AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 17 2018, Vol.361

より少ない働き手がより効率的な場合 (When fewer workers are more efficient)

あまりにも多くの通行者が同時に進入しようとするか、各方向の通行者の流れの間に競合があると、狭い通路は、容易に動きが悪くなるか動けなくなる。Aguilarたちは、アリが巣を作る際に観察される、集団での掘削作業を研究した。不均等な作業量分布のため、最適な掘削効率は、アリ集団の一部が活動していない場合に達成される。数値シミュレーションとロボット・アリの動きは、この集団の行動によく似ている。(Sk,kh)

Science, this issue p. 672

害虫が宿主植物の養分採取をひっくり返す (Pest subverts host plant's foraging)

植物は微量栄養素として鉄を必要とし、キレート物質を分泌することによって、根圏からそれを手に入れている。毎年何百万ドルもの価値の収穫量損失を引き起こしている、ウエスタン・コーン・ルートワームのような害虫も、鉄を必要とする。Huらは、ルートワームが、宿主を検出し、自分自身が鉄を手に入れるために、この植物特有の鉄入手方法を利用していることを示している(Kliebensteinによる展望記事参照)。植物は、多くの昆虫に対しての防御だけでなく、鉄キレート剤としても、ベンゾオキサジノイド化合物を作り出している。ルートワームの幼虫は、ベンゾオキサジノイドによって害されない。それどころか、食べ物が近くにあるという信号としての存在、および鉄キレート剤としての特性を、うまく利用している。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 根圏:植物の根の分泌物と土壌微生物とによって影響されている土壌空間
  • コーン・ルートワーム: 鞘翅目ハムシ科 Diabrotica 属の昆虫の幼虫. 農作物の大害虫である.
Science, this issue p. 694; see also p. 642

減少する海洋冷却器 (A shrinking marine refrigerator)

下層にある亜熱帯海洋雲は散乱によって太陽光を宇宙に戻し、それによって気候系を冷却する。このタイプの雲の被覆率の変化を理解するためのほとんどの研究は、海面温度の影響やエアロゾルに焦点を当てたものである。Yuterたちは、大気重力波による動的な効果が、広領域にわたるこれらの雲の急速な除去の原因であることを示している。この現象は、また、海洋生態学と生物地球化学にも示唆を与えるものである。(Wt,ok,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 697

2次元のねじれを制御する (Controlling two-dimensional twist)

グラフェンのような2次元材料から構築されるヘテロ構造において、層間で生じる電子トンネル効果は結晶格子間の回転角度で大きく変化する。通常、層間のねじれ角度は構築によって固定化される。Ribeiro-Palauらは、グラフェンをボロン・ナイトライド層で挟み込み、最上層のボロン・ナイトラド片を原子間力顕微鏡探針で押して層間ねじれ角を0.2度ずづ変させることができるようにした。筆者らは、電荷中和点のような物性がねじれ角に応じた変化を観察したが、それは静的回転の構造体では観察できないものであろう。(NK,KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 690

液滴がcGASを踏み固める (Liquid droplets step on the cGAS)

均質な分子溶液の自発的な仕切り分け、即ち液相分離は、P顆粒から核小体に至る細胞体形成の基礎をなす。本質的に、高密度相の液滴は、細胞区画に似た作用をする。DuとChenは、細胞質のDNAセンサーである環状GMP-AMP合成酵素(cGAS)にDNAが結合すると、活性化されたcGASを含む液滴構造が生じることを示している(Ablasserによる展望記事参照)。この現象は、長さ依存的にcGAS上のDNA結合領域とDNAとの間の、亜鉛によって増強される多価の相互作用によって起こる。結合により、酵素と反応物を濃縮するスイッチ様反応が誘発され、STING依存的インターフェロン応答を増強する。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • STING:小胞体に局在する膜タンパク質で,さまざまなRNAウイルスおよびDNAウイルスの感染に対する生体防御機構において重要な役割をはたす.
Science, this issue p. 704; see also p. 646

それほど純粋ではない尾っぽのお話 (A tale of not-so-pure tails)

mRNAのポリ(A)尾部は、長さを除いて情報量のほとんど無い純粋なアデノシン・ヌクレオチドの伸長であると考えられていた。Limたちは、ポリ(A)尾部を非Aヌクレオチドで修飾することができる酵素を同定した。非標準ポリ(A)ポリメラーゼである、TENT4AとTENT4Bは、グアノシンを優先して間欠的な非A残基(G、UまたはC)を取り込み、結果として異成分からなるポリ(A)尾部を生じる。脱アデニル化酵素は、mRNAの分解を開始するためにポリ(A)尾部を切りつめるが、しかし非A残基で停止する。要するに、それほど純粋ではない尾部が脱アデニル化を遅くすることによってmRNAを安定化する。(KU,ok,kh)

