AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 6 2018, Vol.361

人類はどうやってヤギをものにしたのか (How humans got their goats)

畜産用ヤギのような動物の家畜化初期の場所と様式についてはあまりよく知られていない。 Daly たちは、家畜ヤギの経緯を調べるため、何百年前から何千年前までの古代種ヤギのミトコンドリアと核のゲノム配列を決定した。 新石器時代の間、多様な野生種群が現代のヤギの成り立ちに寄与した。 あるミトコンドリア型が時間とともに広まり、世界的に優勢となった。 しかしながら、ゲノム全体のレベルでは、現代のヤギ種群はさまざまな起源のヤギが混じり合ったもので、近東における複数遺伝子座にわたる家畜化過程の証拠を与えている。 さらに、記述された家畜化のパターンは、家畜化動物とその飼い主が、肥沃な三日月地帯から多様な経路で分散したという考えを支持する。(MY)

Science, this issue p. 85

シクロブタンをエチレンから直接調達する (Cyclobutanes sourced right from ethylene)

エチレンは、化石燃料から製造される最大量の汎用化学製品の1つである。 エチレンは主にプラスチックを作るために使用される。 だが、その入手容易性から、医薬品合成にその用途拡大を刺激している。 Pagar と RajanBabu は今回、コバルト触媒がエチレンとエニン(炭素-炭素の二重結合と三重結合を持つほかの比較的安価な原料)を結合させて、複雑なキラル分子を作ることができるということを報告している。 最初に、エチレンはエニンの三重結合と反応して、単離可能なシクロブテン化合物を形成する。 反応時間がさらに長いと、同じ触媒が、第二のエチレンをエナンチオ選択的に当量付加することで、第4級キラル炭素中心を有するシクロブタンを形成することができる。(KU,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 68

ダイヤモンドのふさわしい欠陥を求めて (In search of the right diamond defect)

ダイヤモンドにおけるある種の欠陥は、量子コンピュータの構成要素である量子ビットの最も有望な物理的手段の1つである。 しかし、つり合いの取れた特性を有する欠陥を識別することは難しい。 例えば、窒素空孔中心は長い寿命を有するが、光学特性はあまり良くなく、一方、負電荷を持つシリコン空孔中心は反対の特性を有する。 Rose たちは注意深く材料工学を用いて、シリコン空孔中心の中性電荷状態を安定化させ、そしてそれが長い可干渉時間と優れた光学特性を併せ持つことを見出した。(KU,MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 可干渉時間:量子ビットの情報は、外界の雑音の影響で時間とともに失われる。 量子ビットが情報を保持している時間は可干渉時間(コヒーレンス時間)と呼ばれる。
Science, this issue p. 60

摂食を調節するニューロン (Neurons that regulate feeding)

視床下部の一領域である隆起核は、詳細には研究されてこなかった。 Luo たちは、 隆起核中のソマトスタチンを発現する GABA作動性ニューロンが、マウスでの摂食調節に機能的に関与していることを見出した(GABA:γ-アミノ酪酸)(Diano による展望記事参照)。 これらのニューロンは、食物欠乏または飢餓ホルモンによって活性化された。 機能喪失実験と機能獲得実験は、これらの細胞が全身の代謝平衡を制御するために必要かつ十分であることを示した。 この新たに記述された摂食調節中心は、他の視床下部核への投射によって、他の摂食制御回路と広範に接続されている。(Sh,MY)

【訳注】
  • GABA作動性ニューロン:GABAを伝達物質として放出し、他のニューロンの活動を抑制する抑制性ニューロン。
  • ソマトスタチン発現細胞:抑制性ニューロンは発現ペプチド(ホルモン)による分類が広く用いられ、大脳新皮質では一般的に、パルブアルブミン発現細胞(介在ニューロン中で最も多い)、ソマトスタチン発現細胞(2番目に多い)、その他の抑制性神経細胞の三群に大別されている。
Science, this issue p. 76; see also p. 29

深海の採掘禁止領域を正確に示す (Pinpointing no-mining areas in the deep sea)

