AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 15 2019, Vol.363

草食動物が熱帯林を形成する (Herbivores shape tropical forests)

熱帯林においては、局所的な樹木の高い多様性が、負の密度依存性—即ち近くに生える同種によりその樹木の生活が阻害される過程ーによって促進される。 負の密度依存性は、近隣同種個体間での資源をめぐる競争により生じることや、あるいはそれらの間で共通の草食動物や病原体からの被害を共に受けることにより生じると考えられる。 Forrister たちはパナマの森林の小区画からのデータを用いて、これらの機構の寄与を比較した。 競合の影響は見られなかったが、植物化学作用および共存するインガ樹種上の共通食害動物の強い影響が見られた。(Sk,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • インガ:マメ科(ネムノキ亜科)に属する常緑樹。
Science, this issue p. 1213

二酸化炭素海洋吸収の状態 (The state of ocean CO2 uptake)

海洋は人類由来CO2 の重要な吸収源であり、産業革命初期から1990年代半ばの間、我々の排出量の約30% を吸収してきた。 この影響は気候変動の重要な減速機構であるが、将来においてもそれは強力なままであると我々は当てにすることができるだろうか? Gruber たちは1994年から2007年の期間、人類由来CO2 の海洋への吸収を計算したが、それは期待したように継続していた。 彼らはまた、このパターンからの明確な地域的偏差を観察していて、これはCO2 の吸収が経時的に頑強なままでいるという保証がないことを示唆している。(Uc,ok,kh)

Science, this issue p. 1193

圧電体のための柔軟な戦略 (A flexible strategy for piezoelectrics)

圧電材料は変形すると電荷を発生するため、さまざまな種類のセンサーに理想的なものである。 しかしながら、ほとんど全ての圧電材料はセラミックスであり、それはしなやかなセンサーを必要とする用途にとっては理想からは程遠いものである。 Liao たちは今回、業界標準のセラミックであるジルコン酸チタン酸鉛に匹敵する圧電特性を有する分子材料について記述している。 その優れた特性は、圧電特性の組成的最適化が可能となる分子固溶体系列を見出したことに由来している。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1206

病気の機構としての分解不全 (Defective degradation as disease mechanism)

ユビキチン化は多くの場合、タンパク質を分解用の標的にする。 Castel たちは、低分子量のグアニン三リン酸フォスファターゼRIT1の変異が、ある種の発達障害およびガンを引き起こすよう働く可能性がある機構について述べている。 彼らはLZTR1というタンパク質を検出した。 このタンパク質は野生型RIT1と相互作用するが、ガン変異型RIT1とは相互作用しない。 LZTR1は、タンパク質にユビキチンを連結させる酵素に対して、基質特異的なアダプターとして作用する。 ユビキチン仲介の分解を受けない改変型RIT1はこのため蓄積する。 RIT1は増殖因子によるシグナル伝達および過剰シグナル伝達において機能するため、これらの発見は、RIT1変異を伴う悪性腫を説明できるかもしれない。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • ユビキチン:低分子量のタンパク質で、標的タンパク質に結合してタンパク質の分解標識などの役割を果たす。
  • アダプター:タンパク質とタンパク質の間を取り持つ分子。
  • 増殖因子:細胞膜中の増殖因子受容体に結合し、細胞増殖や分化に向かうシグナル伝達を細胞内に引き起こす。
Science, this issue p. 1226

イベリア半島のゲノム科学 (Genomics of the Iberian Peninsula)

古代のDNA研究は、我々が遺伝子学的な歴史と人々の全世界的な移動を理解するのに役立ち始めている。 Olalde たちはイベリア半島に焦点を当てて、イベリア半島由来の271人の古代人からのゲノム全体にわたるデータを報告している(Vander Linden による展望記事参照)。 調査結果は、この地域に対する包括的な遺伝学的時間横断面を提供する。 約7000年前から現在にかけての、言語学的分析および古人骨に対する遺伝学的分析は、ヨーロッパと北アフリカからの先史時代および歴史時代の移住が及ぼした遺伝的影響を明らかにしている。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1230; see also p. 1153

