AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 3 2019, Vol.364

予期せぬ有利さ (An unexpected advantage)

人間活動は、地球の環境をさまざまに変えつつある。 他の種は急速な変化に直面して、適応することができるだろうか? 適応はゲノム多様性を必要とするが、個体数の減少は多様性を失わせ、それにより、今日の世界で生き残る機構として、適応が有効なのか疑問を投げかける。 Oziolor たちは、汚染に対するメダカの急速な適応の例を報告している(Pfennig による展望記事参照)。 これはどうやら直近30世代以内での外来同属種の導入が可能にしたらしい。 おそらく船舶のバラスト水の中で運ばれたこの近縁種は、在来種の魚に有利な遺伝的多様性を与え、それが在来種の魚が急速に汚染された環境に適応できるようにしたらしい。(Uc,MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 455; see also p. 433

独立導管網への道 (Routes to independent vessel networks)

空気呼吸する脊椎動物では、循環器系および呼吸器系は、お互いに絡み合いはするが交わらない別々の導管網を持つ。 そのような構造を細胞適合性材料の中に再現することは、たった1つの導管系さえ作るのが厄介であるため、大きな課題であった。 Grigoryan たちは、天然および合成の食料色素を光吸収体として使い、精巧で機能しうる導管構造を含有するヒドロゲルを光立体造形することができることを示している。 彼らはこの方法を用いて、流体混合器・バルブ・導管間輸送・栄養送達・ホストへの生着の研究用に、人工導管の構造が実際に機能することを実証している。(MY,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 458

構造に基づく免疫原設計 (Structure-based immunogen design)

非常に変異しやすい病原体に対するワクチン設計は、進化的に保存された免疫原性抗原決定基の不足によって妨げられている。 Gaiha たちは、変異の制約を推測するために、タンパク質構造に得点を割り当てるネットワーク理論を使う構造に基づく技術を採用した(McMichael と Carrington による展望記事参照)。 著者たちは、公表された機能的結果を有するタンパク質でその方法を検証し、次にHIVプロテオーム内の変異の制約を評価した。 高度にネットワークでつながれた残基は、HIV感染の免疫制御と強く関連し、そして今日有効なワクチンが存在しない病原体に対する防御的免疫原をもたらすかもしれない。(KU,ok,kh)

【訳注】
  • 免疫原:抗原を与えて免疫反応が誘起されるときその抗原を免疫原という。
  • プロテオーム:細胞内で発現しているすべてのタンパク質、例えばがん細胞と正常細胞間でその差異を解析することで原因系の解析に用いられる。
Science, this issue p. 480; see also p. 438

滑りは流体に勝る (Slip outraces the fluids)

流体注入により引き起こされる地震は、流体の移動速度から予想されるよりも、はるかに早く生じるように見えることがある。 Bhattacharya と Viesca は、制御された流体注入による観測結果を用いて、流体の挙動と非地震性滑りを理解するためのモデルを開発した。 彼らは、非地震性滑りが流体の移動を追い越して、ずっと早くかつ最初の流体注入点からより遠い所で地震を誘発するのを可能にすることを発見した。(Sk,kh)

Science, this issue p. 464

プロトンが逆転領域に踏み込む (Protons venture into the inverted region)

もっとも直観に反する電子移動速度論の1つが逆転領域である。 マーカス理論が予想し、実験が裏付けてきたように、ひとたび電子移動に対する駆動力が格別有利になると、電子移動は遅くなる。 Parada たちは今回、プロトン共役電子移動において、そのような逆転挙動を示す証拠を与えている(Dempsey による展望記事参照)。 具体的には、彼らはアントラセン(電子受容体)誘導体とピリジン(プロトン受容体)誘導体をフェノールが架橋する一連の化合物を調べた。 時間分解分光とそれに伴う理論が、光誘起された分子内のプロトンと電子の移動に続く逆反応において、駆動力がより高いと移動がより遅いことを明らかにした。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • マーカス理論:Rudolph Arthur Marcusが提唱した理論。 この理論は、熱力学的により安定化する一連の分子間電子移動(酸化還元)反応の速度が、ある熱力学的関係のところから逆に遅くなる「逆転領域」の存在を予想しており、これは後に実証された。
  • プロトン共役電子移動:酸化還元過程で、プロトンの移動が付随的に起きる電子移動機構のこと。
Science, this issue p. 471; see also p. 436

小惑星の太古の水を計測する (Measuring ancient water on an asteroid)

2010年、はやぶさの探査飛行によって、S型小惑星イトカワの表土サンプルが持ち返られた。 Jin と Bose は、水素同位体組成と含水量の測定を行い、これらのサンプル中の水に対する考えられる代替起源を探索した。 「無水」と名付けられている鉱物でも、実際には水が豊富である。 著者たちは、地球の海洋水量の半分までが、イトカワのような小さな小惑星の水から得られたものかもしれないと提案している。(Wt,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav8106 (2019).

