AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 8 2019, Vol.363

二層グラフェン中の圧力を上げる (Upping the pressure in bilayer graphene)

ねじれ二層グラフェンにおける、超伝導とエキゾティック絶縁相の発見が、この物質を強相関電子系のモデル系として確立してきた。 超伝導を達成するためには、グラフェンの2つの層は、互いがなす角度が非常に正確な必要がある。 Yankowitz たちは今回、静水圧という、もう一つの実験用手掛かりが、ねじれ二層グラフェンの状態図を調整するために使用できることを示している(Feldman による展望記事参照)。 印加する圧力が層間の結合を強め、それが超伝導転移をより大きな角度とやや高い温度にずらした。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • エキゾティック絶縁相:強磁性や超伝導のような普通の相転移とは違った相転移から生じる絶縁相。
  • 強相関電子系:遷移金属や希土類を含む物質におけるように、電子どうしの間に働く有効なクーロン相互作用が強くて、自由電子近似が使えない系。
Science, this issue p. 1059; see also p. 1035

3D成型加工はくるっとひと回りの回転を求める (Fabrication goes for a quick spin)

ほとんどの3D印刷技術では、材料を層ごとに追加していく必要がある。 このことが、例えば既存の物体の周囲に印刷する場合のように、3D印刷が適する応用の種類にかなりの制限を設けている。 Kelly たちは、動的に展開する光の場の中で光硬化樹脂を回転することによる、独特の製造方法を提示している(Hart と Rao による展望記事参照)。 この方法は、完全一周で複雑な物体全体を印刷することを可能にし、積層の必要性を回避した。 この方法は、高粘度光硬化樹脂と多種材料による成形加工に、特に役立てることができる。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1075; see also p. 1042

遺伝子編集でDMD変異を修復する (Gene editing to repair DMD mutations)

デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は遺伝性の遺伝子疾患で、通常幼少期に顕在化し、それに苦しむ人たちのほとんどが30才代までに亡くなってしまう。犯人は心臓および筋肉の組織の重要なタンパク質を司るジストロフィン遺伝子の異常である。より多く見られるDMDの原因の1つが、ジストロフィン遺伝子の44番目のエクソンが欠損している変異である。Minたちは、44番目のエクソンが欠損したマウス・モデルにおいて、幾つかの遺伝子編集手法を適用した。マウス試験の約12%で、CRISPR-Cas9編集が症状を抑制した。(MY)

【訳注】
  • エクソン:遺伝子中のタンパク質をコードしている領域。遺伝子は通常、エクソンおよび非コード領域であるイントロンが連なっている。遺伝子の転写後に、イントロン部分が切り取られたmRNAからタンパク質が作られる。
  • ジストロフィン遺伝子:ヒトの場合、X染色体に存在し、220万塩基からなりDNAレベルで最も長く、79のエクソンで構成されている。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav4324 (2019).

コレステロールを介して造血前駆細胞を調節する (Regulating HSC progenitors via cholesterol)

粥状動脈硬化は、コレステロール含有リポタンパク質が血管壁に蓄積することが特徴である。 このコレステロールの増加は、造血幹・前駆細胞(HSPC)の数を増加させ、その結果生じる白血球の増加が循環器疾患の増加と関係する。 Gu たちは、胚形成期における造血性内皮(HE)からのHSPCへの分化を編成する機構について記述している(Rajan と Berman による展望記事参照)。 ApoA-I の結合したタンパク質がHEからのコレステロールの流出を加速し、転写因子Srebp2を活性化して、次にノッチ・シグナル伝達をトランス活性化する。 この機構はまた、高コレステロール血症における成人のHSPC増殖に重要であるように見える。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • リポタンパク質:疎水性が強いため水に難溶なコレステロールやトリグリセリドなどの脂質と、水と油に親和性のあるタンパク質が結合したもので、粒子状となり血中を循環し、水に不溶な脂質を体の中の使用部位へ運搬する機能を持つ。
  • 造血性内皮細胞:胎児期の血管内皮細胞で、HSPCへの分化能を持つ。
  • ApoA-I(アポリポタンパク質A-I):肝臓や小腸で産生され、高密度リポタンパク質(HDL)の主要な構成タンパク質。
  • ノッチ・シグナル伝達:細胞間の情報伝達機能を担い、細胞運命、細胞分化などを制御している。
  • トランス活性化:他の遺伝子にコードされる転写活性化因子で、別の遺伝子の発現が亢進される現象。
Science, this issue p. 1085; see also p. 1041

