AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 10 2018, Vol.361

細胞死の進行波を可視化する (Visualizing a traveling wave of cell death)

長距離にわたる情報交換にとって拡散が遅すぎる場合、細胞は化学活性の波を用いることがある。ChengとFerrellは蛍光プローブと顕微鏡を用いて、巨大細胞であるカエルの卵においては、アポトーシス信号の波が卵の細胞質を通過しているのが見られることを示している。細胞死を引き起こすこの経路は、波を自己再生する正のフィードバック・ループを持つ。この波の速度(約30μm/min)は速すぎて拡散では説明されない。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 607

アメリカ大陸に人が住む:どの経路で? (Peopling the Americas: Which way?)

20世紀のかなりの期間、考古学者は、アメリカ大陸への最初の経路が、2つの巨大な氷床の間を蛇行して北米高原に至るアラスカ内陸部からの経路である、「無氷回廊」経由であると確信していた。過去20年にわたって、この統一見解には異議が唱えられ、多くの人々にとっては、「ケルプ・ハイウェー」仮説、すなわち北アメリカ西部の海岸線沿いの移動、を支持するデータによって覆されてしまった。遺伝学的、考古学的、および古生物学的データを包括的に再調査し、Potterらは、両ルートともアメリカ大陸への実現可能な経路として検討すべきであると論じている。(Sk,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat5473 (2018).

フィードバックがオピオイド処方を減らす (Feedback reduces opioid prescriptions)

オピオイドを常用している人のほとんどは、それらが合法的に処方されたのでオピオイドを摂取し始めた。医師の処方行動を変えることにはほとんど注意が払われていない。無作為化対照試験方式を用いて、Doctorたちは、処方から12ヶ月以内にオピオイドの過剰摂取により患者を死なせた医師医師にそれを通知するその効果を追跡調査した。医師たちは彼らの郡の監察医から安全に処方すべき指令を受け取った。この介入は、高濃度処方の減少、オピオイド未経験患者が処方を受ける可能性の減少、およびオピオイドの累積総摂取量の減少をもたらした。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • オピオイド:芥子から採取されるアルカロイド化合物。及びそれからの合成化合物
Science, this issue p. 588

河川の役割を拡大 (Expanding the role of rivers)

河川と流路の表層は大気と生物圏との多数の化学的交換の境界である。例えば、河川からの二酸化炭素のガス放出は化石燃料の燃焼とセメント生産を合わせたものの1/5に等しいと見積もられている。AllenとPavelskyは衛星画像を用いて、河川と流路の表面積を計算した(PalmerとRuhiの展望記事参照)。彼らが作った素晴らしい地図から、地球上の河川と流路の全表面積は以前の約1/3の増加に改訂された。(Uc,nk,kh)

Science, this issue p. 585; see also p. 546

コンピュータは相互作用の効果を解きほぐす (Computers tease out interaction effects)

グラフェンは、しばしば電子-電子相互作用が無視できる物質と考えられているが、そのいくつかの特性はそのような単純な描像では説明できない。Tangたちは、グラフェンのような 2次元(2D)のディラック電子を持つ系において、長距離相互作用と接触相互作用の両方を考慮する包括的な量子モンテカルロ数値計算を行った。この計算により、トポロジカル絶縁体と様々な基板上のグラフェンのようなさまざまな2Dディラック物質系が、結果として生じる相図の別々の部分に存在する。(Wt,KU,kj,kh)

【訳注】
  • ディラック電子:量子力学に相対論を入れたディラック方程式で取り扱う必要のある状態の電子。グラフェンでは二つのエネルギーバンドが交差する近傍で電子の速度が光速に近くなる。
Science, this issue p. 570

小児と成人の腎臓腫瘍は異なる (Pediatric and adult kidney tumors differ)

腫瘍の起源および臓器特異的ガンの類似点と相違点を理解することは、治療選択肢を決定する上で重要である。Youngたちは、ヒトの健康な腎臓とガンになった腎臓から、72,000を超える単一細胞のトランスクリプトームを作った。彼らはこれらのデータから、小児腎臓ガンであるWilms腫瘍が異常な胎児細胞に起因し、一方、成人腎臓ガンは近位尿細管細胞の特定亜型に由来しているらしいことを決定した。(MY,kh)

【訳注】
  • トランスクリプトーム:特定の状況で細胞中に存在する全ての転写産物(全RNA)のこと。これを定量的あるいは定性的に把握することで、対象に対する遺伝子発現の包括的に見ることができる。
  • 近位尿細管:腎臓の基本的な機能単位を構成する組織で、ボーマン嚢(血液ろ過で原尿を分離する組織の糸球体を包む嚢で、分離された原尿を尿細管に輸送する)から出た直後の細尿管部分のこと。
Science, this issue p. 594

現代世界への適応は困難 (Adaptive conflicts with the modern world)