超高効率発光 (Superefficient light emission)

現状99% を超える発光効率を計測する方法が存在しないため、超高効率に発光する半導体ナノ粒子の合成法を改善することは難しい。 Hanifi たちは光熱偏向分光法を用いて、量子ドットにおいて光ルミネッセンスのわずかな無放射減衰成分を測定した。 この手法によりCdSe/CdS量子ドットの合成方法を最適化することができるようになり、外部発光収率が99.5% を上回った。 これは発光集光器型太陽電池のように、光エネルギーが熱として損失することを極限まで小さくすることが求められる用途に対して重要である。(NK,nk)

Science, this issue p. 1199

不可解なオス (Mysterious males)

単為生殖種では、メスは一般的にオスからの入力なしでメスの子孫を産む。 これからすると、オスが産まれることは資源の浪費であるように思われるだろう。 Grosmaire たちは、特定の土壌線虫では、オスが約9% の割合でいつも決まったようにに産まれると報告している。 彼らは、オスの精子は卵子の活性化に必要であるが、それにもかかわらず、精子のDNAはその後のメス世代には伝わらないことを見出した。 オスのDNAは兄妹交配を通じて伝えられるだけであり、それがオスの産出を進化的に安定可能にする。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1210

組織マクロファージは個性が分裂 (Tissue macrophages have a split personality)

組織常在性マクロファージ(RTM)は、発生中に様々な組織特異的ニッチに存在する。 それらは微小環境によって方向づけられた表現型をはっきりと表し、これが宿主防御および組織恒常性を支える。 Chakarov たちは、マウス肺RTMの単細胞RNA配列決定と予定原基分布図を用いて、RTMサブセットの不均一性・相互関係・個体発生を調べた(Mildner と Yona による展望記事参照)。 肺胞マクロファージに加えて、彼らは2つの異なる間質性マクロファージ集団を同定した。 1つの集団は主に神経線維に隣接していた。 他の集団は優先的に血管の近くに局在して血管の完全性を支え、また組織への炎症細胞の浸潤を阻害するように見えた。(NA,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 予定原基分布図:胚領域と分化組織の関係を示した図。
Science, this issue p. eaau0964; see also p. 1154

最初の摩擦音 (The first fricatives)

1985年、言語学者 Charles Hockett は、狩猟採集民集団における歯と顎の道具としての使用が、下唇と上歯で作り出される子音("f"と"v"の音)を作り出し難くすると提案した。 彼はこうして、これらの音が人間の言語において最近生み出された技術革新であると推測した。 Blasi たちは、古人類学、音声科学、歴史言語学、および進化生物学の手法を組み合わせて、世界の言語の音韻組織における新石器時代の世界的変化の証拠を提供している。 このように、音声言葉は、新石器時代以降の食習慣や行動習慣の変化による人間の咬み方の変化によって形作られてきた。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. eaav3218

無腸類動物の再生調節の概要 (Acoel-regeneration regulatory landscapes)

いくつかの動物は、いくつかの蠕虫を含めて、全身の再生が可能で、実質的にどんな細胞型でも欠損したら置き換え可能である。 Gehrke たちは、再生能を持つ無腸類に属する動物種であるHofstenia miamia のゲノムを配列決定し、再構成した(Alonge と Schatz による展望記事参照)。 彼らは、再生に関与する初期成長反応(egr)遺伝子の発現調節に対応する可変モチーフを特定した。 別の種におけるRNA干渉実験と検証が、タンパク質Egrが再生を促す先駆因子であることを示した。(MY,kh)

