AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 11 2019, Vol.363

器官の三次元画像化が進化する (Advancing 3D imaging of organs)

生物学的研究にとって、組織構造をありのままに見ることは極めて重要である。 有機溶媒による組織の透明化で特徴づけられ、組織さらに器官全体さえからも三次元(3D)画像を得る現在の方法は、作ることのできる試料の鮮明性、透明性、効率性のレベルでいまだ制約されている。 Qi たちは、先進的な光学的透明化法FDISCOを開発した。 この方法は、これらの制約の幾つかを克服する。 著者たちはこの方法を使って、脳・腎臓・筋肉中の神経細胞と血管の構造についての高解像度画像を収集した。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • FDISCO:three-dimensional imaging of solvent-cleared organs with superior fluorescence-preserving capabilityの略で、従来方法と同様に生体組織の脱水と屈折率合わせに有機溶媒を用い、さらにその処理条件(pHと温度)を最適化することで組織内に入れた蛍光プローブの劣化を抑えた、光による生体器官の三次元画像化方法。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau8355 (2018).

水だけが通過できる (Only the water may pass)

大きさによって物を取り除いて最小の物だけを残すことは理論的には簡単であるが、それには最小の物だけを通過させるのに十分小さな穴をもった篩、膜、またはろ過材が必要である。 Gopinadhan たちは、グラフェンで間隔保持されてサンドイッチになった大きな結晶から単一原子面の原子を除去することによって、二次元的水路を作製した。 水は抵抗なしにこの水路を流れたが、イオンの水和殻は水路を通り抜けることができないため、この水路は水素イオンを除くすべてのイオンを取り除いた。(Sk,kh)

Science, this issue p. 145

フォトニック・ワイル系を設計する (A photonic Weyl system by design)

理論的に提唱されたエキゾチック物理学は、今や凝縮体およびフォトニクス系において研究され、現実のものになりつつある。 ワイル物理は、価電子帯と伝導帯がバンド構造の離散した複数点で接触している場合に出現する。 Jia たちは、運動量空間におけるワイル点の位置を強力な人工磁場を用いて調整できるフォトニック・メタマテリアルを設計し作製した。 このワイル点は安定であるため、そのような堅牢なカイラル光学モードを持つワイル系を設計・制御できることは、今後の光学情報処理の応用に利用されるであろう。(NK,MY,ok,kh)

【訳注】
  • メタマテリアル:構造設計により、自然界にはない振る舞いをとるようになった材料や物質構成のこと。
  • ワイル物理:質量 0のワイル粒子に関する物理。 ワイル粒子はヘルマン・ワイルが提唱した方程式に従って記述される粒子で、磁気ワイル粒子と非磁性ワイル粒子がある。
Science, this issue p. 148

衝突で壊れた (Broken on impact)

白金表面への水素分子の吸着について、2つの競合するモデルが提案されている。 両方とも表面欠陥で2原子への解離を引き起こすが、水素分子が欠陥に遭遇する前に表面に沿って拡散するか、そうではなく水素分子が最初に欠陥部位に衝突する場合にのみ吸着するかが異なっている。 Van Lent たちは、分子ビーム由来の水素分子の付着を研究した。 そのビームは、露出している欠陥の密度と種類がさまざまに異なる、湾曲した白金単結晶表面を走査した。 その結果のモデル化は、直接衝突にかかわる2番目のモデルとのみ整合していた。(Wt,ok,kh)

Science, this issue p. 155

円盤と棒を順番に並べる (Mating disks and rods into an ordered phase)

円盤状分子は円柱状に積み重なる傾向があるが、棒状分子は互いに平行に整列する傾向がある。 この2種類の分子が混合されると、それらは相分離する傾向がある。 Yano たちは、円盤状分子と棒状分子の間の十分な親和性を可能にし、それにより分子が混合したねじれ円柱相を形成する適切な処方箋を見出した。 この相は、円盤状分子を重合することにより安定化可能であった。 ねじれ円柱の方向は、電界で変化させることができ、一方、光学的な刺激はもう1の秩序化転移を引き起こすことができた。(Wt,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 161

森林のシロアリたちが干ばつの影響を軽減する (Forest termites mitigate the effects of drought)

