AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 12 2019, Vol.364

生態系は戦争の影響を感じている (Ecosystems feel war's effects)

戦争は、人間の生活と状況を破壊するが、人間以外の被害者も影響が小さいわけではない。モザンビーク内戦は、ゴロンザーラ国立公園における捕食動物の急速な減少を引き起こし、被捕食動物の行動と植物群落を変化させる栄養連鎖状態に導いた。Atkinsたちはこの変化を観察し、野生の犬科動物(リカオン)とヒョウの不在が、ブッシュバック(森林にすむレイヨウ)による生息地利用と植物に対する食性における変化をもたらしたことを見出した。さらなる実験結果は、捕食動物の行動痕跡が導入された場合に、被捕食動物の行動における変化が可逆的であることを示しており、このことは捕食動物の喪失の影響を示唆した。これらの結果は他所でも見られる行動変化のパターンを確認し、さらに一段と踏み込んで、被捕食動物によって知覚される「恐怖の状況」の重要性に関する機構的詳細を提示している。(Uc,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • レイヨウ(羚羊):ウシ科の大部分の種を含むグループ
Science, this issue p. 173

肉付けられた、骨細胞の調節 (Bone-cell regulation, fleshed out)

医学的に実際的な価値を持つ多くのGタンパク質共役型受容体の1つである副甲状腺ホルモン受容体-1(PTH1R)は、カルシウム恒常性と骨生理機能の制御に機能している。Zhaoたちは低温電子顕微鏡を用いて、副甲状腺ホルモンの修飾型と刺激性Gタンパク質との複合体におけるPTH1Rの構造を観察した。その構造モデルは、副甲状腺ホルモンがその受容体とどのように相互作用するのか、そして受容体活性化の分子基盤を説明するのに役立つ。(KU,kh)

Science, this issue p. 148

グラフェン中の電子流体力学 (Electron hydrodynamics in graphene)

もし条件が適切であれば、電子は、いくぶんか流体に似たグラフェン中を移動することができる。2つのグループが、異なる 状況で、この流体力学的流れの性質を研究した(Lucasによる展望記事参照)。Gallagherたちは、導波路を基礎にした装置を使用して光伝導度を測定し、電荷中性点付近の量子臨界現象の痕跡を明らかにした。Berdyuginたちは、磁場の存在下での電子輸送に焦点を当て、流体力学的流れから生じる、ホール効果応答に対する直感に反した寄与を測定した。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 電荷中性点:バンド・ギャップ中で、価電子帯と伝導帯の性質がちょうど相半ばする(界面電荷がゼロになる)境界点
  • 量子臨界現象:温度以外の制御パラメー タを変化させたとき、量子揺らぎによって相転移を生じる(秩序状態が壊される)現象
Science, this issue p. 158, p. 162; see also p. 125

回転塗布によるエピタキシャル薄膜 (Epitaxial films through spin coating)

表面を均一な薄膜で被覆する簡単な方法は回転塗布によるものである。基材が高速で回転され、そして被膜材を含む溶液の液滴が中心に滴下され、広がり、そして蒸発する。この方法は、多結晶無機被膜や、平版印刷で使用される高分子材料のような非晶質薄膜を製造するために使用される。Kelsoたちは、その粘度および回転数に基づいて塗布する溶液の厚さを慎重に制御しながら、単結晶基板に対して回転塗布を行った。この方法で、彼らは、ペロブスカイト、酸化亜鉛、および塩化ナトリウムについて、その微結晶が基板によって配向される、エピタキシャル成長を達成した。(Sk,KU)

Science, this issue p. 166

冷却を制御する (Controlling cooling)

百万年の時間尺度では、地球の気候状態は、海洋-大気システムへの炭素の発生源と吸収源によって決定される。しかし、氷河期の時期決定の制御にあたって、どのような具体的な機構が重要なのだろうか?Macdonaldたちは、主要な制御機構として熱帯地方での島弧-大陸間衝突がそれであると認定している (Hartmannによる展望記事を参照のこと)。彼らは、顕生代の島弧-大陸間衝突と氷床の緯度分布のデータベースを集積し、その結果これらの衝突が最も広がり、地球規模で岩石の風化傾向が最大となったときに、氷の被覆率が最大になったことを示した。(Wt,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 181; see also p. 126

