AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 14 2017, Vol.357

太陽は太陽型星だろうか? (Is the Sun a solar-type star?)

太陽黒点の活動を含めて、太陽の活動は、磁場の変化によって 11年周期で変化する。近傍の他の太陽型星には、それぞれに固有の周期があるが、太陽はその挙動に適合していないように見える。Strugarek たちは、磁気流体シミュレーションを用いて、星の活動期間は星のロスビー数、すなわち慣性力とコリオリ力との比に依存することを示している。彼らは、観測に目を向け、太陽を含む太陽型星がこの関係に従うことを見出した。この結果は、星の磁場生成に対する理解を前進させ、太陽が実際に太陽型星であることを確証するものである。(Wt,kh)

Science, this issue p. 185

救援に向かうダイヤモンド (Diamonds to the rescue)

スピントロニクス素子内のスピン輸送を追跡することは難題である。Du らは、ダイヤモンドの窒素空孔中心を使い、これを微小で高感度な磁気探知器のように機能させることができる手法を考案した。著者らは、窒素空孔中心を含んだダイヤモンド・ナノビーム(梁)を試料のごく近傍に配置した。それにより、素材であるイットリウム鉄ガーネット中に存在するマグノンと呼ばれるスピン波のスピン化学ポテンシャルをナノメートルの空間分解能で測定できた。窒素空孔中心は温度にも敏感なため、本手法はスピンカロリトロニクスにも利用できるであろう。(NK,MY,kj,kh)

【訳注】
  • ダイヤモンド・ナノビーム(梁):内部に規則的に窒素空孔センターを配したダイヤモンドのナノスケールの細長い梁構造体。ダイヤモンド基板上にイオンビーム注入などで作製。孤立した電子スピンが得られ、周囲の磁気に敏感。
  • スピンカロリトロニクス:電荷・熱・スピンの相互作用を研究する学問領域
Science, this issue p. 195

勝者の脳回路 (The brain circuits of a winner)

マウスの社会的順位は,社会的競争における自らの勝利歴により決まる。Zhou たちは,この履歴の効果が視床から背内側前頭前野と呼ばれる脳領域への神経細胞投射によって伝わることを見出した。この入力により駆動されるシナプスを選択的に操ることで,回路の活動と,成功体験に基づく心的順位行動とのあいだの因果関係が明らかになった。このため,この経路のシナプスは,過去の勝ち敗けの履歴についての記憶を貯蔵するのである。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 162

アミロイドはシナプスの輸送を減じる (Amyloid impairs synaptic trafficking)

アルツハイマー病におけるアミロイドβ(Aβ)の蓄積は、シナプスの損失と機能障害をもたらす。 Park らは、可溶型 Aβが、神経細胞からの Ca2+イオンの排出能を妨げることを見出し、それはキナーゼ CaMKIV を活性化した。CaMKIV はシナプシンをリン酸化し、シナプシンをシナプス小胞とアクチンから解離して、その結果神経細胞の小胞輸送を減じた。 したがって、CaMKIV 活性を標的とすることは、Aβの病理学的効果を抑制する戦略を提供し得る。(Sh,nk,kj)

【訳注】
  • CaMK:カルシウムカルモジュリン依存性タンパク質キナーゼ。細胞内のカルシウム濃度上昇時に活性化するタンパク質リン酸化酵素。CaMKIV は核内に多く存在するサブファミリーの一つ。
  • シナプシン:神経終末に局在する神経系に広く分布するシナプス小胞結合タンパク質
Sci. Signal. 10, eaam8661 (2017).

計画を作成すること (Making a plan)

近年まで、将来のために計画することは、一般的に人間に特有であると考えられてきた。過去 10年間の研究は、類人猿やアメリカカケスもまた、このような計画を作ることを示してきた。しかしながらこのような研究、特に鳥類のおけるそれには疑問が呈されていた。食物を探すことや平常の作業を計画することは、もっと一般的な意味における計画とは同じではない、という主張がなされてきている。Kabadayi たちは、全般的な計画能力を具体的に評価するよう考案された作業によりカラスを試験した(Boeckle とClayton による展望記事参照)。彼らの将来計画能力を確認したところ、この鳥は類人猿や小さな子供と、この複雑な認知的作業において少なくとも同じくらいうまく成し遂げた。(Uc,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 202; see also p. 126

ニューヨークのネズミがウイルス学者に贈り物を提供する (New York City rats provide a gift to virologists)

C 型肝炎ウイルス(HCV)感染症用治療薬の発展にも拘わらず,HCV の世界的根絶には予防ワクチンが必要であるらしい。HCV に対する免疫応答の研究に適したマウス・モデルがないことで,ワクチンに向けた進歩が妨げられてきた。Billerbeck たちは,ニューヨーク市のネズミから分離された HCV 関連ウイルスが実験室マウスに感染症を引き起こし,この感染症がヒトでの感染症と幾つかの免疫学的特徴を共有することを見出した(Klenerman とBarnes による展望記事参照)。この感染マウスに対する最初の解析で,このウイルスの急激な排除は T 細胞に依存し,ナチュラルキラー細胞に依存しないことが明らかとなった。(MY,kh)