静電ドーピングが光放射を増大させる (Electrostatic doping boosts emission)

二硫化モリブデン(MoS2)および二硫化タングステン(WS2)のような遷移金属ジカルコゲナイドの単層は、強い光ルミネセンスを示すはずであるが、実際には、これらの材料の欠陥が非常に低い量子収率(1%未満)をもたらすことしかできない。Lien たちは、メタクリル酸メチル重合体中に封入された、このようなMoS2 およびWS2 の単層が、静電ドーピングを行うことで、1に近い量子収率を達成できることを示している。 これらの条件下では、非放射的に再結合する荷電トリオン種の代わりに、放射的に再結合する中性励起子のみが生じる。 これらの結果は、なぜこれらの材料を特定のルイス酸で被覆することが、また量子収率を増大させるのかの説明に役立つ。(Sk,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 静電ドーピング:電界を利用して目的物中に電子または正孔を誘起すること。
  • トリオン:電子とホールの2粒子の束縛状態である励起子に対し、さらにもう1つの電子または正孔が結びついた3粒子の束縛状態。
Science, this issue p. 468

高変異負荷が応答を得る (High mutational load gets a response)

ガンは多くの遺伝子変異を隠し持つ。 DNAミスマッチ修復異常は、ある型のDNA損傷を腫瘍が修復するのを妨げ、マイクロサテライト不安定性(MSI)として知られている高変異可能なゲノム状態となる。 高い程度のMSIを持つ一部の腫瘍はPD-1(プログラム細胞死-1)免疫療法で治療可能かもしれないが、患者の応答は大変まちまちである。 Mandal たちは、これらの患者における免疫療法への応答差の駆動役を研究し、MSI強度と挿入欠失変異が治療成績に強く影響することを見出した。(MY,kh)

【訳注】
  • DNAミスマッチ修復:DNA複製で生じた誤った塩基対合(ミスマッチ)を見つけ出し、誤って取り込まれた新生鎖側の塩基を除去する修復機構。
  • マイクロサテライト不安定性:真核生物の ゲノム上に散在する繰り返し配列の一種であるマイクロサテライトで、挿入や欠失の変異が起こりやすいこと。
  • PD-1免疫療法:免疫を担うT細胞の表面のPD-1受容体へ結合して免疫から逃れているガン細胞に対し、この結合を薬剤で阻害することで、T細胞の攻撃性を保つ療法。
Science, this issue p. 485

銅に対する注目 (Spotlight on copper)

光酸化還元触媒は可視光による励起によって、急増する数の化学反応を促進する。 当初この技術は、このような光を吸収するのに、主としてルテニウムやイリジウムのような貴金属錯体に頼っていた。 Hossain たちは、別の方法として銅錯体を使用する最近の進歩を概説している。 銅は地球での存在比に加えて、その配位圏内での電子移動を必要とする、さまざまな機構を切り開く。(MY,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 配位圏:錯体中の金属イオンに直接配位子が結合する空間範囲のこと。
Science, this issue p. eaav9713

惑星を居住可能にするものは何か? (What makes a planet habitable?)

大気組成は、太陽系外惑星上の生命の存在を示唆する可能性がある主な観測可能量であるだろう。 Shahar たちは展望記事で、大気の構成は、その大気だけではなく惑星の内部も関係する複雑な過程の結果であると解説している。 太陽系外惑星の大気組成を寸描しても、生命の存在を推測するのに十分であるとは考えにくい。 私たちの惑星を居住可能にする上での地球の内部過程の重要性と、惑星内部の動態と進化に対する多様性を考えると、太陽系外惑星の内部がどのようにそれらの表面を居住可能にするかを解明するために、観測や実験、および、モデル化の作業が必要である。(Wt,ok,kh)

Science, this issue p. 434

ガン細胞を探して破壊する (Seeking and destroying cancer cells)

ガン細胞における異常なシグナル伝達を抑制するのではなく、そのシグナルをガン細胞の検出と破壊に役立たせたらどうだろうか?  そのような抗ガン戦略は、多くのガンで活性化される受容体のErbBファミリーに基づくかもしれない。 Chung たちは、過剰なErbBシグナル伝達によって活性化される細胞殺傷回路を開発し、ウイルス送達系を使用してそれを細胞に加えた。 ErbB受容体タンパク質は、自己リン酸化するチロシン・キナーゼである。 著者たちは、そのような過剰リン酸化受容体に動員されるであろうタンパク質分解酵素を設計した。 一旦適所に配置されると、そのタンパク質分解酵素は細胞膜に固定されたあるタンパク質を切断して細胞質に放出し、ガン化した形質転換細胞の死を引き起こす。(KU,MY,nk,kj)

【訳注】
  • ErbBファミリー:細胞膜受容体でErbB1~4の4つがあり、細胞外領域、細胞膜貫通領域、細胞内領域(チロシン・キナーゼ部位)の3つのドメインを持つ。 細胞の増殖・生存などに必要で、その異常なシグナル伝達が多くの型のガン発生に関与する。
Science, this issue p. eaat6982

