AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 20 2018, Vol.361

表面上にあるエキゾチック・トポロジー (Exotic topology on the surface)

三次元結晶構造の空間対称性を分析することで、エキゾチック型準粒子とトポロジー的に非自明な材料の発見がもたらされてきた。 Wieder たちは三次元材料表面の二次元対称群(いわゆる文様群)に焦点を当て、それらの中に追加のトポロジー・クラスを可能にするものがあることを見出している。 このクラスは、材料の表面上に、4重縮退したディラック型フェルミ粒子を受け入れ、著者たちの計算に基づくと、化合物Sr2Pb3 に生じると予想される。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • エキゾチック型準粒子:ここでは、エネルギー構造が砂時計の形をしたフェルミ粒子のことを言っている。
  • トポロジー的に非自明な材料:ここでは結晶が、鏡映に格子周期の分数倍の並進が加わった操作により分類されるノンシンモルフィック対称性を持ち、かつ、その対称性によりディラック型フェルミ粒子が安定化されるトポロジカル結晶絶縁体と呼ばれるもののことを言っている。
  • 文様群:二次元繰り返しパターンに対する対称性に基づく数学的な分類のこと。 17種に大別される。
  • ディラック型フェルミ粒子:電子のようにスピン特性を示すが光子のように質量を持たない特殊な粒子でトポロジカル絶縁体の表面に現れる。 運動方向によりスピンの向きが決まり、結晶構造中の欠陥によって散乱されることなく高速に移動するため、量子コンピューターの担い手として研究が進められている。
  • 4重縮退:4つの異なったエネルギー固有状態が同じエネルギー準位をとること。
Science, this issue p. 246

運動と平衡の間の均衡 (A balance between motion and cooperation)

能動物質系では、エネルギーと運動の注入が秩序化過程を駆動する。 Hube たちは、表面に付加されたミオシン運動タンパク質によって表面に沿って駆動されるアクチン線維からなる能動物質系について、実験と数値シミュレーションの組み合わせを報告している。 消耗剤(アクチン線維間の相互作用を弱くするポリマー鎖)を加えることにより、強磁性(極性)秩序化とネマチック(液晶)秩序化の間で系が往復した。(KU,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ミオシン:アクチン上を運動するタンパク質。
  • アクチン:筋肉繊維を構成する主要なタンパク質成分
Science, this issue p. 255

RBC調整因子を探すCRISPR選別 (A CRISPR screen for RBC regulators)

赤血球(RBC)中のヘモグロビンは、組織に酸素を運ぶ。 鎌状赤血球症は、異常ヘモグロビンが関与する遺伝性疾患である。 現在の治療法は、胎児型ヘモグロビンの発現量調節を必要とする。 Grevet たちは、RBC中の胎児型ヘモグロビンの調節因子に対し、CRISPR-Cas9手法に基づく選別を行い、ヘム調節 eIF2αキナーゼ(HRI)を同定した。 RBC中でこのキナーゼを枯渇させると、胎児型ヘモグロビン濃度の上昇につながり、培養ヒトRBCの鎌状化が減少した。このため、HRI は、鎌状赤血球疾患および他のヘモグロビン障害の治療標的であり得る。(NA,MY,kh)

【訳注】
  • 胎児型ヘモグロビン:胎児環境での酸素取得に適したヘモグロビンでα鎖2本とγ鎖2本からなる。 α鎖2本とβ鎖2本からなる成人のものとは異なる。 胎児期後期には減少し、生後3ヶ月頃には成人のものへの置換がほぼ完了する。
  • 鎌状赤血球症:ヘモグロビンβ鎖のアミノ酸異常が原因で、ヘモグロビンの酸素運搬能力が低下して生じる貧血症。 主にアフリカ、地中海沿岸、中近東、インド北部で見られる。
Science, this issue p. 285

新しい粒子の謎 (A puzzle of new particles)

大気中の微粒子は、放出物によって作られたり、あるいは新規に形成されたりする。 新しい粒子の形成は、通常、比較的清浄な空気中で生じる。 これは、大気中の既存粒子が新しい粒子の前駆体を捕捉し、それらの形成を抑制するためである。 しかし、重度に汚染された幾つかの巨大都市での観測は、大量の大気エアロゾルにもかかわらず、かなりの割合の新しい粒子の形成を明らかにした。 Yao たちは、上海での新しい粒子形成を調査し、この過程を可能にする条件に関して記述している。 この知見は、こうした種類の環境における大気汚染の低減方法に関して政策決定に情報を提供するのに役立つだろう。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 278

腎臓ガンに関する機構的洞察 (Mechanistic insights into kidney cancer)