Science, this issue p. 204; see also p. 129

カップリング反応のための三重探索 (A triple search for coupling reactions)

原理的に、カップリング反応は大量処理による発見法の優れた候補である。すなわち、多様な試薬セットを単純に混ぜ合わせ、次にそれらの 2つまたは 3つを結合した質量を持つ生成物を調べる。しかしながら実際には、すばやく区別するには余りにもよく似た質量を持つ、異なる生成物が数多く生じるであろう。Troshin とHartwig は、反応生成物の質量で反応した試薬の組み合わせが分かるよう、同じ反応性官能基を共有するが、慎重に質量差が選ばれた不活性基を持つ 3つの反応試薬プールを並行してふるい分けすることで、この問題を回避した。特定の生成物は、3つのプールを通じてそれらの明確な、予期される質量差によって、ノイズの大きい分布の中で同定することができた。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 175

世代間転写の調教 (Intergenerational transcription taming)

親は自分の子の発生を導く遺伝情報を提供する。Zenk たちは,後成的な情報もまた,抑制標識の H3K27me3 の形で子に伝わり,胚中で適正に遺伝子発現を調節することを示している。母系継承の H3K27me3 伝播を妨げると,早熟遺伝子活性化を引き起こし,最終的には胚致死となった。(MY,kh)

【訳注】
  • H3K27me3:ヒストン H3(ヒストンを構成する4つのコアタンパク質の1つ)の N 末端側から 27番目のリジン残基がトリメチル化されている状態で,転写抑制として働く。
Science, this issue p. 212

分割されると、勝利を得る (Divided, they conquer)

樹状細胞(DC)は、T 細胞駆動の抗ウイルス応答を先導する上で重要な役割を果たしている。Silvin たちは、ウイルスに感染した DC が適応免疫応答を駆動する能力をどのように保持しているかのパラドックスを検討した。取り込んだウイルスへの応答で、彼らは、CD1c陽性DC が感染と死に感受性であるが、一方 CD141陽性DC はそうではないことを見つけた。CD141陽性DC のウイルス抵抗性は、取り込みに関わるグアノシン・トリホスファターゼ RAB15 の発現によって付与されていた。CD141陽性DC が、感染した CD1c陽性DC からウイルス由来の抗原を自分に移すことで、T 細胞免疫応答を先導することが可能になった。抗原提示から抗原獲得を分離する DC サブセット間のこの分業が、この長年の謎に対する解答を提供する。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • CD1c陽性DC、CD141陽性DC:樹状細胞は細菌やウイルスを細胞内に取り込んで、その一部を抗原として細胞表面に提示し、T 細胞などの本格的免疫応答を先導する。CD1c陽性DC、CD141陽性DC は共にある種の抗原提示分子を発現した樹状細胞のサブセット。
Sci. Immunol. 2, eaai8071 (2017).

モジュール性は擾乱効果をおさえる (Modularity limits disturbance effects)

自然、社会、技術に関するシステムを形成するネットワークは、擾乱の影響の拡散に対して脆弱である。理論は、群化されているかモジュール構造を有するネットワークが、そこではモジュール内部のノードが他モジュールのノードとよりも頻繁に相互作用するのだが、擾乱を封じ込め、全ネットワークへの拡散を防ぐ可能性があると予測する。Gilarranz たちは、微小節足動物のトビムシ(Folsomia candida)のネットワーク化された個体を用いた実験を行い、モジュール性は、局所的な絶滅が近傍のノードへ影響することを制限することを示した(Sales-Pardo による展望記事参照)。高いモジュール性を有するネットワークでは、擾乱は目的モジュール内部に封じ込まれ、その影響はそれを越えたノードまで広がらなかった。しかし、シミュレーションでは、モジュール性は、擾乱が存在するときのみそのネットワークに有益であり、そうでないときは、個体数の増加を妨げることが明らかとなった。(Wt,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 199; see also p. 128

層状酸化物からなる反強磁性体を作る (Making an oxide-layered antiferromagnet)

整列した隣接スピンが反対方向を指し示す物質の状態である反強磁性は、その特性を制御可能な層状ヘテロ構造に設計することができる。酸化物のヘテロ構造での中でそのようにすることは、ナノメーター厚みに薄くしたときに、構成する層群の必要な強磁性が維持できない可能性があるため、やっかいである。Chen たちは、反強磁性結合を設計するために、基板層、磁性層、および絶縁層の適切な組み合わせを見出して成長させることにより、この材料面での難題を克服した。得られた超格子は、強磁性酸化物と絶縁性材料の交互層からなり、層ごとの磁化の切り替わりを示す。(Sk,kh)

