AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 1 2017, Vol.358

結像を良くする微調整(Fine-tuned for image formation)

我々は、通常、眼が我々の網膜のような表面上に入射光の焦点を合わせるための、一つ以上のレンズを有すると考えている。しかしながら、望遠鏡でよく行われているように、光は鏡の配列を用いても焦点を合わせることができる。この生物学的な例がホタテ貝であり、二層の網膜に光の焦点を合わせる最大200個の反射鏡的な眼を持つことがある。Palmerたちは、一体となってそれぞれの眼の背後で結像鏡を構成する、グアニンのタイルの大きさ、形状、充填密度を正確に制御することによって、ホタテ貝の空間的視覚が達成されていることを見出している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1172

界面での損失を最小化する(Minimizing losses at interfaces)

ハイブリッド有機ハロゲン化鉛ペロブスカイト太陽電池の実用化が直面する問題の一つに、界面での電荷担体の損失がある。Houたちは、タンタルを不純物添加した酸化タングステンが、安価な共役高分子の多層膜とほぼオーム性の接触を形成して、小さな界面障壁の正孔輸送材料を作ることを示している。この方法は、素子の安定性を損なうイオン性の不純物の使用を排除している。このような接触を用いて作成された太陽電池は、21.2% という最大効率を達成し、1000時間以上安定して作動した。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1192

数値計算で縞模様に収束する(Numerics converging on stripes)

Hubbard model (HM)とは、粒子がある格子点から隣の格子点へ跳躍可能な格子上で相互作用する粒子の振る舞いを記述するモデルである。一見、単純なように思われるが、HMのコンピューター解析が, 相互作用が斥力的、粒子がフェルミオン、低温環境の, 全条件が問題になる強相関電子系ではやりがいがある。2つの研究グループがこの難題に取り組んでいる。Huangらは、限定温度で3バンドHMについて調べており、一方 Zhengらは、HMの基底状態の識別を確認しながら5つ数値計算法を互いに補完的に用いた。両グループは、縞模様の、すなわち一次元の電荷および/またはスピン密度変化の証拠を見出した。(NK,KU,kj,kh)

【訳注】
  • Hubbard mode:1963年にジョン・ハバードによって提出された、電子相関の効果の強い固体中の電子の振る舞いを量子論的に記述するモデル
Science, this issue p. 1161, p. 1155

重力が地震競技に入ってくる(Gravity gets into the earthquake game)

地震は、質量の大きな移動を発生させ、重力場をわずかに変化させる。地震から伝播する弾性波とは異なり、重力変動は光速で伝わる。Valleeたちは、2011年日本で発生した東北大地震からの地震計の記録の中に、これらの重力摂動を発見した。その信号は、この破壊的な大きさの地震に対して、数時間ではなく数分のうちにマグニチュードの正確な推定を可能にしたであろう。(Wt,ok,kh)

Science, this issue p. 1164

ますます鳥に似ている(Even more like birds)

翼竜と鳥類の間の生態学上の収斂がしばしば話題になるが、どの程度その二つのグループが行動を共有しているのかが議論されている。Wangたちは、100を超える化石化した翼竜の卵の存在した場所を記述し、孵化したばかりの翼竜はかつて考えられていたほど早成性では無いらしいことを明らかにしている(Deemingによる展望記事参照)。さらに、複数の同腹雛群の重なり合いは、群れで繁殖する海鳥と同様に、翼竜は繁殖地に執着性を示していたかもしれないということを示唆している。このように、二つのグループ間の類似性は翼だけではない。(Uc,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 早成性: 鳥などが孵化時全身羽毛で覆われてすぐ活動できる性質を言う.
Science, this issue p. 1197; see also p. 1124

血液中のDNA分解酵素はNETを切り刻む(Blood DNases hack the NET)

