AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 8 2017, Vol.357

タンパク質 Survivin の好中球監督サービス (Survivin' neutrophil surveillance)

人間は常に真菌胞子を吸い込んでいる。我々は何故に、Aspergillus fumigatu のような至る所に存在する真菌カビからの侵襲性の感染にもっと罹らずにすんでいるのだろう?  マウスでの研究から、Shlezinger たちは、好中球が肺深部で発芽する真菌胞子を貪食することを見出した(Wiesner と Klein による展望記事参照)。 いったん飲み込まれると、真菌細胞は、おそらく貪食細胞 NADPH オキシダーゼにより誘導されるプログラム細胞死をこうむった。 真菌 survivin 相同体を過剰発現するように遺伝子操作した真菌株は、カスパーゼ-3 と-7 を阻害することで細胞死に抵抗した。 Survivin 拮抗物質を適用すると、より多くの真菌細胞が死んだ。 これらの知見は、侵襲性真菌肺感染によって脅かされる免疫不全の患者のための療法につながるかもしれない。(KU,MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • survivin:カスパーゼの活性化を阻害し、アポトーシスを抑制するタンパク質。
  • カスパーゼ(caspase:Cysteine-ASPartic-acid-proteASEの略):細胞にアポトーシスを起こさせるシステイン・プロテアーゼで、1から14の種類ある。
  • NADPH:nicotinamide adenine dinucleotide phosphateの還元型。
Science, this issue p. 1037; see also p. 973

悪い病原体の卑劣なトリックの裏をかく (Foiling bad bugs' sneaky tricks)

腸内病原体は宿主細胞に侵入し、分泌を含む重要な細胞機能を破壊することがある。 分泌は、病原菌を殺す抗菌タンパク質の送達に必要である。 Bel たちは、腸上皮細胞が侵入する病原性微生物を感知すると、代わりとなる自己貪食に基づく分泌経路を介して、抗菌タンパク質リゾチームを輸送することを示している(Kaser と Blumberg による展望記事参照)。 このことが、腸管内腔へのリゾチームの送達を確かなものとし、結果としてさらなる細菌侵入を防ぐ。 自己貪食による分泌は、小胞体ストレスによって誘発され、3型自然リンパ球からのシグナルを必要とした。 このようにして、腸内病原体に対する自然免疫応答は、腸内免疫防御に自己貪食を組み入れる。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • 小胞体ストレス:正常な高次構造に折りたたまれなかったタンパク質が小胞体に蓄積することで生じる細胞への悪影響。
  • 自己貪食による分泌:細胞内に袋状の隔離膜が出現して細胞質の一部を取り囲んで形成されたオートファゴソームが、 細胞膜と融合して内容物を細胞外に分泌する機構。
Science, this issue p. 1047; see also p. 976

一族の縁が原初微惑星の本性を明らかにする (Family ties reveal original planetesimals)

小惑星帯は、我々の太陽系の形成から取り残された残骸から生まれた。 そして、それには、惑星になるほど成長しなかった天体も含まれている。 それらの間の破壊的な衝突の結果、小惑星の数は現在見られるように多くなったのである。 最初は同じ天体の一部分であったグループは、類縁の軌道を持ち、それらは小惑星族として知られている。 Delbo' たちは、以前は小惑星族として関連づけられていなかった黒っぽい小惑星でほとんどが構成されている、太古の小惑星族を同定した(DeMeo による展望記事参照)。 彼らは、これから小惑星帯の原初の個体数を計算し、言うところの微惑星である数十の中規模の天体を含んでいたことを示した。(Wt,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1026; see also p. 972

建造物を見えないコウモリ (Building-blind bats)

ヒトが作り出した構造物は、今や、この惑星のかなりの部分を占めているが、進化論的観点からは、瞬きするほどの過去から存在してきたに過ぎない。 動物の感覚系は、自然環境を航行するために進化した。 そのため、人工的環境において常には信頼できないかもしれない。 Greif たちは、反響定位を行っているコウモリが、滑らかな垂直表面を空き地と認識し、その間違いによってたびたび衝突を引き起こすらしいことを示している(Stilz による展望記事参照)。 今日の我々の世界の何百万という滑らかな垂直面のため、そのような誤認識が、コウモリの生存にかなりの悪影響を与えているかもしれない。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1045; see also p. 977

海図が過去のサンゴ礁の痕跡を明らかにする (Charts reveal the ghosts of corals past)

サンゴ礁の減少は、漁業、水質、および防嵐に悪影響を与える。 McClenachan たちは、船舶への障害としてのサンゴ礁を地図化した 18世紀の英国の海図を用いて、過去 240年にわたるフロリダ・キーズでの変化を定量化した。 欧州人が定住する前に海図に記されたサンゴ礁の大部分は、今や消失している。現代の調査ではわからない、そのようなサンゴ礁の痕跡は、海洋保護における歴史的資料の重要性に注意するよう呼び掛ける。(Sk,kh)

【訳注】
  • フロリダ・キーズ:米国フロリダ半島沖に延びる延長約290キロメートルの列島。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1603155 (2017).

