AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 7 2018, Vol.362

小児腫瘍を系統的に眺める(A systematic look at a childhood tumor)

幼児における最も一般的な腫瘍の型である神経芽腫は、胎児期の神経細胞から生じ、その臨床経過は非常に多様である。神経芽腫には治療を行っても命取りとなるものがある一方、治療に対して良好に反応するものや、治療しなくても自然消失するものもある。Ackermannたちは、400以上の治療前神経芽腫のゲノム配列を決定し、3つの明確に異なる臨床結果を特徴づける分子的特徴を特定した。低危険度の腫瘍はテロメア維持機構がなく、中危険度の腫瘍はテロメア維持機構を内在し、高危険度の腫瘍は、RASおよびp53、または、RASあるいはp53経路の変異と併せて、テロメア維持機構を内在している。(MY,kh)

【訳注】
  • 神経芽腫:小児がんの1つで神経細胞がガンとなる。交感神経節や副腎髄質などから発生する。
  • テロメア:真核生物の染色体の末端部にある塩基配列の反復構造で、染色体末端を保護する役目をもつ。染色体の複製に伴い短くなり、染色体の損傷や安定性が低下すると考えられいる。
  • テロメア維持機構;酵素テロメラーゼによるテロメアを維持する機構。正常な細胞では酵素活性が抑制されているが,ガン細胞では活性化されている。
  • RAS、p53:RASが関わるシグナル伝達経路は細胞増殖を亢進させてガン発生・増殖に関与し、p53は細胞増殖を抑え、細胞がガン化するとアポトーシスを誘導するガン抑制性タンパク質
Science, this issue p. 1165

能動的に残留するサルモネラ菌 (Actively persistent Salmonella)

一部のサルモネラ菌細胞は、可逆的な増殖停止状態に入ることが可能で、その結果、これらの細胞は、抗生物質のような環境ストレスに耐えることが可能になる。Stapelsたちは、これらの細胞が休眠しているのではなく、自らの環境を能動的に調節していることを見出した。宿主であるマクロファージの微小環境内のサルモネラ菌は、SPI-2と呼ばれる特殊化した3型分泌系を配備して、SteEを含む病原因子を宿主細胞に送り届けた。SteEは感染マクロファージのサイトカイン特性を変えて、非炎症性で感染許容状態へとマクロファージをプログラムしなおした。このため、抗生物質が除かれると、このサルモネラ菌は再び病原性を現して病気を引き起こすことが出来た。(MY)

【訳注】
  • マクロファージ:異物貪食能力の高い白血球の一種。
  • 3型分泌系:ある種の細菌が持ち、注射器のような装置で宿主細胞へ病原因子を送り込む機構。
  • サイトカイン:免疫システムの細胞から分泌されるタンパク質で、情報伝達の役割を果たす。細胞表面の受容体に結合し、細胞内シグナル伝達経路を起動して細胞の作用を変える機能を有する。
Science, this issue p. 1156

発達障害の遺伝学的構造 (Genetic architecture of developmental disorders)

発達障害(DD)の遺伝学は複雑である。Martinたちは、タンパク質符号化遺伝子におけるDDの潜性遺伝(劣性遺伝)の程度を決定したいと考えた。彼らは、近親婚をいろいろな割合で含む集団内の、6000家族以上のエクソームを調査した。彼らは、白人家系の人々におけるDDの3.6%が、潜性遺伝性の符号化異常を伴っていることを見出した。これは、以前推定された水準の10分の1足らずである。さらに、親との近親婚性がが高い南アジア人の間では、障害の大部分は遺伝的変異から生じるものではなく、半数弱が潜性遺伝性の符号化グによるものと診断された。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 符号化:核酸の塩基配列をタンパク質を構成するアミノ酸に変換する対応付け
  • エクソーム:ヒトゲノム中の全エクソン(DNAまたはRNAの塩基配列のうち、タンパク質合成の情報をもつ部分)の集合体
Science, this issue p. 1161

DNAメチル化は転写を促進する (DNA methylation promotes transcription)

DNAメチル化は、一般に転写を抑制するが、場合によっては転写活性化にも関与している。 Harrisたちは、シロイヌナズナからDNAメチル化によってクロマチンに補充されるタンパク質複合体を同定した。 この複合体は、既に軽度に転写が行われている遺伝子の転写を特異的に活性化したが、転移因子など転写的に沈黙した(サイレント)遺伝子には影響を与えなかった。それによって、この複合体は、トランスポゾンを沈黙させたまま、隣接遺伝子へのトランスポゾンの挿入によって引き起こされる抑制効果に対抗する。このように抑制効果と活性化効果の両方の均衡をとることにより、DNAメチル化は遺伝子発現を微調整することができる。(Sh,kh)

