AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 10 2019, Vol.364

海の風がもっと強く吹く (Ocean winds blowing harder)

気候の温暖化が環境にどのように影響するかについてよく発せられる2つの疑問は、大気風が変化するかどうか、および、それが海洋波にどのように影響するかである。 Young と Ribal は、1985年から2018年までの期間にわたる全球衛星データを分析し、海洋風速と波高になんらかの傾向があるかどうかを決定した。 彼らは両方の量にわずかな増加を見出した。 風速や波高が非常に大きいという極端な現象の増加、および南氷洋における増加が大きいことがその特徴である。 これらの知見は、エネルギーと二酸化炭素の大気と海洋間の交換を理解する上で、また、嵐の際の海水位を予測する上で重要である。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 548

T細胞を抑制から免れさせる (Sparing T cells from inhibition)

PD-1(Programmed cell death 1, プログラム細胞死1)は抑制性受容体で、普通はT細胞の免疫応答を抑制する。 PD-1を標的にする免疫療法は、ある種のガンに対して成功を収めてきたが、PD-1がどのように調節されるのかは不明のままである。 Sugiura たちは、共刺激分子であるCD80が、Tリンパ球の活性化の際に、PD-1の機能を制限できることを見出した。 初代培養の活性化樹状細胞表面において、PD-1のリガンドであるPD-L1が、同じ細胞上でCD80と結合すると(cis結合)、そのPD-L1はT細胞上のPD-1へ到達できなくなった。 cis結合がない場合はT細胞の活性化が抑制されたままになる。 PD-L1とCD80の相互作用に対する機能面からの洞察は、 抗PD-1及び抗PD-L1によるガン治療の成績を説明するかもしれない。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 樹状細胞:T細胞に抗原を提示して、T細胞を活性化する能力を持つ抗原提示細胞の一種。 T細胞活性化に必要な副刺激分子やサイトカインを生産することで、他の抗原提示細胞より効率よくT細胞を活性化する。
  • T細胞の抑制:T細胞上の受容体PD-1にそのリガンドであるPD-L1が結合するとT細胞の活性化を抑制する作用が起きる。 ガン細胞はこれによりT細胞の活性化を抑制している。
Science, this issue p. 558

イオン浮遊ゲート記憶素子 (Ionic floating-gate memories)

人工神経回路網のデジタル方式での実施は、画像認識や言語処理などの多くの仕事をこなすが、多くの応用にとってはあまりにエネルギー大量消費である。 シナプス的記憶素子の大規模クロスバー配列を用いるアナログ回路が低電力の代替案となるが、たいていの素子は、シナプスの重み付けを一律に更新することも、大きな配列規模に拡張することもできない。 Fuller たちは、拡散型メモリスタに電気的に接続された酸化還元型トランジスタのゲート端子を有する、イオン浮遊ゲート記憶素子という集積素子を開発した。 この低消費電力素子は、メガヘルツ速度での109 回以上の書き込み/読み取りの繰り返しで、クロスバー配列全体にわたり、線形および対称性のある重み付けの同時更新を可能にした。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • メモリスタ:通過した電荷を記憶し、それに伴って抵抗が変化する受動素子。
Science, this issue p. 570

魚は桿体で色をとらえる (Fish catch color with rods)

脊椎動物は一般的に、日中は複数の錐体オプシンが色覚を可能にするが、暗所では単一の桿体オプシンが白黒視覚のみを提供するという、一貫した光処理系を有すると考えられている。 Musilova たちは、100種以上の深海魚のゲノムを分析し、異なる光波長に調整された桿体オプシン光色素を生成する、これまで知られていない桿体オプシン遺伝子の急増を発見した。 これらの受容体は、これらの魚が、彼らの深海環境では広く使われている生物発光信号を知覚するのを可能にしているかもしれない。 これらの結果は、暗所での色覚を可能にする、これまで知られていなかった視覚系を明らかにしている。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • オプシン:ロドプシン、ポルフィロプシンなどの視物質の蛋白質部分。
Science, this issue p. 588

地球の健康状態 (The state of Earth's health)

人間に重要な貢献をする生物学的群集は、大地と海の利用の変化、天然資源の直接的な搾取、気候変動、その他の脅威によって大きく脅かされている。 人類が失っているものを理解するためには、生物多様性がいかにして人間の経済と文化に貢献しているかを理解しなければならない。 Lovejoy は、次の論説の中でデータ収集と分析の功績をたたえている。 すなわち、生物多様性と生態系の寄与に関する政府間科学政策プラットフォーム(Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services)の最初の公式報告のことである。 この報告書の世界の生態系に関する包括的な評価は厳しいものであるが、私たちがすでに惑星として失ったものと、さらに失うであろうものを示すことによって、環境政策の変革を提唱している。(Wt,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aax7492 (2019).