国外追放の脅威にさらされた生活 (Life under threat of deportation)

不法移民として国外追放の恐れがある両親を持つことは、子供にどんな影響を及ぼすのだろうか? Hainmueller たちは、この複雑な問題に取り組むための、疑似実験手順を開発した。 彼らは、米国の幼少期到着移民への延期措置(DACA)に対して期限の直前または直後の誕生日を持つ母親を選び出した。 その母親が DACA により国外追放から保護されている子供たちは、誕生日がたまたま期限前であり、その結果保護されていない母親を持つ子供たちより、適応および不安障害の診断を受けた割合が 50%少なかった。(Sk,nk)

【訳注】
  • DACA の対象となるのは、2012/6/15時点で31歳未満の者となっている。 つまり、1981/6/15以前の誕生日の者は対象外。
Science, this issue p. 1041

免疫学の時計に従う (Following the immunological clock)

免疫機能は、感染に対する防御を妨げることなしに胎児を免疫攻撃から保護するため、妊娠中に変更される。 Aghaeepour らは、マスサイトメトリーを用いて、妊娠に誘発されたこれらの免疫機能と制御が変化する正確な時期を調べた。 彼らは妊娠中の免疫学的状況を時系列でとらえる段階的手段を開発して、以前の知見を検証し、妊娠中の免疫細胞の相互作用を明らかにした。 正常妊娠期間におけるこの免疫学的時間表を明確にすることで、今や彼らは、妊娠関連の病変に伴う変更を探すことができる。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • マスサイトメトリー:蛍光抗体を用いるフローサイトメトリーと異なり、重金属で標識した抗体を用い、ICP質量分析法やTOF質量分析法などで定量する単一細胞計測法。
Sci. Immunol. 2, eaan2946 (2017).

延性鋼が強さを見せる (A ductile steel shows its strength)

多くの産業に応用される材料には、高強度と共に、柔軟性あるいは延性を併せ持つことが求められる。 しかしながら、強度を高める微細構造は、延性を低下させがちである。 He らは、ある処理機構を用いて、マンガン鋼中に線欠陥の "森" を作り出した。 変形され区分化されたこの鋼は、冷間圧延と低温焼きなましで作られ、強度と延性をともに高める転位網を含有した。(NK,MY,ok)

Science, this issue p. 1029

シナプス可塑性の異なる形態 (A different form of synaptic plasticity)

シナプスやその他のニューロンの変化は、どのようにして学習を支えるのだろうか? この主題においては、Hebb型シナプス変化という仮説が中心をなしてきた。 Hebb型可塑性に対する強い実験的確証が多くの標本で存在するが、それに代わる考えも長年にわたって開拓されてきた。 Bittner らは、非Hebb型可塑性が、海馬の場所領域形成の根底にあるかもしれないという見解を支持する、生体内、生体外、およびモデル化のデータを提供している(Krupic による展望記事参照)。 空間に関わる入力と対になった樹状突起における Ca2+ の単一の強いプラトー電位が、ニューロン間の結合が何回も生じずとも、場所細胞の生成に十分である可能性がある。(NA,MY,kh)

Science, this issue p. 1033; see also p. 974

組織 APC を代謝的にプログラムする (Metabolic programming of tissue APCs)

抗原提示細胞(APC)は、体中くまなく、リンパ器官と病原体侵入路に分散しており、そこで免疫系の見張りとして働く。 Sinclair たちは、体の様々な部位の APC が特有の代謝特徴を持つことと、この細胞の分化と機能が 、(この細胞の持つ転写プログラムによってだけでなく) この細胞の代謝状態によっても決まることを実証している(Wiesner と Klein による展望記事参照)。 著者たちは、アレルギー性炎症の免疫学的特性に影響することによる、そのような組織常在性 APC の代謝適応を仲介する上での mTOR の中心的役割を特定した。 このようにして、組織は常在性 APC に、APC の分化と機能を制御する特有の代謝的特徴を付与する。(MY,kh)

