AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science August 11 2017, Vol.357

この顔は前に見たことがある(I've seen this face before)

我々は、しばらく前から顔認識のための脳領域の回路網があることを知っている。しかしながら、顔へのなじみ度合いが、どのように、どこで符号化されているのかは、何十年もの間よく分かっていなかった。Landiと Freiwaldは、マカクの脳機能の画像化を行い、なじみのある顔の認識に明らかに関わる二つの領域を特定した。これらの二つの領域は、不鮮明な顔が次第にはっきりするにつれて非線形な応答を示し、見慣れたサルの顔が認識できるようになると、急速に活性化された。(Sk,nk)

【訳注】
  • マカク:ニホンザルなどのオナガザル科マカク属のサルの総称
Science, this issue p. 591

C-N結合形成への電荷に託された方法(A charged approach to forming C–N bonds)

隣接C-N結合は,しばしば医薬品で興味を引く化学物質に登場する。Fuたちは,オレフィンの存在下でマンガンの触媒作用とアジドの電気化学的酸化を組み合わせることでこれらの結合を形成する汎用的方法を開発した。この電気化学的方法の大きな利点は,その酸化力を正確に調整できることで,その結果,アルコールやアルデヒドのような反応しやすい他の置換基が元の状態にとどめおかれる。この反応は数時間にわたって室温で進行し,対極に無害な副生成物として水素を形成した。(MY,nk)

Science, this issue p. 575

大陸プレートの筋の通った深さ(A coherent depth for continental plates)

地球の冷たくて高剛性の表面プレートの大陸部の厚さは議論の的となっている。Tharimenaたちは、SS前兆と呼ばれる特定の種類の地震信号を分析して、大陸下のプレート厚さのしっかりした推定値を与えた (Savageによる展望記事参照のこと)。その値は、130 ~ 190kmの範囲にあり、これは、大陸の厚みに対し独立な根拠となっているダイヤモンドが安定である深さとよく一致している。(Wt,KU,nk)

Science, this issue p. 580; see also p. 549

おやすみなさい,骨髄よ(Rock-a-bye bone marrow)

化学療法は多くのガン患者の命を救う。しかしながら,これは難しい療法で,大きな副作用を多く引き起こし,最も生じるものの1つが,骨髄細胞が枯渇する骨髄抑制である。骨髄抑制の結果に,貧血,血小板減少,好中球減少が含まれ,それらの全てが重い合併症を引き起こし,その後の一連の化学療法を遅らせる。Taylorたちは,チロシン・キナーゼ阻害剤である quizartinibが,骨髄前駆細胞の増殖を一時的に眠らせることにより,ガン治療の際の骨髄抑制の危険性を低減可能であることを発見した。白血病のマウスでは,治療の間ガン細胞は増殖し続け,その結果ガン細胞は,骨髄が守られている場合においても,化学療法の標的とされた。(MY,kj)

Sci. Transl. Med. 9, eaam8060 (2017).

イカの眼のレンズは球面収差を克服する(Squid lenses beat spherical aberration)

光線が湾曲したレンズを通過する場合、端部のより大きな屈折量が結像した画像を歪ませる可能性がある。この問題は、もしレンズの屈折率を湾曲に応じて変化させれば、克服することができる。Caiたちは、イカの眼のレンズが、球面収差を補正するためにコロイド粒子の勾配を形成する、一連の球状タンパク質を含む内部構造を持つことを示している(Madlによる展望記事参照)。このように、イカの目の進化は複雑な光学素子を自己組織する過程でパッチ状コロイド理論の原理を用いていた。(Sk,KU,nk)

Science, this issue p. 564; see also p. 546

川に沿った洪水(Flooding along the river)

暖かい気候は、河川の洪水に影響を及ぼすのだろうか? 多くの人々がそういう感想を抱いているが、その感想と一致するような増水の強さに対する客観的データはまだ得られていない。Bloschlたちは過去50年間にわたるヨーロッパ河川の洪水の時期を分析し、気候の影響と思われる、増水期の変化の明らかな特徴を見出した (SlaterとWilbyによる展望記事を参照のこと)。これらの変化には、北東ヨーロッパのより早くなった春の雪解け洪水や、冬の嵐が遅くなったことによる北海周辺や地中海沿岸の一部の冬の終わりの洪水、より早期の土壌水分の最大化による西ヨーロッパの冬の初めの洪水などがある。(Wt,nk)

