AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 4 2019, Vol.363

水のように流れる群衆 (A crowd that flows like water)

大量の昆虫、動物、および他の動物の群れの行動は、往々にしてそれを構成する個体の相互作用則に基づいている。 Bain と Bartolo は、マラソン・ランナーがシカゴ・マラソンのスタート・ラインへと歩み寄る際のランナーの行動に対して、流体的なモデルを適用した(Ouellette による展望記事参照)。 彼らは、ランナー用のさまざまなスタート用囲いに対して、および世界中のさまざまなレースにおいて、同じ速度の非減衰線形波を観測した。 彼らのモデルは、この種の方向付けされた群集に対しても、並びに他の集団に対しても適用されるはずである。 それは、群衆管理を先導する助けになるかもしれない。(Wt,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 46; see also p. 27

ラッサ熱ウイルスの可動性検出 (Mobile detection of Lassa virus)

ラッサ熱は、西アフリカに固有の出血性ウイルス疾患である。 通常、毎年少数の症例が報告されるだけだが、入院患者は死亡の危険が15%ある。 ナイジェリアにおいて、2018年に症例が10倍急増したことが初期集団発生の兆しであるという恐れに対応して、Kafetzopoulou たちは、120人の患者由来の検体から直接、ナノポアによるメタゲノムの配列決定を行った(Bhadelia による展望記事参照)。 結果は、新しい病原株の出現の強い証拠も、人から人への感染の強い証拠も示さず、むしろげっ歯類の汚染が主発生源だった。 この病気の将来の拡大を防ぐため、私たちは何が人の居住区へのげっ歯類の侵入を引き起こすのかを理解する必要がある。(MY,kh)

【訳注】
  • ナノポアによるメタゲノム配列決定:ナノ・スケールの大きさの穴の中をDNA鎖が通る際に、通過DNA塩基の種類で穴の中を流れる電流が変化し、それを利用することで配列決定する方法。
  • メタゲノム:生物群集をその環境から回収されたゲノムの総体から分析する研究分野をメタゲノミクスと呼び、その対象となるゲノムをメタゲノムという。
Science, this issue p. 74; see also p. 30

翻訳後のトランスコロンの造り (Posttranslational translocon architecture)

タンパク質の約1/3は、普遍的に進化的保存されたSec61タンパク質伝導チャンネルによって小胞体へと輸送される。 Itskanov と Park は、酵母由来のSec複合体の低温電子顕微鏡構造を決定した。 この複合体は多くの分泌タンパク質が翻訳後に、小胞体膜を越えて移動することを仲介する。 この研究は、Sec63が基質ポリペプチドの挿入に対してどのようにSec61チャネルを活性化するのかを明らかにしている。この構造はまた、Sec61チャネルに対するSec63とリボソームの相互に排他となる結合も説明している。(MY,kh)

【訳注】
  • トランスロコン:タンパク質が膜を通過できるようにするために働くチャンネル複合体。
  • Sec61タンパク質伝導チャンネル:リボソームが新生中のタンパク質鎖を小胞体内へ通過させる小胞体膜チャネル。
Science, this issue p. 84

高分解能のC60 (C60 at high resolution)

一般的に分子の振動は回転より大きなエネルギーを要する。 そのため、振動吸収バンドは、同時に生じる多くの別々の回転遷移を包含するが、分子が数原子以上である場合、回転遷移は全体に不鮮明になりがちである。 Changala たちはC60 フラーレンを十分冷却して、C-C伸縮バンド内に回転遷移が分解された結果を得るのに成功した。 成功は、アルゴン緩衝ガスの流れを注意深く最適化することにかかっていた。 そのように量子状態が分解されたスペクトル線は、星間空間のような普通とは異なる環境におけるフラーレン型化合物の特性把握を助けるかもしれない。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 49

強結合プラズマを作る (Making a strongly coupled plasma)

イオン化した原子群と電子群の気体であるプラズマは、星の内部で到達される温度のような高温で自然に形成される。 理論的にプラズマを記述することは、プラズマが強結合状態にある場合には一筋縄ではいかない。 そのため、実験室中でそのような状態に到達することは、理論にとって有用な基準を提供するだろう。 その目標に向かって、Langin たちは、レーザ光でイオン化されたストロンチウム原子から作られた低温プラズマを取り扱った(Bergeson による展望記事参照)。 彼らはレーザを用いて、ストロンチウム原子イオンを約50ミリケルビンまで冷却し、所望の強結合状態に到達した。(MY,kh)

