AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 2 2018, Vol.362

相転移の早撮り (Snapshots of a phase transition)

時間分解X線散乱分光は、ある構造相から別の構造相へ材料が転換する際の動態を調べるのに用いることができる。 これまで、さまざまな手法は集団平均を測定しているため、生じている詳細な機構の極めて重要な側面を見逃している可能性がある。 Wall たちは全散乱技術を用いて、絶縁体から金属への二酸化バナジウムの超高速転移の動態を調べた(Cavalleri による展望記事参照)。 フェムト秒X線パルスは、時間分解および運動量分解された構造転移動態を取得できるようにする。 著者たちの結果は、光誘起相転移が、同時に原子群がまとまって移動する機構で生じるのではなく、格子ポテンシャルの超高速変化により突如解放されたバナジウム原子が、相関性のない振幅の大きなランダムな動きすることで駆動される、秩序-無秩序型であることを示している。(NK,MY,kh,nk)

Science, this issue p. 572; see also p. 525

ネアンデルタール人の子供における負荷 (Stress in Neanderthal children)

極端な季節的寒さのような環境の変動は、人間の進化に影響を与えてきたと考えられているが、標準的分析法では分解能が粗いので、その影響を直接測定することは困難である。 Smith たちは、フランスのペールにある遺跡から発掘された、二人のネアンデルタール人の子供の歯のエナメル質の微小試料について、酸素同位体および微量元素分析を用いて、これらの子供たちにおける極端な冬期の負荷の証拠を発見した。 それには、確からしい体重減少と環境中の有害化学物質、とりわけ鉛への暴露が含まれていた。 その子供たちの中の一人のより詳細な分析は、この子供が春に生まれ、二歳半の冬の前に離乳したことを示していた。(Sk,MY,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau9483 (2018).

ヌクレオソームDNAの転写 (Nucleosomal DNA transcription)

真核生物において、クロマチンの基本的構成単位であるヌクレオソームは、RNAポリメラーゼII(RNAPII)がDNA上の遺伝情報を転写するときにはそれを立ち止まらせる。 低温電子顕微鏡を用いて、Kujirai たちはRNAPII -ヌクレオソーム複合体の7つの構造を探索した。 それらの複合体において、RNAPII はヌクレオソーム上の4つの位置で休止する。RNAPII 進行のこれらの連続的な早撮り写真から、RNAPII がどのようにヒストンからヌクレオソームDNAを段階的に剥がすかの分子機構が明らかになる。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. 595

脳の中での姿勢 (Posture in the brain)

運動制御が神経段階でどう働いているかに関する我々の理解は、霊長類における目、手、および腕の動きの研究から始まる。 Mimica たちは、自由に動いているげっ歯類の位置と姿勢を3次元で追跡して、後部頭頂葉および前頭葉運動野における、体の姿勢に関する神経細胞の表現を調べた(Chen による展望記事参照)。 両方の脳領域は、動きや自発動作よりも姿勢を表現していた。 この2つの領域における神経細胞の活動の解読は動物の姿勢を正確に予想した。(Sk,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 584; see also p. 520

腸内細菌叢が真菌を淘汰する (Gut microbiota selects fungi)

Candida albicans のような真菌は、哺乳類の腸で見つかるが、これが腸内で何をしているのかについてはほとんど知られていない。 Tso たちは、抗体で処置され、そのため腸内細菌を欠いているマウス中で、連続継代により C.albicans を淘汰圧の下に置いた(d'Enfert による展望記事参照)。 継代は、特に真菌のFLO8遺伝子周辺の変異を加速し、菌糸を形成できない低病原性表現型という結果をもたらした。 それでもやはり、この表現型は炎症誘発性サイトカインを刺激し、他の幾つかの腸内常在微生物に対する一過性の交差防御を提供した。 しかしながら、生得的な細菌叢が存在する場合、病原性である菌糸型だけが存続した。(MY,kh)

【訳注】
  • Candida albicans:真菌類に属するカンジダ菌の1種で、共生菌あるいは侵襲性病原菌として、口・胃腸・生殖器等に常在する酵母。 発育形態として、単細胞である酵母形か細胞が糸状に連なった菌糸形をとり(二形性発育)、後者が侵襲性病原菌として日和見感染を引き起こす。 口や消化器内で増え、宿主の細胞性免疫を強める作用もある。
  • FLO8遺伝子:単細胞の酵母が凝集性を得て菌糸形になるのに必須な産物を発現する遺伝子。
  • 交差防御:標的とは異なる対象にも感染予防効果を発揮すること。
Science, this issue p. 589; see also p. 523