【訳注】
  • "A" はアデノシン (adenosine) の略語として用いられている.
Science, this issue p. 701

森林は食事の多様性を改善する (Forests improve dietary diversity)

微量栄養素の欠乏は世界中で約20億人、とりわけ発展途上国の子供たちに影響を与えている。Rasolofosonたちは、27の発展途上国における43,000を越える家庭での子供たちの食事に関するデータ分析を行い、地域森林の利用と森林がもたらす食物が食事の多様性を直接的に改善し、栄養に配慮した農業計画に匹敵するほど栄養欠乏を緩和することを示している。栄養と森林との間のこの結びつきの大きさは、低開発レベルの社会においで最も大きく、発展途上の社会における栄養欠乏は地域森林の喪失もしくは管理の失敗により促進する可能性があることを示唆している。(Uc,KU,kj,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat2853 (2018).

重水素を金属にするレーザー衝撃 (Laser-shocking deuterium into metal)

水素が解離して、原子状金属となる条件は、巨大惑星の内部や核爆発のような、高エネルギー密度の環境で発生する。Celliersたちは、重水素の試料に National Ignition Facility の 168本のレーザーを当てて、水素の乖離転移の圧力および温度条件を測定した。慎重な光学測定により、相図上に4つの新しい点が追加された。これは、静的状態での実験結果および理論計算値の双方に一致する。(Wt,nk,kh)

【訳注】
  • National Ignition Facility: アメリカ合衆国カリフォルニア州リバモアのローレンス・リバモア国立研究所にある、レーザー核融合実験施設。
Science, this issue p. 677

目に映すだけが画像形成ではない (More to imaging than meets the eye)

昔ながらの画像形成技術では、レンズを覗き込み、できるだけ多くの、標的とする光景からの光を収集する必要がある。そのような要求は、見えるものに制限を加えている筈である。Altmannらは、直接の視界から隠された光景(例えば、角を曲がったところや障害物の背後)の完全な3次元画像形成を含む、コンピュータ画像形成の分野における最新の開発のいくつかを概説している。高解像度の画像形成は、現在はそのためのカメラが存在しない波長での、単一画素検出器により達成されるかもしれない。このような進歩は、霧を通して見たり、人体内部を見たりすることが可能なカメラの開発につながるであろう。(Sk,kj)

Science, this issue p. eaat2298

注釈付き小麦ゲノムからの洞察 (Insights from the annotated wheat genome)

小麦は世界の多くの国々の主要な食糧源の一つである。しかしながら、パン小麦のゲノムは3つの別々のサブゲノムからの大きな雑種混合体であるため、高品質の参照配列を作製することが困難であった。配列決定における近年の進歩を利用して、国際的小麦ゲノム配列決定研究組合は、サブゲノム間の遺伝子含量の詳細な分析とすべての染色体の構造的組織化を伴う注釈付き参照ゲノムを報告している。定量的形質マッピングとCRISPRに基づくゲノム改変の例は、このゲノムを農業研究および育種に用いることの可能性を示している。Ramirez-Gonzalezたちはこの努力の成果を利用して、発生およびストレスへの暴露の際の組織特異的に偏よりのある遺伝子発現ネットワークと同時発現ネットワークを同定した。この資源は、小麦の遺伝的基礎の理解を促進するだろう。(KU,kh)

Science, this issue p. eaar7191; see also p. eaar6089

Wntリガンドが特異性を達成する方法 (How Wnt ligands achieve specificity)

Wntシグナル伝達は、発生、組織恒常性、および疾患にとって不可欠である。Wntファミリーの19個のメンバーは10個のFrizzled受容体と無差別に相互作用するが、このことは、生物学的文脈においてリガンド特異的識別がどのように達成されるかの問題を提起する。Eubelenたちはゼブラフィッシュの実験を用いて、細胞が解読モジュールを備えており、それが高い特異性でWntに結合し、高次のFrizzledシグナルソーム中へのその補充によりシグナル増幅を誘発することを示した(Kim and Goentoroによる展望記事参照)。したがって、異なるWntリガンド-受容体の対は、治療目的のために特異的に標的にすることが出来る。(KU,ok)

Science, this issue p. eaat1178; see also p. 643

噴霧がそれをより平滑にする (Spraying makes it smoother)

