AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 26 2018, Vol.362

浅水域での多様化(Shallow-water diversification)

古代の海洋における多様化と環境との間の関係性について我々が知っていることの殆どは、無脊椎動物から得られている。そのため、脊椎動物の多様化に対する生息地の影響は謎のまま残されている。Sallanたちは、顎を有する魚類と顎をもたない魚類の双方を含む、中期古生代にまたがる脊椎動物の化石を研究した(Pimientoによる展望記事参照)。彼らは、多様化が最初に沿岸環境において発生し、その後に深海洋生息地に或いは淡水生息地に移住する多様化型を伴っていたことを見出したした。更に、よりがっしりした体形は沿岸に留まる一方、より繊細な体形は深海に移動した。この分裂は、現在の水生生息地における形態と環境との間の関係性に似ている。(Uc,KU,ok,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 460; see also p. 402

黒色相を維持する (Staying in the black phase)

ハイブリッド型ペロブスカイト太陽電池は、多くの場合、メチルアンモニウムよりも熱的に安定なホルムアミジニウム(FA)陽イオンを使用するが、そのより大きなイオン径は、格子歪みを引き起こすことがあり、その結果不活性な黄色相を生じることとなる。Turren-Cruzたちは、陰イオンとして臭化物に代ってヨウ化物(赤色側にずれるバンドギャップを形成するための)と、セシウム、ルビジウム、およびFA陽イオンの光学的混合物を用いることにより、20%以上の安定した効率をもつ太陽電池を作製できることを示している。好ましい黒色相を形成するのに、100℃以上の加熱工程は必要なかった。(Sk,kh,nk)

Science, this issue p. 449

視床室傍核を間近で眺める (A close view of the paraventricular thalamus)

視床室傍部は、内部状態を表現する脳幹および視床下部の信号を、感情脈絡において連合機能を実行する辺縁前脳と結ぶ中継所である。Zhuたちは、視床室傍部のニューロンが、報酬・嫌悪・目新しさ・驚きを含む、多くの感覚刺激の際立つ(salient)特徴を表現していることを見つけた。このように視床室傍核は、状況依存的なサリエンシー・コード化を提供する。視床は感覚情報のゲートを開け、また、大脳皮質との相互作用により、睡眠-覚醒サイクルに寄与する。Renたちは、視床室傍部でニューロンの信号を記録し、集団ニューロンと単一ニューロンの活性の両方が、覚醒状態と密接に結びついていることを観察した。(MY,KU,ok,kh,nk)

【訳注】
  • 視床室傍核:脳の中心部にある視床の一部で、視床上部を形成する神経核の1つ。情動に関わるほとんどの脳部位とつながりがある。
  • 辺縁前脳:視床、視床下部、脳幹を含まない前脳領域の大脳辺縁系で、海馬体・帯状回・前頭前野・中隔・扁桃体から構成される。
  • サリエンシー:感覚刺激がボトムアップ性注意を誘引する特性を「サリエンシー」と呼ぶ。
Science, this issue p. 423, p. 429

腸内共同体の伝達 (Transmission of the gut community)

哺乳類の微生物の自然伝達はあまり理解されていない。いくつかの属の細菌は母親から子孫に伝達され、一方他の細菌はより広い環境から獲得される。Moellerらは、異なる微生物叢をもつ2つの野生集団のマウスから近交配マウス系統を作り、これらのマウス系統を同じ動物施設の中で飼育しながらその集団の微生物を3年間に渡って観察した。2つのマウス系統の微生物叢は10世代後でも依然として別々のままであった。ほとんどの微生物叢属は垂直方向に伝達した。共有された動物施設の環境を通じて水平に伝達した微生物分類群は、病原体を含む傾向があった。(ST,KU)

Science, this issue p. 453

心拍数と血圧の制御(Heart rate and blood pressure control)