【訳注】
  • 転移因子:ゲノム上を転移することのできる塩基配列。自身のDNA配列を切りだし別の位置に挿入するトランスポゾンと、自身のDNA配列から転写されたRNA配列を逆転写反応によってDNAにコピーし、ゲノムの別の場所に挿入するレトロトランスポゾンの二種類がある。
Science, this issue p. 1182

磁場に応答する調整可能な材料 (Tunable materials respond to magnetic field)

ある4次元(4D)印刷用材料は外部刺激に応答しうるが、これらは制御が難しく、応答時間が長くなるという特徴がある。Jacksonたちは、3D印刷されたポリマー・チューブ内に強磁性微粒子を含む液体を取り込むことによって外部磁場に応答できる調整可能な材料を作成した。テストでは、この構造は1秒未満で磁場に応答した。この方法は、ソフト・ロボット、輸送システム、スマート・ウェアラブル技術を含む多分野に幅広い応用があるだろう。(Wt,KU,kh)

【訳注】
  • 4次元(4D)印刷用の材料:作成後に外力・温度・膨張・磁場などによって自己再構成するように, 3次元印刷された材料
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau6419 (2018).

すべてを支配する1つのプログラム (One program to rule them all)

コンピュータは、チェスや碁を含む、ますます複雑なゲームで人間を打ち負かすことができる。しかし、これらのプログラムは通常、試合を行う盤の対称性のような特性を利用して、特定のゲーム用に構築されている。Silverたちは、AlphaZeroというプログラムを開発した。これは、碁やチェス、将棋(チェスの日本版)のゲームをプレイするよう独学した(論説と Campbellによる展望記事を参照のこと)。AlphaZeroは、これらの3つのゲームに特化した最先端のプログラムを巧みに打ち負かした。さまざまなゲームのルールに適応する AlphaZeroの能力は、一般的なゲームを行うシステムの達成に向けた注目すべき一歩である。(Wt,KU,kj)

Science, this issue p. 1140; see also pp. 1087 and 1118

フッ化物電池への取り組み (Working toward fluoride batteries)

フッ素の低い原子量により、再充電可能なフッ化物ベースの電池は、非常に高いエネルギー密度を提供出来る可能性がある。しかしながら、現在のフッ化物ベースの電池は、フッ素イオン伝導電極が固体中でだけ既知なので, 高温動作に限られる。Davisたちは、2つの進歩によって、室温で動作することができる電池に向かって進んでいる。1つは、安定なテトラアルキルアンモニウム塩/フッ素化エーテルの組み合わせに基づく室温液体電解質の開発である。2つ目は、銅/ランタントリフルオライドのコア/シェル型陰極材料で、可逆的な部分的フッ素加と脱フッ素化反応を実証している。(KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1144

表面プラズモンのルートをねじる (Twisting a route for surface plasmons)

グラフェンは、高度に閉じ込められたプラズモン・ポラリトン、すなわち極微光を極めて低損失で維持する原子層材料である。グラフェンの特性は第二層を導入し、第一層と原子配置とわずかに角度ができるよう回転することで、豊かになる。Sunkuらは、このようなねじれた二層グラフェンから生じるモアレ・パターン(干渉模様)が、指向性を持つ表面プラズモン伝搬に用いることのできる閉じ込められた伝導チャネルをも提供することを示している。このようなグラフェン層構造の制御が極微フォトニクス基盤向けの表面プラズモンの制御と経路指定への道を開く。(NK,KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1153

動物を勘定にいれる (Animals count)

炭素循環全体の流量は、 一般的には、植物、微生物および非生物系からの寄与量によってよって描れる。しかしながら、動物は、生態系の連鎖網を通して、そして、あちこちに移動するという両面から、膨大な量の炭素を移動させる。Schmitzたちは、動物集団が炭素循環に与えるさまざまな寄与量を再調査し、これらの寄与量をよりよく監視できる取り組みについて議論している。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. eaar3213

アメリカ大陸への移住の複雑な過程 (Complex processes in the settling of the Americas)

現代のアメリカ先住民のその祖先によるアメリカ大陸への拡大を、現代の人々の分析から解き明かすことは困難であった。ヒトがどのように分かれて北米と南米に広がったのかを理解するために、Moreno-Mayarたちは、アラスカからパタゴニアまでの15の古代ヒトゲノムを配列決定した。最古のゲノムの分析結果は、ベーリンジアの人々の中で早期の分裂があり、北方および南方の系統が生じたことを示唆している。人々の歴史が単純なモデルや分散の様式では説明できないことから、人々は、複雑な方法でベーリンジアを出て大陸を横断したと思われる。(Sk,kh)