KDEL受容体の結晶構造 (Crystal structure of the KDEL receptor)

真核細胞は小胞体(ER)の内腔にシャペロンを濃縮している。 このシャペロンはゴルジ体へ分泌経路に沿って運び去られることがあり、その場合はそこから戻される必要がある。 20年前から、細胞生物学者たちはこの過程を担うKDEL(リシン-アスパラギン酸-グルタミン酸-ロイシン)受容体の身元を知っていたが、その機能の分子的根拠は曖昧なままである。 Bräuer たちは今回、分離ER状態およびKDEL回収シグナルが結合したゴルジ状態の両方における、KDEL受容体の結晶構造を報告している。 これら2つの状態を比較すると、ER内の回収モチーフを露出する立体構造の切り換わりが明らかになる。 著者たちは、精製された成分を用いて受容体の結合と遊離のサイクルを再現し、受容体がゴルジ体中のKDELリガンドに結合するのに必要な最小の構成要素であることを確証した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • シャペロン:リボソームで作られるタンパク質の正しい折りたたみを助けるタンパク質の総称。
  • ゴルジ体:合成されたタンパク質を化学修飾し、分類して目的の部位に送り出す役割を担う粒状あるいは網状の細胞内器官。
Science, this issue p. 1103

氷河時計を再び合わせる (Resetting the glacial timer)

氷河期循環の周期は、更新世中期の間に4.1万年から10万年に変化した。 何故か? Hasenfratz たちは、過去150万年にわたる深部から表層への海水の移行率の変化を再構築するため、南極で得られた底生プランクトンの有孔虫で、酸素同位体組成とマグネシウム/カルシウム比を計測した(Menviel による展望記事参照)。 10万年循環の出現は、深部海水供給の減少と海洋表面の塩分低下と一致していた。 この海水循環の減速が、地球軌道変化の速度で変化する二酸化炭素放出の駆動力に対して、南極の応答をより鈍くするように働き、氷河期期間をさらに長引かせる原因となった可能性がある。(Uc,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 更新世:地質時代の区分の一つで、約258万年前から約1万年前までの期間。
Science, this issue p. 1080; see also p. 1040

活動のために組織化される (Organized for action)

膜に囲まれていない巨大分子の集まりである生体分子凝縮物が、真核細胞における重要な組織構造であることがますます明瞭になりつつある (Martin と Mittag による展望記事参照)。 現在、2つの論文が、このような凝縮物がアクチン会合に、或いはRasシグナル伝達経路にどのように機能するかを示している。 両方の場合において、凝縮物は原形質膜において形成され、その膜滞留時間を増すことでシグナル伝達タンパク質の活性を増加させる。 Case たちは、滞留時間がクラスターの化学量論組成に依存し、それ故に制御タンパク質の化学量論組成がアクチン会合を制御できることを示している。 Huang たちは、より長い滞留時間がRasの受容体仲介の活性化における反応速度論的校正を可能にすることを実証している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1093, p. 1098; see also p. 1036

DNAのcGAS検知:包括的な見解 (cGAS sensing of DNA: A comprehensive look)

免疫系は、cGAS-STING(cyclic GMP-AMP synthase-stimulator of interferon genes)シグナル伝達経路を用いて、細胞内DNAの存在を検出する。 細胞質のDNAはしばしば、宿主損傷または病原体侵入の顕れであるため、これは有益である。 しかしながら、宿主への有害な影響を防ぐために、自己DNAへの不適切な反応は抑制される必要がある。 Ablasser と Chen は、cGASとSTINGがどのように炎症反応を制御し、そして自らを調節しているかを明らかにする最新の進歩を概説している。 特別な注意が、無菌性炎症状態におけるcGASの役割と同様に、この経路調節の治療応用可能性に注がれている。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. eaat8657

