AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 21 2017, Vol.357

生態系保護への支払いが効果は報われる (Ecosystem protection payments pay off)

木は大量のCO2を吸収し、そのため、大気中のCO2濃度の増加速度を低減する一つの方法は、木の伐採を減らすことである。Jayachandran たちは、ウガンダの森林所有者が自分たちの木を切らないように支払いがされたプログラムを評価した。励みになることに、支払いをすることは森林伐採を減少させ、また、所有者たちは隣接する森林の木々を伐採することによって、埋め合わせることをしなかった。更に、支払いが終了した後に伐採が復活するという筋書においてですら、伐採木からCO2排出が遅れる利点は、炭素の社会的費用により定量化されるように、金銭的費用を上回った。(Uc,MY,kh)

【訳注】
  • 炭素の社会的費用:二酸化炭素量増加がもたらす気温上昇、海面上昇、異常気候など、社会が受ける負の影響を経済的な費用として計算したもの。
Science, this issue p. 267

火山は、新しい炭素のプラットフォームを見出す (Volcanoes find a new carbon platform)

地質学的な炭素循環として、炭素は火山噴火によって放出され、様々な形に埋蔵されて除かれると推定されている。Mason たちは、全ての火山噴火が、火山ガス中炭素に対して同一の源を持つのではないことを見出した。島弧の火山活動は、古い炭酸塩プラットフォームから炭素を取り込んでいるらしい。その結果、噴火の際に放出される炭素同位体比に大きな違いが生ずる。この発見は、地球規模の炭素循環モデルの改訂を必要としており、有機炭素が埋蔵へ回される割合を減らすこととなる。(Wt,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 炭酸塩プラットフォーム:炭酸塩堆積物が長期間埋積して形成される平坦な地形。
Science, this issue p. 290

結合を引っ張ると直観に反することが起きる (Pulling on bonds counterintuitively)

実験メカノケミストリーは,化学結合の開裂を加速するため,主として結合に沿う方向の力の印加に重点をおいてきた。Akbulatov たちは今回,力がまた,もっと微妙な役割を果たす可能性があることを実証している。彼らは歪んだ大環状化合物を光化学的に作り,その後,リン-酸素結合かケイ素-酸素結合のどちらかを開裂する反応の速度に及ぼす,環歪の影響を研究した。リン-酸素の開裂は,この結合に直交し環を歪める力で加速され,一方,ケイ素-酸素の開裂は,この結合に沿う力で抑制された。両方の結果は,理論的に予測されたそれぞれの遷移状態と一致した。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • メカノケミストリー:分子や分子集合体に与えられた力学的エネルギーにより,分子や集合体のエネルギーが高まり,化学結合や分子配置が変化する現象を扱う研究領域。
Science, this issue p. 299

水力学的に優れたひれ (Hydraulic fins)

魚類のリンパ系は、哺乳動物の免疫応答および恒常性において、ほぼ同じ機能を持っている。しかしPavlov らは、サバ科(マグロとサバ)の魚では、リンパ液の恒常性機能が、背びれの剛性と動きを促進するのに役立つよう選出されてきたことを示している(Triantafyllou による展望記事参照)。クロマグロでは、一連のリンパ管が筋肉内に組み込まれており、その結果、クロマグロは背びれを立て、硬直させることができる。これが、遊泳時の格別な安定性を提供する。(NA,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 310; see also p. 251

ふらついて、私を二重にして! (Getting loaded—make mine a double!)