正しい場所で正しい結合 (The right bond in the right place)

酵素はその限定された活性部位のために特異性に優れている。 適切な淘汰圧のもとで酵素は、類似の基質の違い、あるいは単一の基質上の位置の違いを区別するようにできる。 Cho たちは指向性進化法を用いて、基質中の異なるC-H結合を標的とするシトクロムP450の多様体を生成し、さまざまに異なる大きさのラクタム環を形成した(Hepworth と Flitsch による展望記事参照)。 この酵素は所望の位置をアミド化に向かわせると同時に他の副反応を防ぐ。(KU,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 指向性進化法:酵素遺伝子を多様化して大腸菌に組み込み、酵素を発現させ、求める機能に適する酵素を作る遺伝子を選別し、これをもとに遺伝子の多様化・発現・選別を繰り返すことで、より機能の高い酵素を作り出す技術。
  • シトクロムP450:酸化還元酵素ファミリーに属する酵素の総称。
Science, this issue p. 575; see also p. 529

撲滅への道 (The path to elimination)

麻疹(はしか)は感染性が高く、また、危険なことがある。 古典的な1968年のワクチンは効力が高く、麻疹の撲滅が可能だったはずだ。 Graham たちは、1つの国において社会経済変数に対応してワクチン接種率と出生率(すなわち、感染しやすい人々の、母集団への到来率)が変わるにつれて、麻疹伝播が変化することを見出した。 その結果、麻疹はどこでも、ワクチン接種推進運動に対応して、標準経路に従って減少する。 発生率は初期に高く、変動は小さい。 発生率が減少するにつれて変動が大きくなり、さらに撲滅の方向に発生率が低下すると、変動も小さくなる。 この予想から外れている国々を特定し、そのワクチン接種計画を撲滅への道に戻すよう対応させることが可能である。(MY,kh)

【訳注】
  • 1968年のワクチン:高度弱毒生ワクチンのこと。 それ以前は不活化ワクチンと生ワクチンを併用したワクチンが使用された。
Science, this issue p. 584

危ない橋を渡るWntシグナル伝達 (Wnt signaling out on a limb)

Wnt/β-カテニン・シグナル伝達経路は、造血幹細胞(HSC)の生存、再生、および分化にとって最も重要である。 過剰なβ-カテニンと不十分なβ-カテニンの両方が有害な結果を起こすことがあるので、「破壊複合体」がその正確な制御を保証する。 マウスの順遺伝学的選別法を使用して、Choi たちは、リンパ球の発生と機能を著しく損なう遺伝子limb region 1-like (Lmbr11)における変異を同定した。 LMBR1Lは、Wnt/β-カテニン・シグナル伝達経路の複数の構成因子と相互作用した。 著者たちは、LMBR1Lが小胞体に局在するユビキチン・リガーゼと作用して、リンパ球におけるこの系の第2のブレーキとして働くことを見い出した。 Lmbr11 欠損マウスのβ-カテニンを除去すると、Tリンパ球のアポトーシスが減少し、増殖能力が回復した。(KU,kh)

【訳注】
  • 順遺伝学(forward genetic):遺伝性がみられる形質(表現型)からその原因となる遺伝子を探り当てる遺伝学研究の1つ。逆遺伝学では、遺伝子破壊に伴う表現型変化を分析する。
Science, this issue p. eaau0812

合成遺伝子回路における協同性 (Cooperativity in synthetic gene circuits)

合成生物学者は真核生物の遺伝子制御の鍵となる性質を模倣する遺伝子制御回路を作れるようになりたいと考えている。 Bashorたちは多量体からなる転写制御因子複合体から手がかりを得て、協同性から非線形の振る舞いを生み出す合成転写回路を開発した(Ng と El-Samad による展望記事参照)。 彼らのシステムは、複数のタンパク質相互作用ドメインを持つ留め金タンパク質を使用する。 回路の挙動は相互作用の数や親和性を変えることによって調整することができ、数学的モデルに従う。 著者らは、例えばスイッチのような挙動や真理値決定機能のように、生物学的に共通して求められている機能を持つ合成回路を作製した。(ST,kh)

Science, this issue p. 593; see also p. 531

神経細胞の多様性の起源 (Origins of neuronal diversity)

神経前駆細胞の主な仕事はより多くの細胞を作り出すことであるが、いつも同じ細胞を作り出すとは限らないかもしれない。 ある前駆細胞は、胚が成長するにつれて、異なる娘神経細胞を作り出す。 同時に、これらの娘神経細胞もまた、成熟に向けての状態を遷移している。 Telley たちは、単一細胞RNA配列決定を用いて、マウスの脳発達初期における細胞の転写同一性を調査した。 神経前駆細胞が新しい状態に移行するにつれて、神経前駆細胞は、それらの新しい状態を反映する娘神経細胞を生成した。 神経細胞特有の有糸分裂後の分化プログラムは、明らかにこれらの母神経細胞から提供されたプログラム上に上書きされ、新皮質中の特殊化された神経細胞型の出現を推進している。(Sk,kh)

