AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 13 2018, Vol.361

イネはどのようにして洪水の水を打ち負かすのか (How rice defeats the floodwaters)

浮イネ種は、冠水すると植物ホルモンであるジベレリンとエチレンにより駆動される生育反応で、より草丈が伸びる。 これは葉を水面上に保つ。 Kuroha たちは、この発現型の根底にある遺伝子群を特定した。 これらの遺伝子群はジベレリン生合成経路の構成要素と、この発現を制御するエチレン応答性転写因子をコードしている。 この一連の遺伝子作用が、冠水応答でのイネの茎節間伸長を駆動する。 現代の栽培浮イネは、バングラデシュの雨季へ適応するよう栽培化されてきているが、更に広い地理的領域の野生イネ系統で見られる遺伝的変異から出現した。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 181

相関電子系のシミュレーション (Simulating correlated electron systems)

コンピューター性能の限界から相関電子系をシミュレートすることは通常困難であると考えられてきた。 Harris たちは、多数の超電導素子アレイからなるD-Waveチップを用いて、複雑磁気系の相に対するシミュレーションを行った。 彼らは、格子内のフラストレーションの量を調整し、垂直方向の実効磁場を変えた。 その結果、常磁性相-秩序性のある反強磁性相-スピン・ガラス相間の相転移が明らかとなった。 この結果はスピン・ガラス問題に対する理論と良く対応しており、材料物理の問題のシミュレーションに対する本手法の有効性を立証している。(NK,MY,kj,kh)

【訳注】
  • D-Wave chip: カナダの量子コンピューター企業が開発したプロセッサ。
  • フラストレーション:非常に多くの状態が縮退または擬縮退している様態を言い、極低温でもエントロピーが大きい。
  • スピン・ガラス:磁性体の電子スピンが乱雑なまま固まった物質。
Science, this issue p. 162

レーダー監視下の核実験 (Nuclear testing under the radar)

北朝鮮は、2017年9月に6回目の地下核実験を実施した。 この核実験から発生した地震波で三角測量ができ、爆発規模を推定することが可能になった。 しかしながら、Wang たちは、核実験の検出と特性評価に用いられる技術の武器庫に合成開口レーダー(SAR)を加えるべきであることを示している。 SAR は変形を宇宙から追跡し、核実験由来の変形とそれに続くMantap山の崩壊を用いて、震源パラメータに対する制約改善をもたらした。 この核実験は、約0.5kmの深さで行われ、広島の核爆発の約10倍の威力を有していた。(Wt,MY,ok,kh)

【訳注】
  • Mantap山(万塔山):北朝鮮の豊渓里核実験場がある山で、この地下に作られたトンネル網中で核実験が行われた。
Science, this issue p. 166

漏れのある努力 (A leaky endeavor)

相当な量の温室効果ガスのメタンが米国の石油と天然ガスのサプライチェーンから漏出している。 Alvarez たちはこの漏出の程度を再評価し、サプライチェーンにおける排出量は、2015年において、米国環境保護庁の温室効果ガス排出・吸収量目録の見積もりを約60%上回ることを見出した。 彼らは、現在の目録の調査手法が異常稼働条件の間に発生する排出を見落としているためにこの不一致が存在することを示している。 これらのデータ、そしてデータを取得するために使用された方法は、国際的な温室効果ガス排出・吸収量目録を改良・実証し、パリ合意によって概要がまとめられた緩和のための努力についてのよりよい理解をもたらし得るかもしれない。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 186

無駄にした時間の影響 (The impact of time wasted)

ある課題に対してすでに費やした時間の量は、継続するかどうかについての人の選択に影響を与える。「埋没費用」として知られる、この注ぎ込まれた時間は、成功しそうな兆候がない場合でさえも、報酬を求め続けることをやめない公算がある。 Sweis たちは、この時間投資への感じ方が、マウス、ラットおよび人において、同様に生じることを示している(Brosnan による展望記事参照)。 三者はすべて捜し物の状況において報酬の追及をあきらめることに抵抗を示すが、それは報酬を追求すると決めてしまった後だけである。(Sk,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 178; see also p. 124

タンゴを踊るには2人が必要 (It takes two to tango)