【訳注】
  • 強結合プラズマ:粒子間クーロン相互作用エネルギーが熱運動エネルギーよりも大きいプラズマ。
Science, this issue p. 61; see also p. 33

原始の巨大哺乳類 (A proto-mammalian giant)

初期の陸生有羊膜類は、鳥と恐竜の系統につながった竜弓類と、哺乳類につながった単弓類、の2つの群に進化した。 単弓類はペルム紀の間、多様であったが、ペルム紀末の大量絶滅(約2億2500万年前)後に大幅に減少した。 三畳紀に生き残った少数の群は、ほとんどが小さく、スプロール型歩行を続けていた。 しかしながら、Sulej と Niedźwiedzki は、ポーランドの三畳紀後期のディキノドン類について述べている。 それは、何種類かの共存していた恐竜と同じくらい大きく、現代の哺乳類のようにエレクト型歩行をしていたようだ。 このように、三畳紀の巨大草食動物は恐竜だけではなかった。(Sk,MY)

【訳注】
  • スプロール型歩行:足が胴体の両側にアーチを形成するように拡がった骨格で、体をくねらせることで前方に進む歩行形態(現代のトカゲの様な歩行形態)。
  • エレクト型歩行:足がまっすぐ胴体の下方に向かって保持された骨格で、あまり体を動かさずに前方に進むことの可能な歩行形態。
Science, this issue p. 78

ホロコーストの史上最悪の100日間 (Deadliest 100 days of the Holocaust)

ホロコーストの間に殺害された約600万人のユダヤ人の25%以上が、1942年のある100日間に殺害された。 Stone は、鉄道輸送記録の異常なデータ集合を用いて、この期間にナチスが147万人以上のユダヤ人を殺害したことを示したが、これは以前の見積もりよりも10倍高い殺害速度である。 ホロコーストについての現代の分析とは真っ向から対立するのだが、著者は、他の20世紀の大量虐殺と比較しても、ラインハルト作戦が、その極端な殺害速度、殺害数、そして収容された人数に対する殺害された人数の割合において、突出してひどいものだったことを示している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ラインハルト作戦:ユダヤ人大量虐殺の一部で、1942年から1943年にかけて実行された(後のアウシュビッツでの大量虐殺は含まれない)。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau7292 (2018).

さらなる多様なCRISPR系 (Additional, diverse CRISPR systems)

CRISPR系は分子生物学に革命をもたらしてきている。 Yan たちはメタゲノム・データベースを利用して、V型CRISPR-Cas系に属するさらなるサブタイプ群を系統的に発見した。 このさらなるCas12エフェクター群は、一本鎖のRNAとDNAに対する標的としての切断および二次的な切断、および二本鎖DNAのニッキングと切断を含む、さまざまな活性を示した。 これらの多様な核酸分解酵素の活性は、古くからのトランスポサーゼがどのようにしてさまざまなV型エフェクター群へと進化してきたかもしれないことを示唆し、また、核酸検知とゲノム編集手段の品ぞろえを拡大する。(MY,kh)

【訳注】
  • エフェクター:CRISPR系における標的DNA切断酵素であるCas(CRISPR-associated)タンパク質のこと。
  • V型CRISPR-Cas系:標的DNAの切断に単一のCasが関与するクラス2CRISPR-Cas系の1つで、このクラスに属する一般的な II型におけるCas9(標的二本鎖DNAの相補鎖を切断するHNHドメインと、非相補鎖を切断するRuvCドメインを持つ)に対して、RuvCドメインだけを持つCas12が用いられる。
  • ニッキング:DNA二重鎖の片方に切断が入ること。
  • トランスポサーゼ:ゲノム上の位置を転移することのできる塩基配列であるトランスポゾンがゲノム上を移動する駆動力になる酵素。
Science, this issue p. 88

光学における例外点 (Exceptional points in optics)

多くの複雑な系は、損失しながら動作する。 数学的には、これらの系は非エルミート行列として記述できる。 そのような系の特性は、利得と損失を完全に均衡させるとが可能で特異な挙動が生じると予想される、特定の条件(例外点)が存在しうることである。 光学系は一般に利得と損失を持ち、まさに例外点の物理学を探索するのに理想的な系である。 Miri とAlù は、光工学における例外点の話題を概説し、そのような系を設計することで期待されるかもしれない、考えられる特異な挙動のいくつかを探索している。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. eaar7709