【訳注】
  • APC:侵入したウイルスを取り込んで、ウイルスの一部を抗原としてヘルパーT細胞に抗原を提示する細胞。 抹消に存在する組織常在性APCには、非常に多くの種類ものが存在し、存在する組織によって機能や細胞の形が異なる。
  • mTOR(哺乳類のラパマイシン標的タンパク質):増殖因子と栄養シグナルに応答して細胞の増殖と分裂を促進する多機能キナーゼの一種。
Science, this issue p. 1014; see also p. 973

砂に関する難問 (The problem with sand)

砂は、今日の急速に拡大する都市と輸送インフラの非常に重要な構成要素である。 展望記事において Torres たちは、砂採取と砂輸送の増加の結果による環境と社会的な影響に光を当てている。 砂採取は生態系を悪化させ、かなりの種の生存を脅かし、海岸線を不安定化させ、そして人類を自然災害からのリスク上昇にさらしている。 違法な採取と取引は、社会そして政治的な軋轢を呼び、砂輸送は侵入生物種の拡散の原因となりうる。 砂の需要が更に増加するであろうことを考えれば、世界のさまざまな地域における詳細な砂収支の知識に基づく効果的管理が緊急に必要となる。(Uc,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 970

微生物が困難な決定を下す (Microbes make difficult decisions)

ディフィシル菌(Clostridium difficile)は毎年何十万もの人々に感染し、治療するのがますます困難になっている。 Kirk らは、遺伝的に改変されたバクテリオシン由来の C.difficile への特異的抗菌剤を調べた。 彼らは、治療に耐性がある株を単離した。 その株は、細胞外被の表層に変異を持っていることが判った。 この突然変異体は病原性が減弱していたが、ハムスターの腸にコロニー形成することはできた。 これらの発見は、標的型抗菌剤をつくると、如何に細菌は、生存優先のために病毒性を犠牲にするよう強いられることがあるか、という事例を示している。(ST,MY,nk,kh)

【訳注】
  • バクテリオシン:細菌が産生するタンパク質性の抗菌性物質。
Sci. Transl. Med. 9, eaah6813 (2017).

原形質膜修復のためのミトコンドリア (Mitochondria for plasma membrane repair)

細胞に加わる機械的ひずみは、原形質膜損傷を引き起こすことがあり、この損傷は、細胞外からの Ca2+ の流入が、細胞死をもたら段階に至る前に修復されなければならない。 Horn たちは、ミトコンドリアが、マウスの筋肉細胞とヒトの非筋肉細胞で、原形質膜の傷修復を仲介することを見つけた(Cooper によるFocus 記事参照)。 ミトコンドリアによる Ca2+ の取り込みは、活性酸素種(ROS)の産生を引き起こし、その結果、アクチン重合と傷閉鎖を活性化した。 生体外実験の運動でマウス筋肉に産生したミトコンドリア ROS を失活させると、より激しい筋線維の損傷と筋力の低減を招いた。(MY,kj)

【訳注】
  • アクチン:筋肉繊維を構成する主要なタンパク質成分。
Sci. Signal. 10, eaaj1978, eaao3795 (2017).

嫌気性光合成に対する同種二量複合体 (A homodimeric complex for anaerobic photosynthesis)

植物、藻類、シアノバクテリアでは、巨大分子複合体(光化学系 I と II)が、光エネルギーを化学エネルギーへと転換し、副生成物として酸素を遊離する。 この酸素発生型光合成は、地球の大気酸素を維持するのに決定的に重要である。 光化学系 I と II は、この分子複合体中心部に異種二量体からなる反応中心を含有する。 反応中心は酸素欠乏大気で進化したので、この祖先複合体は、単一遺伝子でコードされた同種二量体だったとするのががもっともらしい。 Gisriel たちは、酸素非発生型光合成細菌由来の同種二量体反応中心の構造について述べている。 この構造は、光収集アンテナの完全対称性を示し、電子移動連鎖を明瞭に示している。(MY,kh)

【訳注】
  • 光化学系:光エネルギーを吸収し、水を分解して酸素、水素イオン、電子を生成する光化学系 Ⅱ、生成した電子が運ばれる電子移動連鎖の工程、電子を受け取って二酸化炭素固定反応用に電子伝達体を作る光化学系 Ⅰ からなる。
Science, this issue p. 1021