AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 31 2019, Vol.364

デバネズミはどのようにして痛み感覚をなくしたのか (How the mole-rat lost its pain)

痛みは、何かがおかしいと体に警告を発し、そして通常我々は、その痛みの原因となる活動をやめる。 多数の種類の植物と被捕食動物が、捕食が試みられる際に放たれる痛み原因物質を産生することで、この応答を利用する。 これに対して、このような物質に遭遇する種は多くの場合、この痛みを生み出す機構を遮断する方法を進化させる。 Eigenbrod たちは、痛みに耐性を示すハダカデバネズミと近縁の、地下に生息する8種のげっ歯類で、RNA転写物を調べた。 著者たちは、異なる種にわたり、痛みに関与するイオン・チャネルに対する複数の変化を見出した。 そのような適応の理解は、痛みの機構を解明する可能性があり、また鎮痛方法の開発に役立つだろう。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • デバネズミ:げっ歯目デバネズミ科の動物。 門歯が巨大で口外に突出していることが名前の由来。 サハラ砂漠以南のアフリカに生息し、地下にトンネルを作り生活する。ハダカデバネズミはその1種で、ガンが発生しないことで知られている。
Science, this issue p. 852

正しいのが3つ集まると悪くなるのかも知れない (Three rights can make a wrong)

多くの病気は、それだけでは無害であるが組み合わさると有害な、まれな遺伝子変異体の共遺伝から生じると考えられている。 この仮説は機能実験で検証するのが困難だった。 Gifford たちは、心臓病であるが症状が出ていない父親と心臓病でない母親と、全員が早発性心臓病を持つその両親の3人の子供に対して、ゲノム配列を解読した。 著者たちは、容疑が疑われそうな3つの遺伝子変異体を特定した。 そのうち2つの変異体は心臓発生に関係する転写因子の遺伝子に存在し、他の1つは筋肉構成タンパク質をコードする遺伝子に存在した。 遺伝子編集により、これらの3つの変異体を共にマウスに導入すると、マウスは、子供たちに見られるものと似た心臓病を起こした。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 865

微小な結晶を可視化する (Visualizing a tiny crystal)

電子は互いに反発し合う。 狭い空間に閉じ込められると、電子はウィグナー結晶と呼ばれる規則正しい、つまり結晶状態を形成することがある。 この壊れやすい結晶を観察するのは、極端な条件(低温かつ低密度)と極めて非侵襲的な探針を必要とするため、やっかいである。 Shapir たちは、電子を収容したカーボン・ナノチューブと、探針として機能しながら一つ目のナノチューブを走査する二つ目のナノチューブで、そのような状態を作り出した。 その測定された電子密度は、最大6個の一次元状の電子からなる小さなウィグナー結晶に対しての理論的予測と一致した。(Sk,kh)

Science, this issue p. 870

人工知能の共同作業 (Artificial teamwork)

人工知能的な動作主体は、二人用のゲームでは次第に良いものになってきているが、現実のほとんどの企てでは共同作業が必要である。 Jaderberg たちは、ビデオゲームのQuake III Arena を旗取りモードでプレイするのに秀でたコンピュータプログラムを設計した。 そこでは、2組の複数人チームが、対戦相手のチームの旗を奪うために競い合う。 その動作主体は、数千ものゲームをプレイすることによって訓練され、相手方の人間チームに好まれる戦略に似ないではない有効な戦略を徐々に学んだ。 コンピュータ中の動作主体は、その反応時間が人間の反応時間に合わせるようゆっくりとなった場合でも、人間との競争に成功した。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 859

捕獲イオン量子ゲートの念力移動 (Teleporting a trapped-ion quantum gate)

ある量子ビットの状態を別の量子ビットの状態に合わせてゲート制御することは、すべての量子情報処理装置における重要な手続きである。 量子処理装置の規模が大きくなるにつれて、量子ビットは、次第により長い距離にわたって相互作用する必要が生じてくる。 これは、固体素子の構造設計において非常に困難な実験的課題である。 Wan たちは、分離された量子ビットが効果的に相互作用することを可能にする20年前に理論的に提案された量子ゲート・テレポーテーション法を実施した。 彼らは、1つの区分されたイオントラップ内において、空間的に分離された領域内の2つの計算用量子ビット間を、制御されたNOTゲートを決定論的にテレポートした。 これは、拡張可能な量子情報処理装置への実行可能な道筋を示している。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 875

準備万端 (Well prepared)

よく知られているように、種は、新しい環境に適応することにより、新しい生態学的環境へと放散する。 しかし、ある種はこのやりかたで放散するのに対し、他の近縁種がそうでないのは何故だろうか。 Ishikawa たちは、トゲウオ群を注視し、なぜ、もともとは海生だったある系統群が、後氷期の淡水環境に進出できたのかを決定した(Weber と Tong による展望記事参照)。 彼らは、脂肪酸の不飽和化に関与するある遺伝子が、淡水の系統では重複されていることを見出した。 この遺伝子の海生トゲウオへの遺伝子導入操作で、海生系統のトゲウオは、不飽和脂肪酸を合成できるようになり、このため、不飽和脂肪酸が不十分な淡水の食べ物で生き残ることができるようになった。(MY)

