AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 16 2018, Vol.362

温かい海水と強風 (Warm water and big winds)

2017年の北大西洋でのハリケーンの季節は、標準偏差のほぼ2倍を超える強さの6つの大暴風雨を含み、極めて活動的であった。 これらの暴風雨のうちの3つはメキシコ湾沿岸地域とカリブ海地域に上陸し、多大な損害と損失をもたらした。 この年は何故こんなに激しかったのだろうか?  Murakami たちは一連の高分解能モデル実験を使って、主要な原因が、著しく温かな熱帯北大西洋の海水面の状況であったことを示した。 この影響は他の年に影響を及ぼした太平洋でのラニーニャ現象の状況とは全く異なっていた。 そのようなハリケーン活動の増加を引き起こすのに、人為的な力がどの位、影響力をもつのかは依然不明確なままである。(Uc,MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 794

芸術的出世の科学 (The science of art advancement)

美術鑑賞は非常に主観的でなものである。 Fraiberger たちは、展覧会と競売に関するデータの広範な記録を使用して、画廊と美術館の芸術活動網の中で個々の画家の経歴がどう動いていくかを調べ、モデル化した。 彼らは、名門機関で履歴を開始した評判の高い画家の中にロックイン効果を、芸術活動網の周縁で履歴を始めた画家の中に中枢的機関に近づくための長い苦闘を認めた。(Wt,MY,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ロックイン効果:顧客が特定の製品やサービスに固定化されること。 ここでは名声の高い美術機関で展示会や競売などを開始した画家(の作品群)は、同様レベルの機関でそれらを重ねることを言っている。
Science, this issue p. 825

壊さないという技術革新 (Innovating to be nondisruptive)

低温電子顕微鏡法とネイティブ質量分析法の進歩により、膜複合体の全体構造と化学量論に対する洞察は高くなってきている。 しかしながら、従来の研究の大部分は天然膜の状態におけるものではない。 Chorev たちは、天然の脂質膜小胞からそのまま得た無傷の膜複合体を質量分析計に導入した。 彼らは、大腸菌の内膜と外膜ならびにウシ・ミトコンドリアの内膜の成分を分析した。 同定された複合体のいくつかに関し、彼らは公表されている結果とは異なる化学量論性を発見し、いくつかの場合で構造的に特徴付けできない相互作用を確認した。(ST,nk,kh)

【訳注】
  • ネイティブ質量分析法:水素結合や疎水性相互作用のような弱い相互作用を保ったまま質量を調べる方法。 例えばタンパク質複合体を構成するサブユニットについて、解離することなしにその種類や数が分析できる。
Science, this issue p. 829

プログラム可能型のCRISPR系 (A programmable type of CRISPR system)

CRISPR-Cas9系は生物学に革命を引き起こし続けている。 Harrington たちは、特に小型のエフェクター・タンパク質であるCas14に基づく、CRISPR系に付け加わる型の発見と技術的実施について述べている。 特に、非培養試料から得られたメタゲノミクス・データにより、原核生物の適応免疫に必要な全構成要素を包含するCRISPR-Cas14系が明らかにされた。 Cas14は2型CRISPRエフェクターの半分の大きさで、2型が持つ配列制約なしに、1本鎖DNAを標的にするようだ。 この活性を利用することで、高速で高忠実な核酸検出系が、一塩基多型の検出を可能にした。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • エフェクター・タンパク質:CRISPR系における標的DNA切断酵素であるCas(CRISPR-associated)タンパク質のこと。 CRISPR-Casシステムは外来核酸の分解・切断機構などに基づき1~3型に分類される。 一般的に用いられるCas9は2型の標的DNA切断酵素となる。
  • メタゲノミクス:環境中から直接回収された微生物集団のゲノム混合物の塩基配列を網羅的に調べ、環境中の微生物集団の特性を研究すること。
  • 配列制約:Cas9によるDNAの切断には、標的配列に隣接する数塩基のモチーフ(PAM)が必要であることを指している。
Science, this issue p. 839

パターンを持つファイバーの形成 (Patterned fiber formation)

自発的に並ぶ液晶材料の能力は、表示技術から極強靭重合体繊維まで、多くの革新を駆動してきた。 Cheng たちは、この長距離配列の優位を利用して、非液晶性重合体を配列性の高いシートへと成長させるよう仕向けた。 加工条件のわずかな変化を利用することで液晶の配列の微調整ができ、検知やろ過の応用に用いることが可能な、広範な重合体のマットやシートを作り出すことが出来た。(MY,kh)

Science, this issue p. 804

抗炎症薬としてDNAと結合する (DNA binding as an anti-inflammatory)

8-オキソグアニンDNAグリコシラーゼ1(OGG1)をコードする遺伝子を欠如したマウスは炎症への耐性を示す。 この酵素は、DNAの酸化損傷部位に結合し、DNAの塩基除去修復を始める。 Visnes たちは、OGG1によるそのDNA基質の認識を妨げる、強力で選択的な活性部位阻害剤として作用する小分子薬剤を開発した(Samson による展望記事参照)。 この薬剤はDNA修復を阻害し、OGG1によるクロマチンの動態を変更し、その結果、炎症誘発性経路遺伝子の阻害に至った。 この薬剤は、マウスが十分な耐性を持ち、リポ多糖および腫瘍壊死因子-αが仲介する肺の好中球性炎症を抑制した。(MY)