好中球細胞外トラップ(NET)は、微生物を捕捉して殺傷する選択された分泌タンパク質および細胞質タンパク質で修飾された、格子状の加工クロマチンである。しかしながら、その不適切な放出は炎症および血栓症を促進することにより、益よりもむしろ害を及ぼすかもしれない。Jimenez-Alcazarたちは、2つのデオキシリボヌクレアーゼ(DNase)、DNASE1と DNASE1L3が、循環中のNETを分解する際に部分的に重複する役割を有することを報告している(Gunzerによる展望記事参照)。これらの酵素を欠くノックアウト・マウスは、慢性的好中球増加に耐えることができず、血管が NET血餅によって閉塞されて急速に死ぬ。さらに、敗血症の際に血餅によって引き起こされた臓器損傷は、これらのDNA分解酵素が存在しない時には増強された。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • NET:ヒストンや抗菌性高分子、ラクトフェリン等20種類ほどのタンパク質が組み込まれたクモの巣状のクロマチン構造
Science, this issue p. 1202; see also p. 1126

生きているインクによる3Dプリント(3D printing with living inks)

細菌の生活と組み合わされた複雑な3次元(3D)プリントされた構造物が、生体適合性のヒドロゲル・インクを使用して作製された。Schaffnerらは、天然に存在するポリマーであるκ-カラゲナン、ヒアルロン酸、ヒュームド・シリカを塩を含んだ細菌の濃厚な培養液中でほぼ等しい割合で混合した。これにより、ミリメートル規模以下のプリントされた繊維への自立型物体の書き込みの扱いが可能なはずの、無毒で機能的な生きたインクが得られた。そのような生きた材料の潜在的な用途は、汚染物質の分解から合成皮膚足場材料の生成にまで広がる。(NA,KU,kj)

【訳注】
  • カラゲナン:直鎖の含硫黄多糖類の一種で、D-ガラクトースと硫酸から構成される陰イオン性高分子
  • ヒュームド・シリカ:ふわふわした軽い白色のシリカ
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aao6804 (2017).

主要制御因子を抑制する(Holding a master regulator in check)

真核生物のプロテイン・キナーゼのファミリーであるホスファチジルイノシトール 3-キナーゼ関連キナーゼ(PIKK)は、DNA修復および栄養素感知に重要な機能を有する。ヒトにおいて、ATRキナーゼは、そのパートナーである ATRIPを介して DNA損傷の位置を突き止める。一旦活性化されると、ATRは細胞周期カスケード反応を開始し、最終的には細胞周期の停止で終わる。Wangたちは、電子顕微鏡法による Mec1-Ddc2(ATR-ATRIPの酵母相同体)の高分解能構造を決定した。その構造は、全体的にヘテロダイマーの二量体を形成するマルチドメイン複合体の詳細な構成を示している。構造の詳細な解析は、アロステリック機構がそのキナーゼをどのようにして活性化するかを明らかにしている。(KU,kh)

【訳注】
  • ATRキナーゼ:PIKKファミリーのメンバー
  • ・アロステリック機構:タンパク質の機能が他の制御因子によって調節されること(主に酵素反応に対して用いる)。
Science, this issue p. 1206

切断して足切り線に残る(Making the cut)

ジストロフィン遺伝子の突然変異は、致命的な小児筋肉疾患であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)を引き起こす。Amoasiiたちは、CRISPR-Cas9遺伝子編集によるDMD変異の訂正を最適化することを試みた。彼らはまず、ヒトのジストロフィン遺伝子の共通な変異集中誘発領域であるエクソン50が欠失したマウスを作製した。その後、彼らはCRISPR-Cas9を用いてジストロフィン遺伝子を単一切断したが、その結果としてマウス骨格筋と心筋におけるジストロフィン発現を最大90%回復した。(Sh,kh)

Sci. Transl. Med. 9, eaan8081 (2017).

薬物相互作用を表した地図帳(An atlas for drug interactions)

キナーゼ阻害剤は、がんと炎症性障害のような疾患に関与する特定の酵素を遮断する重要な部類の薬である。人体には何百ものキナーゼが存在するため、各薬剤のキナーゼ“標的”を知ることは、治療戦略を成功させるために不可欠である。薬は複数の標的に結合するため、臨床試験が失敗することがある。しかし時には、本来の標的とは異なる効果が有益であったり、追加の疾患の治療のために薬を再利用することができる。Klaegerたちは、実用を承認されたかそれとも臨床試験用の243種のキナーゼ阻害剤の包括的な分析を実施した。彼らは、研究者がより良い薬物を開発し、既存薬がどのように作用するかを理解し、より効果的な臨床試験を設計するのに役立つ標的一覧のオープンアクセス資産を提供している。(Sh,kj,kh)

