AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 4 2017, Vol.357

古代トウモロコシの温暖な気候への適応を見積もる(Estimating temperate adaptation in ancient maize)

温暖気候にある北米での安定した食用穀物であるトウモロコシは、より短期の生育期に適応することが必要とされた。約4000年前の米国南西部での最初の導入時に、トウモロコシは低地で広範囲にわたって栽培された。温暖な高地での栽培は、この先2000年間行われることはなかった。Swartsたちは、温暖気候の米国南西部での洞穴で発見された1900年前のトウモロコシ穂軸の古代DNAデータを用いて、古代の花の表現型の地図を作成した。その古代トウモロコシの標本は、ほんのわずかばかりが温暖な気候の地域に、継続的な変異の選択結果として適応がなされていた。(Uc,kj,kh)

Science, this issue p. 512

力づくで重合体を半導体にする(Forcing polymers to be semiconductors)

メカノケミストリーにおいて、特定の化学結合をこじ開けるために、重合体への実力行使が用いられる。Chenたちはこの技術を活用して、絶縁性の前駆物質中にポリアセチレンのブロック共重合半導体を作った。すなわち、開環メタセシス重合により一連の融合した四炭素環を繋いだ。これは嫌気性アンモニア酸化細菌の異常なはしご状膜脂質と類似する。引き続いての超音波処理により、これらの歪んだ環を一つおきの C=C 二重結合に開放し、それにより、重合体骨格に沿ってπ共役を伸ばした。(Sk,KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • メカノケミストリー:機械的エネルギーを加えることによって引き起こされる、構造、相転移、反応性、吸着性、触媒活性などの機能変換現象である
  • 開環メタセシス重合:メタセシスはオレフィン間での結合の組換え反応で、歪みの大きな環状オレフィンの環の歪み解放のエネルギーを利用して重合する
Science, this issue p. 475

糖尿病ストレスで断片化される(Fragmented by diabetic stress)

糖尿病における高濃度の血中ブドウ糖は,活性酸素種(ROS)の過剰産生を引き起し,その結果,ミトコンドリアの断片化を誘発する。Abuarabたちは,この過程における内皮細胞のROS感受性TRPM2チャネルの役割を調べた。糖尿病患者ではこのチャネルが機能不全に陥る。高濃度ブドウ糖が引き起こす酸化ストレスは,TRPM2チャネルを通るCa2+の流入を引き起こし,その結果,リソソームの透過性亢進と,リソソーム Zn2+のミトコンドリアへの再配分をもたらした。ミトコンドリアでの Zn2+の増加は,ミトコンドリア分裂因子の動員とミトコンドリアの断片化を招いた。(MY)

【訳注】
  • TRPM2チャネル:カルシウムイオン透過性のカチオンチャネル。膵臓のインスリン分泌細胞(膵臓β細胞)中のTRPM2チャネルは、カルシウムが流入するとインスリン分泌を促進させることが知られている。
  • リソソームの透過性亢進:リソソームは細胞内外成分の分解機能を担う細胞小器官で各種加水分解酵素が存在し、基質をアミノ酸、脂質、糖などにまで分解する機能を持つ。透過性亢進はリソソームの膜が変化し,リソソーム内部の分解酵素などがリソソーム外部に流出した状態になること。
  • ミトコンドリア分裂因子:哺乳類ではDrp1と呼ばれる高分子量のGTPase(グアノシン三リン酸を結合し加水分解する酵素)が該当する。Drp1がミトコンドリア分裂面でリング状構造を形成してミトコンドリア膜を切断すると考えられている。
Sci. Signal. 10, eaal4161 (2017).

インフルエンザに対する抵抗力をつけるため,もっと野菜を食べろ(Eat more plants for influenza resilience)

抗生物質療法はマウスのインフルエンザを悪化させる。これは多分,付随して生じる腸内細菌叢の喪失が,生理活性代謝物の産生を遮断するためである。Steedたちは,クロストリジウム属の偏性嫌気性菌が植物フラボノイドを消化することで産生される、微生物産物のチロシン脱アミノ化物(DAT)が,インフルエンザ感染の際に有益であることを見つけた。DATは血流に入り,Ⅰ型インターフェロンのシグナル伝達を誘発し,これが次に,食細胞による抗ウイルス応答を増大させる。DATのない場合,インフルエンザ・ウイルスは炎症と重症化を引き起こす。(MY)

