AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 23 2018, Vol.362

アフリカにおける巨大草食動物の絶滅 (Megaherbivore extinctions in Africa)

人間の祖先が、アフリカの多様な大型哺乳動物群の絶滅の要因であった、という説が唱えられてきた。 Faith たちは、過去700万年近くにわたる東アフリカの草食動物群を分析して、この見解に異議を唱えている(Bobeと Carvalhoによる展望記事参照)。 大型草食動物(例えば、ゾウ、サイ、カバ)は、ヒト族(ホミニン)が動物組織を消費した証拠より100万年以上前の、約460万年前に減少し始めた。 大型草食動物の減少は、ヒト族によるのではなく、大気中の二酸化炭素の減少と大草原の拡大によって引き起こされたのかもしれない。(Sk,nk)

Science, this issue p. 938; see also p. 892

加齢に伴う変異の重荷 (The mutational burden of aging)

年を取るにつれて、私たちは正常細胞中に体細胞変異を蓄積する。 通常の強度の太陽光を浴びた皮膚の約25%の細胞は、ガンの駆動役となる変異を抱えている。 紫外光のような強力な変異原に曝されない組織はどうなのだろうか?  Martincorena たちは、さまざまな年齢のヒト提供者から得られた正常な食道上皮について、標的遺伝子の配列決定を行った(Chanock による展望記事参照)。 食道の変異率は皮膚より低かったが、14のガン関連遺伝子内に変異を持つクローン細胞に対して強い正の選択が存在した。 中年までに、食道上皮の半分以上に変異クローン細胞が巣食っていた。 興味深いことに、ガン駆動役遺伝子であるNOTCH1の変異は、食道ガンにおけるよりも、正常な食道上皮における方が一般的だった。(MY,kj,nk)

【訳注】
  • NOTCH1遺伝子:細胞の発生・再生・恒常性維持に重要な役割を持ち、多くの動物で保存されている遺伝子調節経路を担う受容体をコードするNOTCH遺伝子の1つ。
Science, this issue p. 911; see also p. 893

多才な単分子膜 (A monolayer of many talents)

トポロジー的に非自明なバンド構造を有する超伝導体は、特異な特性を示すと予測されてきた。 しかし、そのような材料は極めて少ない。 今回2つのグループが、二次元トポロジカル絶縁体であると既に知られている材料である二テルル化タングステン(WTe2)の単層が超伝導状態にもなりうることを示している。 Fatemi たち、および、Sajadi たちは、ゲート電圧を印加することによって単層中の電荷担体密度を変化させ、トポロジカルな相から超伝導相への転移を観測した。 この発見は、局部的なゲート開閉により、同じ材料内にトポロジー相と超伝導相の存在を可能とする素子の製作につながる可能性がある。(Wt,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 926, p. 922

ナノ粒子超合金 (Nanoparticle superalloy)

合金の強度を改善することは、延性の犠牲なしには難しい。 Yang たちは、アルミニウム-チタン(Al-Ti)ナノ粒子が織り交ぜられた、高強度と延性の両方を有する鉄-ニッケル-コバルト(Fe-Ni-Co)合金を設計した。 成功の鍵は、Fe-Ni-Co 母材が Al-Ti 極微粒子と影響し合うので、混合物を正確に調整することであった。 これは、環境脆化を回避し、加工硬化を高め、延性を改善するうえで不可欠であった。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 933

ESCRT-IIIを用いたピロトーシスの微調整 (Fine-tuning pyroptosis with ESCRT-III)

ピロトーシスは、インフラマソーム複合体下流の選択されたカスパーゼによって誘発される炎症型の細胞死である。 このカスパーゼは gasdermin D(GSDMD)を切断し、そのN末端断片は細胞死を誘発する大きな透過性の細孔を急速に形成する。 しかしながら、活性インフラマソームを有する細胞の大部分は、ピロトーシスに耐性を示す。 Ruhl たちは、膜-再構築ESCRT-III 機構が、GSDMD活性化時に原形質膜に動員されることを見出した。 ESCRT-III 依存的膜修復は、炎症誘発性サイトカインの分泌とインフラマソームの活性化後のピロトーシスを制限した。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • インフラマソーム:炎症反応に関連する生体分子複合体をいう。
  • カスパーゼ:細胞死を引き起こすシグナル伝達経路を構成するシスティンプロテアーゼ。
Science, this issue p. 956

集団を守る (Protecting the colony)

私たちが風邪をひき、その結果、仕事を休んで家にいる場合、私たちは自分自身を大事にしているだけでなく、他人を守ることもしている。 そのような感染後の行動変化は、社会的動物において予想されるが、定量化することは困難である。 Stroeymeyt たちは、トビイロケアリにおけるそのような変化を探し、感染した働きアリが確かに行動を変え、そして健康な働きアリが、病気のアリに対する行動を変えることを発見した。 変更された行動は、特に、集団の最も重要で脆弱なメンバーを守るのに役立った。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. 941

農業の将来 (The future of farming)