Science, this issue p. eaan4368

腫瘍増殖についての真実の描写(A bona fide portrayal of tumor growth)

骨は進行ガンにおいて、立証済みの役割を担う。すなわち骨は、原発腫瘍を脱出する転移性細胞の増殖を支える微小環境を提供し、これは、最終的に骨量の損失をもたらす。Engblomたちは、骨がまた、骨量増大を引き起こす機構を介して、初期段階の腫瘍形成の一因となる可能性があることを示している(ZhangとLydenによる展望記事参照)。肺腺ガンのマウス・モデルにおいて、原発腫瘍細胞は、骨形成機能を持つ骨芽細胞と呼ばれる骨常在性細胞を間接的に活性化した。すると、活性化された骨芽細胞は、その原発腫瘍に浸潤してその増殖を促すある型の好中球の産生を引き起こした。初期段階の肺ガンの患者も骨密度が増加することが見出され、マウスでの結果と一致した。(MY,kh)

Science, this issue p. eaal5081; see also p. 1127

メタレンズで鮮明に見る(Looking sharp with metalenses)

最高級の撮像レンズは、バルクな光学部品に基づく傾向にあった。作製技術の進歩により、前例のない機能を有する、超薄型、軽量、かつ平面レンズ(メタレンズ)の開発が可能となった。これらのメタレンズは、従来のバルク光学部材を置き換え、または補完する可能性を有している。KhorasaninejadとCapassoは、メタレンズの進化を概説し、成果と応用を要約し、将来の課題と応用機会を明らかにしている。メタレンズには、携帯電話用カメラ部品から、拡張及び仮想現実用やマシン・ビジョン用の装着型表示装置、さらには生体画像化および内視鏡検査に至る、数多くの応用が考えられる。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • メタレンズ:ガラスなどの表面にナノレベルの微細構造を敷き詰めることで導波路を形成し、光の屈折を制御してレンズとしての機能を実現するもの
Science, this issue p. eaam8100

機能に基づく海洋生物地理学(Functional ocean biogeography)

海洋生態系は、メタゲノムおよびトランスクリプトームのデータで十分に表現される。これらのデータは、海洋生物地理学または生物地球化学を探索する生態系モデルのテストには通常は使われない。Colesらは、一連の機能に対する遺伝子群をシミュレーションした異なる微生物の組に割り当てるようにする生態系モデルを構築した(Rynearsonによる展望記事参照)。アマゾン川プルームから採取された微生物データと比較したときに、そのモデルから現実に近い生物地理学的および生物地球化学的側面を有する微生物集団が出現した。しかしながら、機能的組成は分類学上の細目を凌駕し、同じような生物地球化学的な結果をもたらす、異なった共進化をした集団組成が出現した。(ST,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1149; see also p. 1129

カルシウムはベンゼンの防御を破ることができる(Calcium can breach benzene's defenses)

カルシウムは生物学や鉱物学で重要かつ多面的な役割を果たしている。しかしながら有機化学において、カルシウムは、その親類であるリチウムあるいはマグネシウムからなる有機金属化合物により、ほとんど見落とされ、また目立たなくされている。今回Wilsonたちは、この元素が時機を待っていただけだったと報告している。すなわち、彼らが作った幾つかの有機カルシウム化合物は、塩化物のような従来のより反応性の高い脱離基を必要とせずに、結合水素を置換することによりベンゼンをアルキル化できる(Mulveyによる展望記事参照)。この驚くべき、以前は捕まえられなかった反応は、カルシウムに結合した炭素の並外れた求核性を証明している。(MY,kh)

【訳注】
  • 求核性:電子密度に偏りが生じることで、化合物や官能基の特定部位の電子密度が高くなり、別の化合物の電子密度が低い部位との反応性が高くなっている性質。
Science, this issue p. 1168; see also p. 1132

薬の標識付けへの道を照らす(Lighting the way to drug labeling)