【訳注】
  • 腫瘍壊死因子-α:マクロファージにより産生されるサイトカインの1種。
Science, this issue p. 834; see also p. 748

化学的に可逆なハイドロゲル (Chemically reversible hydrogels)

幾つかの細胞性生体高分子の信号に応答した動的な再編が、似たような性質を持つ人工材料を創製する努力をかきたててきた。 Freeman たちは、DNA鎖を担持可能な両親媒性ペプチドに基づくハイドロゲルを作り出した。 このペプチドは超構造へと会合し、また化学的な誘因に応答してばらばらになる。 ペプチド-DNA共役体を加えると、ミセルから繊維、さらに束状繊維への転移を引き起こした。 その結果生じたハイドロゲルは培養細胞に対する細胞外基質模倣物として用いられた。 すなわち、ハイドロゲルを個別繊維状態と束状繊維状態の間で転換すると、アストロサイトの表現型が未熟型と反応型で切り替わった。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 両親媒性:分子が親水基と疎水基の両方を持つこと。
  • 細胞外基質:細胞同士を支持する足場の役割を担う構造のこと。
  • アストロサイト:神経系を構成する細胞の1つで、神経細胞への栄養補給などを担うだけでなく、神経細胞の活動を直接的または積極的に調節することが分かってきている。
  • 反応型:細胞形態変化や増殖が生じるアストロサイトの型。 正常な脳内では増殖を停止しているが、脳組織損傷などがこの型への変化を引き起こす。
Science, this issue p. 808

氷の下の衝突クレーター (Impact crater under ice)

古代の隕石の衝突によるクレーターは、地球表面のいたるところで発見されてきた。 Kjær たちは、グリーンランド北西部の Hiawatha Glacier について、氷貫通レーダーによる解析を行い、大地の氷床の下に衝突クレーターを発見した。 このクレーター内の最も古い氷は、岩石の破片だらけかあるいは激しく乱れているが、それは、その衝突が氷床の発生よりも後に起こったことを示唆している。 Hiawatha Glacier から流出する川により運ばれた堆積物には、比較的まれである鉄隕石の衝突で物理的に衝撃を受けた粒子が含まれていた。 モデルが、その隕石は、幅 1キロメートルの規模だったに違いないことを示唆している。 そのクレーターは、更新世の間の比較的最近に形成された可能性がある。(Wt,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aar8173 (2018).

同定されたミトコンドリアへのセリン輸送体 (Mitochondrial serine transporter identified)

一炭素(1C)代謝は、プリン体合成に必要とされ、がん細胞における高水準の増殖を支える普遍的な代謝プロセスである。 ミトコンドリア中へのセリンの輸送は、生合成に必要な1C単位の大部分を供給する。 Kory たちは遺伝子選別を使用して、長年待ち望まれてきたミトコンドリアへのセリン輸送体を同定した。 セリン輸送の重要な段階を解明することは、代謝の理解に重要であり、がん治療に対して影響を与える可能性がある。(Sk,kh)

【訳注】
  • セリン:タンパク質の構成要素であると同時に、細胞膜を構成する一部の脂質や核酸、他のアミノ酸を作る原材料。
  • 一炭素(1C)代謝:葉酸によって駆動される、ヌクレオチドやアミノ酸の合成に関わる生化学サイクル。
  • プリン体:DNAを形作る核酸の材料になる塩基。
Science, this issue p. eaat9528

1回に1個ずつの神経細胞で、脳を地図化する (Mapping the brain, one neuron at a time)

空間的トランスクリプトミクスは、分子的に記述された細胞型を、その解剖学的位置および機能的役割に関連付けることができる。 Moffitt たちは、単一細胞RNA配列決定およびMERFISH(multiplexed error-robust fluorescence in situ hybridization)の組み合わせを用いて、マウスの視索前野視床下部および脳の周辺領域内の特定の細胞型の固有性と位置を地図化した(Tasic と Nicovich による展望記事参照)。 彼らは、これらの細胞型を、遺伝子活性を介して特定の挙動に関連づけた。 この手法は、睡眠、体温調節、渇き、および社会的行動にとって重要な、視索前野の細胞型の偏りのない記述を提供する。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトミクス:特定の状況下において細胞中に存在する全ての mRNA(またはその一次転写産物)を解析する研究手法。
Science, this issue p. eaau5324; see also p. 749

ヒトの脳の神経細胞の発達 (Development of human brain neurons)

ヒトの脳の発達の初期段階は観察が非常に難しいが、人工多能性幹細胞(iPSC)を用いることで、その過程の解明に役立つことができる。 Real たちは、ヒトiPSC由来の神経細胞前駆体を、成体マウスの脳に移植した。 彼らは、生体内画像化を用いて、生じた神経細胞がどのように成長してつながるかを可視化した。 このヒト細胞は、結合して振動活性を持つシナプス網を発達させる、神経細胞を作り出した。 樹状突起の間引きが観察され、それには変質ではなく樹状突起の収縮の過程が関与していた。 ダウン症候群個体由来の細胞は、マウスの脳への移植時に、正常に成長する神経細胞を作り出したが、樹状突起スパインの回転率の減少と神経網活性の低下を示した。(Sk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. eaau1810