大洋中央海嶺近傍領域が採掘を認められつつあり、このため、この多様性のある海底生態系を守ることは極めて重要である。 国際海底機構は、公海での深海採掘の規制に責務を負っている。 この機関は、採掘を禁止すべき領域を明確化することにより、局所多様性を保護する環境管理計画を展開してきた。 Dunn たちは、大洋中央海嶺におけるそのような採掘禁止領域を定める基準を特定する生態学的な枠組みを開発した。 採掘禁止領域は、局所多様性を保持するため、少なくとも 200km長の必要がある。さらに、これらの領域内の種は個体群の結びつきを維持するため、適切に分布している必要がある。(Uc,MY,kj,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aar4313 (2018).

単一光子によるゲート (A single-photon gate)

光学における悲願は、光学における悲願は固体全光トランジスタを実現することであり、それが実現できれば、光の伝搬をゲートまたはスイッチとして働く単一光子によって制御できる。 Sun たちは、フォトニック結晶共振器内に埋め込まれた量子ドットからなる固体システムを用いて、共振器を伝搬する光を単一光子で制御できることを示している。 単一光子が量子ドット内の電子エネルギー準位の占有状況を操作するのに使われ、準位の占有状況の変化が次に量子ドットの光学特性を変える。 ゲートが開いた状態では、平均 28個の光子が共振器を通過でき、従って、単一光子スイッチングおよび光トランジスタに適した利得を実証している。(NK,MY,kh)

Science, this issue p. 57

大気の渋滞 (A traffic jam of air)

根強く居座るジェット気流の蛇行は、東方向の卓越風に対する大気ブロッキングを引き起こし、中緯度帯における熱波のような極端気象をもたらす可能性がある。 Nakamura と Huang は、十分には理解されていないこれらのシステムの起源を、高速道路上の交通渋滞の気象学的同等物と解釈し、それらを類似の数学的理論によってどのように記述できるかを示している。 気候変動は、ブロッキングの頻度およびその地理的分布に影響を及ぼし、定常大気波の構造とジェット気流の地域的限界容量の同時変化をもたらす可能性がある。(Wt,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 42

I型CRISPRの標的分解 (Target degradation of Type I CRISPR)

CRISPR 適応免疫系は、侵入者から細菌を防御する。 最も一般的な型の I型 CRISPR-Cas系は、Cascade複合体を使用して標的DNAを探索する。 そのDNAは、その後、Cas3 タンパク質によって分解される。 Xiao たちは、DNA切断前後の状態における I-E Cascade/ Cas3 複合体の低温電子顕微鏡構造を報告している。 その構造は、Cas3 が、どのようにして正確な立体構造にあるCascadeのみを捕捉して標的でないDNAを避けているのか、そして Cas3が、どのようにして最初のDNA切断モードから進行的DNA分解モードに切り替えるかを明らかにしている。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • Cascade:CRISPR associated complex for antiviral defense
Science, this issue p. eaat0839

十分な大きさに結晶成長した共有結合性有機構造体 (Covalent organic frameworks writ large)

共有結合性有機構造体(COF)材料は、粉末や非晶質を形成しがちなため、構造的に特徴づけることが厄介で、また利用するのが難しい。 Ma たちは、イミン連結に基づくさまざまな三次元COFを研究した(Navarro による展望記事参照)。 彼らは、アニリン付与が核生成を抑制し、単結晶X線回折研究にとって十分な大きさの結晶成長を可能にすることを見出した。 Evans たちは、余分のナノ粒子の核生成を抑える溶媒を用いることで、ホウ素酸エステルで連結した二次元COFからなるナノの大きさの種を、マイクロメートルの大きさの単結晶へと成長させることのできる二段階工程について述べている。 過渡吸収スペクトルにより、これらの微結晶中での電荷移動が、従来の粉末で観測された電荷移動と比べ優れていることが示された。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • イミン:R'-C(=NR'')-R で表される構造を持つ化合物。(R、R'、R''は炭化水素基)
  • COF:自己組織化によって組みあがり、共有結合で出来たジャングルジム状の骨格とナノの大きさの細孔を持つ有機構造体。
Science, this issue p. 48, p. 52; see also p. 35

