AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 9 2018, Vol.362

巣の中でのトラブル (Trouble at the hive)

ネオニコチノイド系農薬は、花粉媒介昆虫の死と減少を引き起こす。 何度も指摘された影響の1つは、蜂群の規模の縮小である。 しかし、この縮小の背景にある機構は不明である。 Crall たちは、マルハチバナの巣の中で彼らの行動に対して複合的な実時間観察を行った(Raine による展望記事参照)。 ネオニコチノイドに曝されると蜂の保育活動と世話役行動が減少し、結果として繁殖力に影響を与え、巣の温度調節に害を与えた。 これらの行動の変化が一緒に作用して、暴露が非致死的であっても、群れの繁殖力を低下させた。(KU,nk,kh,kj)

【訳注】
  • ネオニコチノイド殺虫剤:昆虫に対して選択的に強い神経毒性を持つクロロニコチニル系殺虫剤。 1990年代に登場し、世界でもっとも広く使われている。
Science, this issue p. 683; see also p. 643

量子光源間の相互作用を引き起こす (Inducing interactions between quantum emitters)

拡張性のある量子システムの開発には、システムを構成する個々の量子要素間の相互作用を制御できることが必要だろう。 Evans たちは、ダイヤモンドのナノ共振器に組み込まれたシリコン空孔中心対を用いて、この量子光源対間の相互作用を可干渉的に媒介できることを示している(Lodahl による展望記事参照)。 そのような光学的制御は、速度的利点の提供に加えて、将来の量子通信および量子ネットワーク構築のための集積プラットフォーム開発の可能性を提供する。(NK,MY,kh,kj)

【訳注】
  • 量子光源:量子力学的に光子を 1 個単位で放出する光源。
Science, this issue p. 662; see also p. 646

シータ律動が睡眠中の再生を守る (Theta rhythm protects sleep replay)

睡眠中における海馬での場所細胞の時系列の再生は、標的となる大脳皮質領域での記憶固定のために重要である。 場所細胞集団の発火の時系列的な構成は、時間尺度の違いを超えて、どのように維持されるのだろうか? Drieu たちは、ラットが、動いている列車に受動的に座っていた期間と、同じ列車内のトレッドミルで能動的に走っていた期間を比較した。 受動行動の間、移送に対応した場所細胞発火の時系列性は依然存在していたが、一連のシータ波の急速な生成は失われていた。 しかし、トレッドミル上での能動的な走りにおいては、シータ波を維持した。 受動的な移送の後、睡眠中の時系列の再生は破壊されたが、能動的な走りでは再生が守られた。(Sk,MY,kh,kj)

【訳注】
  • シータ律動:自発行動中に、脳の海馬に現れる、規則正しい正弦波的な細胞集団の律動活動(ラットの場合は約8ヘルツ)。
  • 場所細胞:脳の海馬に存在する、自己の空間位置を認識する神経細胞。
  • 異なる時間尺度:動物が覚醒中に行動すると、対応する各場所細胞が行動中の時間尺度で、時系列的に次々と発火するが、徐波睡眠中には、場所細胞がそれより約20倍の速度で、覚醒時と同じ時系列で発火することを言っている。
Science, this issue p. 675

電子不足配位子の滞留力 (The staying power of electron-poor ligands)

優れた鈴木カップリング反応は、もともとは不飽和炭素中心を対にするためにパラジウムを使用した。 この反応手順は、キラル飽和アルキル炭素へと広く拡張されてきたが、生成物の立体化学性に対する制御が差し迫った課題である。 Zhao たちは、触媒に配位されるホスフィン配位子の性質が立体化学性結果にどのように影響するかを系統的に研究した。 ある種の電子求引性ホスフィンは、キラルなアルキルトリフルオロボレート反応物における最初の立体配置の保持を有利にした。 逆に、嵩高い電子豊富なホスフィンは、生成物において反転した立体配置に導いた。(KU,kh)

Science, this issue p. 670

一族の合致を検出 (Detecting familial matches)

DNA技術の最近の進歩とアレイ法検査を提供する企業により、自発提供されたゲノム情報を収集、共有、分析するサービスが可能になった。 特に、犯罪事件で容疑者を特定するための警察当局によるこのようなサービスの使用を考えると、プライバシーに関する懸念が高まってきた。 Erlich たちは近縁性モデルを試し、米国における多数のヨーロッパ系の人々が、遺伝子検査を受けたことがない人々ですら、利用可能な遺伝子情報に基づき身元の特定が可能であることを示している。 これらの結果は、遺伝に関する個人のプライバシーを守ることを助ける手続きの必要性を示している。(Uc,MY,ok,nk,kh,kj)