多くの腎明細胞ガン(ccRCC)は、von Hippel-Lindauタンパク質(VHL)をコードする遺伝子に変化を有する。 VHLは、標的タンパク質がプロリル・ヒドロキシル化されるとそれを分解するユビキチン・リガーゼである。 Zhang たちは、そのようなVHLの標的タンパク質について全ゲノム的探査を行った(Sanchez と Simon による展望記事参照)。 彼らは、DNA結合を示す構造モチーフを持つタンパク質、ZHX2を同定した。 ZHX2は腫瘍抑制に関与していた。 ZHX2の欠損は、転写因子NF-κBを介したシグナル伝達を阻害し、ZHX2は多くのNF-κB標的遺伝子に結合した。 ZHX2の枯渇は、in vitro およびマウス・モデルにおいて ccRCC細胞の増殖を遅くした。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 290; see also p. 226

深部のサンゴ礁は別物 (Deep coral reefs are different)

サンゴ礁は、人間活動起因の気候温暖化と生息地破壊からの強い圧力を受けている。 深部のサンゴ礁が、人間による開発と気候変動から受ける影響が少ない隠れ家を提供する可能性があると示唆されてきた。 しかしながら Rocha たちは、浅瀬と深部の礁は生物学的に異なることを示している。 さらに、深部(すなわちmesophotic)の礁もまた人間の及ぼす影響に苦しんでいる。 このように、深部の礁は他の礁生態系に対する潜在的な隠れ家にはならない。 それどころか、それらもまた脅かされていて、保護を必要としている。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • mesophotic:ここでは、太陽光が到達し光合成が行われる深度領域(真光層あるいは有光層と呼ばれる)中の深部側に属する領域(30~150mの深さ)のことを指している。
Science, this issue p. 281

底部での滑り (Sliding at the base)

力学的な氷床損失に起因する海面上昇の予測は、氷床が下部の地表上を滑る速さを、何が制御しているのかについての、十分な理解に依存している。 標準的な取り組み方は、氷河の底部と堅い基盤との間の想定される摩擦応力に基づいて、動きをモデル化することである。 しかし、今回、Stearns と van der Veen は、この方法が間違っていることを示している。 代わりに、彼らは、氷河の土台にかかる正味圧力が流れを制御することを示唆している。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 273

最古の赤ちゃんヘビの化石が発見される (Oldest baby snake fossil discovered)

ミャンマーで採取された後期白亜紀のコハク(琥珀)に保存された2体のヘビ試料は、知られているものの中では最古の赤ちゃんヘビ化石を表しているかもしれない。 Xing たちは、このコハク試料を研究したが、この試料は昆虫遺物と植物性材料の断片もまた含んでいる。 このことは、予期しなかったことだが、これらの中生代のヘビが森林性環境で生きていたことを示唆する。 このため、この時代のヘビは以前考えられていたより生態学的に多種多様だった。(MY)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat5042 (2018).

食用肉の将来 (The future of meat)

食用肉の消費は、人口上昇と豊かさが増すにつれて、年々拡大しつつある。 Godfray たちは、土地・水の利用と環境変化に対して大きな負の影響をもたらすこの潮流について概説している。 食用肉は、低所得家族にとって濃厚栄養源であるが、直腸結腸ガンおよび循環器疾患のような慢性病にかかる危険性も高める。 食用肉の消費習慣を変えることは難題で、肉を食することに関係した複雑な社会的要因の同定および効果的な介入政策の立案を必要とする。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. eaam5324

正に季節的 ('Tis the seasonal)

人為的な気候変動は、多くの測定法によって、明確に観測できるようになった。 これらは、地球規模の年間気温の上昇、海洋の熱含量の増大、および極地氷床と氷河の融解による海面上昇を含む。 今回、Santer たちは、対流圏温度の周期的な季節変化における人為的な特徴も、測定可能であることを報告している(Randel による展望記事参照)。 彼らは、衛星データと、気候モデルにより予測される人為的な「指紋」を用いて、その影響の広がりを示し、これらの変化がどのように引き起こされたかを議論している。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaas8806; see also p. 227

南米の生物多様性のシミュレーション (Simulating South American biodiversity)

種の出現・分布・絶滅は、空間的・時間的・物理的・生物的な要素の相互作用によって動かされている。 Rangel たちは、南米における過去80万年の進化をシミュレーションした。 そのために、これらの要素を空間明示動的モデルに組み込んで、地理的な多様性生成を探求した。 彼らのシミュレーションは、緯度経度それぞれ5度目盛りの古気候モデルに基づいていて、種の分化・存続・絶滅(すなわち、ゆりかご・博物館・墓場)の推移地図をもたらした。 このシミュレーションは、対象パターンおよびそれらのパラメータ化を行う経験的データを有しないにも関わらず、南米大陸を通じての鳥・哺乳類・植物の現代の分布パターンに驚くべきほどに一致する結果となった。(Uc,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaar5452

荷電状態により発光を変化させる (Changing emission with charge states)

エレクトロクロミック分子の蛍光は、その荷電状態により変化する。 Doppagne たちは、走査トンネル顕微鏡探針からの電子注入により励起させた、個々の亜鉛フタロシアニン分子からの発光を研究した。 この分子は、ラジカルカチオン分子と中性分子の両者が観察できるように、金表面に成長させた塩の層に吸着された。ラジカルカチオンでは、主発光は低エネルギー側にシフトし、さらに、振動性のサイドバンドが観察された。(Sk,MY,nk)