温かく過ごす代償 (The price of staying warm)

脊椎動物の中で、ゼブラフィッシュとサンショウウオは自身の心臓を再生できるが、成体のマウスとヒトでは不可能である。Hiroseたちは、心筋再生能力に対する指標として二倍体の心筋細胞の発生頻度を、41の脊椎動物種にわたって解析した(MarchianoとMurryによる展望記事参照)。彼らは、外温動物から内温動物への移行の間にこれらの細胞と甲状腺ホルモン濃度とに逆相関のあることを観察した。甲状腺ホルモンのシグナル伝達を欠損したマウスは、著しい心臓再生能力を保有し、他方、過剰な甲状腺ホルモンに曝露されたゼブラフィッシュは心筋再生が弱まった。哺乳類での心臓再生能力の喪失は、内温性の発達に必要な代謝の増大に対する代償を表しているかもしれない。(MY,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 二倍体の心筋細胞:心筋細胞は増殖能力を持つとされている単核二倍体細胞を始め、四倍体などの多倍体細胞からなる。
  • 甲状腺ホルモン:全身の細胞のほとんどに発現している甲状腺ホルモン受容体に作用して、細胞の代謝率を上昇させる働きを持つ生理活性物質。
Science, this issue p. 184; see also p. 123

妥協としての適応 (Adaptation by way of compromise)

多くの植物は、花粉を拡散させ、それらの子孫の遺伝的多様性を増大させるのに、動物の花粉媒介者を頼りにしている。しかしながら、花粉媒介者を引きつけることは草食動物も引きつけることになるかもしれないし、草食を阻止することは花の顕示能力を減少させることになるかもしれないので、二律背反がある。RamosとSchiestlは、ブラッシカ・ラパ植物の数世代にわたる交配様式、花、および化学防御の間の相互作用を研究した(Agrenによる展望記事参照)。受粉と食害によって推進される進化は、わずか8世代後に観察することができ、二律背反が大きな進化的結果をもたらすことを示唆している。(Sk)

【訳注】
  • ブラッシカ・ラパ:アブラナ科栽培植物の原種と考えられている野草で、選抜育種された成長の早いもの(種子採取まで1カ月余)が実験用に用いられている。
Science, this issue p. 193; see also p. 122

空気から水を抜き出す (Pulling water from air)

淡水の不足は世界的な問題で、エネルギー効率の高い解決策を必要とする。Sadeghpourたちは、水の高い表面張力によって生じる毛細管現象の不安定性を利用して、綿糸の列を流れ落ちる水滴を作り出す除湿器を開発した。冷たい水滴の大きな表面積と本質的に低い対空気流抵抗が、湿った空気で運ばれる水蒸気を凝縮するという点で、非常に効率的な装置を生み出している。(Sk,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav7662 (2019).

宇宙で1年過ごした後に予期するもの (What to expect after a year in space)

宇宙は、極端な環境が人間の生理機能にどのように影響するかを理解するための最後の未開拓領域である。双子の宇宙飛行士、そのうち1人は国際宇宙ステーションで1年にわたる任務を過ごした、を追跡することで、Garrett-Bakelman等は、宇宙で過ごしたことで影響が生じているかもしれない分子的かつ生理学的な特徴を調べた(LobrichとJeggoによる展望記事を参照)。全血成分の配列決定は、細胞分裂を続けるのに重要であり、ヒト加齢に関連しているかもしれないテロメアの長さが、宇宙へ飛び立ってから地球に再び戻ってくる間に大幅に変化したことを明らかにした。免疫細胞におけるDNAメチル化、心血管系や認知作用の変化と相まって、この研究は長期的な宇宙居住の危険性を評価するための基礎を提供する。(ST)

Science, this issue p. eaau8650; see also p. 127

グルコシル化は行ったり来たりする (Glycosylation goes back and forth)

