AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 21 2018, Vol.362

根の非対称機構を探し出す (Rooting out the mechanism of asymmetry)

植物の根は設計図に応答して成長するのではなく、むしろ土壌中の貴重な資源に向かって成長する。Orosa-Puenteたちは、新しい側根が、何故乾いた側よりも湿った側の根で出てくるのかを示している(Giehlとvon Wirenによる展望記事参照)。転写因子ARF7は根全体にわたって見出されるが、根の乾いた側では翻訳後修飾を受け、その結果、その機能を抑圧する。乾いた側のARF7は依然として機能的であり、そのため新しい側根をもたらすシグナル伝達連鎖を開始できる。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 転写因子:DNA上の転写制御する領域に特異的に結合し、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進、あるいは抑制するタンパク質。
  • AFR7:側根形成を促進する遺伝子の転写を活性化するタンパク質。
Science, this issue p. 1407; see also p. 1358

高温の巨大ガス惑星から脱出するヘリウム (Helium escaping from hot gas giants)

多くの巨大ガス太陽系外惑星は、それらの主星に非常に接近して周回しているので高温に加熱され、結果として大気ガスの脱出を引き起こす。巨大ガス惑星の大気は主に水素とヘリウムであり、それらは観察するのが難しい。二つの論文が、近赤外領域でのヘリウム脱出の観察結果を報告している(Brogiによる展望記事を参照のこと)。Allartたちは、海王星程度の質量の太陽系外惑星におけるヘリウムを観測し、その大気の詳細なシミュレーションを行った。これは、脱出速度に制約を課するものである。Nortmannたちは、ヘリウムが土星程度の質量の惑星を脱出しつつあり、その軌道に沿って後向きにたなびいていることを見出した。彼らは、これを他のいくつかの太陽系外惑星の観測と組み合わせて、より強く加熱されている太陽系外惑星では、大気がより早く失われていることを示している。(Wt,KU,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1384, p. 1388; see also p. 1360

液体窒素温度を突破する (Breaking through the nitrogen ceiling)

単分子磁石は、多種多様な素子を小型化するのに有用であることが分かっている。しかし、液体ヘリウムを使用して極低温に冷却する必要があるため、その応用は著しく妨げられてきた。Guo たちは、今回、最高80°Kの温度で磁気ヒステリシスを示す、ジスプロシウム化合物を報告している。この錯体中の配位子の調整に適用される原理は、将来のより高い温度性能を有する構造への道筋を示しているかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1400

量子ドットが準結晶のように並ぶ (Quantum dots line up as a quasicrystal)

準結晶は回転対称性を有しているが、長距離秩序は有していない。いくつかの材料は準結晶性の秩序を有しているが、異なる種類の粒子からなる準結晶性の超格子は非常にまれである。Nagaokaらは、頂部が平面で切断された4面体量子ドットからなる10回対称の準結晶性超格子を発見した(WuとSunによる展望記事参照)。準結晶性秩序は、「flexible polygon tiling rule」によってもたらされ、そのルールが特異な量子ドットの配列を説明する。(NK,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1396; see also p. 1354

宣伝されたようにはいかない (Not as advertised)

海洋保護区(MPA)は、保護領域比率の宣伝を背景として、世界規模でますます数多く指定されている。しかしながら、最近の研究は多くのMPAが実際には海洋の生物多様性を保護していないことを明らかにした。DureuilたちはヨーロッパのMPAに焦点を当て、最も有害な漁法の一つである底引き網漁がこれらの領域で広く行なわれていることを見つけた。更に、指標魚種としてサメとエイを用いることで、彼らは多くのMPAが脆弱な種を保護することに失敗しつつあることを見いだした。(Uc,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1403

長距離の結びつきの強み (The strength of long-range ties)

我々が身近な社会的ネットワークの人々と最も緊密で最も強固ななつながりを持つようになること、そしてネットワーク間のつながりがより弱くなるであろうことは当然に思われる。しかしながら、Parkたちは、4大陸の、11の文化的に異なる全人口規模のネットワーク中で、極端に離れたネットワーク距離(地理的ではない)を超える、強い結びつきを発見した。それには、5,600万人のツイッターユーザーと、5,800万人の携帯電話加入者が含まれる。彼らははかなりまれであるが、ネットワーク間の強いつながりは、意見や疾病の広がりにとって、重要であるかもしれない。(Sk,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1410

小分子がNK細胞応答の火付け役となる (Small molecules spark NK cell response)