【訳注】
  • ベーリンジア:現在のベーリング海峡付近に,上部洪積世の氷期に陸化していた陸地のこと
Science, this issue p. eaav2621

肝臓段階でのマラリア原虫を捕まえる方法 (A path to tackle liver-stage parasites)

マラリア原虫は、薬剤攻撃に抵抗するように進化的に準備されている。マラリア原虫の血液段階を標的とする、最新の最先端の併用療法においてさえ、耐性が生じつつある。代替戦略として、Antonova-Kochたちは、肝臓段階での原虫に対する薬剤の可能性を研究した(PhillipsとGoldbergによる展望記事参照)。そのために、彼らは、げっ歯類マラリア原虫であるPlasmodium bergheiに対するルシフェラーゼ・レポーター薬剤スクリーニングを考案した。回を追うごとに厳しくなる3回のスクリーニングが用いられた。この方法から、マラリア原虫のミトコンドリア電子伝達を阻害するいくつかの化学種が同定された。興味深いことに、未だ未知の作用様式を有するが原虫の肝臓段階のみを標的とする、いくつかの新しい材料骨格が、さらなる開発のための有望な薬剤を導くものとして浮上した。(KU,kh)

【訳注】
  • ルシフェラーゼ:発光物質が光を放つ化学反応を触媒する酵素の総称、発光酵素とも呼ばれている
Science, this issue p. eaat9446; see also p. 1112

列を増大させるのに障壁は何もない (No barriers to growing a row)

古典的な核形成理論は、表面上の2次元の島が成長し続ける前に、それが臨界サイズに達していなければならないと予測している。そのサイズ以下では、2次元の島は解消する。Chenたちはファージ・ディスプレイを二硫化モリブデン(MoS2)に結合するだろう短いペプチドを選び出すために使用した(KahrとWardによる展望記事参照)。このペプチドの配列は二量体のように並んで成長したが、サイズ障壁はなかった?つまり臨界核寸法がゼロであった。2次元配列が形成されたけれども、成長は一度に1列生じた。古典的な核形成理論は実際に、このような一次元の成長に対して障壁がないことを予測している。(KU,kh)

【訳注】
  • ファージ・ディスプレイ:バクテリオ・ファージに遺伝子を組み込んでその表面に発現させ,標的との結合を指標として相互作用を検出する方法
Science, this issue p. 1135; see also p. 1111

「大絶滅」を促進するもの (Drivers of the “Great Dying”)

我々の現在の絶滅の危機は相当なものではあるが、地球の歴史における最大の絶滅、ペルム紀末期に発生したもの、との比較においては弱々しいものである。「大絶滅」と呼ばれる、この事象は全海洋種の最大96%と地上生息種の最大70%の減少をもたらした。Pennたちは、動物分類群全体の生理学上のデータと共に地球システム・モデルを使用して、この時代の絶滅の動態について探索した(Kumpによる展望記事参照)。彼らは、海洋温度の増加と酸素利用可能量の減少が記録に残る絶滅の主要な要因であると結論している。同様の環境変動は現在の気候変動の予測される結果であるため、我々はこのことに注目するのが賢明であろう。(Uc,KU,ok,kh)

Science, this issue p. eaat1327; see also p. 1113

混合により熱を克服する (Beating the heat by blending)

電荷担体は、ホッピング輸送によって半導体高分子材料中を移動する。原理上は、こういった高分子材料は、より高い温度でより導電性になるはずである。実際には、分子鎖間の接触が破壊されるため、高温では導電性が低下し、それが可能な応用を制限している。Gumyusengeたちは、今回、半結晶性共役高分子材料と高ガラス転移温度を有する絶縁性高分子材料との適切な混合が、半導体チャネルの導電経路網を安定化させる構造を生成することを示している。高い電荷伝導率は、これらの材料において、220℃まで維持された。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • ホッピング輸送:電子や正孔が分子間を飛び移ることによって電流が流れる機構
  • 半導体チャネル:半導体中で自由電子もしくは正孔が移動できる通り道
Science, this issue p. 1131

実用的なバレートロニクス装置を作る (Making a practical valleytronics device)