染色体DNA複製は、2つのリング状ヘリカーゼを逆向きにDNA上に積み込むことで双方向的に開始する。この対称性がどのように達成されるかは、複製開始部位がイニシエータである複製開始点認識複合体(ORC)に対する必須の結合部位を1つしか含んでいないために、謎であった。Coster および Diffley は、両方のヘリカーゼが似たような機構によって積み込まれることを示している。効率的な積み込みには、2つのORC複合体の2つのORC結合部位への逆向きでの結合を必要とする。自然の複製開始点は準対称的で、機能的に類似する第二のORC結合部位を伴っていることが発見された。この二つの結合部位は凡その間隔であけられているが、介在「バリケード」を入れてヘリカーゼの積み込みを防いでいた。このことは個々のヘリカーゼがDNA上で互いに向かって移動して安定した二重リングを形成することを示唆している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 314

成長する手段として手を伸ばす (Reaching out as a way to grow)

人は通常、動きをある場所から別の場所への物理的な移動として考えている。しかし、地を這うつる草のようないくつかの植物、そして神経細胞のようないくつかの細胞でさえ、動きは現在の場所から所望の場所への成長によって達成される。軟質材料で可能となる可撓性を利用し、Hawkes たちは空気圧を用いて、ロボットの先端を大距離にわたり長くした。彼らは、ロボットの片側だけにある空気室を膨張させてロボットを回転させた。帰還回路に接続された搭載カメラにより、ロボットは遠方の光源に向かって追跡することができた。(KU,MY,kj,kh)

Sci Robot. 10.1126/scirobotics.aan3028 (2017).

重力下でのより良い歩行 (Greater gait with gravity)

しばしば当たり前のことと考えられているが、あなたを地面に保持する力である重力は、傷害からのリハビリの際に顕著な問題となる。Mignardot たちは、移動を助けるために胴に上向きの力と前向きの力を供給するロボット体重支持装置を用いて、重力を抑え込んだ。脳卒中または脊髄損傷から回復中の患者は、このロボット装置を用いて歩行運動を改善した。患者の必要に応じて、ロボット装置により提供される力を調整するアルゴリズムが開発された。歩行不能な患者はこの装置を用いて自然に歩くことができ、歩行可能患者はバランス、四肢の協調、足の配置、および操縦の改善を示した。脊髄損傷患者にこのロボット支援機能回復訓練手法を用いた臨床試験が、現在進行中である。(KU,kj,kh)

Sci. Transl. Med. 9, eaah3621 (2017).

伸縮性のある結合剤がケイ素を保護する (A stretchy binder protects the silicon)

リチウム電池にシリコン粒子を用いる場合の課題は、充放電の繰り返し時の大きな体積変化が粒子の破砕の原因となり、それが絶縁界面層を形成することである。Choi たちは、ケイ素粒子を保護するために用いられている従来の結合剤材料が、少量のポリロタキサンを加えることで改良できることを示している(Ryu と Park による展望記事参照)。この分子は、糸状の部分で数珠つなぎにされた複数の環状部分からなり、両端には抜け止めがなされている。他の部分が自由に浮遊する一方で、環状部分のいくつかは高分子結合剤に固定されており、非常に動きやすいが連結された網状組織を生じる。この網状組織が結合剤を、それゆえシリコン粒子を固定するのである。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. 279; see also p. 250

運転席に座るガンの後成的作用 (Cancer epigenetics in the driver's seat)

近年のガン・ゲノム・プロジェクトは,予想外にも,ガン発生における後成的な変化の役割を明らかにした。ヒト・ガンのおよそ半分に,クロマチン・タンパク質の変異が潜伏していることが分かった。Flavahan たちはレビュー記事で,クロマチンの異常や後成的な異常が,2000年に発表された,古典的なガンの「ホールマーク(特徴)」の記述で表現された全ての発ガン特性を,細胞に付与する潜在力があると提示している。彼らは,遺伝的・環境的・代謝的因子が,クロマチンを許容異常あるい制限異常にすることを示唆している。許容異常クロマチンは「後成的可塑性」の状態を作り出し,これが,ガン発生を駆動するガン遺伝子の発現や細胞運命の変化を活性化する可能性がある。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • クロマチン:真核細胞の核内にあるDNAが,DNA分子を折り畳んで核内に収納する役割をもつタンパク質であるヒストンに巻き付いて形成された複合体。
Science, this issue p. eaal2380