PIEZO1とPIEZO2は、力学的に活性化される2つのイオン・チャネルで、肺・膀胱・皮膚に高発現する。Zengたちは、このイオン・チャネルの両方が、神経節複合体の感覚ニューロンで発現していることを見つけた(Ehmkeによる展望記事参照)。この感覚ニューロンは、血圧を安定に保つのを助ける恒常性維持機構である圧受容器反射に寄与している。マウスにおいて、これらのニューロンのPIEZO1とPIEZO2を2つを条件付き遺伝子破壊すると、圧受容器反射が消失し、血圧調節と心拍数が狂った。これらの変化は、圧受容器反射不全の患者に見られる変化とそっくりだった。マウスでは、PIEZO2を発現する神経節ニューロンの選択的な活性化が、心拍数と血圧における即座の上昇を引き起した。(MY,nk)

【訳注】
  • 神経節:末梢神経の途中で局部的に神経細胞が集合して太くなり、結節状となった部位のこと。
  • 圧受容器反射:血圧が急に上昇すると心拍数と末梢交感神経活動を減少させることにより血圧を元の値に低下させ、血圧が急に低下すると心拍数と交感神経活動を亢進させることにより血圧を元の値に上昇させる機構。
  • 条件付き遺伝子破壊:特定の時期や部位でのみ標的遺伝子を破壊する手法。
Science, this issue p. 464; see also p. 398

北米における前クロービス時代の投げ槍用尖頭器 (Pre-Clovis projectile points in North America)

クロービス文化は、先史時代の古代アメリカ先住民文化である。ここ数十年にわたる考古学的研究は、アメリカ大陸に居住したのはクロービス人が最初であるという仮説を否定している。しかし、それ以前の移住の時期、これらの初期の移住者が保有していた物質文化の識別と種類、そしてこれらの人々が北米にやってきたと思われる経路については論争が続いている。Watersたちは、これらの疑問のいくつかを解決するために、テキサス州の Debra L. Friedkin 遺跡を研究した。彼らは、注意深い層序の掘削と、周到な年代測定計画を実行し、三角形の刃と有茎形茎部を持つ投げ槍用尖頭器の様式を究明した。これらの投げ槍用尖頭器は、13,500年前から15,500前の間に作られたものと推定され、13,000年前のものと推定される典型的なクロービス様式の尖頭器の下部から見つかった。従って、この有茎形状が、時代と共にこの地域内で、より普及したクロービス様式に変形されていったのか、それとも、それ以前の別の移住者によって作り出された無縁の形であるかのいずれかである。(Sk,kj,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat4505 (2018).

シンクロトロン発生器を小型にする (Shrinking synchrotron generation)

シンクロトロン放射光の発生は、一般に巨大な磁場中で電荷を加速することで得られる。シンクロトロンの設備は、通常、大規模な国際組織関の関与する領域である。Henstridgeたちは、特別に設計されたメタ表面上で半径100ミクロンの円弧に沿って曲げられたフェムト秒光パルスの相互作用が、またシンクロトロン放射光を発生させることを示している。この場合、光パルスによって誘起された非線形分極によって、テラヘルツ周波数のシンクロトロン放射光が生成された。この結果は、強力なオン・チップ光源の開発に期待を持たせるものである。(Wt,KU,kh,nk)

【訳注】
  • メタ表面: 2次元のメタマテリアルのこと. プラズモニック共振器を極薄の共振器として用いる方法などで実現する.
Science, this issue p. 439

軟磁性体の高速スイッチング (Faster switching for soft magnets)

最もよく知られている磁石は、冷蔵庫のドアにあるような永久磁石である。しかし、変圧器やモーターの用途では、磁場に応答して磁化を迅速に切り替えることができる軟磁性体が使用される。エレクトロニクス分野において、炭化ケイ素のようなワイド・バンドギャップ半導体は電力変換のエレクトロニクスとより効率的に動作するモータ制御器を可能とするが、しかしより高周波で応答可能な軟磁性体を開発する必要がある。Silveyraたちは、現在の軟磁性材料の開発状況と高周波動作における性能向上への見込みを概観している。探究されている材料は、軟質フェライト、アモルファス合金とナノ結晶合金、及び粉末コア、あるいは、軟磁性複合材料を含む。(Wt,KU,ok,kh,nk)

【訳注】
  • 軟質フェライト:軟磁性を示す酸化鉄を主成分とするセラミック
Science, this issue p. eaao0195

クロマチンの空間的組織化を可視化する (Imaging chromatin spatial organization)