【訳注】
  • アレイ法:DNAマイクロアレイと呼ばれるチップを用いて、ヒト細胞内で発現している遺伝子情報を網羅的に検出する方法。
Science, this issue p. 690

使わないときは油 (Oil when not in use)

一次電池、すなわち、再充電不可の電池では、保存中に生ずる何らかの放電または開回路状態での腐食によって、全体としてのエネルギー密度が制限される。 アルミニウムと空気に基づく電池では、この長年にわたる問題がこの電池の広範にわたる使用を妨げてきており、克服するのが難しい課題であった。 Hopkins たちは、市販の部品を用いてアルミニウム-空気電池を組み立てた。 待機期間中は、電極を腐食から防ぐため、電池の電解液が油で置換され、このためエネルギー損失が防止された。(Wt,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 658

もはや安全な避難所ではない (No longer a safe haven)

多くの生物学的傾向は緯度に依存する成分要素を有する。 長く認識されてきた傾向の1つは、低緯度で被捕食率がより高いことである。 このことが、多くの渡り鳥がなぜ繁殖のため熱帯地方から極に向かって何千マイルも移動するかを説明する可能性がある。 Kubelka たちは、何千もの記録を調べて、気候変動がこの基本的な傾向を変えたらしいことを見出した。 少なくとも海辺の鳥では、巣での被捕食率は熱帯域よりも北極域の方が今や高い。(Wt,ok,kh,kj)

Science, this issue p. 680

認知空間の全体的構成 (A framework for cognitive spaces)

1940年代のTolmanの認知地図の提案以来ずっと、空間的表現がどのように柔軟な行動を支えているかという問題が、議論を呼ぶ話題となっている。 Bellmund たちは認知科学と哲学由来の概念を概説し、その概念をげっ歯類の空間移動についての神経生理学の知見と組み合わせて、認知神経科学の全体的構成を提案している。 彼らは、海馬-嗅内皮質領域での空間処理の原則が、高次の認知のための認知空間の情報領域を地図に描くための幾何学的規則を提供すると主張し、そしてこの提案の最近の証拠を議論している。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • 認知地図:個人の持つ認知を、第三者の理解や解釈を可能にするよう図式にしたもの。
Science, this issue p. eaat6766

生命進化のビデオテープを再生する (Replaying the tape of life)

進化生物学者 Stephen Jay Gould は、かつて、進化が決定論的な力または偶然性による力のどちらにより依存するのかを見極めるために、生命進化のビデオテープを再生することを夢見ていた。 決定論の影響の方がより大きいなら、結果がより多くの繰り返し可能性を持ち、歴史の変動に影響されにくいだろう。 一方で、偶然性は、結果が個々の具体的な出来事に左右されるため、繰り返し可能性が低くなることを示唆している。 Blount たちは、Gould がこの問題を提出して以来行われてきた、実験と観察の両面の、数多くの研究を再調査し、多くの適応の様式が収束的であることを見出している。 それでも、その収束する仕組みや形態に関しては、なおさらに多くの違いがある。(Sk,nk,kh,kj)

Science, this issue p. eaam5979

樹状細胞はマスト細胞を軽く突く (Dendritic cells give mast cells a nudge)

過敏症は、抗原特異的免疫グロブリンE(IgE)抗体が、標的アレルゲンへの結合後に誘発される生命を脅かすアレルギー反応である。 これらの抗体は、次にマスト細胞の表面にある IgE特異的 Fc受容体に架橋する。 マスト細胞はヒスタミンを含む炎症仲介物質を急速に放出し、結果として平滑筋収縮、血管拡張、および血管漏出をもたらす。 マスト細胞は通常、血管周囲管腔外表面に見出されるため、血液中のアレルゲンがマスト細胞とどのようにして相互作用可能であるかは不明であった。 Choi たちはマウス血管系のライブ生体内イメージング用いて、樹状細胞の特定のサブセットが血液中の抗原を採取し、それらを微小胞の表面上のマスト細胞に中継することを示した(Levi-Schaffe rと Scheffel による展望記事参照)。 IgE 結合マスト細胞は、次いでこれらの微小胞との接触後、炎症仲介物質の放出と言う激しい脱顆粒反応を起こす。(KU,MY,kh,kj)