少しずつ凝集体を解く (Untangling aggregates one step at a time)

進化的に保存されたAAA +タンパク質複合体は、アデノシン三リン酸の加水分解を利用し、細胞ストレスに応答してそれらの基質の折り畳みをほどき、脱凝集させるが、どのようにこれを行うかは正確には不明である。Gates らは、基質のチャネル中の折り畳まれていないポリペプチド基質に結合したディスアグレガーゼの一つであるHsp104の高分解能低温電子顕微鏡による構造を決定した。この構造は、基質相互作用と二つの異なる転位状態を明らかにしている。Hsp104は、2 個のアミノ酸による逆行不能な行程で、基質に沿った動きを引き起こす立体構造変化を受ける。これらの状態は、この分子機械がタンパク質の凝集体とアミロイドをどのように可溶化することができるかを説明する助けとなる。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • AAA+タンパク質:多様な細胞機能に関与する分子シャペロンの一種。ATPを加水分解する活性を持ち、その反応で得られるエネルギーを利用して、分子複合体の構成因子の結合や解離を介添えすることによって複合体の構造を変換する。
  • ディスアグレガーゼ:タンパク質凝集体を分解する酵素。このうちHsp104(タンパク質二糖分解酵素)は変性タンパク質凝集体を迅速に再可溶化し、タンパク質の機能を回復させることができる。
Science, this issue p. 273

炭素をホウ素化する道を照らす (Lighting the way to carbon borylation)

ホウ素置換基は多用途の反応性を提供し,医薬品分野におけるその効用が明確になってきている。Fawcett たちは,カルボン酸基のボロン酸エステルへの置換を,可視光が引き起こすことができることを示している。これは,幅広い化合物へのボロン酸エステルの導入を容易にする。ひとたびフタル・イミド置換基を有するカルボン酸化合物が活性化されると,アミン溶媒中で触媒や他の添加剤を必要とせずに,可視光照射下でカテコール・ボラン二量体と反応できる。この反応は,光開始後にラジカル連鎖成長で進むようだ。(MY)

Science, this issue p. 283

伝搬するマヨラナ・モード (A propagating Majorana mode)

素粒子としてのマヨラナ粒子は捕捉しにくいままであるが、その固体状類似体は半導体-超伝導体混成ナノワイヤー中で観測されている。ナノワイヤーを実験装置とする状況においては、マヨラナ状態はワイヤーの端部に局在する。Heらは、一次元マヨナラ・モードが試料の端部に沿って移動すると予想される二次元ヘテロ構造を構築した(Pribiagによる展望記事参照)。このヘテロ構造は、超伝導体が接合した量子異常ホール絶縁体(QAHI)棒から構成された。著者たちは、外部磁気場を「つまみ」として用いて、マヨラナ・モードが超伝導体で覆われたQAHI棒の端部に沿って伝搬する状態になるよう同調した。輸送実験においてその時、半整数の量子化コンダクタンスというマヨラナ・モードの伝搬特性が観測された。(NK,MY,kj,kh)

【訳注】
  • マヨラナ粒子:粒子と反粒子が同一である仮説的な中性フェルミ粒子だが、その性質を持つ仮想的粒子がトポロジカル物性において出現する。
Science, this issue p. 294; see also p. 252

大きなギャップのトポロジカル絶縁体を作る (Making a large-gap topological insulator)