長持ちするインフルエンザ防御 (Durable influenza protection)

ワクチンはインフルエンザの抑制と予防に不可欠だが、効き目に対する幾つかの課題がある。 ワクチン接種に対してほとんど効果がない人もおり、また、ウイルスの変異が最適抗原への標的化を困難にする。 広域中和抗体が1つの解決策だが、これは、A型・B型のインフルエンザ両方に対する乏しい交差反応性および反復接種の必要性を含む、中和抗体自体の潜在的な欠点を抱えている。 今回 Laursen たちは、対象範囲が広く、効果の高い複数ドメインを持つ抗体を開発した。 この抗体は、アデノウイルスを媒介手段としてマウスに鼻腔内投与されると、多くのインフルエンザ株から長期間継続的に防御した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 広域中和抗体:抗原に結合してその毒性や増殖能力を抑制する抗体で、多様な抗原に対して能力を発揮するもの。
  • ドメイン:タンパク質を構成するコンパクトな3次元構造の単位で、それぞれ独立な機能を持つ。 ここではインフルエンザのエピトープに結合性を持つタンパク質部位を指す。
  • 交差反応:抗体が、その標的抗原以外の類似した抗原に結合すること。
Science, this issue p. 598

二酸化ケイ素上での合金化の亢進 (More alloying on silica)

触媒用に超小規模で化学量論性を制御して高合金化度を達成することは困難なことがある。 Pd(NH342+ のようなカチオンとIrCl62- のようなアニオンにより形成される複錯体塩は、優れた前駆体でのはずであるが、溶解性に乏しく、そのため、金属酸化物表面に直接吸着することが困難である。 Ding たちはさまざまな合金に対して、カチオン錯体とアニオン錯体を、順次有機溶媒から二酸化ケイ素表面へと吸着し、続いて水素中で加熱することで、ほとんど3ナノメートル以下の直径で、金属がよく混じり合ったナノ粒子が作られることを示している。 その後、これらの材料はアセチレンへの水素添加でエチレンを作る触媒として試験された。(MY,kh)

【訳注】
  • 化学量論:化合物を構成する元素群の組成が、構成元素の持つ原子価数が満足される量的関係のこと。
Science, this issue p. 560

より小さな環への段階 (Steps to smaller rings)

有機化学におけるある種の環形成反応は、軌道の対称性が反応物と生成物において一致することが理由で効率的である。 オキシアリル・イオンはこの仕組みでジエンと反応して7員環を形成する傾向がある。 パラジウム触媒下で、Trost たちは、この反応を、ジエンにエステルを付加することで、より一般的な5員環テトラヒドロフランへと向きを変えて進むようにした。 その経路は対称性による制約で禁制になっているのだが、より小さな環への段階的反応経路上で鍵となる中間体を、電子求引性エステルが安定化させているらしい。(KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 564

PARはα-シヌクレインの毒性を促進する (PAR promotes α-synuclein toxicity)

病理的なα-シヌクレイン(α-syn)が、どのようにしてパーキンソン病(PD)の神経変性につながるのかは、ほとんど分かっていない。 Kam たちは、孤発性PDのα-syn形成フィブリル(α-syn PFF)を使ったPDモデルマウスを研究した(Brundin と Wyse による展望記事参照)。 彼らは、病理的なα-syn活性化ポリ(アデノシン5'-二リン酸-リボース)(PAR)ポリメラーゼ-1(PARP-1)およびPARPの阻害またはPARP-1 のノックアウトが病変からマウスを保護することを見出した。 α-syn PFF誘導PARP-1 活性化によるPARの生成は、α-syn PFFをPAR-α-syn PFFと呼ばれる25倍以上毒性の強い系統に変えた。 脳脊髄液中のPARの増加およびPD患者の黒質におけるPARP活性化の証拠は、PARP活性化がパータナトス(parthanatos)を介したPDの病変形成とα-synのより毒性の強い系統への変換に寄与することを示している。(KU,MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • α-シヌクレイン:主に神経組織に見られるタンパク質でアルツハイマー病やパーキンソン病では異常な蓄積がある。
  • 孤発性パーキンソン病:パーキンソン病のうち、特定の遺伝子の異常に由来しないと思われるもの。
  • パータナトス(parthanatos):PARポリメラーゼ-1 依存性細胞死。
  • 黒質:中脳の一部を占める神経核で、ニューロメラニン色素を含むニューロンが多いため黒色を帯びている。
Science, this issue p. eaat8407; see also p. 521

サリドマイドが標的とする分解 (Thalidomide-targeted degradation)