Science, this issue p. 886; see also p. 831

マラリアを標的にするために蚊を標的にする (Targeting mosquitoes to target malaria)

ハマダラカはマラリア原虫を伝染するが、この蚊自身が、感染しやすい蚊固有菌を持っている。 Lovett たちは、ハマダラカに選択的に効く毒素を保有するよう、ハマダラカ固有の病原性真菌類を遺伝子改変した。 蚊の制御に対するこの真菌類の有効性が、MosquitoSphereと呼ばれる実験施設で、ブルキナファソの原野に近い条件で実試験された。 この環境に放たれた殺虫剤耐性を持つ野生蚊のほぼ75%が、遺伝子導入真菌類に感染し、45日以内に個体数の激減をもたらした。(MY,kj,kj)

Science, this issue p. 894

腸への放射線治療を解明する (Illuminating intestine irradiation)

高線量の放射線被曝は、血液系や神経血管系を含む複数の身体系に影響を与える。放射線はまた、胃腸症候群(GIS)として知られる重度の腸毒性を引き起こすことがある。 Chaves-Pérez たちはマウスの研究から、GISの根底にある機構に焦点を当てた。 分子シャペロンURI(unconventional prefoldin RPB5 interactor)は、電離放射線照射後の器官再生に必須な細胞周期の遅いラベル保持(slow-cycling label-retaining: LR)細胞にくっついて標識化した。 URIによる標識レベルが低いと、β-カテニン/c-MYC軸の活性化を介して、LR細胞は高度に増殖性になった。 その結果、LR細胞は放射線感受性になり、GISの重症度が高まった。 したがって、URI は標識化によってLR細胞を保護し、高線量の放射線治療に応答して組織再生を促進する。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • シャペロン:折り畳まれていない(変性状態)のタンパク質に結合し、それを折り畳まれた状態(天然状態)になるのを助けるタンパク質の総称。
  • 細胞周期の遅いラベル保持細胞:細胞周期の進行が遅いこれらの細胞は腸内で分裂せずにパネート細胞(微生物に対する防御因子を備えた細胞)に分化するが、損傷を受けると腸内のすべての細胞系譜の再生に関わる。
Science, this issue p. eaaq1165

恐怖行動と島皮質 (Fear behavior and the insular cortex)

脅威学習は、環境内の危険を回避するために重要である。 扁桃体は、脅威記憶の形成に関わる脳構造である。 無条件刺激情報がどのように扁桃体に到達するかは不明のままである。 Berret たちは、島皮質における神経細胞の独立した亜集団が外側または中央の扁桃体のいずれかに投射し、脅威学習と恐怖関連応答をそれぞれ駆動することを見い出した。 後部島皮質内の神経細胞は、その応答パターンを恐怖条件付けの際の条件刺激提示に適応させ、そして検索へ向けてこのパターンを維持した。 このように、島皮質中の多感覚の統合は、脅威記憶の保存と検索に寄与する。(KU,kj)

【訳注】
  • 無条件刺激:生体が生まれながらにして持っている習性により反応を起こす刺激。
  • 島皮質:大脳皮質の一つで、痛みの体験や喜怒哀楽や不快感、恐怖などの基礎的な感情の体験に重要な役割を持つ。
Science, this issue p. eaaw0474

受精への競走 (Racing to fertilization)

植物精子を運ぶ花粉管は、花粉が花に到達した場所から胚珠がある場所まで伸長する必要がある。 Zhong たちは今回、類縁植物種からの花粉が、胚珠にまっ先に到達するためにどのように競走するのかを示している。 進化速度の速い一式のペプチド・シグナルが協調して、同じ種の花粉管の成長を加速する。 進化的に古い一式の同類ペプチドが協調して、類縁植物種を含む全ての花粉管を引き付ける。 このように、受精は同じ種の花粉管を通じてより生じやすいが、安全確保機構が、時間のかかる花粉管でさえも、到達する必要のある場所に着くよう仕向けるのである。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. eaau9564

単一スピンで対称性を破る (Breaking symmetry with single spins)

量子系のエネルギー論は、通常エルミートなハミルトニアンで記述される。 古典的パリティ-時間(PT)対称性を示す系における非エルミートな物理の探求は、エキゾチックなふるまいを示す系を開発するのに十分肥沃な理論的および実験的基盤をもたらしてきた。 Wu たちは今回、非エルミートな物理が固体状態量子系において見いだせることを示している。 彼らは、拡張(dilation)と称する、PT対称性ハミルトニアンをエルミートに変換する手順規約を開発した。 これは、ダイヤモンド中の単一窒素欠陥中心を用いて、PT対称性の物理を調べることを可能にした。 この結果は、量子系におけるPT対称ハミルトニアンのエキゾチック特性を探求し理解するための出発点をもたらしている。(NK,kh)