非翻訳変動と遺伝子発現 (Noncoding variation and gene expression)

タンパク質翻訳領域外の自然な遺伝子変動は、個体間で異なり得る複数の分子表現型に影響を及ぼす。 ゲノム変動が近位(シス)または遠位(トランス)の遺伝子調節にどのような影響を及ぼすかを調べるために、Delaneau たちは、遺伝子発現、クロマチン、及びゲノムの3次元構造を解析した。 個体間の調節要素と活性を分類分けすることが、遺伝子発現に影響を及ぼすシス調節ドメインとトランス調節ハブと呼ばれるゲノム構造を明らかにする。 これらの構造と染色体内および染色体間にわたる遺伝子との関係付けは、非翻訳遺伝子変動と遺伝子発現との間の結びつきに寄与する。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaat8266

視覚神経細胞の振る舞いを予測する (Predicting behavior of visual neurons)

実験的仮説の作成に対して、神経細胞応答の予測的深層学習モデルはどの程度有用なのだろうか?  Bashivan たちは、標的視覚系の振る舞いをモデル化するために構築された人工神経回路網を採用し、それを使用して、大規模な神経細胞集団を幅広く活性化するのか、それとも他の集団を変化させずに或る1つの集団を選択的に活性化するかの、いずれかが見込まれる画像を作成した。 彼らは次に、アカゲザルの視覚野に望んだ効果を生み出す際のこれらの画像の有効性を分析した。 この操作は非常に強い効果を示し、そして神経細胞集団全体にかなりの、かつ高度に選択的な影響を達成した。 この神経回路網は、新規で非自然な画像を用いて、動物の神経応答の全体的な振る舞いを再現することが示された。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. eaav9436

軸索の区画化 (Compartmentalization of axons)

神経細胞は、中枢神経系全体にわたって広く遠くまで、枝を伸ばすことができる。 1つの神経細胞は、同時にいくつかの他の神経細胞と接触することが可能で、神経網の複雑さを増大させている。 Urwyler たちは、ショウジョウバエの脳を研究し、1つの神経細胞内であっても、すべての軸索枝が同じとは限らないことを見つけた(Falkner と Scheiffele による展望記事参照)。 細胞膜につながれたホスファターゼが、軸索枝の一部で機能し、シナプスの形成を調整する。 したがって、1つの神経細胞上のシナプスの様式は無秩序ではなく、むしろ軸索の小区画に従って空間的に制限されている。(Sk,kh)

【訳注】
  • ホスファターゼ:有機リン酸エステルを加水分解する酵素の総称。
Science, this issue p. eaau9952; see also p. 437

脳での統合ストレス反応 (Integrated stress response on the brain)

翻訳の間、真核生物翻訳開始因子2(eIF2)のリン酸化によるタンパク質合成の調節は、多様なストレス刺激に共通の結果であり、遺伝子発現の再プログラミングに導く。 統合ストレス応答として知られているこの過程は、真核生物を通して進化的に保存されている翻訳制御の最も基本的な機構の1つである。 それはまた神経変性疾患と外傷性脳障害の有望な治療標的でもある。 eIF2またはリン酸化eIF2と複合化したグアニン・ヌクレオチド交換因子であるeIF2Bについて、Kashiwagi たちはその低温電子顕微鏡構造と結晶構造を報告し、また Kenner たちはその低温電子顕微鏡構造を報告している。 eIF2・eIF2B複合体の構造は、eIF2上のただ1つのリン酸化修飾が、eIF2のeIF2Bとの結合方法を変化させ、この酵素を機能阻害された複合体へと閉じ込めることを明らかにしている。(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • グアニン・ヌクレオチド交換因子:Gタンパク質に作用し、グアノシン二リン酸とグアノシン三リン酸との交換を促進することでGタンパク質が関与する細胞内信号伝達経路を調節するタンパク質群の1つ。
Science, this issue p. 495, p. 491

効率の良い全ペロブスカイトのタンデム型太陽電池 (Efficient all-perovskite tandem cells)

有機-無機ペロブスカイト膜は、シリコン太陽電池とのタンデム構造において、太陽光スペクトルの青色端でさらに多くの光を利用することにより、従来のシリコン太陽電池の出力を高めることができる。 ペロブスカイト膜だけを用いたタンデム型電池は、シリコンの置き換えが可能な長波長光吸収用の適切な低バンドギャップ材料がないため、それほどうまくはいかないできた。 Tong たちは、微量のグアニジン・チオシアン酸塩を含んだ錫-鉛混合系有機-無機材料が、低バンドギャップと長い電荷キャリア寿命を持ち、これを用いた2端子型と4端子型のタンデム構造で、25%程度の変換効率を示すことを報告している。(NK,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 475