免疫療法はある種のガンに対して強力な治療法となる。けれども応答を起こさない患者に対しては、免疫系を動員することと直接悪性細胞を標的にすることを同時に行う方法がより効果的かもしれない。Ruscettiたちは、臨床使用が認可された2つのガン治療薬を併用することが、マウスにおいて免疫監視とKRAS変異による肺腫瘍の死滅を促進したことを報告している(CornenとVivierによる展望記事参照)。この2つの小分子(分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ阻害剤とサイクリン依存性キナーゼ 4/6阻害剤)は、ナチュラル・キラー細胞の動員と老化した肺ガン細胞の除去を誘発したが、これらは、どちらかの薬剤だけが用いられた場合には起こらなかった。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • KRAS:細胞の増殖に関与する遺伝子の一つ。KRAS遺伝子が変異すると、常に細胞増殖のシグナルを出し続け、ガン細胞が増殖する。
  • 分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ:活性化されると、転写因子などの基質をリン酸化し、これによる細胞内シグナル伝達で、細胞の増殖、分化、死、ストレス応答など多くの細胞機能が生じる。
  • サイクリン依存性キナーゼ:細胞分裂の進行の可否を監視するタンパク質。
  • ナチュラルキラー細胞:先天免疫を担うリンパ球の一種で、全身の細胞を監視し、ガン化した細胞やウイルスを殺す作用を有する免疫細胞。
Science, this issue p. 1416; see also p. 1355

脳がんを探るより安全な方法 (A safer way to probe for brain cancer)

脳の針生検は脳腫瘍の診断に一般に用いられるが、脳内出血を引き起こすことがある。Ramakonar たちは、危険な状態にある血管の改善された可視化と識別をその場で可能とする高分解能撮像針を開発した。彼らは、マウス脳とヒト脳の組織試料の両方において、広い視野にわたり高感度かつ特異度で血管を検出した。こうして、光学撮像針は生検と他の神経外科処置中の脳出血の発生を低減できるだろう。(Sh,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 特異度:疾患非罹患者中の検査陰性者の割合
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav4992 (2018).

心臓を保護する (Protecting the heart)

興奮-収縮(E-C)連関は心収縮の基盤を成している。ジャンクトフィリン-2は、E-C連関機構の形成に必要な構造タンパク質である。心臓病の際に、ストレスで活性化されたカルパインが、ジャンクトフィリン-2を開裂し、E-C連関機構とカルシウム・イオンによるシグナル伝達を乱し、その結果、細胞収縮を危機にさらす。Guoたちは、ストレス条件下でカルパインが仲介する開裂が、構造タンパク質由来の完全長のジャンクトフィリン-2を、核へ往復する転写制御因子に転換することを見出した(PadmanabhanとHaldarによる展望記事参照)。さらに、ストレスを受けている心筋中の不全心筋細胞は、E-C連関の欠如という機械的情報を細胞核に伝え、心臓を保護するように転写の再プログラム化を誘導した。(MY,KU,kj)

【訳注】
  • 興奮収縮連関:筋細胞質中のカルシウム・イオン濃度の変化によって生じる筋細胞の興奮から収縮までの一連の過程のこと。
  • 構造タンパク質:生物体の構造の構築に関わるタンパク質
  • カルパイン:細胞質内で機能し、カルシウム・イオンによって活性化されるタンパク質分解酵素。哺乳類には14種類が存在する。
  • 転写制御因子:DNA上の転写制御する領域に特異的に結合し、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進、あるいは抑制するタンパク質。
Science, this issue p. eaan3303; see also p. 1359

プロモーター認識の機構 (Mechanism of promoter recognition)

転写を開始するために、RNAポリメラーゼIIは、基本転写因子IID(TFIID)によってDNAプロモーターへ動員される。Patelたちは実験方法を組み合わせて、ヒトTFIIDの完全な分子構造とプロモーター認識の際のその完全な立体構造的形状を解明した。彼らは、TFIIDがどのようにしてプロモーター上に積み込まれているかを正確に提案しており、これは、プロモーター認識と転写開始を含む明瞭な段階を含み、そして調節された遺伝子発現に導く。(KU,kh)

Science, this issue p. eaau8872

ヒトTRPM2チャネルの構築 (Architecture of the human TRPM2 channel)

アデノシン二リン酸-リボース(ADPR)は、transient receptor potential melastatin 2 (TRPM2)チャネルを活性化することによってカルシウム(Ca2+)放出を仲介する。3つの構造は、TRPM2ゲート開閉に関する高次構造的調節機構を明らかにしている。Wangたちは、アポ状態、ADPR結合状態、およびADPR-とCa2+-結合状態におけるヒトTRPM2の低温電子顕微鏡構造を記述している。アポ状態では、サブユニット内相互作用とサブユニット間相互作用の両方が、TRPM2を閉じた、かつ自己抑止状態に固定するようであった。ADPRの結合は幾つかの相互作用を断ち、TRPM2高次構造を劇的に変化させた。Ca2+の結合は、チャネルの開口をさらに刺激した。(KU,kj)

【訳注】
  • transient receptor potential melastatin 2 (TRPM2):一過性受容器電位チャネルと呼ばれるイオン・チャネルの1つで、M(メラスタチン)はメラノーマ(悪性黒色腫)細胞と関連して見出されたTRPチャネル。
Science, this issue p. eaav4809