薬の開発の際に、候補化合物が生物学的にどのように吸収され、分解されるかを研究することは重要である。薬の行く末をたどる一般的な手法の1つは、分子骨格を水素の重同位体(重水素か三重水素)で標識付けすることである。Lohたちは、窒素に隣接するアルキル炭素上にこれらの標識を導入する光促進手順を開発した。この技術は、酸塩基化学により、使いやすい同位体源である重水から、これらの重同位体をチオールへと組み込むことに依存している。次に、光酸化還元触媒が、当量の水素原子をアルキル炭素から剥ぎ取り、それでこのチオールは、ラジカル化学を働かせて、重水素や三重水素を剥ぎ取られたアルキル炭素の位置に転移する。(MY,KU,ok)

【訳注】
  • チオール: 水素化された硫黄を末端に持つ有機化合物で、メルカプタン類とも呼ばれる。
Science, this issue p. 1182

光子に仕事をさせる(Putting photons to work)

相互作用する量子論的粒子は、特異な挙動をする可能性がある。その挙動を理解するために、物理学者は、量子シミュレーションに注目した。そこでは調整可能で純粋な系が相互作用の影響下で展開する様子を監視可能である。Roushanたちは、一連の9つの超伝導量子ビットを用いて、通常は相互作用しない光子間に有効な相互作用を作り、それらの系のエネルギー・レベルを直接測定した。相互作用と乱れの交錯は、局在状態への遷移を引き起こした。キュビット数の増加に伴い、この技術は、古典的なコンピュータでは達成できない問題に取り組むことができるだろう。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1175

光波混合のためのプラズモン法(A plasmonic route for mixing waves)

非線形光学では、一般に、波長の数百倍、あるいは数千倍に及ぶ距離を越えて光子を相互作用させる必要がある。非線形光学素子は、それゆえ、バルクな部品になりがちである。Nielsenたちは、プラズモン空洞内に埋設した高い非線形係数を有する高分子材料を用いて、相互作用の長さ尺度を劇的に減少できることを示した。このプラズモン空洞は光をナノメートル尺度まで集光し、高分子材料中で4光波混合の非線形過程を引き起こす強烈な電磁場を提供した。この技術は、小型の非線形光学素子のための、汎用性のある基盤技術を提供する。(Sk,kh)

【訳注】
  • 4光波混合:2つもしくは3つの波長が相互作用し、新しく2つもしくは1つの波長が生成される非線形光学上の相互変調現象
Science, this issue p. 1179

粒界に従う(Going with the grain boundaries)

粒界のような金属中での体積欠陥は、その触媒活性に影響するかもしれない表面で歪の増大領域を作り出すことがある。Marianoたちは、多結晶金膜上で、二酸化炭素が一酸化炭素になる電解還元を研究した。これは、水素発生との競争反応である。彼らは、この膜をアニールしてより大きな粒を作ることで、表面での粒界の型と分布を変えることができた。走査型電気化学細胞顕微鏡法で、転位密度は二酸化炭素に対する電解還元の活性と相関するが、そのような欠陥は水素発生に影響しないことが明らかとなった。(MY,kh)

【訳注】
  • 走査型電気化学細胞顕微鏡法:溶液中の試料近傍でピペット型の微小電極に電圧をかけて走査し,試料表面の化学物質に酸化/還元反応を生じさせ、反応量や物質量に応じた電流値から、試料表面の反応分布や物質濃度分布を二次元像として可視化する方法。
Science, this issue p. 1187

がんのためにCa2+を運ぶ(Channeling Ca2+ for cancer)

チャネルOrai1によって仲介される Ca2+流入は、NFATのような転写因子を刺激する。Frischaufたちは、様々ながん関連Orai1突然変異体を特徴を明らかにした(Muallemによるフォーカス記事参照)。これらの恒常的活性な突然変異体は、NFATを活性化し、また、腫瘍進行に寄与する可能性のあるプロセス、ミトファジーとオートファジーをも刺激した。著者たちは、Orai1がどのようにゲート開閉され、そして恒常的に活性化する突然変異体がどのように Ca2+の流入増加をもたらすかを詳細に決定した。これらの知見は、多様な細胞型における Orai1仲介性の Ca2+シグナル伝達に関する示唆を与える。(KU,kh)

【訳注】
  • ミトファジー:細胞の自食作用(オートファージ)の一種で、ミトコンドリアを特異的に認識して消化する。
Sci. Signal. 10, eaao0358, eaaq0618 (2017).