Science, this issue p. 588; see also p. 552

メチル化と単一神経細胞(Methylation and the single neuronal cell)

染色体DNAにおけるメチル化の有無は,遺伝子発現を促進したり阻止したりする。今回,神経細胞集団中のメチル化変動に関する種間の比較を含む包括的な地図は,後成的な多様性が、神経細胞の発達にどのように重要な役割を果たしているかを示している。Luoたちは,ヒトとマウスにおいて,神経細胞内のDNAメチル化が,単一核のレベルで,どの程度類似または相違しているかを調べた。彼らは,興奮性ニューロンが脳の表層よりも深層の方がより複雑性をもった16のマウス神経細胞集合と21のヒト神経細胞集合を特定した。(MY,kj)

Science, this issue p. 600

特許を取得する(Picking up a patent)

特許と科学の進歩との間の関係とは何だろうか? AhmadpoorとJonesはこの質問を研究するために、特許化される発明と先行する研究との間の「距離」の定義を考案した。彼らは、480万の米国特許と3200万の研究記事との間の関係を分析した。大学は彼らの特許において自分自身の研究を直接引用する傾向にあったが(言い換えれば、距離は1)、企業においてはその距離はより大きかった。このことは、企業は彼らの基礎研究を部外者に頼っているかもしれないことを示している。ナノテクノロジーやコンピューター科学では研究発表と特許との間の距離が最も短かい等、分野によってこの距離は異なっていた。(Uc,KU,nk)

Science, this issue p. 583

細菌の防御増幅(Bacterial defense amplification)

原核生物のIII型CRISPR系は、エフェクター複合体とCsm6のような付加的タンパク質を用いて、侵入者のゲノムと転写物の両方を破壊する。 しかしながら、エフェクター複合体とCsm6が、CRISPRの活性にどのように協調しているかは、依然として謎である。 Kazlauskieneたちは、環状オリゴヌクレオチドに基づくシグナル伝達経路が防御応答を調節できることを見出した(AmitaiとSorekによる展望記事参照)。 標的認識に際して、エフェクター複合体のCas10サブユニットは環状オリゴアデニル酸を合成し、これがCsm6のヌクレアーゼ活性を開始し、そして増幅するための二次メッセンジャーとして作用する。(KU,kj)

Science, this issue p. 605; see also p. 550

古細菌の多様性と進化(Archaeal diversity and evolution)

古細菌は、生物の系統樹の三番目の枝を構成する原核生物である。古細菌の生物学的多様性とその進化における役割についての知識は、この十年間で急速に拡大してきた。これまで知られていなかった分類群や系統が発見されたにもかかわらず、ほとんどの系統はあまり研究されていなかった。Spangたちは、古細菌とそれらのゲノムのその多様性、メタボローム、および変遷を概説し、結果として最近発見された古細菌系列のその生物学と位置付けを明らかにしている。(Sk,KU,nk)

【訳注】
  • メタボローム:生物の細胞や組織内に存在するタンパク質や酵素が作り出す代謝物質の総称
Science, this issue p. eaaf3883

DNAコンパクションの起源(Origin of DNA compaction)

真核生物のクロマチンの反復単位として、ヌクレオソームはDNAをヒストン八量体の周りに超らせん状に巻きつける。 Mattiroliたちは、ヒストン介在のDNAの幾何学的構造がヌクレオソームにおける幾何学的構造と正確に同じである古細菌のヒストン-DNA複合体の結晶構造を報告している。 古細菌と真核生物のクロマチン構造の特徴を比較することで、真核生物のヌクレオソームの進化に関する重要な洞察が得られる。(KU)

Science, this issue p. 609

高校生が抱くSTEMへの興味は伝播する(High schoolers' interest in STEM is contagious)

科学・技術・工学・数学(STEM)の職業を志向している学生に何が影響を与えているかを質問したとき、多くの人は科学の先生と両親を、その明らかな候補と名指すだろう。Hazariらは、高校の科学授業の同級生も、もう一つの重要なグループであることを立証している。彼らは、同級生が集団的に授業内容に高い興味をを示していると認識している学生は、自分たち自身がSTEM関連の職業に就く傾向がより高いとの仮説を立て、その仮説は全国調査から集められた情報によって裏付けられた。同級生による影響は、元来持っていたSTEM職業に対する関心の度合い、そのような職業に就く際の家族からの支援、大学の成績の度合といった学生間の差を考慮しても、また教育の質の違いを考慮しても強かった。(NK,KU,nk,kj)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1700046 (2017).