忘却と受容体除去 (Forgetting and receptor removal)

シナプス後膜表面との間のAMPA受容体の輸送は、シナプス強度を調節し、学習と記憶の基礎となっている。 Awasthi たちは、内在性膜タンパク質シナプトタグミン-3(Syt3)がニューロンのシナプス後エンドサイトーシス・ゾーン中で主に見いだされ、そこでそれがAMPA受容体の内部移行を促進することを見い出した(Mandelberg と Tsien による展望記事参照)。 Syt3の過剰発現ニューロンまたはノックダウン・ニューロンにおいて、シナプス伝達と短期可塑性は変化しなかった。しかしながら、Syt3ノックアウト・マウスからのニューロンでは、シナプス長期抑圧は消滅し、その結果、長期増強の減弱化は持ちこたえられた。 Syt3ノックアウト・マウスにおいて、空間学習は変化なかったが、しかしながら、これらの動物は、水迷路空間記憶課題の際に忘却と再学習に障害の兆候を示した。(KU,MY,ok,kh)

【訳注】
  • AMPA受容体:グルタミン酸受容体の一種。
  • 短期可塑性:シナプス前細胞を連続して刺激した際に、1回目のシナプス伝達と比較して2回目のシナプス伝達が助長または抑制される現象。
  • 長期抑圧:シナプスにおける神経細胞間の情報伝達効率が長期間にわたって減弱すること。
  • 長期増強:シナプスにおける神経細胞間の情報伝達効率の向上が長期間にわたって持続すること。
Science, this issue p. eaav1483; see also p. 31

共生特異的T細胞は柔軟性がある (Commensal-specific T cells are flexible)

皮膚のような防御組織は、非侵襲性共生微生物が常在性T細胞と常に相互作用する部位である。 これらの出会いは、例えば宿主防御および組織修復を促進する共生特異的T細胞の応答をもたらすことがある。 Harrison たちは、皮膚常在性共生特異的インターロイキン-17Aを産生する、CD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞のサブセットが二重の性質を持つことを示している。 それらは拮抗する、抗菌性(17型)プログラムと抗寄生生物性で組織修復に有利に働く(2型)プログラムに向かわせる転写因子を共発現する。 皮膚が損傷すると、上皮細胞のアラーミンは17型T細胞に2型サイトカインを作動させることを認める。 このように、共生特異的17型T細胞は、恒常性条件下では抗菌活性に向かわせることができるが、損傷の状況においては組織修復を急速に作動させることができる。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • アラーミン(alarmin):組織障害や細胞死によって放出される起炎因子の総称。
Science, this issue p. eaat6280

光合成の非効率性を解決する (Fixing photosynthetic inefficiencies)

我々の最も有用な作物のいくつか(米や小麦など)において、光合成は、その効率を低下させる有毒な副産物を生成する。 光呼吸がこれらの副産物を処理し、それらを代謝的に有用な成分に変換しているが、エネルギー損失という代償を払っている。 South たちは遺伝子組み換えタバコ中に、より少ないエネルギー損失で光合成の非生産的副産物をより効率的に再捕捉する、代謝経路を構築した(Eisenhut と Weber による展望記事参照)。 圃場試験において、これらの遺伝子組み換えタバコは、野生型タバコよりも40%近く生産的であった。(Sk,kh)

Science, this issue p. eaat9077; see also p. 32

酸化物上のナノグラフェン (Nanographenes on oxides)

金属表面上でのナノグラフェンの島およびリボンの成長は、炭素-炭素カップリング反応により単結晶金属表面上で行なうことができるが、酸化物の表面はこの反応に役立たない。 Kolmer たちは、ルチル型酸化チタンの表面上で、フッ素化アリール基が結合してナノグラフェンを形成できることを示している。 炭素-フッ素結合が熱的に活性化されるにつれて、フッ素が完全に置換されるまで、段階的過程で中心のアリール基の周囲に芳香族環が順次付加されるよう、アリール基のフッ素置換が選択された。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • アリール基:芳香族炭化水素から誘導される化学構造基。
Science, this issue p. 57