【訳注】
  • マスト細胞:造血幹細胞に由来する白血球の一種で、気管支,鼻粘膜,皮膚など外界と接触する組織の粘膜や結合組織に存在する。 脱顆粒反応により炎症仲介物質を放出することで、アレルギー反応を引き起こす。
  • 樹状細胞:特有な細胞突起を有し、免疫系の中で免疫応答の誘導・制御を担う細胞。
Science, this issue p. eaao0666; see also p. 640

真核生物のRNA分解酵素Pの構造 (Structures of eukaryotic ribonuclease P)

RNアーゼ(RNase P)は転移RNA(tRNA)の前駆体を加工するリボザイムで、3つの生物界全てで認められる。 Lan たちは今回、酵母RNase Pの構造を報告している(Scott と Nagai による展望記事参照)。 RNase P単独の構造は、タンパク質成分がどのようにしてこのRNAを安定化するのかを明らかにし、また、進化の間にどのようにして、細菌のRNA要素の構造的役割が高等生物のRNase Pのタンパク質成分に委譲されてきたのかを説明する。 本来の基質であるtRNA前駆体との複合体における酵母RNase Pの構造は、基質認識の構造基盤を説明し、また、その触媒機構への洞察を与える。(MY)

【訳注】
  • リボザイム:触媒として働くRNA。 リボザイムにはタンパク質を必要とするものもあり、RNase Pは触媒部位がRNAに存在する、RNA-タンパク質複合体として機能する。
  • 3つの生物界:生物分類における、最も基礎にある細菌、古細菌、真核生物のこと。
Science, this issue p. eaat6678; see also p. 644

金属の柄で引き剥がす (Cleaving with a metal handle)

接着テープを使用して2次元(2D)材料の単層を引き剥がすことは、今や確立された手法である。 しかしながら、その薄片はマイクロメータ規模のことが多く、素子に用いるための多層積層体の作製は、難易度が高く、時間がかかることがある。 Shim たちは、直径5センチメートルのウェハーとして成長させた多層から、二硫化モリブデンおよび六方晶窒化ホウ素を含む、様々な2D材料の単層を剥がすことが出来ることを示している。 この多層にニッケル層が蒸着され、それは、成長した積層体全体を引き剥がすために使用できる。 積層体の底部に再びニッケルが蒸着され、そして2回目の引き剥がしにより底部ニッケル層上に単層が残る。 この単層は他の表面に転写することが可能で、著者たちは、高い電荷担体移動度を有する電界効果トランジスタを作製することができた。(Sk,nk,kj)

Science, this issue p. 665

排出ポンプと変異 (Efflux pumps and mutation)

抗生物質耐性は、差し迫って高まっている難題である。 細菌は、増殖率と変異率が大変不均一である。 そのような変動は、抗体への一時的暴露の間における幾らかの細胞の生き残りを可能にする。 この生き残り局面の間、変異が蓄積し、これが本格的な抗生物質耐性の選抜という結果になりうる。 El Meouche とDunlop は、幾つかの細胞における排出ポンプ発現の増大が、それらの細胞に抗生物質毒性からの解放をもたらすことを見つけた。 しかし、排出ポンプを増やすことは細菌にとって代償が大きく、増殖率を下げ、またDNA不適正塩基対の修正に関わるタンパク質であるMutSの発現を低くする。 それ故、これらの変化は淘汰ではなく、単一細胞内における細菌変異レベル増大の蓋を開け、変異を促進するのである。(MY,ok,kh,kj)

【訳注】
  • 排出ポンプ:抗菌薬を菌体外に能動的に排出する、細菌が持つ薬剤耐性獲得機構。
Science, this issue p. 686

免疫グロブリンG1の1塩基多型が自己免疫を増大する (An IgG1 SNP enhances autoimmunity)

全身性エリテマトーデス(SLE)のような自己免疫疾患の共通した1つの特徴は、高力価の自己反応性抗体が存在することである。 このような自己反応性抗体は、免疫複合体、炎症、組織の病変という結果をもたらす。 従って、免疫グロブリンG(IgG)陽性自己反応性B細胞を正常に抑制するチェックポイントが強い関心を引いている。 Chen たちは東アジアの人々に、共通した IgG1の一塩基多型(SNP)(hIgG1-G396R)が存在することを報告している。 このSNPは SLE患者で多く、また、疾患の重症化と関連した。 このSNPを持つヒトは、その変異と同等のノックイン・マウスと同じく、形質細胞蓄積と抗体産生が亢進されていた。 このSNPは、IgG1の免疫グロブリン末端チロシン・モチーフのリン酸化を高め、アダプター・タンパク質であるGrb2の免疫シナプス中での滞留時間を長くし、このため、抗原との結合後に過度のGrb2-ブルトン型チロシンキナーゼ・シグナル伝達を引き起こした。 これらが、抗体産生を亢進する形質細胞への過剰な分化をもたらした。(MY,kj)