抗ウイルスで抗脂肪の肝臓 (Antiviral and anti–fatty liver)

骨髄細胞では、Toll様受容体のシグナル伝達アダプターTRIFは、炎症を促進して感染症と戦う。 Chenらは、TRIFはまた肝臓で代謝的役割をも果たすことを見出した。 TRIFの活性化は、主要な脂質生成酵素SCD1の量を減らした。 TRIFの活性化は、パルミチン酸に暴露された肝細胞の脂質蓄積を減少させたが、この酸は高脂肪食と食餌性肥満マウスの肝臓に豊富に存在する飽和脂肪酸である。C型肝炎ウイルスは、その複製を確実にするため宿主の脂質生成を選択するので、このTRIFに依存する経路は肝細胞のウイルス感染症を制限するかもしれない。(Sh,KU)

【訳注】
  • Toll様受容体:病原体を感知し自然免疫を作動させる、動物の細胞表面に存在する膜貫通タンパク質
Sci. Signal. 10, eaal3336 (2017).

幻覚に対する神経機構(Neural mechanisms for hallucinations)

ある様相の刺激(視覚)を他の様相の刺激(音)と一緒に与えていると,健常人に課題誘発性の幻覚を引き起こすことがある。対を成す刺激を何度も与えられている内に,やがて人々は、以前対であった片方の刺激の存在で、ありもしないもう片方の刺激を知覚したと報告するようになる。Powersたちは,ボランティアと幻覚患者による性質の異なるグループが,この条件付け(パブロフ条件付け)例に対し、どのように応答するのかを調べた。彼らは,行動,脳イメージング,計算モデル化を用いて,そのような誘発性幻覚に与える事前知(perceptual priors)の影響を感覚証拠(sensory evidence)と対比して詳細に分析した。ありもしない音声が聞こえやすい人たちは,ますます聴覚性幻覚を引き起こしやすかった。条件反射幻覚の際に活性な脳領域の回路網は,臨床での症状画像取得の際,脳スキャナーの間に幻聴を起こす個別患者に観察された活性回路網と類似していた。(MY,nk,kj)

【訳注】
  • 感覚証拠(sensory evidence):ここでは,聴覚信号が脳で認識されたかどうかを調べた脳イメージングの結果を指している。
  • 事前知覚(perceptual priors):ここでは,視覚信号と音を同時に与えて条件付けした後のテストで,被験者に与えられた視覚信号のことを指している。
Science, this issue p. 596

健康な腸は酸素を排除する(Healthy guts exclude oxygen)

通常、結腸の内腔は酸素を欠いている。 嫌気性の強い酪酸生成細菌は結腸内で増殖する。 抗生物質処理によるこれらの生物の切除は酪酸塩を除去する。 Byndlossたちは、酪酸塩の喪失が腸細胞における代謝のシグナル伝達を乱すことを発見した(Caniによる展望記事参照)。 これが、一酸化窒素合成酵素に内腔内で硝酸塩を生成するように仕向け、上皮細胞におけるβ酸化を無能にするが、そうでなければ迷走する酸素を結腸に入る前に片付けていたであろう。同時に、調節性T細胞は後退し、炎症は抑制されず、結果として結腸に更に多くの酸素種をもたらす。次いで、大腸菌やサルモネラのような通性好気性病原体が、変化した環境を利用して、抗生物質で弱った、あるいは無害の嫌気性菌を圧倒して成長することができる。

【訳注】
  • β酸化:脂肪酸のβ位を酸化して一連の酸化反応を行う代謝経路
  • 通性好気性病原体:嫌気、好気の両方の条件下で生育可能な菌
Science, this issue p. 570; see also p. 548