今後干ばつがより頻繁になると予測される多くの熱帯地域においては、シロアリは生態系機能の重要な構成要素である。 Ashton たちは、シロアリ共同体を実験的に操作し、マレーシアの熱帯雨林における、2015-2016年の「スーパー・エルニーニョ」干ばつの間の、彼らの役割を定量化した。 シロアリの相対的存在量は干ばつの間、対照区画においては2倍以上になり、分解、養分の多様性、そして水分保持という、3つの主要な生態系の過程を維持した。 シロアリを抑制する操作をした区画では、苗木の枯死率が増加した。(Sk,MY,kh)

【訳注】
  • 対照区画:ここでは、シロアリを抑制する操作を加えていない区画。
Science, this issue p. 174

さて、誰が賢い奴だ? (Who's a clever boy then?)

賢い配偶者を選ぶことには、熟慮するべき価値がある。 配偶者の選択がこのように認知の進化を形作ってきたという提案は、ダーウィンの時代から存在しているが、この仮説を検証するのは困難である。 Chen たちは、メスのセキセイインコが、以前は好みでなかったオスが、元々好みであったオスを困惑させた問題を解決する能力を示した後は、前者のオスのほうにその好みを移したことを見出した(Striedter による展望記事参照)。 この好みの変化は、問題解決とオスの選択に特有な現象であった。(Sk,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 166; see also p. 120

星状膠細胞は脳内の親時計を駆動できる (Astrocytes can drive the master clock in the brain)

視床下部にある視交叉上核(SCN)の神経細胞は中枢的概日時計として機能し、哺乳類の生理を、24時間の明暗周期と整合させる。 Brancaccio たちは、これらの神経細胞が、近傍の星状膠細胞から助けをもらっていることを見出した(Green による展望記事参照)。Cry遺伝子は非常に重要な時計成分をコードしているが、それが欠如したマウスにおいて、近傍の神経細胞ではなく、星状膠細胞でのCryの発現と分子時計機能の回復が、SCNにおける転写の律動的振動を復元し、マウスにおける概日行動を再確立した。(MY,kh)

【訳注】
  • 星状膠細胞:神経細胞ネットワークを構造的に支え、また、細胞外イオン環境の調節、血中から脳内への物質移行制御する等の機能を有する細胞。
Science, this issue p. 187; see also p. 124

免疫応答の駆動役としての代謝 (Metabolism as a driver of immune response)

全ての生物体は、生物学的過程を維持するのにエネルギーと代謝構成材料を必要とする。 Wang たちは、生活史理論の原理を適用して、免疫代謝について概説している。 彼らは、全身における代謝と免疫の間の交互的相互作用を示す最近の進展、および炎症がどのようにして代謝器官の機能状態と視床下による代謝器官の制御を変えることができるのか、に光を当てている。 全身の代謝と免疫細胞の代謝の間のそのような協調した相互応答は、さまざまな健康状態と病気状態に関与している。(MY,kh)

【訳注】
  • 生活史理論:生物における生存と繁殖のスケジュールを進化的適応との関連で説明する考え。
Science, this issue p. eaar3932

キャップ固有のm6Aライター (A cap-specific m6A writer)

N6,2'-O-ジメチルアデノシン(M6Am)は脊椎動物におけるキャップmRNAの転写開始ヌクレオチドに存在する。 Akichika たちは、トランスクリプトームにおいてこの修飾の量を定量化し、この修飾に必要なライター・タンパク質、キャップ特異的アデノシン・メチルトランスフェラーゼ(CAPAM)を同定した。 CAPAMは、キャップ特異的な N6-メチルアデノシン(m6A)を基質として認識する独特の構造を含んでいる。このタンパク質はRNAポリメラーゼII と相互作用し、この修飾が転写と同時に起こることを示唆している。m6Amは、eIF4E-非依存的様式でキャップmRNAの翻訳を促進する。(KU)

Science, this issue p. eaav0080

炎症性貧血の下手人を明らかにする (Unmasking an agent of inflammatory anemia)

感染症と自己免疫疾患は貧血と血小板減少症に関連している。 マクロファージ活性化症候群(MAS)と呼ばれる重症型の炎症性血球減少症は、リウマチ性疾患およびウイルス感染症の際に起こることがある。 Akilesh たちは、Toll様受容体7 および9(TLR7 およびTLR9)を介した単球による自己由来または病原体由来の核酸の認識が、マウスにおいてMAS様疾患を促進することを示している。 単球におけるTLR7 またはTLR9 シグナル伝達は、これらの細胞を炎症性血球貪食細胞(iHPC)に分化させるが、これは赤色髄マクロファージと類似しているが異なるものである。 単球を枯渇させることによる iHPC分化の防止は、MAS様症状を軽減する。 マウスがマラリア性貧血のモデルにかかると、MyD88およびエンドソームTLR依存性 iHPC分化も起こった。 したがって、iHPCは、血小板減少症に加えて MAS駆動の貧血とマラリア性貧血の両方に役割を果たしている可能性がある。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. eaao5213

sAPPに対する生理機能? (A physiological function for sAPP?)