サリドマイドとその類似化合物は、多発性骨髄腫と他の血液がん患者の生存率を改善する。 以前の研究は、これらの薬剤が E3ユビキチン転移酵素であるセレブロンに結合し、その後それが、ガン発生に役割を果たす2つの特定の亜鉛フィンガー(ZF)転写因子を分解標的にすることを明らかにした。 Sievers たちは、予想よりも多くの種類のZFタンパク質がサリドマイド類似化合物によって不安定化されることを見出した。 概念証明実験により、サリドマイドの化学修飾が特定のZFタンパク質の選択的分解をもたらしうることが明らかになった。 構造的、生化学的、およびコンピュータ解析によって提供される詳細な情報は、ヒト疾患に関与するZF転写因子を標的とする薬剤の開発を導くことができるかもしれない。(Sh,MY)

【訳注】
  • E3ユビキチン転移酵素:真核生物に広く分布する修飾タンパク質ユビキチンが標的タンパク質に付加するときに、標的タンパク質の認識を担う酵素。 ユビキチン修飾を受けたタンパク質は分解される。
  • 亜鉛フィンガー:亜鉛が2次構造形成に関与した、DNA結合タンパク質にみられる指状のループ構造。
  • 転写因子:DNA上の転写制御する領域に特異的に結合し、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進、あるいは抑制するタンパク質。
Science, this issue p. eaat0572

宿主と媒介者を予測する (Predicting hosts and vectors)

不可解な感染症の集団発生中に、事態が急速に危険で混乱した状態になることがある。 集団発生の経験例が増加し、それにゲノム配列決定技術が組み合わさり、今や多くの場合、病原体は数日以内に同定することが可能である。 しかし、最も恐ろしいウイルス性病原体のいくつかについては、起原宿主および媒介した可能性のある動物は、多くの場合不明瞭なままである。 Babayan たちは、500を超える一本鎖RNAウイルスからのゲノム配列データを取得し(Woolhouse による展望記事参照)、機械学習的な算法を用いて、ウイルスのゲノム配列に刻み込まれた進化の信号を抽出した。 それは、ウイルスの起源宿主についての情報と、媒介節足動物がウイルスの自然生態で役割を果たすかどうか、さらにはどの類型がなのか、の情報を提供する。(Sk,kh,nk)

Science, this issue p. 577; see also p. 524

双晶のパワーによる銅の強化 (Stronger copper through twin power)

傾斜構造材料は、独特に組み合わさった特性を有する。 傾斜構造材料は自然界に見られるし、人工的に作ることもできる。 Cheng たちは、銅に双晶の勾配を導入することによって傾斜構造を作製した。 この方法は、結晶の内部に転位の束を生みだすが、これは、個々の成分のいずれよりも金属をより強くする。 この方法は、高性能金属の開発に有望である。(Wt,ok,nk)

Science, this issue p. eaau1925

東アジア季節風の謎 (East Asian monsoon mysteries)

洞窟生成物(ここでは鍾乳洞で生成する石筍)の酸素同位体組成は、東アジア季節風について正確には何を語っているのだろうか? それらは水文気候についての壮大で詳細な記録を提供するが、そもそも、それらが水文気候のどのような側面を記録しているは不明である。 Zhang たちは、中国の中東部から得られた、21,000年から10,000年前までの期間の2つの洞窟生成物由来のデータを提示し、彼らが観測した酸素同位体変動の原因が、季節風の勢力あるいは強度の単なる変化とは言えないほど複雑であることを示唆している(McGee による展望記事参照)。 あるいはまた、この変化は季節風のさまざまな相(phase)毎の長さと、東アジアの水文気候の地域的な不均質性を反映しているのかもしれない。(Uc,MY,kh,nk)

【訳注】
  • 水文気候:地球上における水の循環(蒸発や降雨など)が影響する気候。
Science, this issue p. 580; see also p. 518

もつれた量子対の保護 (Protecting entangled pairs)

光子は容易に生成され、高速であり、広大な距離を移動することができる。 それゆえ、量子情報の理想的な担体である。 量子計算などの実際的な応用は、光素子プラットフォームに基づき、多光子状態の操作を必要とすることになるだろう。 そのようなプラットフォームにおける光子の不可避的な散乱と損失は、応用に対して有害であろう。 Blanco-Redondo たちは、トポロジーに基づいて特別に設計された光回路が、どのようにして二光子状態の伝播を保護できるかを示している。 この結果は、位相的な設計を考慮することで、量子光回路に必要とされる所望のロバスト性を提供できるだろうということを示している。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 568