基礎研究に対する興味にもかかわらず、トポロジカル絶縁体はまだ、技術的潜在力にふさわしい働きをしていない。これは保証される表面-エッジ状態が、通常、狭いエネルギー・ギャップ中でだけにどどまり、その特異な輸送特性が通常のバルク材料に圧倒されることが一因である。Reis たちは、材料をうまく選択することで、トポロジカル特性が室温で明確であるために十分に広いギャップ幅を作ることが可能であることを示している。数値計算は、SiC(0001)上に成長させたビスマスの単層が、大きなエネルギー・ギャップを持つ二次元トポロジカル絶縁体であることを示している。この研究者たちは、そのようなヘテロ構造を作製し、走査トンネル分光法を用いて特性を明らかにしている。実験的に測定されたギャップの大きさは、計算と一致した。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • トポロジカル絶縁体:内部は絶縁体でありながら、 そのエッジ(2次元系なら端、3次元系なら表面)にスピン偏極した金属状態が生じている物質
Science, this issue p. 287

堅実な固体状態から高みを目指す (Hitting the highs in solid state)

強烈な光パルスと気体原子間の非線形相互作用により、高次高調波の光周波数を発生させる能力は、超高速での光学や分光法の領域を切り開いてきた。Sivis たちは今回、高い高調波が、固体試料によっても発生可能であることを示している。彼らはナノ加工構造の酸化亜鉛の標的を用い、試料の化学組成を変化させて、光が標的材料と相互作用する時に、(適度の)高次高調波を発生可能であることを実証した。この結果は、固体の超高速光学素子の開発の可能性を示している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 303

より屈曲性のある機械的センサを見つける (Finding a more flexible mechanical sensor)

圧電材料は、電気と機械的応力間の変換を可能にする。最も効率的な圧電材料は、BaTiO3 または PbZrO3 のようなセラミクスであり、それはまた非常に硬い。You たちは、有機ペロブスカイト構造の圧電材料を見出した。それは、はるかにしなやかであるが、従来のセラミクスのものと同様の圧電応答を有している。この材料は、より硬くない圧電材料の恩恵を受ける、屈曲性素子、ソフト・ロボティクス、生物医学用素子、および他の超小型機械向けの機械的センサーとして用いるための、より良い選択肢になるかもしれない。(Sk,kh)

【訳注】
  • ソフト・ロボティクス:生命体類似の高度に変形容易な材料からのロボット構成を扱うロボット工学の分野。
Science, this issue p. 306

気温制御のための地球工学 (Geoengineering for temperature control)

地球の気温が上昇し続けるにつれて、地球温暖化低減のため、地球気候システムにおける、可能な大規模介入にますます注目が集まっている(Pasztor による解説を参照)。Niemeier と Tilmes は展望記事の中で、そのような地球工学的手法の1つである成層圏エアロゾルの改質について調べている。この方法では、地球表面に到達する太陽光の量を減らすために、大量の硫黄やその他のエアロゾルを成層圏に注入することが必要となるかもしれない。Lohmann と Gasparini は2番目の展望記事で、それほど知られていない地球工学的手法である、巻雲への凝縮核播種について説明している。この方法は、地球大気から発する長波放射の増加を目的としている。これらの方法は温暖化を減少させるかもしれないが、予測不可能な多くの副作用の可能性があり、また海洋酸性化のような問題扱うことはないであろう。(Wt,kh)

Science, this issue p. 231, p. 246; see also p. 248

パーキンソン病におけるアミロイド・コネクション (The amyloid connection in Parkinson's)

パーキンソン病は進行性の神経変性疾患で,一般的に,キナーゼLRRK2の活性過剰変異と関係している。この病気は,ドパミン作動性神経細胞の喪失のせいで,認知症に至る。Chen たちは,LRRK2の活性過剰変異が何故,神経細胞に有毒なのかを発見した。アミロイド前駆タンパク質(APP)の切断産物の1つは,変異体LRRK2によりリン酸化されると,核へ移行し,転写活性がさらに高まり,その結果,ドパミン作動性神経細胞を殺した。これらの発見は,パーキンソン病の病理をアルツハイマー病の病理に結び付ける。アルツハイマー病の病理では,認知症はもう1つのAPPの切断産物であるβアミロイドと関係しているのである。(MY,kh)

Sci. Signal. 10, eaam6790 (2017).