AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 14 2018, Vol.362

3次元印刷の課題を収縮する (Shrinking problems in 3D printing)

今や、積層造形技術を用いて、種々の材料で物を作ることができるが、これらは通常、一連の積み重ねられた層の集合体である必要があり、そのことが三次元(3D)幾何学的形状を制限している。Oranたちは、ゲルの足場内に、金属と半導体を含む種々の材料を印刷する方法を開発した(LongとWilliamsによる展望記事参照)。ヒドロゲルが脱水されると、それらは十分の一に収縮し、特性寸法をナノメートル尺度以下に押し下げた。(Sk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1281; see also p. 1244

進化はゼロから触媒を訓練する (Evolution trains a from-scratch catalyst)

金属に結合したペプチドは、エステル加水分解のような単純反応を触媒することが可能で、現在の酵素への進化の出発点であったかもしれない。Studerたちは、計算機で設計された亜鉛結合ペプチドから誘導される小タンパク質多様体を選択して順次能力をより高くしていった。その結果得られた酵素は、そのように訓練された反応を自然界で進化した酵素に典型的な速度で行うことが可能であり、また思いがけなくも、反応基質の一方の光学異性体に対する強い優先性を発展させた。最終的な酵素の構造は、どのようにして小さな、漸次的変化が、予想できない経路を辿って、酵素残基とタンパク質構成の両方を再構築できるのかを明らかにしている。(MY,KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1285

組み合わせて乗り越える (Combine and conquer)

白金族金属は、希少で高価であるが、水素燃料電池における過酷な酸素還元反応(ORR)に用いられる。その使用を減らすための競争力のある方法の1つは、白金の活性と表面積を増やすよう、地球に豊富に存在する金属と極微粒子を作ることであり、他は、炭化物や窒化物の部位中の白金をコバルト(Co)のような金属で置き換えることである。Chongたちは、Co系の金属有機構造複合体を熱的に活性化して、ORR活性を持つCo部位を作り出し、次に、この基体上にPtCo合金 極微粒子を成長させた。その結果出来た触媒は、Pt組成が比較的低いにも拘わらず、高い活性と耐久性を示した。(MY,kh)

【訳注】
  • 酸素還元反応:正極で生じる酸素分子の4電子還元反応。反応速度が遅く、大きな過電圧を生じ、起電圧低下を招く原因となっている。1
  • 金属有機構造体:さまざまな金属イオンとそれらを連結する架橋性の有機配位子を組み合わせることで組み立てられる結晶性の高分子構造体。
Science, this issue p. 1276

北アフリカの初期の人間たち (Early humans in northern Africa)

人間の祖先によって作られた最古の石器の証拠(約260万年前のものとされる)は、これまで東アフリカからのものであった。Sahnouniたちは、最も古いものが240万年前と推定される、アルジェリアで発掘されたオルドワン石器と、それによるものと考えられる化石骨上の人為的な傷の発見を報告している。このように、ヒト族は、一般に信じられていたよりも早くから、北アフリカの地中海周辺部に住んでいた。さらに、石器の製造および使用は、早い時期に東アフリカから広まったか、あるいは北アフリカおよび東アフリカの両方で始まったかである。(Sk)

【訳注】
  • オルドワン石器:手頃な大きさの自然石を別の石で打ち砕き、鋭利になった部分を刃物として使用したもの
Science, this issue p. 1297

有害雑草の制御に向けた一歩 (A step toward control of a noxious weed)

寄生植物Striga hermonthicaは、特にアフリカにおいて、広範な穀物損失をもたらす。宿主穀物が存在しないときにホルモンであるストリゴラクトンが使用されると、Striga種子の発芽を開始させ、結果的に発生期のStriga植物に死をもたらす。残念なことに、ストリゴラクトンは有益な相利共生を確立するために宿主植物によっても用いられる。Uraguchiたちは、宿主中でのストリゴラクトン依存性の事象に干渉することなくStriga発芽を開始できる、合成由来部分とストリゴラクトン由来部分を併せ持つ分子を開発した(Bouwmeesterによる展望記事参照)。この化合物は、Strigaの蔓延から畑を守る手段を多様化する可能性がある。(MY,KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • Striga hermonthica:トウモロコシ、ソルガム、イネなどの主要なイネ科穀物の根に寄生して多大な農業被害をもたらす植物。
Science, this issue p. 1301; see also p. 1248

明らかにされたIgE B細胞 (IgE B cells unmasked)

免疫グロブリンE(IgE)抗体は、蠕虫と寄生原虫に対する免疫応答において中心的な役割を果たす。しかし、それらはまたアレルギーの一因でもある。IgE抗体(およびそれらを産生するB細胞)は希少であり、したがって特徴付けが不十分である。Crooteたちは、ピーナッツ・アレルギー患者由来の末梢血B細胞の単一細胞RNA配列決定を行い、各細胞の遺伝子発現、スプライス変異体、および抗体配列を記述した(GouldとRamadaniによる展望記事参照)。他のアイソタイプとは異なり血中循環IgE B細胞は、ほとんどが未成熟の形質芽細胞であった。驚くべきことに特定のIgE抗体が、無関係の個体で同一の遺伝子再編成を示した。 これらIgE抗体は、ピーナッツ・アレルゲンに対する高い親和性と、予期しなかった交差反応性を示した。(Sh,KU,kh)