卵と精子の融合で、双方の親の遺伝物質が1つの細胞中に組み合わさる。ヒトを含む哺乳類においては、各々の親のゲノムは最初、別々の前核に閉じ込められている。 新たな生命体が発生するには、双方のゲノムが空間的に調整されて、最初の胚分裂が1つの核内で双方のゲノムを組み合わせる2つの細胞を作り出せる必要がある。 Reichmann たちは、最初の胚分裂開始時に、2つの紡錘体微小管が母方と父方の染色体を組織化し、続いて双方の親のゲノムが平行に分離するよう整列することを見出した(Zielinska と Schuh による展望記事参照)。 紡錘体の整列がうまくいかないと、1細胞当たり1つ以上の核を持つ2細胞胚が生じた。 それ故、接合体における二重紡錘体の組立ては、不妊治療院でヒトの胚に往々にして観察される分裂の誤りを機構的に説明する可能性を提供する。(MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 189; see also p. 128

ゲノムに見る共生喪失の痕跡 (Genomic traces of symbiosis loss)

ある種類の細菌とそれらの植物宿主の共生は、固定窒素を植物に供給する。 Griesmann たちは、幾つかの植物のゲノムを配列決定して、なぜ窒素固定共生が進化系統樹に不規則に散在するのかを分析した(Nagy による展望記事参照)。 さまざまなゲノムが、窒素固定共生を支えていたであろう失われた経路の痕跡を持っていた。 複数の経路と複雑な生体間シグナル伝達に依存するこの共生は、淘汰の影響を受けやすく、進化の時間とともに失われがちのようである。(ST,nk,kh)

Science, this issue p. eaat1743; see also p. 125

フレア活動を示すブレーザーからのニュートリノ放射 (Neutrino emission from a flaring blazar)

ニュートリノは物質とは非常に弱い相互作用しか示さないが、巨大検出器は、少数の天体物理学的なニュートリノ検出に成功してきた。 これまで、広がった背景放射の検出以外に、わずかに2つの個別の発生源が同定されているのみである。 すなわち、太陽と1987年の銀河系近傍の超新星1987Aである。 複数のチームによる共同研究により、高エネルギー・ニュートリノ事象が検出された。 この到達方向は、既知のブレーザーと一致していた。 ブレーザーとは、私たちの視線方向に真っ直ぐ向いている相対論的なジェットを有するクエーサーの一種である。 そのブレーザー、TXS 0506+056 は、ガンマ線フレアを起こしていることが判っていて、それにより広範な多波長共同観測が進められていた。 この発見を受けて、IceCube 共同研究グループは、過去数年にわたって検出されたより低いエネルギーのニュートリノを調べ、そのブレーザーの位置に超過放射を見出した。 従って、ブレーザーは、天体物理学的ニュートリノのひとつの発生源である。(Wt,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • IceCube:南極点直下の深氷中に作られたニュートリノ検出設備。 スーパーカミオカンデの2万倍の体積の氷を用いてニュートリノを検出する。
Science, this issue p. 147, p. eaat1378

多層細胞構造の作製 (Engineering multilayered cellular structures)

生物学的構造の製造をプログラムすることが出来ると、新しい生体材料または合成組織と合成器官をもたらす可能性がある。 Toda たちは、合成細胞表面リガンドおよび受容体を持つ哺乳動物の「伝達」細胞と「受容」細胞を作製した。 これらの細胞は、Notchシグナル伝達による遺伝子調節回路を制御した。 細胞接着分子と他の調節分子を発現するようにその細胞をプログラミングすることにより、胚発生の際に形成されるものに似た、多層構造の自発的形成が可能になった。 この3層構造は損傷後の再生機能すら示した。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 156

ペロブスカイトが有機に向かう (Perovskites go organic)

ペロブスカイト構造は、多くのさまざまな元素の組み合わせを受け入れ、それを多種多様な応用への用途に対して魅力的なものにしている。 有機化合物だけからペロブスカイトを作ることは、これらの材料が柔軟で、耐破壊性があり、無機物の相当品よりも潜在的に合成が容易な傾向にあるため、魅力的である。 Ye たちは、これまで知られていなかった全有機ペロブスカイトの系統について述べており、その系列に属する23種のさまざまな物質を合成した(Li と Ji による展望記事参照)。 これらの化合物は、強誘電体として魅力的であり、その中の1つは、よく知られている無機強誘電体 BaTiO3 に近い特性を持つ。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 151; see also p. 132