ゲノムは、DNAを鋳型とするプロセスを調節する3次元領域として核内で組織化される。Bintuたちは高速大量処理のOligopaint labeling and imaging法を用いて、いくつかの異なる哺乳類細胞株のその核内部におけるクロマチンの動態を観察した。データ集合を組み合わせた後、単一細胞マトリックスは、クロマチンが形態的に関連する領域(TAD)に配置されることを明らかにした。コヒーシンの除去は細胞集団間での凝集TADの喪失をもたらしたが、特異的なTADは依然として単一細胞レベルで検出された。 さらに、高次の組織化が検出され、ゲノム内の協同的相互作用を示唆している。(KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • コヒーシン:姉妹染色分体を繋ぎ止めているタンパク質複合体
  • Oligopaint:ゲノム領域を可視化するために用いられる方法(蛍光タンパク質で標識化された、単一鎖DNA oligonucleotideを用いた検出法)
Science, this issue p. eaau1783

がんクロマチンのアクセス特性の状況 (Cancer chromatin accessibility landscape)

Cancer Genome Atlas(TCGA)は、多種多様なヒトがんに関する高品質な分子データ源を提供する。Corcesたちは、クロマチンのアクセス特性をファイル化する最近に改良された分析表を使用して、23種類のがんの410のTCGA試料における入手可能なクロマチンの風景を決定した(Taipaleによる展望記事参照)。このデータを同じ腫瘍サンプルに対する利用可能な他のオーミクス・データと統合すると、がん素因の遺伝性の危険遺伝子座が明らかになり、患者の生存の差異を持つがんの分子サブタイプを駆動する転写因子およびエンハンサーが同定され、臨床予後に関連する非コード領域の変異が発見された。(KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • オーミクス(omics):「研究対象+omics」という名称の生物学の研究分野のこと、例えばgenome+omicsはgenomics等。
Science, this issue p. eaav1898; see also p. 401

アホロートルが新しい肢を作る方法 (How the axolotl makes a new limb)

ほとんどの脊椎動物の四肢とは異なり、アホロートルの肢は切断後にその骨格を再生する。真皮と間質性線維芽細胞が骨格再生の源を提供すると考えられているが、既存の幹細胞と線維芽細胞の脱分化のどちらが芽体を形成するのか不明であった。Gerberたちは、再生への包囲骨格細胞と線維芽細胞の寄与を比較するためにレポーター遺伝子導入動物を開発した。カルスを形成する包囲骨格細胞は既存の骨を伸ばしたが、線維芽細胞は新たな四肢部分を構築した。単一細胞トランスクリプトームとBrainbowに基づく系統追跡は、既存の幹細胞の欠如を明らかにした。代わりに、線維芽細胞の異種集団はそれらの成体の特徴を失って、胚性四肢プログラムを発現する多分化能の骨格始原細胞を形成した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • アホロートル:メキシコサンショウウオのような或る両生類は体器官の発生が生殖巣に対して遅れるという、幼生成熟(ネオテニー)する個体の総称
  • カルス:通常は植物に使われるが、植物の一部を切って、植物ホルモンを含む培地で培養されたときに形成される分化していない無定形の細胞塊
  • Brainbow:蛍光タンパク質によって、脳内の一つ一つの神経細胞を隣り合う神経細胞と区別して観察する手法
Science, this issue p. eaaq0681

最も大きく、最も複雑なリボソームの構造 (Structure of the largest, most complex ribosome)

リボソームは、メッセンジャーRNAのタンパク質への翻訳を触媒する2つのサブユニットからなるリボ核タンパク質集合体である。リボソームRNA(rRNA)は構造上および機能上の重要な役割を果たしている。Ramrathたちは、知られている中では最小のrRNAを含む単細胞寄生虫であるTrypanosoma brucei のミトコンドリア・リボソームの高分解能構造を報告している。このトリパノソーマのミトリボソームは、2つのrRNAと126のタンパク質を特徴とする最も複雑なリボソーム集合体である。増大したタンパク質サブユニットは、構築上の足場としてrRNAを置き替えている。この構造はまた、リボソーム機能に必要とされる最小のコアを明らかにする。(Sh,KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • トリパノソーマ:鞭毛虫類に属する原虫の1属で、鳥獣やカエルの寄生虫。ブルース・トリパノソーマ(Trypanosoma brucei)はその一種で、ツェツェバエの媒介で睡眠病を起こすことで知られる。
  • ミトコンドリア・リボソーム(ミトリボソーム):ミトコンドリア内でのエネルギー変換やATP産生に重要な膜タンパク質の合成や膜への挿入に特化したミトコンドリア内にのみに見つかるリボソーム。トリパノソーマのミトリボソームは、他のリボソームよりも大きく構造も複雑。
  • サブユニット:複数のタンパク質によって構成される酵素などタンパク質複合体の構成単位の、一つのタンパク質分子。
Science, this issue p. eaau7735