インフルエンザを標的とする低分子 (A small molecule that targets influenza)

我々の多くは、インフルエンザに対する防御のために季節性ワクチンに頼っていて、その限定された有効範囲を十分承知している。 インフルエンザ・ウイルスの進化的に保存されたヘマグルチニン(HA)幹領域を標的とする広域中和抗体(bnAb)は、万能ワクチンの開発に希望をもたらし、臨床試験で評価されつつある。 Van Dongen たちは、bnAbとHAとの重要な相互作用を再現する低分子鉛化合物を選択し、最適化した。 bnAbと同様に、この化合物は標的細胞のエンドソームにおけるウイルス融合を抑制した。 この化合物は、経口投与後にインフルエンザからマウスを防御し、ヒト気管支上皮細胞の3D細胞培養物中でのウイルス感染を中和した。(KU,kh)

Science, this issue p. eaar6221

弱く結合した発振器を、すばやく探索する (Quickly exploring weakly coupled oscillators)

同期発振器は、動的な系における結合を調べるための有用なモデルとなっている。 しかしながら、振り子に代表されるような多くの巨視的装置では、物事がゆっくりした時間尺度で進展し、そのため何回もの繰り返しの後に現れる状態の観察は難しくなることがある。 Matheny たちは、急速制御と急速読み出しが可能な、4000近くのQ値を持つ、2.2メガヘルツ近くで共振する8個のナノ電気機械振動子からなる振動子環を製作した。 これらの大規模なデータ集合の分析は、複雑な動態と対称性の破れを持つ、特異な同期状態を明らかにした。 理論的モデル化は、この回路網が弱い最近傍結合を有するにもかかわらず、出現する高次の相互作用(重調和や次最近傍など)が複雑な動態を安定化することを示した。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • Q値:力学振動系や電気振動系の共振の鋭さの程度を表わす数。
Science, this issue p. eaav7932

抗原輸送に引っかける (Hooking into antigen transfer)

セグメント細菌(SFB)は嫌気性で芽胞を形成するクロストリジウム様生物で、哺乳類の腸内における重要な免疫調整因子である。 なぜかSFBは炎症反応を誘発しない。 Ladinsky たちはマウスにおいて、この沈静効果の機構基盤を調べた。SFBは、かぎ針に似た構造により腸上皮細胞へしっかり付着する。 細菌物質がこのかぎ針から押し出され、エンドサイトーシスにより宿主細胞に入り込む。 押し出されたP3340と呼ばれるSFBタンパク質は、エンドソーム-リソソームの小胞経路を通して、宿主タンパク質である細胞分裂制御タンパク質42相同体(CDC42)によって側底側の腸上皮細胞に運ばれる。 ここでP3340は、恐らく腸マクロファージを介して、免疫調節的でSFB特異的な、CD4陽性17型ヘルパーT細胞の応答を促進する。(MY,kh)

【訳注】
  • エンドサイトーシス:細胞が異物を内部に取り込む作用。
  • エンドソーム:エンドサイトーシスによって細胞内に形成される小胞。
  • リソソーム:細胞内の生体膜に囲まれた細胞小器官。内部に加水分解酵素を含み、内部に取り込まれた細胞内外成分の分解機能を担う。
Science, this issue p. eaat4042

磁気ゼーベック係数の図示 (Mapping out the magneto-Seebeck coefficient)

ゼーベック効果では、デバイス間の温度差が電圧を発生させる。 温度勾配が、絶縁性のトンネル障壁によって分離された2つの磁化層を持つ磁気トンネル接合にまたがって加わると、発生電圧の大きさは2つの層内の相対的な磁化の向きに依存する。 このいわゆる磁気ゼーベック・トンネリングによる輸送量測定では、通常は、デバイス全体で平均化された信号だけが明らかになる。 Friesen たちは、磁性体試料の表面を横切って走査する、スピン偏極チップを備えた走査型トンネル顕微鏡を用いることで、この実験の原子スケール版を作製した。 チップを加熱することによって、彼らはスピン分解ゼーベック係数の空間的な依存性を図示することができた。(Wt,kj)

