AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 1 2017, Vol.357

どのように微小管が組織化を胚で行うのか (How microtubules organize in embryos)

細胞分裂から形態形成に至るまでの細胞機能は微小管に依存しており、微小管形成中心は微小管の伸長に対する繋留部位として働く。中心体(微小管形成中心)はほとんどの動物細胞において微小管による細胞骨格を組織するが、この細胞小器官は哺乳動物の初期発達段階では存在していない。生細胞の画像化により、Zenkerr らは初期のマウス胚の細胞が、微小管によるしっかりとした架橋により連結されていて、細胞内での微小管の成長を方向付けることを発見した。この架橋から出ている微小管は、E-カドヘリンを含む主要タンパク質の細胞膜への輸送を誘導し、発生初期における細胞極性の制御に役立っている。(NA,MY,kh)

【訳注】
  • 微小管:細胞中に存在する直径約25nmの管状の構造体。細胞形態の形態維持や変形、細胞小器官等の輸送のレール、などの役割を果たしている。
  • 細胞極性:細胞膜や細胞内の成分が、細胞内に偏りをもって分布していること。細胞が正常に働くための必須の性質となる。
Science, this issue p. 925

青色光で駆動される藻類の酵素 (Algal enzyme driven by blue light)

微細藻類は、炭化水素を作る。それを担う酵素を探し求める中で、Sorigué たちは、グルコース・メタノール・コリン酸化還元酵素を発見した(Scrutton による展望記事参照)。大腸菌中でのこの酵素の発現により、炭化水素の生産には可視光を必要とすることが示された。実際、この酵素は、その触媒反応を実行するために定常的な青色光子の入力を必要とする。この酵素中の長い疎水性のトンネルが、フラビン・アデニン・ジヌクレオチド補因子に近接した脂肪酸基質を安定化させる。(Sk,MY,kh)

【訳注】
  • 補因子:酵素の触媒活性に必要なタンパク質以外の化学物質。
Science, this issue p. 903; see also p. 872

日の光,脂肪,共生微生物 (Light, fat, and commensals)

腸内細菌叢は,食物からのエネルギー取入れを促進し,それを脂肪貯蔵へと移動させる。Wang たちはマウスを研究し,上皮細胞で概日リズムを示す転写因子 NFIL3が,脂質の摂取を通じて身体組成の調節に関与していることを見つけた。ある細菌が産生するフラゲリンとリポ多糖は,マウス腸管の自然リンパ球系細胞(ILC3)のシグナル伝達,STAT3,および上皮細胞時計を通じて,NFIL3発現の振動振幅を調整した。そのような相互作用は,交代勤務や海外旅行で生じる私たちの概日時計の変調が,何故しばしば,肥満,糖尿病,循環器疾患を含む代謝疾患の道を辿るのかを説明するのに役立つかもしれない。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 転写因子:DNA上の転写制御する領域に特異的に結合し,DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を促進,あるいは抑制するタンパク質。
  • NFIL3:自然リンパ球の発生に必須な転写因子で,その発現は概日リズムを持つ。
  • フラゲリン:細菌の鞭毛を構成するタンパク質の1種。
  • リポ多糖:共有結合で結ばれた脂質と多糖の複合体で,グラム陰性菌の外膜の構成成分。
  • 自然リンパ球:サイトカイン産生などにより生体防御の初動部隊として機能する免疫細胞。外来異物を認識するメカニズムを持たない(抗原受容体を持たない)。産生するサイトカインにより3つのグループに分類される。
  • STAT:シグナル伝達兼転写活性化因子のことで,シグナル伝達と転写活性化の双方に働くタンパク質で7種類が知られている。
Science, this issue p. 912

葉長や気候、そして、エネルギー収支 (Leaf size, climate, and energy balance)

熱帯地方の非常に大きな葉を持つ種の進化的成功が例証するように、植物の葉長はなぜ低緯度で増加するのだろうか? Wright たちは、世界中の 682の地点から、気候データに連動させて 7670の植物種の葉のデータを分析した。彼らは、一貫したパターンがあることを発見した。そして、以前のエネルギー収支理論からの予測がなぜ限定的な成功しか得られなかったのかを説明している。著者らは、葉長の緯度勾配を十分定量的に説明しており、植物の生態学、生理学、植生のモデル化、古植物学への示唆を含んでいる。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 917

転写装置は不動である (Transcription machinery remains steadfast)

真核生物のmRNA転写は、RNAポリメラーゼII(Pol II)によって仲介される多段階プロセスである。Pol IIは、いくつかの他の因子と結合して、転写伸長を促進する伸長複合体を形成する。Ehara たちはX線結晶法と低温電子顕微鏡法により、伸長複合体の高分解能構造を決定した(Fouqueau および Werner による展望記事参照)。複数の伸長因子がPol IIの広い表面に分布し、RNA出口経路とDNAの入口または出口のトンネルを確立し、これが新生転写物の移動と、DNAのほどきあるいは再巻き付けを容易にする。したがって、Pol II伸長複合体は、転写の進行に適した安定構造を取り入れている。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. 921; see also p. 871