哺乳類は陸上環境で進化した。海洋環境に今日生きている哺乳類は、この海洋環境が賦課する特定の選択圧に適応しなければならなかった。Meyer たちは、幾つかの海洋哺乳動物種のゲノムを調査し、収斂変化の領域を特定した。パラオキソナーゼ1遺伝子の複数回の損失が海洋哺乳類に明白であり、おそらく脂質代謝ネットワークまたは抗酸化ネットワークの再構築の結果として生じている。分類群にわたるこの機能喪失が複数回起こったことは、進化上の利点を示している。しかしながら、パラオキソナーゼ1は、有機リン毒性に対する哺乳類の主要な防御である。この農業用製品の海洋環境への流出が続くなら、海洋哺乳類は人新世(Anthropocene)時代で非常に不利な立場になるかもしれない。(KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 591

相分離でうまくやる (Going through a phase)

シナプスでの神経細胞の情報交換は、神経伝達物質の調整性分泌に依っている。神経伝達物質は、神経終末内でクラスターに組織化される小胞中に貯蔵される。刺激を受けると、この小胞はシナプス前原形質膜と融合するが、小胞充填が密にも拘わらず、代わりとなるシナプス小胞は素早く補充される。膜の再利用により新たに再形成された小胞は、無作為に小胞クラスターに混じり合う。Milovanovicたちは、シナプス小胞に会合した多量のタンパク質、シナプシンが水中における油のように液-液相分離により、これらの小胞クラスターを組織化することを示している。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 調節性分泌:外界の刺激により神経細胞から神経伝達物質が放出されること。
Science, this issue p. 604

縮小する光計測 (Shrinking optical metrology)

レーザ周波数コム(広範囲の波長にわたる等間隔のレーザ発振スペクトルから成る光源)を生成する能力は、計測学および精密分光法に革命をもたらした。この10年間で、光微小共振器回路中で周波数コムが生成されるようになり、精密計測の応用を、国の研究機関の領域から日常装置の領域に移転する見通しが得られた。Kippenbergたちは、微小共振器で生成される周波数コムの開発を概説し、いかに、その生成の理解と制御が精密技術の新しい基盤を提供しつつあるかを詳しく述べている。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. eaan8083

ヘッジホッグ・シグナル伝達の第一歩 (The first step in Hedgehog signaling)

ヘッジホッグ(Hh)シグナル伝達経路は胚形成に重要である; 過活性化はがんに関連する。この経路の中心は膜受容体Patched 1(Ptch1)であり、これはSmoothenedと呼ばれるGタンパク質共役型受容体を間接的に抑止する。この抑止は、Ptch1が分泌されたタンパク質Hhに結合すると解放される。Gongたちは、ヒトPtch1単独とそのHhリガンドとの複合体における低温電子顕微鏡構造をそれぞれ3.9Aと3.6Aの分解能で報告している。両方の構造は2つのステロイド形状の密度を含み、突然変異分析は、Ptch1とHhとの相互作用がステロイド依存性であることを示している。(KU,kj)

Science, this issue p. eaas8935

複雑な反応物のための高速スクリーン (A rapid screen for complex reactants)

反応発見に携わっている化学者たちは、少数の比較的単純な反応物を含む結果を報告しがちである。医薬品の研究でしばしば起こるように、反応物がより構造的に複雑になると、報告された条件を微調整することは大きな課題である。Linたちは、広範囲の複雑な基質にわたってC-Nカップリング反応のための様々な触媒条件を迅速にスクリーニングするための実験手順を開発した。この生成物検出方法は、クロマトグラフィーの介在を必要とせずに、ナノモル濃度の反応混合物の質量分析に依存する。(KU)

Science, this issue p. eaar6236

BAsで熱を取り除く (Moving the heat aside with BAs)

電子デバイスが小型化し、計算力が増加するにつれ、熱管理がますます重要になる。ヒ化ボロン(BAs)のような高い熱伝導率の工業用材料の工学的処理は、欠陥と不純物を合成時に回避することが必須であるために難しく、結果として熱の流れを阻止するだろう。3つの別々の研究グループが約1000ワット/メートル・ケルビンの熱伝導率をもつBAsを合成した。Kang等、Li等、そしてTian等は、ダイヤモンドの熱伝導率の半分、通常の金属の2倍以上の熱伝導率を示す高純度BAsの合成に成功した (Damesによる展望記事参照)。この前進は、新たな高い熱伝導率材料の探索が正しいことを確証し、そしてより容易に半導体デバイス中に組み込まれるような新規材料を提供する。(NK,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 575, p. 579, p. 582; see also p. 549

肥満をジッパー止めにする (Zipping up obesity)

カイロミクロンは、食物脂肪を体が吸収するために腸から血流に食物脂肪を運ぶよう特化した粒子である。乳糜管は、カイロミクロン輸送の主要路として働くリンパ管だが、どのように輸送が起こるかは不明である。Zhangたちは、2つの内皮細胞受容体、ニューロピリン-1(NRP1)と血管内皮増殖因子受容体1(VEGFR1、FLT1としても知られる)の不在が乳糜管内皮細胞間の入り口間隙の開口接合から閉鎖ジッパー構造に変えることを報告している(McDonaldによる展望記事参照)。NRP1とFLT1が不活性化された場合、高脂肪食餌を与えられたマウスは、その後体重増加に抵抗性を与えられた。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • カイロミクロン:血液や乳糜に見られる食物脂肪を運ぶ細かい脂肪の粒子
  • 乳糜管:小腸の絨毛にあって食物中の脂肪を吸収するリンパ管
Science, this issue p. 599; see also p. 551