植物は、微生物のフラジェリンの断片を認識する受容体を作って、細菌による感染を監視しる。Buscaillたちは、フラジェリンの断片が宿主のグリコシダーゼ(これは免疫応答を引き起こすペプチドを保護するグリコシル化を低下させる)による認識され得るようになるかを研究した。病原体は、逆に、フラジェリンのグリコシル化を変化させ、宿主のグリコシダーゼを抑制することで検出を回避する。感染に対する植物防御のこの側面は、植物組織内の細胞外空間である、アポプラスト中で発揮される。(KU,kj)

【訳注】
  • フラジェリン:細菌の鞭毛繊維を構成する球状タンパク質
Science, this issue p. eaav0748

化学遺伝学のための改善されたアゴニスト (Improved agonists for chemogenetics)

化学遺伝学として知られる戦略である、特定の細胞グループに対するリガンド応答性受容体の標的化は、多くの神経病学的応用における強力な手段である。人間の治療のためにこれらの手段を拡張することへの関心が高まっている。Magnusたちは、現在利用可能なシステムを改善し、臨床的に使用されている禁煙薬、バレニクリン(varenicline)によって活性化される化学遺伝学的イオン・チャネルを設計した。彼らは、内因性シグナルへの応答性が低いリガンド結合領域を作成し、ナノモル濃度で機能するアゴニストを同定した。薬剤と導入されたチャネルの組み合わせは、ゆっくりだが効率的な洗出を伴って、一時的にニューロンを沈黙させ、そして脳投与後の動物モデルにおいて行動変化を誘発した。(KU,kh)

【訳注】
  • アゴニスト:受容体に結合し本来の生体物質と同様の働きをする薬剤
Science, this issue p. eaav5282

ケタミンは何故に抗鬱剤なのか? (Why is ketamine an antidepressant?)

抗鬱剤の作用の根底をなす機構のさらなる理解は急を要する。Moda-Savaたちは、抗鬱剤であるケタミンの可能な作用様式を探索した。この薬剤は、抑鬱症からの患者の回復を助けることが近年明らかになってきたものである(Beyelerによる展望記事参照)。ケタミンはマウスにおいて、前頭前野の微小回路内の、ストレスが誘発する棘の消失を選択的に回復に向かわせ、また、多くの細胞集団の協調活動を回復することにより、抑鬱症様の表現型に関連する行動を解放した。最初に生じたマウスの行動に対するケタミンの抗鬱効果は、棘形成に対する効果と関わりなく起きた。その代わり、前頭前野におけるシナプス形成は、棘形成効果を時間とともに強めるのに重要な役割を果たした。このため、回復したシナプスの存続を高める狙いの介入措置は、行動に対する即効型抗鬱剤の効果を維持するのに有用かもしれない。(MY)

【訳注】
  • ケタミン:幻覚剤、麻酔剤、抗鬱剤として知られている薬剤。中枢神経系の興奮性神経伝達をブロックする。抗鬱剤としての使用では他の抗鬱剤が持たない迅速な効果を示す。日本では、麻薬及び向精神薬取締法の麻薬に指定され、使用は大きく制限されている。
  • 棘:神経細胞の樹状突起上に多数存在する小さなとげ状の隆起で、シナプス部位として機能する。神経活動に依存して棘の形態が変化することが知られている。
Science, this issue p. eaat8078; see also p. 129

グラフェン:放射へと駆り立てられる (Graphene: Driven to emission)

極端な非平衡条件下でのグラフェンの電子的性質の研究は、エキゾチックな輸送現象を探査し、観察するための実り多いテストベッドを提供する。Andersenたちは、電子移動が非常に高速な超清浄グラフェン素子における電子輸送測定の結果を報告している。彼らは、高い移動速度における直流が、テラヘルツ周波数帯で大幅なノイズの増加を生み出すこと、そしてノイズが電流の方向に指数関数的に増加することを見出した。著者らは、この放射機構をチェレンコフ効果による音響フォノンの増幅によるものと考えている。(Wt,KU,kj,kh)

【訳注】
  • テストベッド:大規模なシステム開発において実際の使用環境に近い試験用装置やシステム
Science, this issue p. 154

熱をじっとさせる (Making heat stand still)