複素環がリンと出会い一緒になる (Heterocycles meet and marry on phosphorus)

パラジウムのような金属は、医薬品合成で炭素環を結び付けるのに決まって用いられる。 しかし、両方の環に窒素がある場合、この過程はうまくいかないことがある。 Hilton たちは、金属の席をリンが占拠する汎用的な別法を報告している。 リンは窒素の反対側の部位で両方の環にうまく結合し、その後の酸性エタノール処理がこれらの環を追い出し、互いに結合させる。 理論は、2つの窒素含有環のカップリングを他の全炭素置換基の反応より反応速度論的に優先させる5配位のリン中間体の関与を示している。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 799

光を原動力とする細胞工場 (Light-powered cell factories)

細菌と真菌は、汎用の精密化学品を生産するために膨大な規模で工業的に使われている。 糖は安価な原料であるが、求められる製品の多くは酵素還元を必要とし、糖の一部は、細胞質の還元剤であるNADPH(還元型ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド・リン酸)を再生するために転用されなければならないことを意味する。 Guo たちは、光感受性ナノ粒子からの電子が、酵母内の細胞質NADP + の還元を促進できることを示している。 生じたNADPHはその後、還元的生合成反応に使うことができる。 この系はNADPH再生への炭素の転用を削減でき、そして多くの既存の遺伝子操作された酵母株と適合性があるはずだ。(Sh,MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • NADPH:肝臓での解糖系や葉緑体での光合成に関わる脱水素酵素の補酵素。 還元型NADPHは電子を放出し、酸化型のNADP+ に変化する。
Science, this issue p. 813

ウェハー規模の hBN 結晶性薄膜 (Wafer-scale hBN crystalline films)

絶縁性の六方晶系窒化ホウ素(hBN)のウェハー規模の多結晶膜を成長させることができるが、粒界が、隣接する導電層中の電荷担体の散乱と拘束のどちらかまたは両方を引き起こし、素子の性能を損なうことがある。 Lee たちは、タングステン基板上の溶融した金の薄膜に前駆体を供給することにより、hBNのウェハー規模の単結晶薄膜を成長させた。 金の中のホウ素および窒素の低い溶解度は、hBNのミクロン規模の粒子を生じさせ、これが合体して単結晶となった。 hBNの薄膜は、次に、グラフェンや二硫化タングステンのウェハー規模のエピタキシャル薄膜の成長の支持体となった。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 817

物理と化学の競演 (Physics and chemistry in concert)

材料に短い高強度パルス光を照射することで、原子構造や電子構造を変化させることができる。 そのような遷移における電子構造の動態は、例えば時間分解光電子分光法を用いることで観測できる。 Nicholson たちは、シリコン表面上のインジウム・ナノワイヤー内の光誘起金属ー絶縁転移を調べている。 筆者たちは、最初の光励起後の系の物理および化学状態の双方を測定し、電子バンドギャップが閉じる現象が化学結合の再配置と相関することを証明した。 時間分解手段が解明できる複雑系の動態に関する情報の豊富さを、この結果は示している。(NK,MY,kh)

Science, this issue p. 821

病理学における細胞転換 (Cell transitions in pathology)

内皮細胞は脈管構造を裏打ちする。 これら可塑的な細胞は、細胞運命転換を受けて内皮間葉転換(EndMT)として知られる間葉系細胞を産生することができる。 この転換は胚の心臓発生において重要であり、粥状動脈硬化などの血管病変においても観察されている。 展望記事で Dejana と Lampugnani は、EndMTがどのように疾患に寄与しているか、血管と細胞外基質の機能障害に関わる多様な病態を治療するために標的化できるかどうか、にまつわる論争について議論している。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • 内皮間葉転換:脊椎動物の血管やリンパ管などの内腔表面を覆う一層の扁平な上皮細胞である内皮が、細胞極性や周囲細胞との細胞接着能を失い、遊走・浸潤能を得ることで間葉系細胞へ変化するプロセス。
  • 粥状動脈硬化:血管壁にLDLコレステロールが入り込んだため、粥様のドロドロとした固まりである粥腫が発生して生じる動脈硬化。
Science, this issue p. 746

屋外の人工光の影響 (Impacts of outdoor artificial light)

夜間の人工光の使用が世界中で増加しており、主に光源近くでの直接放射と、skyglow と呼ばれる夜空の増光の両方を引き起こしている。 Gaston は展望記事で、この光が多くの動物種の活動様式を変化させており、温帯の樹木における芽吹きの時期に影響を与えることさえあると説明している。 夜間の屋外の人工光はまた、人間の睡眠様式および人間の健康に影響を及ぼすかもしれない。 進行中の、より広い、より寒色の光スペクトルを有する発光ダイオード(LED)照明への移行は、これらの問題を悪化させつつある。(Sk,kh)

Science, this issue p. 744