円錐交差の動画 (Motion picture of a conical intersection)

ほどんどの化学反応では電子が核より早くかつ高速に動く。それゆえ、核の動きに対して描かれた特定の電子状態のポテンシャルエネルギー表面を用いることで、反応をモデル化するのが一般的である。 しかしながら、2つのポテンシャルエネルギー表面が円錐交差でつながる場合もある。 円錐交差により超高速で生じる電子と核の再配置が組み込まれる。 Yang たちは電子線回折を用いて、C-I 結合が光分解開裂の過程で円錐交差を通過する、CF3I 分子の時間分解像を得た(Fielding による展望記事参照)。(MY)

【訳注】
  • 円錐交差:高いエネルギーの電子状態系が低いエネルギーの電子状態系とエネルギーの極小点でないところで交差し、高い電子状態系から低い電子状態系への無輻射的遷移が生じる交差のこと。
Science, this issue p. 64; see also p. 30

海洋中亜鉛の制御 (Controlling zinc in the oceans)

海洋性植物プランクトンの重要な微量栄養素である亜鉛は、Zn と Si の生物地球化学的循環が大きく異なるにもかかわらず、ケイ酸と非常によく似た地球規模の分布を持っている。 Weber たちは、モデル計算と観測を組み合わせることにより、なぜそうなっているのかを研究した。 彼らは、南極海における生物学的取り込みと、沈降粒子上への亜鉛の可逆的捕捉の両者が、海洋での亜鉛の分布に影響していることを発見した。 従って、Zn と Si の分布は、海洋の温度、pH、および炭素循環の将来の変化により、異なる影響を受けるだろう。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. 72

東南アジアにおける太古の移住 (Ancient migrations in Southeast Asia)

東南アジアの過去の人の移動と定住は、太古DNAの研究においてはあまり説明されてこなかった(Bellwood による展望記事参照)。 Lipson たちは、約1700年から4100年前に東南アジアに住んでいた人々のDNA配列を生成した。 5 箇所の遺跡からの 100以上の個体を選別することにより、18 の個体から太古のDNAを得た。 現在の人々との比較は、居住集団間の、2 つの混血の波を示唆している。最初の混血は、地元の狩猟採集民と、華南地方からの新石器文化の拡散に結びついた渡来農業従事者との間である。 第2の混血は、青銅器時代の移住に伴う中国から東南アジアへの遺伝形質の追加波動という結果になった。 McColl たちは、新石器時代から鉄器時代に至る、東南アジアと日本の、26 の太古ゲノムの配列決定を行った。 彼らは、今日の人々は、より北方の東アジアの人々からの遺伝形質の複数の波を含む、4 種類の太古の人々の混血の結果であることを発見した。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. 92, p. 88; see also p. 31

人間の最良の友の血統消失 (Lineage losses for man's best friend)

犬は、少なくとも 9000年間、北アメリカに存在してきた。 今日の品種と個体群が、それらの新世界への導入をどのように反映しているかをより良く理解するために、Ni Leathlobhair たちは、古代の犬のミトコンドリアと核のゲノムを配列決定した(Goodman と Karlsson による展望記事参照)。 最古の新世界の犬は、北アメリカのオオカミを飼い慣らしたものではなく、シベリアの祖先に由来していたと思われる。 さらに、これらの血統は、ベーリング地峡を渡った最初のヒトの移住と符合する、共通の祖先にまでさかのぼる。 この血統は、ヨーロッパ人によって導入されたイヌによってほとんど置き換えられてしまったと見え、初期から現存する血統はイヌ伝染性の性病性腫瘍だけだ。(Sk,kh)

【訳注】
  • ベーリング地峡:氷河期にアラスカ(北アメリカ大陸)とシベリア(ユーラシア大陸)の間に存在した地峡。
Science, this issue p. 81; see also p. 27