AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 1 2019, Vol.363

温暖化の明細報告 (Accounting for a warming ocean)

漁業は世界中に食料を供給し、生活を支える。 漁業はまた、極度の圧力を受けていて、多くの資源が乱獲され管理が不十分である。 漁業資源が抱えているこの負荷に気候変動が足されることになるが、その影響は依然としてほとんど分かっていない。 Free たちは、気温固有モデルと漁業資源全域にわたる再予報(ハインドキャスト)を用いて、温暖化が各魚種に及ぼしてきた、およびこれから及ぼすであろう影響の程度を特定した(Plagányi による展望記事参照)。 彼らは、漁業量の全体的な減少が、過去80年間にわたって起きてきたことを見出した。 さらに、幾つかの種は海温上昇に対して良好に対応すると予測されるが、大多数は成長に対して悪い影響を受けることになるだろう。 私たちの世界が温暖化するにつれて、漁業の収穫に対する責任ある積極的な管理がさらにいっそう重要になるだろう。(MY,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 979; see also p. 930

高強度のための押し引き (Pushing and pulling for high strength)

高強度アルミニウム合金は、軽量の自動車、列車、および航空機を製造するために重要である。 高強度化するための伝統的な方法は、何時間もの高温処理繰り返しを通して、この合金中に析出体を形成することである。 Sun たちは、室温でこの合金を押し引きする機械的なくり返しに基づいた処理方法を開発した。 これは、伝統的な熱的方法による析出体の強化効果と同じ特性を持つ、多くの非常に細かい析出体を急速に作り出す。 この方法は、他の合金系に対しても機能するはずである。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 972

光の波長を精密に測る(Making a (Making a (precision) measure of light)

物の長さを測る際に、わずかに目盛間隔がずれた副尺を用いることで人為推定誤差を減らし、測定分解能を高められると学校教育で教えられる。 Yang たちは、同じ副尺の原理を光コムにも適応し、光の波長を高い正確度と精度で決定できる分光器を開発した。 小型マイクロ共振器で作られた2つの相対する位相同期した光マイクロコムが主尺・副尺を提供する。 その2つの光コムの歯を組み合わせて光源の波長を測定した。(NK,kj,kh)

Science, this issue p. 965

歌いネズミにおける歌の交代 (Turn-taking in singing mice)

交代の能力は動物間の社会的やりとりの特徴である。 これは二重唱するトリからカエルまで、多くのさまざまな種で起こり、また、ヒトの発話の重要部である。 そのような素早い応答は、特徴記述が難しかった知覚活動と運動活動の複雑な連鎖的接続を必要とする。 Okobi たちは、熱帯に生息する歌いネズミ(tropical singing mouse)における歌の交代について調べた。ここでは、オスたちがお互いの歌を中断し、また、変更した(Hage による展望記事参照)。 著者たちは、運動皮質から発声運動器官への素早い推移を仲介し、そして素早い音声相互作用を容易にする口腔顔面運動皮質について述べている。(MY,kh)

Science, this issue p. 983; see also p. 926

免疫細胞を太らせる細胞外分泌小胞 (Exosomes that fatten immune cells)

哺乳類における脂肪組織は、脂肪細胞ばかりでなく、さまざまな免疫細胞、中でもマクロファージを含んでいる。 これらの細胞型間の適切な交信は、代謝の正常性にとって重要と考えられている。 Flaherty たちは、脂肪細胞が、脂肪常在性マクロファージに対する主要な脂質源として働く、脂質に満ちた小胞(AdExo)を遊離することを見出した(Antonyak による展望記事参照)。 AdExoはマウスの血液循環中に低濃度で存在し、太った動物ではやせた動物の2倍の割合で産生された。 AdExoは生体外において、骨髄前駆細胞の、脂肪常在性マクロファージに類似した細胞への分化を引き起こした。(MY)

Science, this issue p. 989; see also p. 931

パリ協定は漁業に利益あり (Paris Agreement benefits to fishing)

環境保護主義者の規制に対抗する伝統的な論点は、しばしば費用に焦点を当てている。 しかしながら、Sumaila たちは、パリ協定の実行が、世界の漁業および水産物消費者にとって経済的に助けになるかもしれないと概算した。 彼らは、世界の気温が、パリ協定が規定しているような1.5℃の上昇と、もし現在の傾向が続けば予想される3.5℃の上昇の2つの予測を仮定して、魚の生息地、気候の変動、海産品の価格のモデルを組み合わせてみた。 著者たちは、パリ協定が、漁業者への46億ドルの収入の追加、水産労働者への37億ドルの賃金収入、消費者への63億ドルの節約を意味するであろうと結論づけている。(ST,MY,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau3855 (2019).