水脱塩のための商業的な逆浸透工程は、油水界面でのポリアミドの重合により作られた膜を用いる。Chowdhuryたちは、静電噴霧技術により、より薄く、より平滑な膜を作製できることを示している。高電圧を利用して、ポリアミドの2つの前駆体が基体上へ微細に噴霧され、接触して重合する。得られた膜の組成は、膜の2つの成分の比率に基づいて調整可能である。最適条件ではこの膜が現状の商業的な逆浸透膜よりも、水脱塩能力において優れているように見える。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 静電噴霧:噴霧用ノズルと基体との間に高電圧を印加することで、噴霧される液体が帯電し、液体の表面力が不安定化することで微細液滴化し、この液滴が静電気力で基体に飛翔することで塗工が行われる技術。
Science, this issue p. 682

銀クラスターの輝きの正体を暴く (Unmasking the glow of silver clusters)

有機材料あるいは無機表面で安定化された銀の小クラスターは、明るい光ルミネセンスを示すことがあるが、この効果の起源は、確証が困難であったが, それはある部分この材料が不均一で、大きいが光を放たない多くのクラスターを含むためである。Grandjeanたちは、X線励起の光ルミネセンスを用いて発光構造だけをモニターすることで、ゼオライト中の銀クラスターを研究した(QuintanillaとLiz-Marzanによる展望記事参照)。彼らは理論計算の助けの下に、明るい緑色発光を生じる、水分子と結合した銀の4原子クラスターの電子状態を特定した。すなわち、照明、画像形成、薬物治療での応用への候補材料を特定した。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 686; see also p. 645

軽質炭化水素をラジカルに転換する (Radically transforming light hydrocarbons)

天然ガス中のメタン、エタン、プロパンは、室温条件下ではたいてい不活性である。これらは主に熱を発生させるために燃やされる。Huたちは、アルコールと組み合わされた単純なセリウム塩が室温で、これらの炭化水素および他の単純炭化水素を反応性ラジカルへと、触媒的に転換できることを示している(Kanaiによる展望記事参照)。この反応は光に依拠し、セリウム・アルコキシド結合を光分解的に開裂して、アルコキシ・ラジカルを生成し、それが炭化水素から水素原子を剥ぎ取り、またそれでアルコールに再生される。水素原子の剥ぎ取りで生じたアルキル・ラジカルは、アゾ化合物、オレフィン、芳香族化合物に容易に付加する。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • アルコキシ, アルコキシド: アルコキシ基はアルキル基が酸素原子に結合した構造 (RO-) である. アルコキシドはアルコキシ基に金属が結合した化合物.
Science, this issue p. 668; see also p. 647

4種類のカルボニル・サンドイッチ (Four varieties of carbonyl sandwich)

有機化学には、隣接炭素が2つのカルボニル(C=O)中心の間に挟まれた化合物がよく登場する。2つのカルボニルに挟まれた2つの炭素の各々が置換基を有する場合、4つの可能な相互配置があり、それらは全て、生化学的な性質が他と異なる可能性を持つ。Kaldreたちは、各々の立体異性体を1段階で個別に得る方法を提供している。立体異性の結果は、転移のガイド役になる前駆体中のスルホキシド基の立体配置で決まり、このスルホキシド基の立体配置は直接的に設定できる。この方法の持つ汎用性は、薬剤研究で1,4-ジカルボニル構造を選択的に得ることを助長するはずである。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 664

ハエにおける脆弱X染色体と脆弱な翻訳 (Fragile X and fragile translation in flies)

脆弱X精神遅滞1(FMR1)遺伝子の突然変異は、脆弱X症候群と脆弱X関連原発性卵巣不全をもたらし、それぞれ顕著な知的障害と生殖障害である。 FMR1は、シナプスでのタンパク質合成(翻訳)を減らすと考えられている。GreenblattとSpradlingは、ショウジョウバエの卵母細胞で、Fmr1の欠損で卵母細胞が神経欠陥を示す胚を発生するようになることを見出した(AryalとKlannによる展望記事参照)。卵母細胞のリボソーム・プロファイリングから、自閉症に関連する多くを含む大きなタンパク質の翻訳を増強する際のFMR1の特異的役割が明らかにされた。 FMR1は、そうでなければ不活性なリボ核タンパク質粒子に凝縮するような大きなmRNAの翻訳を維持することを助けているらしい。 この機構は、自閉症と精神機能障害の別の原因の根底にある可能性がある。(Sh,KU,kj)

【訳注】
  • 脆弱X症候群:精神発達障害や巨大睾丸・早期卵巣機能不全などを伴う、X染色体の異常に起因する疾患
  • リボソーム・プロファイリング:RNA上のリボソーム結合状態を解析する方法で、配列を網羅的かつ定量的に決定することでmRNAの翻訳レベルを遺伝子全体にわたって知ることができる
Science, this issue p. 709; see also p. 648