AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 12 2018, Vol.359

空間内の他者の表象 (The representation of others in space)

様々な神経細胞が、生物の空間的な位置と方向の情報をコード化している。 しかしながら、社会的動物は、社会的相互作用、観察学習、および集団での移動のために、他の個体の位置を知る必要がある。 驚いたことに、他の動物の位置が脳内でどのように表されているかについては、ほとんど知られていない。 Danjo たちと Omer たちは、今回、それぞれ、ラットおよびコウモリの脳内で同種動物の存在情報をコード化している、海馬領域 CA1 中の神経細胞の部分集合の発見を報告している。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 213, p. 218

中性子が f 電子バンドを、ピークを作って覗く (Neutrons peek into f-electron bands)

中性子散乱を用いることで、散乱データ中にはっきりしたピークを生じる集団的磁気励起の詳細をさぐり出すことができる。 原理的には、この手法により1電子バンドの励起を調べることもできるかもしれないが、広域分布した強度をとらえるのに十分なデータを収集することは簡単なことではない。 Goremychkin たちは中性子分光器を用いて、試料として混合原子価化合物である CePd3 の単一結晶を回転させることにより、効率的に大量のデータを取得可能にした(Georges による展望記事参照)。 測定された動的な磁化率は、第一原理計算と組み合わせて、低温状態でのコヒーレントな f 電子バンドの形成を示した。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • 混合原子価:4f 電子を持つ原子(ここでは Ce)の価数が整数値(Ce では3価と4価)の間の中間的な値をとり、空間・時間で揺らいでいる性質。価数揺動とも言う。
  • 第一原理計算:実験結果に依らないで遂行する計算方法。
Science, this issue p. 186; see also p. 162

火星の水氷の崖 (Water ice cliffs on Mars)

火星のいくつかの地点では、地表のすぐ下に水の氷があることが知られているが、どれほどの量かは不明なままである。 Dundas たちは、2つの周回する宇宙船からのデータを使用して、侵食が発生した8つの場所を調査した。 これにより、ほとんどが水氷からなる崖の存在が明らかとなった。 その氷は、大気にさらされるにつれ、徐々に昇華している。 氷床は、地表の直下から 100 m あるいはそれ以上の深さまで広がっており、明確な複数の層を含んでいるらしい。 これは、火星の過去の気候の記録を保存している可能性がある。 それは、将来、この赤い惑星を人間が探査するとき、有用な水源となるかもしれない。(Wt,kj,kh)

Science, this issue p. 199

ダーウィン・フィンチの急速な交雑種分化 (Rapid hybrid speciation in Darwin's finches)

ガラパゴス・フィンチは、種分化がどのように発生するのかの仮説を推進してきた。 最も一般的には、生存や生殖に利点を与える形質の変化に基づいて、自然選択が単一集団に由来する種を分化させると想定されている。 Lamichhaney たちは、異種間交雑が生殖的に隔離した系統を形成した事例を述べており、それは、同倍数性の交雑種分化として知られる過程が進行中であることをはっきりと示している(Wagner による展望記事参照)。 著者らは、遺伝子標識と表現型解析を用いて、どのように別の島から渡った鳥が土着種と交配して、両親の種から生殖的に隔離された自己存続する雑種個体群を形成したか、を明らかにする系図を作り上げた。(Sk,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ダーウィン・フィンチ:進化論の重要な材料となった、ガラパゴス諸島に生息する小型の鳥
  • 生殖的隔離:本来は交配可能な二つの種間で、地理的等の要因により交配が起こらない状態であることや、交配できても生殖能力を有する子どもをつくれない状態であること。 ここでは後者の意味で用いられている。
  • 同倍数性の交雑種分化:新たに形成された種の染色体の倍数(セット数)が、形成前の2つの祖先種の染色体倍数と同じである種分化のこと。
Science, this issue p. 224; see also p. 157

食細胞が腸内真菌を巡視する (Phagocytes patrol intestinal fungi)

腸内細菌の健全なバランスを維持することで、健康を促進することができる。 Leonardi たちは、真菌もまた、腸の免疫細胞と相互作用して、腸の健康状態を維持しているかもしれないことを示している。 CX3CR1 陽性 単核食細胞(MNP)は、腸内を巡視し、抗真菌性免疫を増進する。 MNP 中の CX3CR1 の遺伝的欠失は、マウスの腸内で真菌群落の変化と、大腸炎様の症状を引き起こした。 CX3CR1 の遺伝子多型は、複数の真菌種に対する抗体を作り出すことのできない、クローン病患者において検出された。 このように、共生真菌類は、腸内の健康を維持する上で細菌と同じくらい重要でありえて、抗真菌治療は、小腸炎の治療として有望であるかもしれない。(Sk,MY,kh)