Science, this issue p. 251

原子をつなぐ共振器 (An atom-coupling cavity)

原子集団が多体力学のシミュレータとして出現している。 直接であれ中間手段を介在してであれ、制御可能な原子間相互作用を作ることは極めて重要である。 Norcia たちは、既存原子シミュレーターに対する融通性を持つ代替物を、光学共振器内に配置されたストロンチウム原子集団からなる系中で開発した。 1つの時計遷移で結び付けられた2つの原子状態は、共振器内の光子の介在による長距離のスピン交換相互作用に対して、それぞれ実効的なスピンとして働いた。 改善すれば、この構成は非平衡量子力学をシミュレートするのに使われることが期待され、また、計測学分野で応用があることが期待される。(NK,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 時計遷移:原子の線幅の狭い禁制遷移のことを言い、原子時計に応用される。
Science, this issue p. 259

振動する一次元の鎖 (Oscillating one-dimensional chains)

ナノ寸法規模への物質の閉じ込めは、しばしば、バルク物質には見られない特性を示す。 Pham たちは、カーボン・ナノチューブ(導体)または窒化ホウ素ナノチューブ(絶縁体)内に、NbSe3 を閉じ込めた。 透過型電子顕微鏡法で、バルク結晶中では観察されない、閉じ込められたNbSe3 鎖の振動運動が明らかされた。 電子構造計算によって、電荷移動がねじり波を駆動することが示された。 また、鎖とナノチューブの鞘との間の共有結合が非常に弱いため、鎖は鞘に妨げられずに動ける。 ナノチューブへの外部電位の印加は、ねじれに直接影響を与えるはずで、したがって、いろいろな光学特性や電子輸送特性をもたらすはずだ。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 263

耐障害性を有する量子符号化 (Fault-tolerant quantum coding)

量子システムにおける雑音およびシステム不完全性は、システムを貫通する誤りの存在とその伝搬をもたらすという結果になる。 信頼できる量子処理装置は、これらのシステム的誤りおよびデータ誤りシンドロームを補正できることが必要であろう。 Rosenblum たちは、超伝導に基づく量子回路における、より高次の量子状態を用いて、誤り訂正可能な論理量子ビットの耐障害性を有する測定方法を示している。 そのような耐障害性を有する測定は、論理量子ビットの状態に関するより頻繁な信号応答を可能にし、最終的には、より多数の量子的操作と、より複雑な量子もつれ回路の実行に導く。(Wt,kj,kh)

【訳注】
  • 誤りシンドローム:記録されたデータから、読みだし結果の誤りの検出・訂正のために所定方式で計算される少量のデータのこと。 この少量データから、軽度の誤りを訂正できる。 それを可能にするよう、書き込むデータを冗長にしておく。
Science, this issue p. 266

南アジアのモンスーンと汚染 (South Asian monsoon and pollution)

モンスーンの強い影響を受ける南アジアで、大気汚染が最速で増加している。 乾燥した冬のモンスーンの期間中、大気汚染煙霧はインド洋に向かって分散し、広大な汚染ヘイズを生み出す。 雨期の夏季モンスーン期間中のこの煙霧の最終結果は不明確であった。 Lelieveld たちは、Oxidation Mechanism Observationsの活動の一環として、航空機による大気化学測定を実施し、地中海とインド洋の間の上部対流圏での夏季モンスーンからの流出を標本採取した。 その測定結果は、モデル計算によっても支持されているのだが、モンスーンが、汚染物質が急速に酸化されて地表に堆積すると言う非常に効率的な洗浄機構、を維持していることを示している。 しかし、いくつかの汚染物質はモンスーンの雲の上に舞い上げられ、反応性の貯留層の中で化学的に処理された後に、成層圏を含め地球全体に再分配される。(Wt,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 270

化学物質の危険性を再考する (Rethinking chemical risks)

現代生活は、医薬品や洗浄剤から殺虫剤やプラスチックに至るまで、膨大な数の様々な化学物質に依存している。 排水処理は、環境への化学物質の放出を避けるために広く使われている。 展望記事で Kümmerer たちは、そのような処理では排水中のすべての化学物質を捕捉することができないと解説している。 さらに先進国でさえも、すべての排水が処理されるわけではない。 したがって、有害化学物質が廃水路に流入するのを防ぐことが重要である。 これは、製造工程の適応化、化学的な複雑性低減、および環境中で無害な物質への分解が迅速に可能な化学物質の優先使用によって達成することができる。 関連する展望記事で Kortenkamp と Faust は、化学的混合物の毒性は一般的に個々の化学物質の毒性より高いことを解説している。 人間と環境が日常的に曝されている化学的混合物からの危険性を適切に捉えるためには、規制制度の中で、化学物質を別々に扱っている部分の統合が必要となるだろう。(Sh,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 222, p. 224