散逸振動系(波動)は非エルミート物理系として数学的に記述可能である。パリティ-時間対称系が散逸成分を有するとき、利得と損失との間の相互作用は独特でエキゾチックな挙動を示すことがある。Liらは、そのような挙動が波動のシステムに限定されるものではないことを理論的および実験的に示している。熱拡散を調べて、筆者らはそれぞれ反対方向に回転する二つの熱的に結合された円盤からなる実験装置を考案した。各円盤での輸送される熱エネルギーは反対方向に回転しているもう一つの円盤と熱的に強く結合されているので、熱波には帰路が与えられている。ある特定の回転数においては、熱結合と反対方向の回転運動とが均衡する例外点が存在し、結果として長時間にわたって変動しない熱エネルギー断面をもたらすことになる。(NK,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 非エルミート物理: エルミート対称性を持たない演算子を用いる物理
Science, this issue p. 170

脂肪酸が免疫応答の引き金を引く (A fatty acid triggers immune responses)

植物と動物は、対抗的あるいは共生的なやり方で、自らの周りの微生物群集に応答する。これらの相互作用の幾つかは、ほとんどのグラム陰性菌表面にある巨大で複雑な不規則分子であるリポ多糖によって仲介される。Kutscheraたちはアブラナ科の小さな植物であるシロイヌナズナを研究し、この植物のレクチン受容体キナーゼにより感知される構造要素として3-ヒドロキシデカノイル鎖を特定した。確かに、応答を生じるには合成3-ヒドロキシデカン酸だけで十分だった。細菌の小さな代謝産物でも, 免疫応答を引き起こすのに十分なのかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • グラム陰性菌:ハンス・グラムが考案した細菌の分類のための染色法により陰性となる細菌。染色が起こる細胞壁のペプチドグリカン層が薄いため容易にアルコール脱色され、グラム染色法で陰性と判定される。
  • デカン酸:C9H19COOHで表される直鎖飽和脂肪酸。デカノイルはここからOH基が取られた化学基。
Science, this issue p. 178

脱ユビキチン化酵素はNotchシグナル伝達を微調整する (Deubiquitinase fine-tunes Notch signaling)

血管の分岐は、Notch受容体タンパク質を介したシグナル伝達によって部分的に制御される。NOTCH1がそのリガンドDLL4と結合すると、細胞内領域(NICD1)は受容体から切断され、他のタンパク質と共同して遺伝子転写を調節する。培養中のヒト細胞においてNICD1と相互作用したタンパク質のスクリーニングにおいて、Limたちは、脱ユビキチン化酵素USP10を同定した。NICD1は細胞内で急速にユビキチン化されて分解されるが、NICD1とUSP10との相互作用がNICD1のユビキチン化を妨げ、Notchシグナル伝達を刺激する。マウスにおける遺伝子実験は、血管の形態形成中のNotchシグナル伝達の微調整におけるUSP10の役割を支持する。(KU)

Science, this issue p. 188

神経変性を標的とするために注目し直す (Refocusing to target neurodegeneration)

ある種のがん治療における免疫チェックポイント阻害剤の成功と免疫応答と神経変性を結びつける前臨床データを考慮に入れると、神経変性疾患は免疫療法の実行可能な将来の標的となり得るだろうか? 展望記事でLiuとAguzziはこの手法に対する警告を表明し、免疫チェックポイント阻害剤が神経変性に起因する認知障害を改善するかどうかはまだ分からないと断言している。それとは違って彼らは、前臨床データと一致するより有望な手法として、脳内炎症性免疫反応を標的にすることを提案している。(Sh,kh)

【訳注】
  • 免疫チェックポイント阻害剤:免疫細胞は病原体やがん細胞を攻撃するが、その活性化が過ぎると正常細胞も傷つけるため、チェックポイントで免疫細胞を制御して平衡を維持している。がん細胞はこの仕組みを用い免疫細胞の攻撃から逃れて増殖しているが、これを阻害して免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようにした医薬品。
Science, this issue p. 130