【訳注】
  • PT対称性:空間座標を反転しても物理法則が変わらないことを意味する空間反転対称性(Parity symmetry)と、時間の進む向きを反転しても物理法則が変わらないことを意味する時間反転対称性(Time-reversal symmetry)の2つを組み合わせた対称性のこと。
Science, this issue p. 878

結局のところそれほど保護されていない (Not all that protected, after all)

保護自然区域を構築する意図は、破壊的な人間活動からそれらの区域を長期間保護しようとすることである。 政府はいつもこのような意図に従うとは限らず、しばしば合法的に保護を止めたり保護区域の範囲を狭めたりする。 Golden Kroner たちは、過去200年間の米国とアマゾン川流域地帯にわたって調べ、700以上のこのような変化を見つけ、その2/3は2000年から発生していることを見出した(Naughton-Treves と Holland による展望記事参照)。 これらの大部分は、例えば資源採取などの破壊的行為を許可することであった。 すなわち、このような変化は状況を変更するだけではなく、取り返しのつかない加害に至る。(Uc,kh)

Science, this issue p. 881; see also p. 832

メタ表面が超高速パルスを整形する (Metasurfaces get ultrafast pulses into shape)

様々な受動光学素子として機能させるために、ナノ構造のメタ表面が設計されてきた。 Divitt たちは今回、メタ表面を時間依存の能動光学素子としても動作させ得ることを実証している。 彼らは誘電体メタ表面の配列を用いて、周波数成分の位相と振幅を操作することにより、近赤外の超短(フェムト秒)パルスのパルス整形を実証した。 この結果は、高度な時間依存機能を備えた小型光学技術に対する基盤技術としての、動的メタ表面開発への道筋を示している。(Sk,kh)

【訳注】
  • メタ表面:人為的に波長以下の周期で等間隔配置された構造体からなる表面。
Science, this issue p. 890

研究動物における性偏見 (Sex bias in research animals)

ホルモン周期によって引き起こされる身体の状態変化を考えて、雌性動物は様々な学問分野、特に神経科学において、前臨床研究からほぼ除外されていた。 しかしながら、雄性げっ歯類は雌性げっ歯類と同じくらい行動とホルモンの変動を示し、このことは研究における雌性動物の排除が根拠のないことを示している。 Shansky は展望記事において、雌性動物を排除するという決定の歴史と前臨床研究において、雌性動物を含めることを激励する動きについて議論している。 しかしながら、研究において雌性動物をどのように含めるべきかについての勧告がないので、雄性動物を原型として使用するということに対する懸念が続くことだろう。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 825

成人脳における神経細胞の生成 (Generating neurons in the adult brain)

脳の細胞構造は、現実での検証がないまま、神経細胞が胚発生の間にのみ生成されて出生後は変化しないと考えられてきた。 しかしながら、積み重なる事実情報は、一生を通じて神経細胞の発生が、脳の特定の領域で起こり得ることを示唆している。 Gage は展望記事において、成人の神経生成が起きることおよびこの現象の潜在的機能の意味することについての継続的な論争を議論している。 成人期における神経細胞の生成は、脳が以前に考えられていたよりも可塑性があることを示唆しており、これは自己意識、記憶、学習、および神経変性に影響を与える。(ST,kj)

Science, this issue p. 827

民主主義と気候変動防止活動 (Democracy and climate-change action)

地球温暖化をパリ協定の目標である 1.5℃または 2℃に制限できる方法の探索を目的とした気候モデルは、通常、広範囲にわたる技術的および社会的な転換を訴える。 これらは、二酸化炭素除去技術の広範な使用を含んでいる。 Lawrence と Schäfer は展望記事で、技術へのこの依存は、要求される規模で実行することが困難であるか不可能であるかもしれず、パリ協定の気温目標をますます妥当性のないものにしていると主張している。 今後の方策は、気候リスク軽減のために各国が独自に決める貢献という革新的な概念であり、それはパリ協定で導入された。 これが、気候変動の緩和と適応に向けた、より大きな民主主義的関与、責任、および有意義な変化を促進する。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 829

ストレスと免疫系 (Stress and the immune system)

心理的ストレスは認知能力に影響を及ぼし、重度のストレスは慢性疾患の一因となる。 Kertser たちは、電気ショックを伴うストレス源に対するマウスの反応を試験した。 中枢神経系の免疫監視は、精神的ストレスへの対応能力において務めを果たす。 しかし深刻なストレスがこのプロセスを妨げた。 重度のストレスにより、脳と免疫系の主要な接点である脈絡叢に沿った白血球の輸送が減少した。 副腎皮質ステロイドと糖質コルチコイドによるシグナル伝達を遮断すると、脈絡叢の機能を局所的に回復させ、免疫機能に対するストレスの衝撃を緩和した。(Sh,nk,kj)

【訳注】
  • 脈絡叢:脳室の内壁にあり、脳脊髄液を産生し脳室内に分泌する組織。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav4111 (2019).