【訳注】
  • 偏性嫌気性菌:細胞内に過酸化物を処理する代謝酵素を持たないため,酸素のある状況では生育できない細菌。
  • チロシン脱アミノ化物:チロシンからアミノ基が脱離した化合物で,3‐(4‐ヒドロキシフェニル)プロピオン酸のこと。フロレト酸とも呼ばれる。
  • Ⅰ型インターフェロン:ウイルス感染で誘導される抗ウイルス系のサイトカイン。
Science, this issue p. 498

一つの薬で1ダースの酵素を狙い打つ(Hitting a dozen enzymes with one drug)

アデノシン一燐酸活性化タンパク質キナーゼ(AMPK)は、細胞のエネルギー状態を制御する。 AMPKは、エネルギーレベルが落ちると活性化される。 これが、グルコースの取り込みを促進し、そしてグルコース合成に関わるATP消費経路を抑止するアデノシン三燐酸(ATP)生成経路を刺激する。 原理的には、これらの効果は糖尿病を含む代謝疾患に有益となるだろう。 しかしながら、哺乳動物においてAMPKは12個の異なる複合体として存在するので、この酵素の薬理学的活性化は困難であった。 Myersらは、12個の複合体全てを活性化する経口で利用可能な化合物(MK-8722)を記述している(Hardieによる展望記事参照)。 動物モデルにおいて、MK-8722は糖尿病を改善したが、しかし心臓肥大をも引き起こした。 MK-8722は、AMPKの機能研究のための有用な手段化合物となるかもしれない。(Sh,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 507; see also p. 455

ねじれたり、ひねられたりしながらからみあう流体(Linking fluids as they twist and writhe)

(流体力学における)ヘリシティは、流体中のねじれ(twist)、ひねり(writhing)、からみ(linking)の量によって記述されるコルク栓抜きのような動きの尺度のひとつである。全ヘリシティは理想流体では保存されるが、ほんのわずかの粘性を有する実際の流体中で、ヘリシティがどのように変化するかは、未解決の問題であった。Scheelerたちは、からみ、ねじり、ひねりを追跡するために一連の水中翼を使用することで、実際の流体における全ヘリシティの 完全な測定結果を与えている (Moffattの展望記事を参照のこと)。彼らは、ねじりが全ヘリシティを散逸させるのに対し、ひねりやからみはそれを保存することを示している。これは、竜巻形成、大気の流れ、および乱流の形成に関する基本的な洞察を与えるものである。(Wt,KU,ok,kh)

【訳注】
  • ねじれ数 (twisting number), ひねり数 (writhing number), からみ数 (linking number): 位相数学の結び目理論で用いられる概念. からみ数は, ねじれ数にひねり数を加えたものである
Science, this issue p. 487; see also p. 448

極端な事象は急速な変化をもたらす(Extreme events bring rapid change)

環境適応は、しばしばゆっくりしたプロセスと考えられている。しかし、熱波や寒波などの極端な事象は、形態学的にも遺伝学的にも、急速な変化を引き起こすことがある。Campbell-Statonたちは、米国南部の極端な寒波の際のグリーン・アノール・トカゲ(アメリカ・カメレオン)の個体群を研究した (Grantによる展望記事を参照のこと)。寒波の後、そのトカゲはより強い耐寒性を示し、寒冷下の機能の調節に重要な6つのゲノム領域の変化を示した。気候変化がより激しくなるにつれて、極端な気候事象が適応能力にどのように影響するかを理解することがますます重要になるであろう。(Wt,KU,kh)

Science, this issue p. 495; see also p. 451

原子鎖におけるスピン-電荷分離(Spin-charge separation in atomic chains)

糸に沿って一列に並んだ強く相互作用する電子は、いわゆるスピン-電荷分離を引き起こし、そこでは電子はスピンと電荷の有効キャリヤーに分離し、それらはその後独立に移動する。この現象は固体中でやや間接的に観測されていた。Hilkerらはスピン-電荷分離を、そのスピンと電荷の自由度がフェルミオン型量子ガス顕微鏡によって監視可能な, 電子列の役をする冷却原子の一次元配列を用いて、直接的な方法で示している。一次元格子内の空乏サイトは、内在する反強磁性秩序を乱すことなく自由に移動した。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 484

葉酸に固定する(Fixing with folate)