【訳注】
  • 力価:抗体の効力やウイルスの感染能力などの目安に使われる相対的な数値。
  • 自己反応性抗体:自分の体の成分と反応する抗体。
  • 免疫複合体:抗原抗体反応により形成された、抗原、抗体、補体などからなる複合体で、SLEのような自己免疫疾患で異常に高くなる。
  • 免疫グロブリン:可溶性の糖タンパク質で、血液を始めとする体液中に存在し、抗原を認識して結合し、その除去を助ける役割を持つと同時に、B細胞の抗原受容体(BCR)の構成成分としての役割も持つ。IgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5種が知られている。
  • 自己反応性B細胞:自分の体の成分を攻撃するB細胞。
  • SNP:ゲノム配列の1塩基変異で、遺伝子の発現に重大な影響があるものから全く影響しないものまで様々な変異がある。
  • hIgG1-G396R:ヒトIgG1のN末端から396番目のグリシンがアルギニンに置換した変異。
  • ノックイン:ゲノムの特定の遺伝子座に特定のタンパク質をコードする相補的DNA配列を挿入する遺伝子工学的手法。
  • 形質細胞:リンパ球の1つであるB細胞が分化した細胞質で、免疫グロブリンを大量に産生する。
  • アダプター・タンパク質:シグナル伝達分子と結合してシグナル伝達物質を受容体の近くに集め、シグナル伝達に関与するタンパク質。
  • Grb2:増殖因子受容体結合タンパク質2(growth factor receptor-bound protein 2)
  • 免疫シナプス:免疫細胞同士が接触して抗原の情報を伝達する際に、接触領域に形成されるリング状構造のこと。
  • ブルトン型チロシン・キナーゼ:B細胞の成熟に重要な役割を果たす酵素。
Science, this issue p. 700

可逆的になるように作る (Built to be reversible)

安定したペプチド・フィラメントの設計にはいくつかの成功があった。 しかしながら多くの天然タンパク質フィラメントの可逆的な組み立てを模倣することは難題である。 動的フィラメントは、通常、独立に折りたたまれた非対称タンパク質から成り、このような構成要素の利用は、複数のモノマー間界面の設計を必要とする。 Shen たちは、これまでに設計された安定な反復タンパク質に基づいた自律的に集まる螺旋状フィラメントの設計を報告している。 このフィラメントはミクロン規模の大きさで、モノマーの反復数を変えることによってその直径を調整することができる。 相互作用界面を持たないモノマーから構築されたアンカーとキャップ形成ユニットは、組み立てと分解を制御するのに使うことができる。(ST)

Science, this issue p. 705

交差提示ファミリーに追加する (Adding to the cross-presentation family)

ウイルス抗原または腫瘍抗原に対する免疫応答は、典型的には交差提示の過程によって開始される。 交差提示は、旧知の樹状細胞1(cDC1)サブセットなどの自然免疫細胞が、免疫T細胞を活性化し起動するのが主要なやり方であると考えられている。 Theisen たちは、CRISPRに基づく選別を用いて、cDC1による交差提示の調整因子を特定した(Barbet と Blander による展望記事参照)。 特定されたそのような調整因子の1つであるWDFY4(WD反復・FYVE領域包含タンパク質4)は、細胞および細菌関連抗原の交差提示に必要であった。 WDFY4は、cDC1が介在するウイルス免疫と腫瘍免疫において重要な役割を果たしたが、主要組織適合抗原クラスII の提示または単球由来DCによる交差提示のためには必要なさそうだった。(Sh,kh,kj)

【訳注】
  • 交差提示:抗原と遭遇したことのないナイーブT細胞に外来抗原を提示しキラーT細胞の分化を誘導する樹状細胞の機能。
  • WD反復(WD40リピート):トリプトファン-アスパラギン酸(WD)で終わる約40のアミノ酸のモチーフが4回以上くり返し存在する配列。
  • FYVE領域:約60-70のアミノ酸残基からなるシステインを多く含む亜鉛結合領域。
  • 主要組織適合抗原:膜に結合した糖タンパク質で、抗原がタンパク質分解酵素で分解されて生成するペプチドと結合し、T細胞に抗原として提示する役割をする。
  • 単球:最も大きなタイプの白血球で、マクロファージや樹状細胞(CD)に分化することができる。
Science, this issue p. 694; see also p. 641