アルツハイマー病におけるアミロイド-βの前駆体タンパク質(APP)の病理学的役割はよく研究されているが、このタンパク質の生理学的役割は分かりにくいままである。 Rice たちは、APPから開裂して分泌されたAPP細胞外ドメイン(sAPP)が、抑制性神経伝達物質であるγ-アミノ酪酸(GABA)に対する代謝調節型受容体であるGABABR1aに結合することを見出した(Korte による展望記事参照)。 この結合はマウスにおいて、シナプス小胞による神経伝達物質の放出を抑制し、シナプス伝達とシナプス可塑性を変更した。APP内の17のアミノ酸からなる短鎖ペプチドは、GABABR1aの sushi1ドメインに結合し、この構造不定のドメインに構造をもたらした。 この相互作用を標的とする治療法は、GABAシグナル伝達が関与する一連の神経障害に恩恵をもたらす可能性がある。(MY,kh)

【訳注】
  • 代謝調節型受容体:リガンドが結合すると細胞内の代謝経路を発動したり、変更を加えたりする受容体。
  • シナプス小胞:シナプスを形成しているシナプス前細胞の軸索終末に存在し、神経伝達物質が収められた小胞。
Science, this issue p. eaao4827; see also p. 123

合成化学ロボット装置のための明快な指示書 (Clear directions for a robotic platform)

化学文献には、1世紀以上分の分子合成に対する説明書が含まれており、そのすべては、人間によって、人間のために書かれている。 Steiner たちは、標準化された方法記述に基づいて有機化合物を合成する自律型集成器とロボット実験室技術基盤を開発した(Miloによる展望記事参照)。 この技術基盤は、現存する文献との互換性を最大にするよう、丸底フラスコ、分液漏斗、回転蒸留器などの従来からある機器で構成されている。 著者たちは、3つのよく知られた薬剤を短経路で合成するシステムを紹介しており、その合成は人手によるものに匹敵するくらいに進行した。(ST,MY,nk,kh)

Science, this issue p. eaav2211; see also p. 122

周期的な間隙を持つナノチューブに向かって (Toward nanotubes with periodic gaps)

カーボン・ナノチューブは、その縁に沿って融合したベンゼン環の連続配列からなる。 周期的な間隙を作るためにトップ・ダウン方式で規則的に断片を切り取ることは簡単ではない。 Sun たちは、この目的に向かってボトム・アップ戦略の初期段階を公開している。 彼らはホウ素化反応および触媒的交差カップリング反応を用いて、ナノチューブ壁に規則的な空隙を残すために1、3、および5の位置で互いに結合した40個のベンゼン環からなる別個の円筒状炭素化合物を合成した。 複数の類似した断片の鎖状結合は、最終的には周期的な壁欠陥を有する延長ナノチューブに導く可能性がある。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. 151

振動準位をよじ登る (Climbing vibrational levels)

表面に吸着した分子に対する振動励起は、分子が吸着している基板の振動モードであるフォノンへと振動エネルギーが素早く移動するため、通常は制限されている。 Chen たちは、NaCl表面に吸着したCO分子では、これが当てはまらないことを見出した。 吸着CO分子群は、振動エネルギーを分子群内で、ある高励起状態から他の状態に、分子群が表面から解離する限界に達するまで効率よく移動させた。 この過程は、食塩表面において、CO分子群の近接近と、唯一ののフォノンモードへのエネルギー移動の限定ため、可能だった。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 158

記憶能力は年齢とともに発達する (Memory capabilities develop with age)