遺伝子発現を制御する小さな非翻訳ヌクレオチドであるマイクロRNA(miRNA)は、ガンの魅力的な治療標的である。 生体内でのmiRNA模倣物の急速な分解は、リポソームの投与および骨格修飾を含む防護戦略の使用を促した。 しかしながら、そのような医療介入は、miRNAの安定性、活性そして取り込み効率を妨げる可能性がある。Orellanaたちは、運搬媒体無しのmiRNAが、葉酸受容体を過剰発現するガン細胞を標的化できることを示した。miR-34aが肺ガン腫瘍及び乳ガン腫瘍を有するマウスに送達されると、miR-34aは葉酸に付着し、miR-34aコピー数を増加させ、腫瘍サイズを減少させた。(KU,kj)

【訳注】
  • リポソーム:細胞膜と同じく脂質2重膜から作られる気泡で、その内部に治療用薬物等を入れて標的に送達するのに用いられる
Sci. Transl. Med. 9, eaam9327 (2017).

両生類に対するカビの脅威を封じ込める(Containing fungal threats to amphibians)

ここ数十年の間,寄生性のツボカビが世界中の両生類に感染した。これは,時には種の生存を脅かすような甚大な個体数の低下を招いた。Bowerたちは展望記事で,ツボカビが新たに,ニューギニアのような世界の非感染地域に到達するのを防ぐことが,そこでの両生類の個体数を守るために不可欠であると論じている。例えば,欧州に出現したツボカビによる近年のサンショウウオの減少が,米国へのその伝播を防ごうとする多様な利害関係者の取り組みにつながった。しかしながら,最近のツボカビの局所感染が厳重に監視されていたマダガスカルで示されたように,感染の場合に定点での監視計画を整備することもまた必須であり,保存策の優先順位を決める取り組みの助けとなる。(MY,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 454

Zundel構造の証拠を蓄積する(Accumulating evidence for the Zundel motif)

近年、振動分光法は、酸性溶液中で水が溶解した水素イオンをどのように取り込んでいるかを追尾してきた。そのような研究のほとんどは、隣接する伸縮振動モードまたは変角振動モードを調べていた。 Dahmsらは、いわゆるZundel構造の2個の水分子に挟まれた酸性の水素イオンそのものの振動動態に注目する。バルクな水とアセトニトリル(既知のZundelホスト)中におけるスペクトルを比較から、サブピコ秒の時間スケールで酸水溶液中でのこの構造の持続性が明らかになった。持続性は、周囲の水分子間の水素結合ネットワークによって維持されている。(NA,KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 491

デザイナー化合物ではないDREADD(DREADD not the designer compound)

デザイナー薬剤によって独占的に活性化されるデザイナー受容体(DREADD)は、 自由行動動物の調製において神経細胞の活性を調節できる強力な化学遺伝学的戦略を構成する。 Gomezたちは放射性リガンド受容体占有率測定と生体内での陽電子放出断層撮影を使用して、脳内で発現されたDREADDが、デザイナー化合物CNO(クロザピンN-オキシド)によって活性化されないことを示した。代わりに、それらは複数の内在性の標的を持つ薬物である、CNO代謝物クロザピンによって活性化される。 このことは、この一般的な技術で得られた結果の解釈に対して重要な意味を持つのかもしれない。(KU,kh)

Science, this issue p. 503

タンパク質代謝系から孤児タンパク質を取り除く(Removing orphan proteins from the system)

タンパク質複合体の過剰なサブユニットの分解は,その細胞にとって,大きな品質管理上の問題である。そのような「孤児」が分解のためにどのようにして認識され,標識付けされるのかはよく分かっていない。2つの論文が,人体で最も大量にある幾つかのタンパク質複合体,即ちヘモグロビンとリボソームで働くタンパク質のある品質管理経路を決定している(HamptonとDargemontによる展望記事参照)。Yanagitaniたちは,この過程における中心的役者が,基質を認識し, かつそれらに分解用の標識付けする, 希少酵素(UBE2O)であることを示している。他の品質管理経路は,傾向として別々の因子を,標的選定(しばしばシャペロン),ユビキチン結合化(E2),ユビキチン転移化(E3)に対して使う。3つの働きすべての,精製系で機能の再構成が可能な単一因子へのコード化は,機構面および構造面の詳細分析に向けての,取扱いの楽な道筋を提供する。Nguyenたちは,赤血球細胞の分化におけるUBE2O経路の重要性を示している。(MY,kh)