配位子場によって束縛されないコバルト (Cobalt unfettered by its ligand field)

印加された磁場は、不対電子を有する任意の化合物に電場を誘導する。しかし、この印加磁場がなくなった後でもその誘導電場が持続するためには、電子は軌道角運動量が現れるように配置されなければならない。一般に、配位子の影響は、遷移金属錯体の性質を厳しく制限する。Buntingたちは、今回、コバルト・イオンが、2個の直線的に配位された炭素配位子によってほとんど影響されず、そのため、最大の軌道角運動量を表すことを示している。その磁気特性は主に極低温で伴うものであるが、その構造はより一般的な設計原理を提供する。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 配位子場:静電結合に共有結合性が加わった、配位子の中心原子に対する相互作用
Science, this issue p. eaat7319

レジーム・シフトのカスケード効果 (Cascading effects of regime shifts)

生態系及び地球系、特に気候変動におけるレジーム・シフトと臨界転移の可能性は、大きな注目を集めている。しかしながら、そのようなシフト間の相互作用の可能性はほとんど理解されていない。Rochaたちは、生態系における臨界転移が、遠く離れた関係であっても、互いに結合できるかどうかを調べるためにネットワーク解析を使用した(Schefferとvan Nesによる展望記事参照)。彼らは、異なる系で優勢となりうる、ドミノ効果や隠れたフィードバックを含むさまざまな種類の可能なカスケード効果を報告している。このようなカスケード効果は、離れた場所でのレジーム・シフトの動態に結合する可能性があり、このことは将来予測において転移間の相互作用を留意すべきであることを示唆している。(KU)

【訳注】
  • レジーム・シフト:気候条件が数十年間隔で急激に変化する事。気候に限らず自然現象全般、生態系にも用いられる概念。
  • カスケード効果:ある現象が次々に影響を及ぼしていくこと
Science, this issue p. 1379; see also p. 1357

地球の磁気圏尾部のリコネクション(磁気再結合) (Reconnection in Earth's magnetotail)

プラズマ中の磁場は、磁気リコネクションとして知られるプロセスにおいて、磁場を急速に再配置することがあり、結果としてエネルギーを解放し粒子を加速させる。Torbertたちは、地球の磁気圏尾部のリコネクション事象を探るために、NASAのMagnetospheric Multiscale (MMS) ミッションを用いた。この磁気圏尾部とは地球が太陽風を通過して移動するとき、惑星の下流側(夜側)のプラズマ領域を指す言葉である。以前は、MMSは上流の磁気圏界面でのリコネクションを研究対象としていたが、磁気圏尾部を研究するためには別の軌道が使用された。そこではプロセスの対称性が異なっている。著者らは電子動態規模でのプラズマ特性を測定し、磁気リコネクションが発生する他の領域に適用されうる洞察を導いた。(Wt,KU,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 磁気リコネクション:磁力線のつなぎかえによってトポロジーが変化し,爆発的に磁場のエネルギーが解放されてプラズマのエネルギーに変換される物理過程
Science, this issue p. 1391

ペルム紀後期の種子植物の進化 (Late Permian seed-plant evolution)

種子植物の大規模な進化的拡大は中生代で起こったが、これは2億5200万年前のペルム紀大量絶滅後に始まった。Blomenkemperたちは、ヨルダンの死海周辺の、ペルム紀後期(2億5200万年前から2億6000万年前)の堆積物からの、種子植物の化石の発見を報告している。当時この地域は、著しい乾季のある、赤道付近の生育地であった。最も初期の針葉樹の記録を含むこれらの化石は、いくつかの重要な種子植物系統の発生年代を遡らせる。これらの系統のいくつかは、ペルム紀末期の大量絶滅事象にまたがっているように見える。そのことは、種子植物が支えていた群落が、この変遷を通じて予想以上に安定していたかもしれないことを示している。したがって、初期の進化的な革新は、化石の保存に必要な条件がめったに提供されない、干ばつの起きやすい熱帯の生育地で起こったのかもしれない。(Sk,KU,ok,nk)

Science, this issue p. 1414

ESCRTによる膜の切断 (Membrane scission by ESCRTs)

ESCRTタンパク質複合体は、細胞分裂、感染細胞からのHIVの出芽を介した放出、および内側表面からの狭い膜くびれ部位の切断を含む他の細胞プロセスに必須である。珍しい内部に向いた膜の切断は、この反応を再現してその機構を理解することを困難にしている。Schonebergたちは、ESCRTを脂質小胞の中に封じ込め、光学ピンセットを用いて膜の極微管(nanotube)を取り出した。アデノシン三リン酸の存在下では、ESCRTのクラスターが力を発生させて極微管を収縮させ、最終的にそれを切断した。この方法は、ESCRTの活動に関与するその分子機構に明かりを灯すものである。(KU,kh)

【訳注】
  • ESCRT(endosomal sorting complex required for transpor):エンドソーム輸送選別複合体
Science, this issue p. 1423