逆方向に流れる電流 (A backward current)

磁場中の2次元材料は、いわゆる量子ホール効果を示す。この領域は、印加磁界の符号で決まる「下流」方向に電流が試料の縁に沿って流れることによって特徴づけられる。 Lafont たちは、GaAs-AlGaAsヘテロ構造体中の電気的輸送を研究し、これまであまり研究がなされなかった分数量子ホール領域におけるスピン-非偏極状態に注目した。筆者たちは、さまざまな実験構成を考慮することにより、電荷電流の一部が、反対の「上流」方向に流れていることを観測した。(NK,MY,ok,kh)

【訳注】
  • 分数量子ホール効果:磁場中の2次元材料が示す、ホール抵抗が一定となり同時に磁気抵抗がゼロとなる量子ホール効果において、プラトーにおけるホール伝導率が分数であるνを用いて(e2/h)νで表される量子ホール効果のこと(ここでh はプランク定数、e は電気素量)。
Science, this issue p. 54

もう一つの一次視覚野 (Another primary visual cortex)

視覚系における大部分の機能研究は、網膜を皮質へとつなぐ膝状体−有線皮質経路の皮質の表現に焦点を合わせてきた。 平行している上丘を通る経路は視覚野全体にまばらに投射しており、視覚刺激に対する皮質反応の調節の役割を持っていると考えられている。 Beltramo と Scanziani は、もっぱら上丘に充てられた視覚野の領域を見出した。 この領域は、「古典的」一次視覚野では不可能な動的視覚刺激を識別することができる。 このように、系統発生的に古い構造である上丘は、この領域に古典的な一次視覚野には見られない精巧な特徴検出能力を提供する新皮質中に、それ自身の投射を有する。(Sh,kh)

【訳注】
  • 外側膝状体:脳の視床領域の一部で、網膜から情報を受け取り視覚情報の処理を行い、一次視覚野(有線皮質)に直接投射する。
  • 上丘:ヒト中脳の上面には四丘体と呼ばれる左右合わせて四つの高まりがみられ、その前方の一対が上丘で、視覚情報を目の網膜や視覚野などから受け取り、脳幹にある神経核に信号を送る。
Science, this issue p. 64

深部太平洋の寒冷化 (Deep Pacific cooling)

地球の気候は約700年前に、中世の温暖期から小氷期への遷移の期間に相当に寒冷化した。理論的には、海洋の循環の仕方のために、この寒冷化は太平洋の深海温度として記録されたはずである。太平洋では、当時海面にあった水は現在では深海で見出される。 Gebbie と Huybers は海洋循環モデルと、19世紀末と20世紀末の両方からの記録を用いて、この傾向を検出して定量化した。現在、深部太平洋は寒冷化が進行中である。 これは、1750年以来の地球全体の熱収支を35%下方修正するものである。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 70

DNA破損と適応 (DNA breakage and adaptation)

新しい環境への適応は、しばしばさまざまな移住事象にわたって同様に起こる。 トゲウオはこの典型例で、淡水での繰り返し移住が腹びれの喪失をもたらした。 以前の研究は、腹びれのエンハンサー遺伝子が関与していることを示していた。 Xie たちは今回、この遺伝子が、チミン-グアニン高含有量により二本鎖DNAの破損を起こしやすいゲノム領域内にあることを示している。 破損の増したこの領域が、新しい環境への繰り返し適応を促進する変異速度の増加に導くのかもしれない。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • エンハンサー:隣接する遺伝子の転写を促進するDNA上の調節領域のこと
Science, this issue p. 81

生物多様性に満ちた森林の特有の音 (The distinctive sound of a biodiverse forest)

ある森林で多様性状態を評価することは、概して詳細な実地調査を必要とする時間のかかる作業である。 Burivalova たちは展望記事において、音風景(soundscape)を記録することがこの情報への簡便な道を提供できることを説明している。 森林由来の音風景を時間をかけて記録し、それを地域基準と比較することによって、科学者たちは森林の生態系が健全であるか否かを決定することができる。 もし他への 転換を免れた森林の音風景が貧弱になって変化したなら、実地調査の根拠となるだろう。 この取り組みはとりわけ、持続可能性の認証や森林破壊ゼロの約束に関心を持つ団体に役立つかもしれない。(Uc,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 28