デング・ウィルスの抗原提示を区別する (Distinguishing dengue presentation)

デング出血熱は生命を脅かす可能性があるが、すべてのデング・ウイルス感染が症状を引き起こすわけではない。Simon-Lorière たちは、デング・ウイルス血清1型に感染したカンボジアの子供の血清および免疫遺伝子転写物を調べた。臨床症状を示す子供と比較して、症状を示さない少数の子供たちは、抗原提示、T細胞活性化、および T細胞アポトーシスの兆候が増加していた。デング・ウイルスに対する形質芽細胞分化と抗体はより低下しているようであった。これらの結果は、重度のデング・ウイルス感染を引き起こす可能性のある病理学的な経路を解明する手がかりを提供する。(ST,MY,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 9, eaal5088 (2017).

血管付きの肺移植片 (Vascularized grafts for lungs)

肺疾患は世界の主要な死因であり、損傷した肺組織を再構築するための治療が緊急に必要とされている。しかしながら、肺はとても複雑な臓器であるため、効果的な治療法の構築が困難である。Dorrello らは、器官の構造を保って完全なままの脈管構造を残し、肺上皮細胞を選択的に除去する方法を記述している。彼らはその後、この構造を成体ヒト肺細胞と肺胞前駆細胞からの幹細胞で再び充たした。この取り組みは、肺疾患のための新たな肺移植療法につながるかもしれない。(Sh,MY,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1700521 (2017).

X線透視で銅の動きをスパイする (X-ray vision spies copper on the move)

ゼオライトに担持された銅イオンは、窒素酸化物のアンモニアと酸素との反応を触媒することで、有害な窒素酸化物をディーゼル排気から取り除くのに役立っている。Paolucci らは、この銅イオンが反応中に動き回っているかもしれないことを見つけた(Janssens と Vennestrøm による展望記事参照)。ゼオライト触媒は通常、金属の位置を固定化し、一方、反応相手がゼオライトのかご様構造を出入する。しかしながらこの事例では、X線吸収分光法が、アンモニアが銅イオンを動かして、触媒サイクル中で酸素を活性化する際に、銅イオン対を作らせていることを示唆した。(NK,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 898; see also p. 866

全フッ素を同じ側に保持する (Keeping all fluorines on the same side)

炭素-フッ素結合は大きく分極しており,この効果は,飽和環の同一面にこの結合の幾つかが存在する場合に強化される。しかしながら,既存のフッ素化方法のほとんどでは,このような全シス型の相互立体配置を常に生成するのは困難である。Wiesenfeldt たちは,無極性溶媒中でロジウム触媒を用いて,各種の平坦なフッ素置換芳香環化合物の片面だけに水素を選択的に付加し,全てのフッ素を他面側に追いやった。この反応ではまた,インドールやベンゾ・フランのような複素環で,フッ素を窒素や酸素と同一面、即ちシスになるように水素が付加する。(MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 908

島嶼の生物多様性の変遷 (Dynamics of island biodiversity)

50年前、MacArthur とWilson は影響力が多大な書物「島嶼生物地理学」を出版した。この仕事は海洋島における種の多様性を支配する生態学的過程を理解するための定量的な枠組みをもたらした。Whittaker たちはこの領域におけるその後の進展について評価し、特に生態学的モデルと島嶼の地球物理学的な変遷との統合に焦点をあてた。近年の研究は、種の移動、分化そして絶滅が、海洋島の出現・開発・そして海没の局面に対してどう対応するかを示している。(Uc,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaam8326

トリソミー動物が第三の染色体を失う (Trisomic animals lose third chromosome)

一般的に,哺乳類の正常な二本の性染色体(メスに対するXX と,オスに対するXY)に第三の性染色体が付加されると発生異常となる。性染色体がトリソミーのマウスは生殖力がない。Hirota たちは,染色体トリソミーが XXYや XYYを持つ生殖不能マウスからの細胞の再プログラム化が,XY の幹細胞を作り出すことを実証している。これらの XY 幹細胞から作られた精子は,健康で生殖力のある子を生じさせることができた。再プログラム化はまた,クラインフェルター症候群(XXY)やダウン症候群(21トリソミー)の患者からの細胞で,余分な染色体の消失を促進した。(MY,kh)

【訳注】
  • トリソミー: 生物の異数性の染色体の一種で,相同染色組のほかに1個余分に染色体をもった個体または細胞。
  • 再プログラム化:分化した細胞を,iPS 細胞技術(胚性幹細胞で特徴的に働いている4つの遺伝子を分化した細胞に導入する)により正常な多能性幹細胞の状態に戻すこと。
  • クラインフェルター症候群:男性の性染色体に X染色体が一つ以上多いことで生じる。精巣の未発達,不妊症,体の女性化などを伴う。
Science, this issue p. 932

目の配線を仕上げる (Wiring up the eye)