【訳注】
  • スプライス変異体:スプライスのパターンの違い(どのエクソンを選びまた捨てるか)によって、一つの遺伝子から型の異なるmRNAが生じることがあり、異なったそれぞれのmRNAを指す
  • アイソタイプ:同種の個体中に共通に存在し構造が異なる抗原。
  • 形質芽細胞:形質細胞の前駆細胞。B細胞では、初回の抗原刺激で産生したメモリーB細胞の多くは同じ抗原での再刺激時に活性化し増殖するが、このうち末梢血に出てきた幼弱なもの。
  • 交差反応:ある抗体が、その抗体の産生反応を引き起こした原因である抗原以外の別の抗原に結合すること。
Science, this issue p. 1306; see also p. 1247

トウモロコシ栽培化の複雑さ (The complexity of maize domestication)

トウモロコシは、およそ9000年前の、今で言うところの中央メキシコを原産とし、ヨーロッパとの接触前のアメリカ全土に広がった。Kistlerたちは、古代および現存の南米トウモロコシ系統にゲノム解析を適用して、栽培化に伴う遺伝的変化を調査した(Zederによる展望記事参照)。現代のトウモロコシ品種の起源は、おそらくメキシコから持ち出された"半栽培化"の系統が関係していたらしい。その後さらに、アマゾン川流域南西部に住む集団を含む、複数の南米人の集団の間で改良が行われた。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1309; see also p. 1246

始業時間を遅くすると、睡眠と成績に良い (Later school start helps sleep and grades)

思春期における慢性的睡眠不足は、増加しつつある問題である。2017年、シアトルの学校区は中等学校の始業時間を約1時間遅らせる米国最大の学校区となった。この移行期間中、Dunsterたちは腕時計型活動計を用いて、学校開始時間を遅らせた影響に関して定量的な証拠データを収集した。この変更は日々の睡眠時間を30分以上増加させ、生徒たちの成績の中央値を4.5%向上させ、欠席や遅刻を減少させた。(Uc,ok,kj,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau6200 (2018).

クプラートにおけるスピン-軌道相互作用を明らかにする (Revealing spin-orbit coupling in a cuprate)

スピン自由度と軌道自由度の強い相互作用は、トポロジカル絶縁体の特異なバンド構造の形成に不可欠である。スピン-軌道相互作用と電子相関との結合は特異な影響を導くはずである。しかし、これら2種類の相互作用が同一の材料で強いことはまれにしか見いだせれていない。Gotliebらはスピン・角度分解光電子分光を用いて、クプラートBi2212のスピン構造を詳細に示した。驚くべきことに、彼らは、トポロジカル絶縁体で見られたものとよく似た運動量に依るスピン方向固定化(spin-momentum locking)の固有の特徴を見いだした。このように、このクプラートは強い電子相関に加えて、かなりのスピン-軌道相互作用をも持つている。(NK,KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • クプラート(cuprate): 銅を中心金属とする形式上陰イオン性となっている錯イオン
  • クプラートBi2212: Bi2Sr2CaCu2O8+δ
Science, this issue p. 1271

幾何学的位相の役割を正確に指摘する (Pinpointing the role of geometric phase)

化学反応の間、電子は通常、核よりも速く再配列する。したがって、理論家たちは、しばしば振動および回転の動力学を単一電子状態内で考慮する断熱的枠組みを採用する。2つの電子状態が交差する領域近傍では、その動力学はより複雑になり、断熱的な扱いの問題単純化能力を維持するために幾何学的位相因子が導入される。Yuanたちは、この方法の正当性を検証する精密な実験測定を実施した。彼らは、電子状態が交差するすぐ上のエネルギーにおける、簡単なH + HD反応を研究し、生成物-状態の反応断面積が角度によって振動する様子が幾何学的位相を含むシミュレーションでうまく再現されることを観察した。(Wt,ok,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1289

一部始終 (The whole story)

大気中の炭素-14(14C)含有量の精密で、正確な記録は、気候変動、考古学、および他の多くの学問分野の年表を作成する上で重要である。Chengたちは、中国の南京近くのHulu洞窟からの2つの石筍の14C/12C年代とトリウム-230(230Th)年代の対になった測定値を用いて、14C年代測定方法の全範囲(~54,000年)を網羅する記録を提供している。230Th による絶対年代で14C/12を較正する利点を生かし、著者たちは、特により古い時代区分において、確実度の高い連続記録を、単一ソースから作成することができた。(KU,ok,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1293

人類のための新しい道 (A new path for humanity)

人間の行動によって引き起こされる生態学的および気候的危機の科学的証拠は説得力があるが、しかし未だ人類ははその流れに乗ったままで、猛烈な資源依存性の道を依然として歩き続けている。展望記事において、Cristは、人類が何故に進路を変えないかの主な理由は、人間以外の生命の価値と必要性を軽視する人間中心の世界観にあると主張している。結果として、消費に制限をかけることは抑圧的に見え、技術的解決の方が人間の影響を減らす努力よりも優位に立つ。そうではなく、生態学的および気候的危機を解決するには、そうではなく、人間による環境への影響を減らすことが人類に要求されるであろう。これは、われわれ人間が生態圏の一部として自らを再考する場合にのみ可能である。(KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 1242

アルツハイマー病の薬剤開発を改善する (Improving Alzheimer's disease drug development)

アルツハイマー病の進行を遅くするための薬の開発には相当な投資と努力がなされているが、臨床試験は期待はずれの状況が続いている。展望記事において、Goldeらは、アルツハイマー病の薬剤開発を阻害する問題、特に病状の進行に対して患者への治療が遅すぎる問題について議論している。処置と予防戦略を改善するための努力には、臨床試験中に病状悪化の正確な追跡を確実に行うことも含め、病気の仕組みへの理解に基づく方法が必要である。(ST,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1250