冥王星とカロンの衝突クレーター (Impact craters on Pluto and Charon)

太陽系の天体同士の衝突は、衝突する小さな天体の個数に応じた割合で、大きな天体に衝突クレーターを生じる。 Singer たちは、冥王星とその月であるカロンの衝突クレーターについて調べた。 ある地域では衝突クレーターは、最近の地質学的な過程によって消滅してしまったが、他のところでは40億年にわたる衝突の記録が見られる。 冥王星とカロンは、カイパーベルト中に位置するため、クレーターのサイズ分布は、衝突するカイパーベルトの天体(Kuiper belt objects KBO)のサイズ分布を反映している。 著者たちは、衝突平衡モデルで予測されたよりも、小さな KBOの衝突が少数であることを見出した。 これは、太陽系の形成以来、一部の小さなKBOの個数が、衝突平衡モデルに従わず保存されてきたことを意味している。(Wt,kj,kh)

Science, this issue p. 955

冷たさ感知のためのクールな機構 (Cool mechanism for sensing cool)

ヒトでは、冷たさは主に、カルシウム・チャネルである一過性受容器電位メラスタチン・メンバー8(TRPM8)によって感知される。 Yin たちは、冷感剤、膜脂質ホスファチジルイノシトール-4,5-ビスホスフェート(PIP2)、およびカルシウムを含むTRPM8の低温電子顕微鏡構造を示している。構造的および機能的分析は、TRPM8中のPIP2 結合部位が他のTRPチャネル中のPIP2 部位とは完全に異なっていることを示した。 PIP2 と冷感化合物との結合が互いにアロステリックに増強され、そしてチャネル開口を活性化する。 したがって、TRPM8の活性化の機構は他のTRPチャネルによって使用されるものとは異なる。(KU,ok,nk,kh)

【訳注】
  • アロステリック:タンパク質の機能が他のエフェクター分子により調節されること。
Science, this issue p. eaav9334

熱帯の相互接続 (Tropical interconnections)

熱帯太平洋に源を発するエルニーニョ-南方振動は、地球規模の大気循環を乱すことによって、世界の他の熱帯地方に影響を与える。 この影響よりもよく分かっていないのは、熱帯大西洋とインド洋が、どのように太平洋に影響を与えるかである。 Cai たちは、これらの熱帯気候の相互作用について我々が知っていることを概観し、現在の気候変動予測を改善するための可能な方法を議論し、そしてさまざまな人類活動に由来する強制のある筋書きの下での将来気候の予測が、どのように改善できるかを考察している。 彼らは、この分野で前進するには、持続的な地球規模の気候観測、気候モデルの改善、そして理論的進歩が必要であると主張している。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. eaav4236

太古のチベット高原の標高 (Ancient height of the Tibetan Plateau)

チベット高原の標高は気候に大きな影響を与え、季節風や地域の天気の傾向に影響を与える。 幾つかの同位体による指標は、始新世まで遡って(4000万年前まで)この高原がほぼ同等の標高であったことを示唆してきたが、他の証拠は、遠い過去におけるより低い標高を示唆している。 Botsyun たちはモデルを使用して、これまで見過ごされてきたいくつかの要因が、始新世からの同位体記録に寄与することを示した(van Hinsbergen と Boschman による展望記事参照)。 その結果は、同位体記録を他の指標と一致させ、チベット高原が今日よりおよそ1000メートル低かったことを支持している。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. eaaq1436; see also p. 928

敏感な感知 (Sensitive sensing)

新生児医療は、特に未熟児に対して、乳児の脆弱性と小さな体に貼り付けられた数多くの配線付きセンサーが必要なことにより、複雑になる。 Chung たちは、皮膚への貼付けに水だけが必要で、重要な生命徴候の測定を配線無しで可能にする一対のセンサーを開発した(Guinsburg による展望記事参照)。 内蔵のデータ処理が、標準プロトコルを用いる効率的な近距離無線通信を可能にした。 線のないことが、乳児の扱いをより楽にし、赤ちゃんと両親または介護者を直接触れ合えるようにする。(MY,kh)