発生の間、感覚系は、ある神経回路中のいろいろな階層の神経細胞を接続することにより、神経地図を作り上げねばならない。Fernandes たちは、今回、ショウジョウバエの目がどのようにこれらの地図を発生させるのかを解く窓を開いている(Isaacman-Beck と Clandinin による展望記事参照)。著者らは、軸索を鞘で覆う神経膠細胞が、光受容器からの合図を中継して、ショウジョウバエの視覚系における光受容器の標的領域、いわゆるラミナ神経細胞の分化を誘発することを示している。このように、神経膠細胞は、神経発生の時空間的パターン形成の方向付けを助けることで、分化において指導的役割を果たすことができる。(Sk,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 神経地図:感覚系神経細胞を構成する個々の神経細胞が脳の特定標的領域に投射され、形成された脳における感覚系神経細胞投射の二次元的配置状態のこと。例えば、網膜に映し出された視覚情報は、視覚を司る脳領域でこの神経地図により二次元的に表示され、これをもとに視覚情報処理がなされる。
Science, this issue p. 886; see also p. 867

パーキンソン病の危険性を明らかにする (Elucidating the risk of Parkinson's disease)

αシヌクレイン遺伝子(SNCA)の高発現はパーキンソン病(PD)の危険因子であるが、いくつかの薬がこの危険性を緩和するかもしれない。Mittal たちは、SNCA発現の程度を調整する化合物を特定するための小分子選別を行い、いくつかのβ2-アドレナリン受容体(β2AR)作動薬が発現程度を減少させることを見出した(Snyder による展望記事参照)。これらの化合物は、SNCA遺伝子において後成的な標識を調節し、効率的にSNCAの転写を抑制する。著者らは、11年間にわたる、400万人以上のノルウェー人の薬剤処方の履歴を調べ、他の医学的問題のために β2AR作動薬の一つを服用していた患者の間で、PDの危険性が減少していたことを見出した。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. 891; see also p. 869

ヒドロゲナーゼがその活性部位を保護する方法 (How a hydrogenase protects its active site)

水素を代謝する生物は、[NiFe]-ヒドロゲナーゼを用いて水素の酸化を触媒する。[NiFe]-ヒドロゲナーゼの1つの型である、NAD+還元型の可溶性[NiFe]-ヒドロゲナーゼ(SH)は、NAD+の還元を水素酸化に結びつける。Shomura たちは、空気酸化状態と活性な還元状態の両方で、H2酸化細菌由来のSHの構造を解明した。還元状態では、SH 中のNiFe触媒中心は、他の[NiFe]-ヒドロゲナーゼと同じリガンドの配位を有する。しかし、空気酸化された活性部位は、O2がその部位に接近するのを妨げるような異常な配位構造を有すと思われ、それによって不可逆的酸化を防ぐことができる。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • NAD+:NAD(nicotinamide adenine dinuculeotide)の酸化型
Science, this issue p. 928

インフルエンザ・ワクチンには年齢が重要 (For flu vaccines, age matters)

適用範囲の広いインフルエンザ・ワクチンの開発は、一季節しか効かないワクチンについての個々人を越えた防御機構の実態がわからないので、進まなかった。Aveyたちは、異なる地理的位置とワクチン接種季節を横断する複数のインフルエンザ・ワクチン接種群(コホート)に基づくシステム・レベルの分析を実施した。彼らは、インフルエンザ・ワクチン接種応答についての、接種前に予測される転写のベースラインレベルの特性を明らかにした。彼らは次に、独立した接種群において抗体応答の大きさに関連する9つの遺伝子と3つの遺伝子モジュールが有効だと確認した。しかし、これらの特徴は若年患者に特有であり、高齢者では逆相関であった。これらのデータは、インフルエンザ・ワクチン接種に対する抗体応答を予測するのと、若者と老人における免疫応答を支配する異なる機構を明らかにするのに役立つかもしれない。(KU,MY,ok,kj,kh)

Sci. Immunol. 2, eaal4656 (2017).

腫瘍の免疫抑制を阻害する (Blocking tumor immunosuppression)

腫瘍由来の制御性T細胞(Tregs)は,CD8陽性T細胞の抗腫瘍活性を抑制する。Budhu たちは,その根底をなす機構を,生体内腫瘍微小環境に対する幾つかの重要な特徴を再現した生体外系を用いて調べた。Tregsは,サイトカインTGF-β(形質転換増殖因子β)を,それが CD8陽性T細胞上の免疫チェックポイント・タンパク質の濃度を上昇させることを利用して,自分と共培養されたマウス腫瘍からの黒色腫細胞に対する CD8陽性T細胞の抗腫瘍活性を抑制した。TGF-βを阻害する抗体は免疫抑制を妨げた。このことは,腫瘍において Tregs活性を阻害する治療方針を示唆する。(MY,kh)

【訳注】
  • TGF-β:組織修復のみならず免疫制御においても必須の役割を果たすサイトカイン。制御性T細胞がTGF-βの主要な供給源となる。
  • 免疫チェックポイント:過剰な免疫応答を抑制し,自己免疫性疾患等の発生を抑制するため免疫細胞に備わっている機構。免疫チェックポイント・タンパク質は,T細胞の膜表面に発現し,このT細胞の免疫応答を不活性化させるタンパク質。
Sci. Signal. 10, eaak9702 (2017).