伝子中に検出された。興味深いことに、皮膚と肺そして食道が最も多くの変異を示し、このことは体外の環境が多くのヒト変異を生み出すことを示唆している。(Sh,nk)

【訳注】
  • Cancer Genome Atlas:様々な組織での”がん”のゲノムやエピゲノム、トランスクリプトーム、変異情報等のデータを集約して公開している米国国立がん研究所(National Cancer Institute : NCI)と米国国立ヒトゲノム研究所(National Human Genome Research Institute : NHGRI)のプロジェクト。1
  • Genotype-Tissue Expression(遺伝子型-組織発現) プロジェクト:米国ブロード研究所を中心に南北アメリカと欧州の研究機関が参加する国際コンソーシアムによる、ヒトの体組織ごと、遺伝子型ごとの遺伝子発現を網羅的に調べたプロジェクト。
Science, this issue p. eaaw0726; see also p. 938

二者択一の決定が運命決定を洗練する (Binary decisions refine fate decisions)

神経堤細胞は、頭蓋顔面骨から末梢神経細胞に至る組織中で発達する。単細胞RNA配列決定と空間的トランスクリプトミクスとを結びつけることで、Soldatovたちは、マウス胚における神経堤細胞がそれらに選択可能な様々な運命の一つをどのように選択するか分析した(Mayorによる展望記事参照)。これらの多能性細胞は早い段階で所定の運命に向かって片寄り、そして自分の運命の幅が細かくなっていくにつれ、二者択一決定の進行を通して進む。関連するプログラムの同期化の増加が一方を優先し、同時に起きる抑制が他方を不利にするまで、複数の競合する運命プログラムが共存する。(KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaas9536; see also p. 937

隆起効果 (An uplifting effect)

南極の氷の融解によって生じている海面上昇は、気候が温暖化するにつれて、加速の一途をたどっている。しかしながらLarourたちは、アムンセン海区域での地殻隆起が、接地線の後退を低減するのに役立っていて、結果として氷床を安定化し、氷床の質量損失速度を遅くしていることを報告している。この効果は、氷床損失を止めたり逆転したりはしないだろうが、スウェイツ氷河の動的質量損失の進行を、約20年遅くすることができるだろう。(MY,kh)

【訳注】
  • 接地線:氷床や氷河の端部が海や湖へ流出しているとき、陸上の氷体と水に浮いた氷体(棚氷)との境界
  • 氷床:大陸を氷で覆う大規模な氷河のこと。
  • スウェイツ氷河:アムンセン海に臨む陸地側にあり、南極の中でも速い速度で溶け、後退が続いている氷河。
Science, this issue p. eaav7908; see also p. 936

2次元磁性体を詳しく調べる (A detailed look into 2D magnetism)

ファン・デル・ワールス材料である三ヨウ化クロム(CrI3)は、バルク状態では強磁性を示すが、数原子層からなる薄膜では反強磁性を示すようだ。Thielらは、ダイヤモンドの窒素欠陥中心に基づく局所的磁気測定技術を用いて、ナノスケールでこれら薄膜の磁性を調べた(Fernandez-Rossierの展望記事参照)。これまでの結果と一致して、奇数の原子層を有する薄膜は単原子層と一致する磁化を示し、反強磁性結合が生じていることを示唆している。しかし、研究者の探針が偶発的に試料を穿刺してしまったところ、9原子層薄膜の磁化が強磁性体において予測される値のほぼ9倍増加した。さらなる特性解析は、探針の穿刺が、この不可解な系の構造的特性と磁性特性を結びつける構造転移を引き起こしたことを示唆した。(NK,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 973; see also p. 935

なぜメタンは上昇しているのか? (Why is methane rising?)

メタンは強力な温室効果ガスで、自然過程および人間が引き起こす過程の両方により放出される。Mikaloff FletcherとSchaeferは展望記事で、地球大気へ放出されたメタン量の急激な上昇の最近の証拠に光を当てている。この上昇は2007年に始まり、2014年に加速した。容疑が疑われそうな中に、家畜及び化石燃料燃焼に由来する放出増加が含まれることを、同位体測定は示唆している。メタンの上昇が続く場合、気候温暖化を2015年のパリ協定のもとで必要とされたように1.5°Cあるいは 2°Cに制限するのに、他の温室効果ガス放出のさらに大きな削減が必要とされるだろう。(MY)

Science, this issue p. 932