二十世紀半ばに農業からの食料生産は世界的に急増したが、これは農業用化学物質の大量使用を通じて達成された。 殺虫剤・除草剤・肥料の過剰使用からくる広範囲の付帯的損害は、より広範な環境で発生してきた。 これは直接的な健康への害はもちろん、生物多様性の損失、殺虫剤耐性と新たな害虫の出現、汚染と淡水供給減少、そして土壌の劣化と浸食を引き起こしてきた。 論評記事で Pretty は、費用を最小化し、収量を最大化し、生態系の公益的機能を回復し、環境の質向上を確実なものにするため、害虫管理を農業生態系と統合することによって、営農体系の持続可能な強化を達成できる代替的取組みを調べている。(Uc,MY,kj,kh)

Science, this issue p. eaav0294

損傷と加齢を伴う筋線維芽細胞の多様性 (Myofibroblast diversity with injury and aging)

線維芽細胞は、細胞外基質(ECM)分子を沈着させて、組織の強度と機能を調節する。 しかしあまりにも多くのECMが沈着すると、線維症と瘢痕が生じる。 Shook たちはマウス皮膚の創傷治癒、線維症、および加齢の間の細胞を観察した(Willenborg と Eming による展望記事参照)。 彼らは、脂肪細胞前駆体(AP)として同定された細胞を含む異なった筋線維芽細胞の亜集団を同定した。 数種の細胞切除マウス・モデルを使った実験では、CD301b発現マクロファージは選択的にAPの増殖を活性化したが、他の筋線維芽細胞に対してはそうではなかった。 筋線維芽細胞集団の組成と遺伝子発現は、加齢の間に変化した。 このようにマクロファージと線維芽細胞との相互作用は、組織修復と加齢の間重要であり、このことは慢性創傷と線維性疾患のより良い治療に影響する現象かもしれない。(Sh,MY,kj,nk)

Science, this issue p. eaar2971; see also p. 891

母体要因が軸を定める (Maternal factor sets axis)

脊椎動物の体の形は、受精卵の丸い形から体制確立時の円筒形へと変化する。 しかし、母体要因がこの体軸形成を制御するのかどうかは知られていない。 Yan たちは、そのような母体要因を特定し、Huluwaと名付けた。 Huluwaは、母体から来た膜貫通タンパク質であるが、それのゼブラフィッシュやカエルの卵での喪失は、体軸を欠いて頭部と背前部の組織を欠損する胚という結果をもたらした。 Huluwaは、恐らく Wntのリガンド-受容体シグナル伝達と無関係に、アキシンの分解を促進してβカテニンを分解から守り、その結果、胚形成時の体軸発生を誘導する。(MY,kh)

【訳注】
  • Wnt:分泌性タンパク質で、このシグナルが受容体を通して細胞内のアキシンへと伝達され、β-カテニンのリン酸化と分解を抑制し、その結果、β-カテニン複合体の形成と、それに続く標的遺伝子の発現がおこり、発生時の体軸や体節の形成、細胞の増殖や分化が制御される。
Science, this issue p. eaat1045

みだれたトポロジーを持つワイヤー (A messy topological wire)

系に不規則さを追加すると、より秩序の高い相からより秩序の低い相への転移をもたらすことができる。 Meier たちは、直観に反する逆方向の転移を実証した。 すなわち系のパラメーターの制御された揺らぎが、系を非自明なトポロジーを持つ状態に変えた。 その開始点は極低温ルビジウム原子の一次元格子で、そのバンド構造は運動量空間内でトポロジー的に自明な状態であった。 次に研究者たちは、格子サイト間のトンネル現象に揺らぎを導入し、揺らぎの振幅を高めながら原子の「ワイヤー」を観測した。 ワイヤーは、はじめトポロジー的に自明でない状態となり、その後、さらに強い揺らぎを加えると、自明な状態に戻った。(NK,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 非自明なトポロジー:トポロジーとは連続的に変形して移り変われるもの同士を同一視することで立体の持つ普遍的性質を分類する数学であり、それらを区別するための整数が定義されている。 その整数が 0ではないものを、非自明なトポロジーを持つ、と呼び、数学的に興味深い性質を持っている。
Science, this issue p. 929

対象物の自己中心的表現 (Egocentric representation of objects)

外側嗅内皮質(LEC)および内側嗅内皮質(MEC)は、海馬への2つの主要な皮質投射体である。MECにおける様々な機能細胞型の発見は、嗅内-海馬回路の機能的解剖学の理解を大きく前進させた。 しかしながら、LECの機能とLEC細胞の行動との相関は、いまだ十分には理解されていない。 Wang たちは、LECとMECのニューロンの発火特性を解析した。彼らは、LECが、MECとは異なる基準枠を用いており、対象物の位置情報を自己中心的にコードすることを発見した。(KU,MY,kj)

Science, this issue p. 945

すべてに共通のミオシンがすべての規模でキラリティーを定める (A single myosin sets chirality at all scales)