グラフェンのような六方格子を有する二次元材料は、そのバンド構造において2つの異なる「バレー(谷)」を有する。新興のバレートロニクス分野の研究者たちは、バレーの自由度が情報媒体として利用出来るのではと期待しているが、しかしバレートロニクス装置作ることは難しい。Liたちは、二層グラフェンの向き合ったゲート領域間の境界に掌性のバレー・ホール状態を創った。彼らは次に、これらのいわゆるキンク状態をゲートの空間変調を使用して試料全体に誘導し、バレー弁機能と同様に右旋回と左旋回を実証した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • バレートロニクス:電子の伝導バンドの極小や価電子バンドの極大点付近に形成されるバンドをバレー・バンドと言い、電子のバレー自由度を利用する技術
Science, this issue p. 1149

膜粘度はどのように呼吸に影響を及ぼすのか (How membrane viscosity affects respiration)

細菌では、電子伝達鎖によるエネルギー産生は細胞膜で生じ、このため細胞膜の脂質組成によって影響されうる。Budinたちは遺伝子工学を用いて、分岐不飽和鎖脂肪酸の濃度に影響を与え、これにより膜の粘度を制御した(Schonによる展望記事参照)。実験測定と数学的モデル化により、呼吸代謝速度と細胞増殖速度が、膜の粘度とその拡散への効果に依存していることが示された。酵母ミトコンドリアに対する実験も同様の結果を示した。このため、効率的な呼吸を維持することが、細胞の脂質組成に進化的な制約を加えている可能性がある。(MY,kj

【訳注】
  • 電子伝達鎖によるエネルギー産生:糖などの水素と呼吸酸素をもとに、膜に埋め込まれた複数のタンパク質複合体を経て、生体のエネルギー物質であるATPが作られる一連の過程のこと。
Science, this issue p. 1186; see also p. 1114

血管内皮細胞は成功への鍵を握っているのか? (Do endothelial cells hold the key to success?)

血管内皮細胞は血管内壁を裏打ちし、その表現型と挙動は、それが存在する器官およびその環境によって変化し得る。血管内皮細胞は血管壁の防壁を形成するだけでなく、周囲組織とのシグナル伝達にも関与して再生と増殖を促進することができる。展望記事において、Gomez-SalineroとRafiiは、血管内皮細胞が創傷治癒、再生、がんのような病状にどのように寄与しているのか、そして血管内皮細胞の可塑性に関する我々の更なる理解が、再生医療と移植のための人工臓器の開発をどのように前進させる可能性があるのかについて議論している。(ST,KU,ok,kh)

Science, this issue p. 1116

ユビキチン化によるRASの調整 (Regulation of RAS by ubiquitination)

ヒト・ガンと発達障害では、タンパク質LZTR1に変異が生じている。今回2つのグループの研究が、低分子グアノシン三リン酸分解酵素RASによるシグナル伝達の調整に、このタンパク質が関与していることで合体化した。Steklovたちは、LZTR1に対してハプロ不全のマウスが、ヒト疾患であるヌーナン症候群の様相を再現することを示した。彼らの生化学的研究は、LZTR1がRASと会合することを示した。LZTR1は、RASのユビキチン化を促進するアダプターとして機能するらしく、このようにして、RASのシグナル伝達機能を阻害する。Bigenzahnたちは、欠如すると、ガン遺伝子産物BCR-ABLが原因するガンの治療に用いられるチロシン・キナーゼ阻害剤への耐性を来たすタンパク質を選別する際に、LZTR1を見出した。ショウジョウバエでの彼らの生化学的研究と遺伝学的研究も、LZTR1の欠失が、RASの活性増大と、分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ経路によるシグナル伝達に至ることを示した。(MY)

【訳注】
  • LZTR1:leucine zipper?like transcriptional regulator
  • RAS:RASが関わるシグナル伝達経路は細胞増殖を亢進させてガン発生・増殖に関与する。
  • ハプロ不全:一対の相同遺伝子のうちの一方の遺伝子に機能喪失変異がある場合、発現タンパク質がもう一方の顕性(以前は「優性」が使われた)遺伝子からのものだけとなって、その量が半減してしまうこと。これが起きても、ほとんどの遺伝子の場合,関与する細胞内の過程は減少タンパク質でまかなえるが、幾つかの遺伝子については、タンパク質の量不足により機能不全が起こる。
  • ヌーナン症候群:細胞内のRAS/MAPKシグナル伝達系に関わる遺伝子の先天的な異常によって生じる遺伝性疾患。
  • ユビキチン化:ユビキチンと呼ばれる低分子量のタンパク質が標的タンパク質に結合し、標的タンパク質の目印付けが行われること
  • 分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ:活性化されると、転写因子などの基質をリン酸化し、これによる細胞内シグナル伝達で、細胞の増殖、分化、死、ストレス応答など多くの細胞機能が生じる。
Science, this issue p. 1177, p. 1171