塩と鉄はアミン化合物への道を容易にする (Salt and iron ease the way to amines)

炭素化合物に窒素を付加することは、しばしば面倒なプロセスである。窒素は通常、望ましくない反応を防止するために保護を必要とし、保護基は後で除去するのが困難な場合がある。Legnaniたちは、ヒドロキシルアミン誘導体からのそのままのNH2を二重結合炭素中心に直接的に付加する汎用性のある方法を報告している。単純な鉄触媒は、ラジカル機構を介して食塩からの塩素イオンを窒素に隣接する炭素上に動かし、その場所で多種多様なさらなる機能付与の選択肢に対応できるよう保たれる。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 434

エタンを好む (A preference for ethane)

エチレンの工業的製造は、低温処理工程によるエタンからのエチレン分離を必要とするが、この工程は大量のエネルギーを消費する。代替方法は微多孔質材料中での吸着の差異になるだろう。これらの材料のほとんどはエタンよりもエチレンと強く結合するが、エタンを吸着する方がより効率的であろう。Liたちは、鉄-ペルオキソ部位を含む金属有機構造体がエチレンよりもエタンと強く結合し、その結果、大気条件でこれらの気体を分離するのに用いることが出来ることを見つけた。(MY,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 鉄-ペルオキソ:鉄にO-O基が2座配位している構造のことを言っている。
  • 金属有機構造体:さまざまな金属イオンとそれらを連結する架橋性の有機配位子を組み合わせることで組み立てられる内部に細孔を持つ結晶性の高分子構造体。
Science, this issue p. 443

膨張した原子からの単一光子 (Single photons from inflated atoms)

単一光子エミッタ—は、量子検知や量子秘密通信のような、多くの応用分野で期待されている。量子ドット、ダイヤモンド色欠陥中心、及び単一分子を用いた効率的なオン・デマンド固体素子は存在するが、これらの殆んどのシステムは最適動作のために極低温条件を必要とする。Ripkaらは、気体セルに閉じ込められた室温の高励起ルビジウム原子雲を用い、リュードベリ状態の過剰相互作用を利用してオン・デマンドに単一光子を発生させた。この結果は、量子技術の開発における応用に対しての原子ガスの有用性を実証している。(NK,KU,kh,nk)

【訳注】
  • 色中心:色中心とは、イオン結晶中の点欠陥に、電子や正孔が捕捉されたある種の格子欠陥のこと。特定の波長の光を吸収して色が着くため、このように呼ばれる。
  • リュードベリ状態:非理想的なプラズマの準安定状態の1つにリュードベリ状態があり、凝縮した励起原子からなる。これらの原子は、一定の温度に達するとイオンや電子になる。
Science, this issue p. 446

その縞模様を見せる(Showing their stripes)

東アフリカに生息するシクリッドの適応放散は、数多くの湖にわたって、1200種以上を生み出してきた。これらの種にわたって、横縞の有無を含む、多数の収束形質が出現している。Kratochwilたちは、縞模様の出現または消失が、アグーチ関連ペプチド2 という遺伝子の変化に関連しており、これが縞模様生成のための一種の点滅スイッチとして作用することを示している(Ganteによる展望記事参照)。この作用が、この種に富んだ放散にわたって、急速で繰り返される縞模様の進化を可能にしてきた。(Sk)

【訳注】
  • シクリッド:スズキ目ベラ亜目に属する淡水魚
  • 適応放散:同類の生物が、さまざまな環境に適応して多様に分化し、別系統になること
  • 収束形質:異なる種の生物が環境に合わせて進化した結果獲得した、類似の形質
Science, this issue p. 457; see also p. 396