Science, this issue p. eaau0780; see also p. 924

ハエ発生におけるサイトネーム・シグナル伝達 (Cytoneme signaling in fly development)

ショウジョウバエのある組織の発生中、ある組織から別の組織へのシグナル伝達は、サイトネームと呼ばれる特殊な糸状仮足を介して起こる。 サイトネームは受容体を含み、シグナル産生細胞に近づく。 Huang たちは、シナプスでの神経細胞のシグナル伝達成分がまた、サイトネームとの並列発生とシグナル伝達の適切な形成に機能することを報告している。 カルシウム・シグナル伝達の様々な操作、顕性阻害グルタミン酸受容体タンパク質の発現、或いは小胞輸送タンパク質または電位依存性カルシウム・チャネルの成分の枯渇が、サイトネームの存在とシグナル伝達に影響を及ぼした。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • サイトネーム(cytoneme):細胞膜から作られる細長い細胞突起。 標的細胞に接続することで効率の良いシグナル伝達を行う。
Science, this issue p. 948

多元素ナノ粒子の相 (Phases of multielement nanoparticles)

多元素で構成される熱力学的に安定な金属ナノ粒子は、原理的に、多界面を形成する幾つかの異なる相を示す可能性がある。 Chen たちは、5種類までの異なる元素とともに形成され、高温でのアニーリング後のパラジウム-錫合金からなるナノ粒子の構造と組成を調べた。 三相のナノ粒子は2つか3つの界面構造を持ち、四相ナノ粒子は6つまでの界面を示した。 理論的および実験的な研究が、表面エネルギー・界面エネルギー間つり合いの、観察された相・界面構造への影響程度を明らかにした。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 959

合体が構造のあるジェットを生み出した (Merging produced a structured jet)

重力波と電磁スペクトルによって、連星中性子星の合体事象 GW170817が観測された。 しかし、その放射を生成した物理過程、特に、末期のX線と電波放出については、よく判らないままである。 Ghirlanda たちは、地球全体に広がる32個の電波望遠鏡を用いた干渉計アレイによる電波の残光を観察した。 電波源の大きさと位置は、何人かの研究者が示唆しているような一様に広がる繭状のもとは整合していない。 そうではなく、データは、GW170817が、周辺放出物を突き抜けた、はっきりしたジェットを生み出し、そして、このジェットは相対論的な速度で星間媒体へ広がっていることを示している。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 968

記憶における結合された波紋 (Coupled ripples in memory)

波紋と呼ばれる脳内の存続時間が短い高周波振動は、記憶形成のための基盤であると指摘されてきた。 しかしながら、ヒトにおいて波紋の活性と覚醒記憶検索を結びつける証拠はほとんどない。Vaz たちは、ヒト被験者の頭蓋内記録を分析した(Gelinas による展望記事参照)。 彼らは、脳の内側側頭葉の波紋振動が側頭皮質の波紋振動と結びついていることを見出した。 この結合は記憶検索の成功直前に強化された。 波紋を伴う検索成功の間、振動パターンが、最初の符号化と一致して、複数の電極にわたって再現された。 記憶検索の成功前に波紋振動が発生するという観察結果は、それらが検索プロセスにおいて機構的役割を果たしている可能性を示唆している。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. 975; see also p. 927

ストレスに苦しむ腸上皮が少しストレスから解放される (Stressed gut epithelium gets some relief)

免疫グロブリンA(IgA)は最も豊富に発現される抗体種であり、胃腸(GI)管を含む体内の様々な粘膜表面に見つけることができる。 IgAは多反応性であり、共生細菌と腸内病原体の両方を被覆し拘束することができる。 Grootjans たちは、マウスの腸上皮細胞での小胞体(ER)ストレスが、T細胞非依存で微生物叢非依存の、IgAを分泌する腹膜B1b細胞の増殖を誘導することを見出した。 同様に、ERストレスを引き起こすことが知られているオートファジー遺伝子の変異体(ATG16L1)がホモ接合性であるヒト被験者は、対照と比較してGIの IgA 産生細胞数の増加を示した。 このように上皮小胞体ストレスは、炎症促進においてよく特徴づけられたその役割を機能的に相殺し得る、有益な"eustress(良いストレス)"応答として役立つ。(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • ホモ接合性:二倍体生物において、ある遺伝子座が AA、aa のように同じ対立遺伝子の状態。
Science, this issue p. 993