【訳注】
  • 真菌:キノコ・カビ・酵母と呼ばれる生物の総称。
Science, this issue p. 232

深海の火山噴火 (Volcanic eruptions in the deep sea)

大規模な陸上の火山噴火は、我々の惑星で最も劇的で熱烈に研究されている地学的現象であるが、似たような現象である海底噴火はあまり良く理解されていない。 Careyたちは過去1世紀において最も大きな海底噴火について説明している。 2012 年にアーヴル火山が、北部ニュージーランド沖の 900 m を超える深海で噴火し、二酸化ケイ素に富んだ溶岩の泡沫である軽石を莫大な量発生した。(Uc,MY)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1701121 (2017).

ATM が持つ多くの役割 (The many roles of ATM)

キナーゼ ATM は、DNA 損傷に対する応答を調整する。 Lee たちは、ATM が、DNA 損傷に対する応答とは無関係である酸化ストレスに対する応答も調整すると報告している。 酸化ストレスによる ATM の活性化はミトコンドリア機能と自食作用を促進し、このため、代謝変化と有毒なタンパク質凝集物の除去を通して細胞生存を可能にした。 したがって、神経変性疾患である毛細血管拡張性運動失調症における ATM の喪失は、DNA 損傷応答機構の欠陥以外に広範な細胞ストレスを招く可能性がある。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • ATM (ataxia-telangiectasia, mutated):DNA 損傷応答の主要制御因子であるタンパク質リン酸化酵素。
Sci. Signal. 10, eaan5598 (2018).

コレラ病原体が競争相手を打ち負かす (Cholera pathogen zaps competition)

細菌性病原体の多くは、分泌専門の機構が供給する病原性エフェクターを宿主に注入する。 コレラ菌は、宿主真核細胞を標的にしたり、競合細菌を殺したりするタンパク質毒素の弾を装填可能な VI 型分泌系(T6SS)を持つ。 Zhao たちは、T6SS を欠乏した変異コレラ菌が、マウスの腸で大腸菌株と競争できないことを発見した。 対照的に、変異のないコレラ菌は、幼若マウスの腸に容易に定着し、炎症性免疫応答を高めてさらに激しい症状を引き起した。(MY)

【訳注】
  • エフェクター:タンパク質(特に酵素)に選択的に結合してその機能を促進または阻害する小分子。
Science, this issue p. 210

準多孔性金属有機構造体 (Mesoporous metal-organic frameworks)

気体貯蔵と触媒反応に関して微多孔性材料が示す拡散律速は、それがもっと大きな孔を持つ準多孔性構造へと組み込まれる場合、しばしば克服することが可能である。 Shen たちは、亜鉛イオンが 2-メチルイミダゾール連結体によって架橋された、秩序的に並んだ ZIF-8 金属有機構造体からなる微結晶を多孔性ポリスチレン鋳型の内部に成長させた。 この材料は、ベンズ・アルデヒドとマロノ・ニトリル間での Knoevenagel 反応の反応速度を高め、触媒再利用性の向上を示した。(NA,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 206

インターフェロンのブーメラン (The interferon boomerang)

インターフェロン-α/β受容体(IFNAR)欠損マウスは、ジカ・ウイルス(ZIKV)を含むウイルスに高い感受性を示す。 以前の研究では、マウスにおいて IFNR遺伝子、Ifnar1-/- メスを野生型のオスに交配させて ZIKV 感染をモデル化し、 I 型 IFN 応答性を保持する Ifnar1+/- 胎児を作った。 Yockey たちは、Ifnar1+/- オスに Ifnar1-/- メスを交配することでこの状況での防御に関する胎児の I 型 IFN シグナル伝達の役割を直接調べた。 Ifnar1-/- 胎児は、Ifnar1+/- 胎児よりもより高い ZIKV 力価持っていたが、Ifnar1-/-の 胎児はより長生きした。 さらに、Ifnar1+/- 胎児の胎盤における I 型 IFN シグナル伝達の活性化は、胎児の低酸素症、衰弱、吸収を引き起こした。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 力価:抗体やウイルスの感染能力などの目安として便宜上つけられている相対的な数値。
  • 吸収(resorption):胚または胎盤形成後に発生が止まり人体に吸収され、消滅する過程。
  • I 型 IFN 応答性:ウイルス感染に対してサイトカインI型インターフェロンを分泌する性質。
Sci. Immunol. 3, eaao1680 (2018).