【訳注】
  • ユビキチン:真核細胞に存在する低分子量のタンパク質で,標的タンパク質に結合してタンパク質の分解標識などの役割を果たす。従来知られている標的タンパク質へのユビキチン(Ub)の付加は,3つの酵素,ユビキチン活性化酵素 (E1),ユビキチン結合酵素 (E2),ユビキチン転移酵素(ユビキチンリガーゼ) (E3) を介して行われる。
Science, this issue p. 472, p. eaan0218; see also p. 450

空気供給型燃料電池中の白金を置き換える(Replacing platinum in air-fed fuel cells)

酸素還元反応 (ORR)に用いられる、高分子電解質膜燃料電池中の高価で希少な白金触媒を、非貴金属に基づいた触媒に置き換えることは、水素燃料自動車の採用を加速するであろう。高性能を示した代替触媒候補のほとんどは、純粋酸素で作動させた場合のみ高い性能を示す。Chungたちは、高空隙率構造を形成し、空気で作動させた場合に高いORR性能を示す、鉄-窒素-炭素触媒を二つの窒素前駆物質から作り出した。提案された触媒活性部位は、FeN4である。(Sk,KU,kh)

Science, this issue p. 479

RNAによる交信(Messaging with RNAs)

免疫細胞療法を腫瘍に適合させるためには、腫瘍細胞と免疫細胞との間の相互作用を理解することが不可欠である。 Haderkたちは、慢性リンパ性白血病(CLL)への免疫応答の調節における腫瘍由来エキソソームの重要な役割を明らかにした。CLL由来のこの特定のエキソソームRNAは、CLL患者では単球に免疫を抑制する表現型をとるように作用し、例えばPD-L1の発現を促進した。 非翻訳RNA hY4は、CLL由来のエキソソームの重要な機能的構成要素であり、単球のTLR7依存的免疫発動のなかでエキソソーム依存的に免疫が抑制される性向を促進した。 マウス・モデルにおいて、TLR7の抑制はCLLの進行を遅らせ、TLR7経路が治療的に標的化できるという可能性の道を開いた。(KU.kj,kh)

【訳注】
  • エキソソームRNA:エキソソームによる分解でできたと推定される短いRNA、ここではその特定RNAが単球に作用して腫瘍を促進することを発見。エキソソームRNAと言うとエキソソームから抽出されたRNAのように思ってしまうが、そうではなく、mRNA.rRNA,tRNA以外の短いRNAを言う
  • PD-L1:immunosuppressive molecules such as programmed cell death 1 ligand 1 (PD-L1)
  • TLR7(Toll様受容体7):細胞表面にあって病原体を感知し一連の自然免疫系を発動する、TLR7は1本鎖RNAを感知、しかしこのエキソームRNAによるTLR7の過剰発現は免疫を抑制し、腫瘍を促進する
Sci. Immunol. 2, eaah5509 (2017).

生き生きしている色の中で(In living color)

動物は色に満ちた世界で生きているが、我々は、この色がどのように生み出されて認識されるのか、あるいはそれがどのように進化したのかについて、立ち止まって考えることはほとんどない。Cuthillたちは、色がどのように個々の動物間の社会的な信号として利用され、それがどのように寄生者、捕食者、および物理的環境との相互作用に影響しているかを概説している。新たな取り組みは、複雑な認識と知覚の機構に対しての要求から、色の発生と多様化をめぐる進化の動態まで、動物の配色という側面を明らかにしつつある。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. eaan0221

Cas9エンドヌクレアーゼと非特異的活性(Cas9 endonuclease and off-target activity)

RNA誘導エンドヌクレアーゼCas9は、遺伝子工学とゲノム編集に革命をもたらした。 しかしながら、この系の問題には、エンドヌクレアーゼの非特異的活性と無差別の切断が含まれ、生体内での正確さが課題となる。 Dagdasたちは、このプロセスのより良い分子レベルでの理解を得るためにsmFRET(single-molecule Forster resonance energy transfer)を用い、結果としてCas9によるDNA標的化の特異性を高めるはずである。(KU,kh)

【訳注】
  • エンドヌクレアーゼ:核酸分解酵素の中で配列の内部(endo-)で核酸を切断する。
  • Forster resonance energy transfer(フェルスター共鳴エネルギー移動):近接した2個の分子間で励起エネルギーが電子の共鳴により直接移動する現象。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aao0027 (2017).