Science, this issue p. eaav2522

代謝産物の混在が根の微生物叢を調整する (Mix of metabolites tunes root microbiota)

植物ゲノム中の特性不明の多数の生合成遺伝子は、植物が数多くの特殊化した代謝物を作ることを示唆している。 Huang たちは、小さなアブラナ科植物であるシロイヌナズナから、3つの生合成網を再構成した。 特異性の欠けるアシル基転移酵素と脱水素酵素が、代謝産物の多様化に寄与した。 この植物はこれらの特殊化した代謝物を用いて、根の周りの微生物叢を自らに合うよう変化させているのかもしれない。 この経路の破壊と精製物による干渉は、根の微生物叢の変化を引き起こした。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. eaau6389

相棒を選ぶ (Choosing a partner)

Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は、細胞外のリガンドに結合し、特定のGタンパク質に選択的に結合して活性化することによって細胞内の事象を引き起こす。 その選択性は、関連性の高いGPCR間でも発生する。 例えば、ムスカリン性アセチルコリン受容体の5つのサブタイプ(M1R-M5R)は、異なるGタンパク質に結合することで神経系において異なる役割を果たす。 Maeda たちは、それら各々のGタンパク質に結合したM1RとM2Rの低温電子顕微鏡構造を決定した。 対照比較により、Gタンパク質共役選択性の分子的理解が得られた。(KU,kh)

Science, this issue p. 552

いくつの金属原子がメタンを酸化するのに必要か? (How many metals to oxidize methane?)

メタンは重要な燃料であるが、部分酸化物に直接変換する方法はほとんど見つかっていない。 細菌は金属酵素を用いて、産業的に関心を持たれている反応、すなわちメタンをメタノールに酸化させる触媒反応を行っている。 この反応を可能にする金属サイトを知ることは、新しい生物模倣触媒を示唆するかもしれない。 Ross たちは、分光計測手法を用いて、微粒子状のメタンへの一原子酸素添加酵素における2つの単一銅のサイトを特定した。 この結果は、以前提案されていた金属サイトの位置と中心金属原子の数とは一部異なるものであり、この金属酵素がどのようにメタンを酸化しているのかについての機構の再考を促すだろう。(NK,kj,kh)

Science, this issue p. 566

求心性神経は新生ニューロンを調節する (Afferents modulate newborn neurons)

学習、記憶、および気分における成体神経新生の役割は何か?  Lun たちは、シナプス入力が外側嗅内皮質から生じたか内側嗅内皮質から生じたかに応じて、成体新生ニューロンが歯状回を抑制または興奮させることを見出した(Llorens-Martín による展望記事参照)。 これらの相反する機構は、それぞれ代謝型グルタミン酸受容体を介する、もしくはN-メチル-D-アスパラギン酸受容体を介する、成体新生ニューロンから成熟した顆粒細胞への直接のシナプス外伝達によって駆動された。 これら機構間の均衡は、2つの型の能動的場所回避課題間での歯状回の活動の違いを説明できるかもしれない。 成体新生ニューロンの活動は、このように、もっぱら環境の要求に依存した。 この活動は、歯状回に入力を送る皮質領域と皮質下領域の活性度によって定められる。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • 求心性神経:末梢からの刺激や興奮を中枢へ伝達する神経。
  • 内嗅皮質:大脳皮質の一部で、感覚情報を海馬に伝える主な海馬への求心性神経。
  • 歯状回:顆粒細胞層を持つ海馬の一領域で、学習・記憶などの認知機能と関連している。 歯状回で新生したニューロンは、周囲の環境の些細な変化、例えば少し違う場所に来た時に敏感に反応することが知られている。
Science, this issue p. 578; see also p. 530

鉱滓ダムにおける安全性向上 (Improving safety at mine tailings dams)

採鉱廃棄物を有する鉱滓ダムが決壊すると、結果として生じた高速移動する泥流は人間や野生生物にとって破壊的で危険となりうる。 同様の過程は、発電所の灰だめ池が決壊した時にも発生する。 Santamarina たちは展望記事において、鉱滓ダムを崩壊に導く詳細機構は完全には分かっていないが、決壊はしばしば基準を満たしてない管理と運用慣行まで原因をたどることが出来ると説明している。 運用時のより良い監視や特性評価が、将来の決壊を理解し防止する助けになるだろう。(Uc,kj,kh)

【訳注】
  • 鉱滓ダム:鉱山の選鉱・製錬工程で発生する鉱滓を水分と固形分とに分離し、その固形分を堆積させる施設。
Science, this issue p. 526