【訳注】
  • RNA干渉:二本鎖RNAが特定遺伝子の発現を抑制する現象。 具体的には標的遺伝子と同じ配列を持つ短い合成2本鎖RNAを細胞に導入すると1本鎖になり、これが対応するmRNAに結合して破壊し、遺伝子発現が抑制される。
Science, this issue p. eaau6173; see also p. 1152

鉄の新しい親友 (Iron's new Best Friend)

一酸化炭素(CO)は、遷移金属の化学において最も広く研究された配位子の1つである。 その際立った特徴の1つは二方向結合様式で、そこではCOが電子を金属に供与し、一方、金属が同時にCOの方向への「逆結合」に関与している。 理論が、等電子のフッ化ホウ素二原子化合物BFが、両方の型の結合においてさらに有効となるであろうと示唆してきた。 しかしながら、比較のために必要な化合物を合成することが困難であった。 Drance たちは今回、類似のCOとN2 錯体との比較に都合がよい電子供与体および電子受容体特性を有する鉄-BF末端の錯体の合成を報告している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 等電子:ここではBF中の最外殻軌道電子数10個とCO中の最外殻軌道電子数10個が等しいということを言っている。
Science, this issue p. 1203

ガン駆動役における組織特異性 (Tissue specificity in cancer drivers)

何故ガン遺伝子は、全ての組織でガンを引き起こすのではなく、特定の器官を侵す特定の種類のガンに結びついているのだろうか? この興味をそそる謎は、腫瘍発生の過程に関する疑問、および、組織特異性がどのように発ガンへの感受性と同様に抵抗力を決めることができるのかに関する疑問を提起する。 Haigis たちは展望記事で、何故この組織特異性が存在するのかについて議論している。 彼らは、細胞運命を決める組織特異的な後成的変化が、ガン遺伝子の変異に許容的もしくは耐性的でありうる細胞内のシグナル伝達網に影響を及ぼすらしいことを示唆している。 この疑問に対する理解の向上は、ガンを防ぎ治療する新たな治療方法を明らかにするかもしれない。(MY,kh)

Science, this issue p. 1150

酸素感知を再考する (Oxygen sensing revisited)

低酸素(酸素不足)に対する細胞応答は、多くのヒト疾患の一因となっている。 低酸素が遺伝子発現を変化させる方法を調べた以前の研究は、低酸素誘導因子と呼ばれる転写制御因子の活性を調節する酸素感知酵素に焦点を当てていた(Gallipoli と Huntlyによる展望記事参照)。 Chakraborty たちと Batie たちは今回、低酸素はクロマチン調節因子に直接作用することによって遺伝子発現にも影響を及ぼしうることを示している。 KDM6AとKDM5Aなどのある種のヒストン脱メチル化酵素は、酸素を直接感知するセンサーであることがわかった。 細胞培養モデルでは、低酸素がこれらの酵素の活性を低下させ、細胞運命を左右する遺伝子の発現に変化を引き起こした。(Sh,kh)

Science, this issue p. 1217, p. 1222; see also p. 1148

信頼の神経科学 (The neuroscience of trust)

否定的な感情状態は、意思決定に強い影響を与える。 ヒト脳内のその2つの要素の相互作用を地図で表すために、Engelmann たちは、41人の参加者による模擬実験を行った。 参加者は、「銀行」つまり投資プログラムで動くコンピュータか、「受託者」つまり名前も知らない人間の投資信託受託者かに、いくらのお金を払うかを決めなければいけなかった。 これら2つの筋書きは、苦痛の程度によってさらに細分された。 即ち、被験者は、ある区分では強い電気ショックに直面し、他の区分では軽度の電気刺激に直面した。 ショックの脅威に直面したとき、参加者は、通常、投資に回す金額は減少した。 さらに、信頼と共感に関連する脳領域における活動は、ショック脅威間の受託者依存的決定において抑制された。(KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ショックの脅威:実験心理学で被験者を不安状態にするために用いられる、予期されるが予知できない電気ショック。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau3413 (2019).