Science, this issue p. 1065

ラジオ波で量子の世界へ (Going quantum with radio waves)

周囲環境の熱揺らぎのために、長波長単一光子を検出することはますます困難になる。 従って天文学および核磁気共鳴画像法などの分野に対して、単一光子検出の数々の難題をもたらす。 Gely たちは、当初は回路量子電磁力学(cQED)用およびマイクロ波量子情報処理用に開発された超伝導量子ビットを用いて、光微小共振器に閉じ込められたラジオ波電磁場の量子化を直接観測した。 その後彼らは、一光子および二光子フォック状態を共振器内で誘起しながらラジオ波電磁場の量子状態を操作することができ、系が如何にその環境と動的に相互作用するかを解析することができた。 このcQED手法は、量子熱力学の基盤研究に用いられ、また画像化技術での実用的応用に使われるかもしれない。(NK,kj,kh)

【訳注】
  • フォック状態:粒子(または量子)の数が明確に定義されたフォック空間のベクトルである量子状態のこと。 ソビエトの物理学者ウラジミール・フォックにちなんで名づけられた。
Science, this issue p. 1072

Aktが還元力を生み出す (Akt produces reducing power)

タンパク質キナーゼAktは、細胞内で増殖因子から代謝還元力への結びつきをもたらす。 Hoxhaj たちは、Aktが直接、ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド・キナーゼ(NADK)をリン酸化することを発見した。 NADKの触媒活性は正常な場合、自身のアミノ末端領域で阻害され、また、Aktによるリン酸化がこの阻害を解放する。 活性なNADKは、ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド・リン酸(NADP+ )を産生する。 次にNADP+ が、細胞内での還元的代謝の主要な補因子である還元型NADP+(NADPH)の産生に必要とされる。(MY)

【訳注】
  • 増殖因子:成長因子とも呼ばれ、微量で動物細胞の成長・増殖を促進する一群のタンパク質。 細胞膜中の増殖因子受容体に結合し、細胞増殖や分化に向かうシグナル伝達を細胞内に引き起こし核まで伝える。
  • Akt:タンパク質をリン酸化する酵素で、増殖因子が受容体に結合することで引き起こされるシグナル伝達の1つである、細胞増殖や抗アポトーシスなどに関わるPI3K-Akt経路と呼ばれる経路で主要な役割を果たす。
  • 補因子:酵素の触媒活性に必要なタンパク質以外の化学物質。
Science, this issue p. 1088

腫瘍の成長を胚の発生と対比する (Comparing tumor growth to development)

腫瘍微小環境−腫瘍細胞が存在する環境−は、正常組織と比較して悪く調節されていることが多い。 これは、腫瘍成長を手助けするのと同様に治療方法を妨害することがある。 Li と Stanger は展望記事で、胚発生時の形成体の役割と同様に、腫瘍細胞が、その環境を再構築するという点で、胚発生時の形成体の役割に似ているという考えを再び取り上げている。 彼らは、腫瘍細胞の発生と進行を駆動する遺伝子変化が、腫瘍微小環境の悪調節をも駆動して成長と転移を支える可能性があるという証拠を論じている。 したがって腫瘍微小環境を標的とすることが、治療方法の改善につながるかもしれない。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 形成体:脊椎動物の発生段階初期に形態形成の中心となる胚域で、周囲の胚域に働きかけて特定の器官の形成を誘導する。
Science, this issue p. 1038

ペロブスカイト量子エミッタ (Perovskite quantum emitters)

多くの光量子技術の開発は、完全に近い光学的可干渉性を有する固体単一量子エミッタが利用できるかどうかにかかっている。 ダイヤモンド中の発光欠陥および分子線薄膜単結晶成長技術によって作られた量子ドットは、フーリエ変換限界の発光線幅を示してきた。 しかしながら、それらは製造拡張性と個別エミッター間の再現性の点から限界がある。 Utzat たちは今回、ペロブスカイトの量子ドットが、これらの制限を克服して、量子情報処理用の区別不能な単一光子あるいはもつれた光子対の生成に対して、これまでにない多能性を与えることを示している。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 1068