TRPM サブファミリーの構造 (Architecture of the TRPM subfamily)

一過性受容器電位メラスタチン(TRPM)イオン・チャネルは、最大の TRP サブファミリーを構成し、多くの生理学的プロセスに関与している。 TRPM8 は主要な冷感とメントールの感覚器であり、TRPM4 は心臓血管障害と関連している。 Yin たちと Autzen たちは、TRPM8 と TRPM4 の構造をそれぞれ決定することで TRPM サブファミリーの一般的な構造を明らかにした(Bae たちによる展望記事参照)。 TRPM8 チャネルの 3 層構造は、冷感とメントールの感覚機構を理解するための枠組みを提供する。 カルシウム有無による TRPM4 の2つの異なる閉鎖状態は、カルシウム結合部位およびカルシウム結合によって誘発される立体構造変化を明らかにしている。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • メラスタチン:メラニン細胞腫の進行に関与するチャネル・タンパク質。
  • TRP:ショウジョウバエの光受容体で最初に発見されたイオン・チャンネルで、哺乳類では6つのファミリーがあり、光、温度、膜脂質、細胞内 Ca2+ などの刺激の感覚に重要な役を果たす。
  • TRPM8 は低温、メントールで活性化され、TRPM4 は細胞内カルシウムで活性化される。
Science, this issue p. 237, p. 228; see also p. 160

エフェクター T 細胞の後成的調節 (Epigenetic modulation of effector T cells)

メモリー T 細胞とエフェクター CD8 陽性 T 細胞の開始と維持の根底にある後成的状態および関連するクロマチン動態は、ほとんど理解されていない。 Pace たちは、ヒストン H3 リジン 9 メチル基転移酵素である Suv39h1 を欠くマウスが、リステリア菌感染に対する抗原特異的エフェクター CD8 陽性 T 細胞の応答を著しく減少させていることを見出した(Henningたちによる展望記事参照)。 代わりに、これらのマウスの CD8 陽性 T 細胞は、ナイーブ T 細胞とメモリー T 細胞に特徴的な遺伝子が豊富であり、免疫記憶能力の向上と生存能力の増大を示した。 したがって、Suv39h1 は、H3K9me3 沈着を介してクロマチンを標識し、エフェクター CD8 陽性 T 細胞の最終分化の際にメモリー細胞プログラムと幹細胞プログラムを抑制させる。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • エフェクター T 細胞:CD8 タンパク質を細胞表面に発現し、免疫系を活性化する T 細胞で、ヘルパー T 細胞や細胞障害性 T 細胞が含まれる。
  • メモリー T 細胞:次の同じ感染に備えるため、エフェクター CD8 陽性 T 細胞から分化して維持された T 細胞のこと。
Science, this issue p. 177; see also p. 163

共通の歴史 (A shared history)

炎症性腸疾患であるクローン病(Crohn's disease:CD)は、有病率がアシュケナージ系ユダヤ人集団で相対的に高い。 Hui たちは、アシュケナージ系ユダヤ人を祖先に持つ、2,066 人の CD 患者と、3,633 人の健常対照者に対する全ゲノム関連解析を行い、LRRK2 遺伝子中の2つの機能的変異を特定した。 LRRK2 遺伝子は、これまではパーキンソン病(PD)の発生と関連付けられていた。 この新規に発見された LRRK2 変異は、CD (N2081D)の危険性、あるいは CD (N551K と R1398H)からの防御を与えた。 24,570人 に対する LRRK2 遺伝子座内の他の変異の解析で、アシュケナージ系のユダヤ人および非ユダヤ人の双方における CD と PD 間で、類似の遺伝的影響が明らかとなった。 CD と PD で共通の LRRK2 対立遺伝子の存在は、病気の機構と治療可能性への洞察を与える。(MY,kh)