記憶形成の際、時間圧縮された神経細胞の時系列は、新規情報をコードすることと同様に記憶固定の基礎をなす。 そのような記憶痕跡には、事前構成された神経細胞パターンの選択が主に寄与している。 しかし、いつ、どのようにこれらの事前構成されたパターンが海馬に初めて現れるのかは不明である。 Farooq と Dragoi は、ネットワークの事前構成が、年齢依存的に軌跡類似時系列へと発達することを特定した。 この事前構成は睡眠中に無意識に表出され、永続的で場所描写性の神経集団の集合から出現し、主として固有の発達プログラムによって制御された。 このように、移動中における隣接位置の空間的軌跡への圧縮的結合、およびその経験依存的再生は、無意識の事前構成時系列と協調して出現する。(NA,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 168

アフリカの熱帯における古代の変化 (Ancient changes in the African tropics)

過去の植生変化の長期記録は、気候変動が生態系にどのように影響するかを理解するための鍵となるが、特に熱帯の非常に生物多様性に富んだ地域においては、データが不足している。 Lezine たちは、西アフリカ熱帯山地林にある高地火口湖の土地からの、詳細な9万年分の花粉のコア試料を提示している。 それは、自然保護と生物地理学の観点から重要である。 アフリカ山地森林の低地側の限界は安定していたのに対し、高地側の森林限界は、更新世の氷期および間氷期の間、気候変動に応じて移動した。 森林の構成種も変化した。この記録は、アフリカ山地帯の植生の生物地理学的歴史に関する議論を解決する。(Sk,MY,kh)

【訳注】
  • 花粉のコア試料:地中を掘削して採取した過去の花粉を含んだ円柱状の堆積土試料。
Science, this issue p. 177

耐性にスイッチを入れる (Switching ON resistance)

純株の細菌コロニーは、亀甲模様に似ているが、それぞれに異なる斑点をしばしば成長させる。 これらの異なる表現型は、相多様性と呼ばれる可逆的なメカニズムによって生じる。 Jiang たちは、相多様性を引き起こす可逆的プロモーターに適した細菌ゲノムを調査するためのアルゴリズムを開発した。 逆方向の反復はこのプロモーターの存在を示唆するが、それはインベルターゼと呼ばれるファージ・インテグラーゼの類似体に触媒されてオンとオフの状態を切り替えることができる。 抗生物質耐性遺伝子に関わる可逆的プロモーターは、脊椎動物の消化管関連微生物 (バクテロイデス門、スピロヘータ門およびウェルコミクロビウム門を含む) の間に広がっていた。 このようにこれらの細菌は、抗生物質暴露を含む突然の環境ストレスに対する装備と用意を持っている。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • プロモーター:DNA塩基配列のうち、RNA合成を触媒する酵素が結合した、mRNAに転写の開始を指令する部分。
  • インテグラーゼ:感染細胞のDNAにレトロウイルスの遺伝物質を取り込ませることを可能にするレトロウイルスにより産生される酵素。
Science, this issue p. 181

どんどん暖かく、どんどん速く (Getting warmer, faster)

温暖化ガスの濃度上昇は地球大気と海洋を温暖化させている。 しかしながらモデルの結果と観測された時系列とを一致させることは、難しい状態のままである。 Cheng たちは展望記事で、系統的誤差と観測記録における不一致を説明するのに用いられた手法を改善させた近年の研究について焦点を当てていて、その研究は、海洋の熱含有量変化の独立した計測手法について報告している。 このような研究から得られる結果は、モデルに見られるものと近く、モデルが海洋の熱含有量の全体的な変化を確実にとらえていることを示唆している。 1991年以来加速している海洋の温暖化は、気候変動に対する緩和と適応の双方の切迫性を強調するものである。(Uc,MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 128

オルガノイドを組合わせて脳領域を構築する (Combining organoids to assemble brain regions)

オルガノイドは、複雑な形態学的構造を形成する細胞の三次元培養物である。 最近のヒト脳領域の細胞のオルガノイド培養における多数の進歩は、細胞がより自然な三次元環境でどのように振る舞うかを理解することを助けてきた。 Paşca は展望記事で、複雑な脳組立品を作るために、どのようにヒト脳の異なる領域の細胞に由来する脳オルガノイドを組合わせることができるのか、また、どのように多様な細胞型を1つのオルガノイド内に組合わせることができるのか、について議論している。 これらは、神経変性と神経精神障害がどのように起こるのかだけでなく、脳の領域がどのように相互接続し発達するのかを理解するのに使えるかもしれない。(Sh)

Science, this issue p. 126