外見上、ほとんどの生物は左右対称に見える。 しかしながら、多くの器官は左右非対称である。 巨視的非対称性が分子レベルでのキラリティーと直接関係しているかどうかは、未解決の問題である。 Lebreton たちはショウジョウバエでの研究から、進化的に保存された分子モーターであるミオシン1Dが、in vitroでのFアクチン回転から器官レベルに、さらには生物行動に至るまで、あらゆる生物学的規模で型にはまったキラリティを誘発することを見出した。 したがって、進化的に保存されたすべてに共通のミオシンが、アクチン細胞骨格とのキラル相互作用を介して、型と方向におけるナノから巨視的までの新規な変化まで生成することができる。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. 949

GARPによるTGF-β1調節の可視化 (Visualizing TGF-β1 regulation by GARP)

調節性T細胞(Treg)は、様々な機構を介して免疫応答を抑制することができる。 そのような機構の1つは、表面結合潜伏型のサイトカイン形質転換成長因子-β1(TGF-β1)の活性化を含む。 細胞内では、新たに合成された前駆体TGF-β1ホモ二量体は、膜貫通タンパク質GARPとジスルフィド結合を形成するが、GARPはシャペロン役となりサイトカインを配向させて細胞表面で活性化させる。 Lienart たちは、GARPがTGF-β1とどのように相互作用するかを結晶構造を用いて明らかにしている。 その結晶構造において、前掲のGARP複合体に結合する単クローン抗体(MHG-8)由来のFabフラグメントを用いてその複合体が安定化された。 その際に、彼らはまた、MHG-8がどのようにして膜に会合していたTGF-β1の放出を防いでいるかを実証している。 これらの構造的および機構的な洞察は、がん免疫療法を含むTGF-β1機能の変化および機能障害性Treg活性を有する疾患の治療に情報を与える可能性がある。(KU,kj)

【訳注】
  • サイトカイン:細胞間の情報伝達を媒介するタンパク質の総称。
  • シャペロン:他のタンパク質分子が正しく折りたたまれ、機能を獲得することを助けるタンパク質の総称。
Science, this issue p. 952

行動変化から環境保全の成功へ (From behavior change to conservation success)

1970年から2014年の間に野生の脊椎動物の個体数は60%減少し、世界中の自然系は、人間活動からの増大しつつある圧力の下にある。 これらの環境保全上の課題に対処するためには、人間の行動の変化が鍵となるであろう。 展望記事で Cinner は、環境保全計画に活用できるかもしれない、さまざまな認知バイアスと社会的知覚について議論している。 例えば、利益と損失の与える効果を較べると、利益で気分が良くなるよりは同じ大きさの損失が与える苦痛の方が大きい傾向がある。 環境保全運動は、それらを続行しないことによる潜在的な損失を強調することによって、この損失回避の認知バイアスを考慮に入れることが可能である。 しかしながら、これや他の行動経済学を環境保全に統合することは単純ではない。 行動変化への介入は、強制的だと見えないように、そして介入が適用される状況に対して慎重に仕立てられていることが極めて重要である。(Sk,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 認知バイアス:人が物事を判断する場合に、個人の常識や周囲の環境などの要因によって、非合理的な判断を行ってしまうこと。
  • 社会的知覚:個人の欲求や価値観、態度、過去の経験などが知覚に影響すること。
Science, this issue p. 889

幹細胞性を再考する (Rethinking stemness)

幹細胞は、複数の細胞系譜を生み出し、また自己再生する自身の能力により定義される。 新技術が、血球新生における系譜関係の研究を可能にしてきた。 血球新生は血液の細胞性組成を維持する過程である。 Yamamoto たちは展望記事で、血球新生において、幹細胞とは何かについての我々の定義ならびに系譜の階層についての我々の理解、における最近の変化を議論している。 彼らはまた、この変化が、幹細胞移植を受ける患者にどのように影響を及ぼしうるのかを議論している。 そのような概念の変化は、脳における神経新生のような、幹細胞の系譜が同様に問われつつある他の系に適用されるかもしれない。(MY)

Science, this issue p. 895

質量の空白を埋める (Bridging the mass gap)

ウイルスおよび多くの大きな生体分子複合体は、従来の質量分析の方法で測定するのが難しい質量領域にある。 ナノ機械共振器は衝突分子の質量を決定できるが、分離方法でしばしばあまりにも試料が失われ過ぎるため効率的でない。 Dominguez-Medina たちは、質量が大きくなるにつれて噴霧分子の分離と集束が向上する空気力学的レンズを用いた。 DNA入りと空のウイルス・カプシドの2つの質量が、配列した20のナノ共振器を用いて決定された。(MY,kj)

【訳注】
  • ナノ機械共振器:極小の振動板からなる調和振動子。 重い粒子が付着すると固有振動数が変わることで質量測定ができる。
  • 空気力学的レンズ:ガスと粒子の空気力学的特性の違いを利用することにより、空気力学的粒子ビームを細く絞り込む素子。
  • カプシド:ウイルスゲノムを取り囲むタンパク質の殻。
Science, this issue p. 918