【訳注】
  • アシュケナージ系ユダヤ人:1千年紀の終わりごろに神聖ローマ帝国内で別個の社会に合同した離散ユダヤ人の集団. ライン川沿岸の入植者から始まったが, 中世には東欧一帯に拡散した。
  • 全ゲノム関連解析:ある特定集団におけるヒト・ゲノム中の一塩基多型(SNP:ゲノム上で一塩基だけが他のものに置き換わっている変異)のうち、主として頻度が 1 %以上の SNP を対象とし、SNP の頻度と、疾患や量的形質との関連を統計的に調べる方法論で、例えば疾患に対する感受性遺伝子の同定に利用される。
  • LRRK2(Leucine-Rich Repeat Kinase2):2,527 のアミノ酸で構成される巨大タンパク質キナーゼ(リン酸化酵素)で、LRRK2 はこれをコードしている遺伝子。LRRK2 の酵素活性に関わるドメインにおける幾つかの部位のアミノ酸置換が PD に関係することが知られている。
  • N2081D:LRRK2 の 2,081 番目のアミノ酸がアスパラギン(N)からアスパラギン酸(D)に置換していることを表す。また、K:リシン、R:アルギニン、H:ヒスチジン。
Sci. Transl. Med. 10, eaai7795 (2018).

星間芳香族分子の具体例 (A specific interstellar aromatic molecule)

星間物質の中には、特徴的な赤外線放射帯により、多環式芳香族炭化水素(PAH)のような芳香族分子が存在することが知られている。 しかしながら、赤外発光は分子の大まかな部類を示すだけであり、どの具体的分子種が存在するのかを同定することは困難である。 McGuire たちは、電波天文学を用いて、地球に近いよく知られた星間ガス雲から放出されたベンゾ・ニトリルの回転遷移を検出した(Joblin と Cernicharo による展望記事参照)。 この分子は、より複雑な PAH の前駆体となる可能性がある。 ベンゾ・ニトリルの同定は、いつかは新しい星や惑星の一部となるであろう星間物質材料内の芳香族物質の組成を明らかにする。(Wt,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 202; see also p. 156

マラリア原虫の薬剤抵抗性を解剖する (Dissecting Plasmodium drug resistance)

マラリアは効果的なワクチンが皆無の、致死性の病気である。 このため医者は、抗マラリア薬に頼って命を助けるが、寄生原虫が抵抗性を進化させると、そのような化合物はしばしば役に立たなくなる。 Cowell たちは、熱帯熱マラリア原虫の生活環にわたり多様な抗マラリア化合物に耐性を示すクローンのゲノム配列を解析することで、この原虫のゲノム進化の傾向を体系的に研究した(Carlton による展望記事参照)。 この結果は、既知の薬剤耐性遺伝子に付け加わる対立遺伝子を特定するだけでなく、今まで認識されていない薬剤標的と薬剤耐性遺伝子も特定する。(MY,kh)

Science, this issue p. 191; see also p. 159

タンパク質を脂肪化して太らせる (Fattening up proteins)

多くの真核生物のタンパク質は脂質の付着で修飾され、この修飾が、タンパク質の細胞膜との相互作用のやり方を変えることがある。 Rana たちは、脂肪族アシル鎖を標的タンパク質のシステイン残基上へと付加する膜内酵素の X 線結晶構造を与えている。 この酵素の活性部位は、膜表面に位置づけされ、このため、膜に付着ずみの物質をこの酵素が優先処理することを説明している。 疎水性空洞内に結合した脂肪酸様の阻害剤の構造は、この酵素のアシル鎖特異的である機構を明らかにしている。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • アシル基:R-CO- で表される化学基。 ここで、R は炭化水素基などの化学基、CO は炭素-酸素の二重結合(C=O)を指す。
Science, this issue p. eaao6326

遺伝子療法:持続の力 (Gene therapy: The power of persistence)

遺伝子治療の概念が最初に提案されてから約 50 年がたち、現在では遺伝子治療はいくつかのヒト疾患に対する有望な治療の選択肢と考えられている。 その成功への道は長くて曲がりくねっていた。 初期の臨床研究では重大な副作用が発生したが、これがより安全で効率的な遺伝子導入ベクターにつながる基礎研究を刺激した。 種々の形態の遺伝子治療は、失明、神経筋疾患、血友病、免疫不全やガンを患う患者に臨床的利益をもたらしてきている。 Dunbar たちは、遺伝子治療の分野を現在の状態に導いた先駆的研究を概説し、この分野の将来に重要な役割を果たすと期待されている遺伝子編集技術を説明し、遺伝子治療を必要とする患者にこれらの治療法を提供する上での実際的な課題について議論している。(ST)

Science, this issue p. eaan4672