銀のナイフが環状アミンを切断する (A silver cleaver splits cyclic amines)

炭素-炭素の一重結合は、窮屈な環の中で歪んでいないときにはかなり非反応性である。 Roque たちは今回、銀塩が、ピロリジンおよびピペリジンのような歪みのない環状アミンのC-C結合を切断できることを報告している。 水溶液中で求電子性フッ素源と組み合わさり、銀は最初に窒素に隣接するα炭素を酸化する。 次いで、β炭素の開環フッ素化が明白なラジカル機構によって進行する。 この反応は、医薬品の研究において一般的な構造にフッ素を導入する汎用的手段を提供する。(KU,kh)

Science, this issue p. 171

酸素の増加 (The rise of oxygen)

生物圏の進化を理解するためには、過去25億年の大半の間、地球の大気中にどれくらいの酸素が存在していたかを知る必要がある。 しかしながら、10億年弱前までの低い濃度のO2 を十分な感度で定量的に測れる代用指数はほとんどない。 Lu たちは、海洋上層部の溶存酸素濃度の尺度となる、海洋の炭酸塩中のヨウ素/カルシウム比を測定した。 彼らは、約4億年前に大気中のO2 の大きな、しかし一時的な増加が起こったこと、約2億年前に現代に近い値への突然の大きな変化を起こしたことを発見した。(Sk,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 174

寄生虫減少を追跡する (Tracking parasite decline)

マラリアのような顧みられない熱帯病は、往々にして寄生虫により引き起こされ、その個体群動態は追跡困難である。 寄生虫個体群を監視できれば、これらの病気の撲滅を目的とした制圧対策は、有効性を評価して個別状況に対応した応答を仕立てる上で恩恵を受けるだろう。 Cotton たちは展望記事で、制圧対策との関連で、寄生虫個体群とその進化を追跡するのにゲノミクスを用いることについて議論している。 彼らはまた、どのようにして保全ゲノミクスが我々に絶滅の動態に関する情報をもたらすことができるかについて議論している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 顧みられない熱帯病:先進国での症例が少ないため無視されがちだが、熱帯地方で蔓延している感染病のこと。
  • 個体群動態:生物個体数の時間的変化のこと。
  • 保全ゲノミクス:ゲノムレベルの情報に基づい て生物保全を行う研究分野。
Science, this issue p. 130

初期胚におけるメチル化様式 (Methylation patterns in early embryos)

胚のメチル化状態はその環境によって影響を受けることがあるが、それが以後の人生の健康に影響するかどうかは不明である。 母親の食事は、準安定性エピアレル(ME)として知られる、メチル化状態が大きく変化するゲノム領域に、影響を及ぼし得る。 Kessler たちは、北米白人の着床前胚中の687件のME候補に対してゲノム全体の検査を行った。 ガンビア人集団と中国人の胚で以前に観察されたME様式と比較して、妊娠の時期に敏感な胚性ゲノムの領域は、多くのMEと非定型メチル化様式を持っていた。 このようにMEは、遺伝的および環境的特性に敏感である。(Sh,kh)

【訳注】
  • エピアレル:遺伝子のDNA塩基配列の変異ではなく、DNA配列のメチル化様式の違いによって生じたアレル。 アレルは対立形質を規定する個々の遺伝子を指す。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat2624 (2018).

迅速に見る (Look fast)

細菌からヒトに至るまで生物は、光を感知して反応する。 光感受性分子レチナールを含有するタンパク質は、光の吸収を、信号を生成したりあるいは膜を横切ってイオンを移動させる構造変化に結びつける。 Nogly たちはX線レーザーを使用して、イオン輸送性バクテリオロドプシンの微結晶内のレチナール発色団の最も早い構造変化を調べた(Moffat による展望記事参照)。 励起状態のレチナールは小刻みに動くが、レチナールの二重結合の1つのみが異性化できるよう、所定の場所に保持されている。 プロトン輸送するシッフ塩基に隣接する水分子は、異性化へ原子の移動が始まる前でも発色団の電荷分布変化に応答する。(KU,MY,ok,kj)

Science, this issue p. eaat0094; see also p. 127