【訳注】
  • ヘテロ構造:組成元素が異なる固体を分子線エピタキシー法などの技術で接合した接合体
Science, this issue p. 191

安定性を理解するための構造空間の探索 (Exploring structure space to understand stability)

本来のタンパク質は機能に最適化された立体配置を有するので、タンパク質の安定性の決定的要素を理解することは難題である。機能偏好なしで設計されたタンパク質は、構造が安定性をどのように決定するかについての洞察を与えることができるかもしれないが、これは大きな試料数量を必要とする。Rocklin らは、何千ものミニタンパク質を測定することを可能にするタンパク質の設計および特性抽出の大量処理方法を報告している(Woolfson らによる展望記事参照)。設計と特性抽出をくり返して重ねることで、設計の成功率が、6 %から 47 %に向上した。これは、タンパク質の安定性を決定する力の均衡についての洞察を提供する。(NA,MY,kh)

Science, this issue p. 168; see also p. 133

熱を愛する量子振動 (Heat-loving quantum oscillations)

導電体のフェルミ面の形状は、外部磁場に変化が与えられる際の輸送特性の周期変化である量子振動により、探り出すことができる。ほとんどの量子特性と同様、この現象は、通常、十分な低温においてのみ観測可能である。Krishna Kumar たちは、水の沸点においてさえ消えることのない、グラフェンの量子振動を報告している。「通常の」低温量子振動は姿を消すが、加熱に対して非常に強い別の振動挙動が始まる。これらの順応性のある振動は、グラフェンが六方晶系の窒化ホウ素基板とほぼ整列している試料においてのみ現れる。これは、これらの振動が、そのような環境で形成されるモアレ超格子の電位によって引き起こされていることを示している。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • 超格子:複数の種類の結晶格子の重ね合わせにより、その周期構造が基本単位格子より長くなった結晶格子
Science, this issue p. 181

プラズモンが量子応答を精査する (Plasmons probe the quantum response)

電子系は、一般に古典的なフェルミ液体とみなされており、その量子力学的相互作用や過程は、通常、十分な低温と高い磁場だけで接近できる。Lundeberg たちは、調節可能なプラズモンを用いて、グラフェンの電子気体の量子応答を精査した(Basov と Fogler による展望記事参照)。彼らは、プラズモン振動中のフェルミ面の形状変化を、多体電子効果と同様に、調べた。(Sk,kh)

【訳注】
  • プラズモン:金属中の自由電子が集団的に振動して擬似的な粒子として振る舞っている状態
Science, this issue p. 187; see also p. 132

2つの言語に対して明確に異なる神経パターン (Distinct neural patterns for two languages)

複数の言語に堪能な人は第三者にとってはちょっとした謎かもしれない。おそらく直観に反して、複数言語の処理は人間の脳の共通なシステムにおいて起こっていることを、利用できるデータは示唆している。Xu らは、 機能的核磁気共鳴断層画像データの細粒度多 3D 画素パターン解析を使って、この解釈に挑んだ。中国語と英語の二言語使用者である被験者は、脳内の物理的位置が重複している独立した脳細胞のシステムを使用して2つの異なる言語を処理していた。結果として、被験者において、それぞれの言語はその言語に固有の神経集合を使用している。(ST,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1603309 (2017).

さほど甘くはない DNA 損傷の修復 (Not-so-sweet DNA damage repaired)

すべての細胞に存在する糖代謝の副産物であるグリオキサールとメチルグリオキサールは、DNA と反応し、それゆえ DNA を損傷する可能性がある。実際、グアニン(G)の糖化は、DNA の酸化的損傷の主要産物である 8-オキソ-デオキシグアノシンと同じくらい一般的である。Richarme たちは、原核生物と真核生物の両方が、糖化損傷を特異的に修復する専用システムを有することを示している(Dingler とPatel による展望記事参照)。 パーキンソン症関連タンパク質 DJ-1 / Park7 とその細菌相同体の Hsp31、YhbO および YajL は、DNA 中の損傷した糖化塩基の酵素的修復を指図する。このタンパク質はまた、DNA 内のヌクレオチドよりも糖化に感受性の高い、細胞中のより脆弱な遊離ヌクレオチドの溜まりを一掃した。(KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 208; see also p. 130

慢性拒絶反応の犯人を抑止する (Curbing culprits of chronic rejection)

臓器移植後に産生されるドナー特異的新規抗体は,慢性拒絶反応を引き起こすことがある。Nayak たちは,このような抗体の産生を肺移植で引き起こす機構を理解しようとした。マウス・モデルおよびヒト患者からのデータが,肺胞マクロファージ内での転写因子 Zbtb7a の発現が,重大な媒介物質として働くことを明らかにした。最終的に慢性拒絶反応と診断された患者は,早い段階で,この転写因子を高発現した。マクロファージに Zbtb7a を発現させないようにすると,閉塞性気道疾患モデルの病状を改善し,肺移植マウスの慢性拒絶反応を防いだ。このように,ドナー抗原のマクロファージによる提示を遮ることが,これらの破壊的抗体の産生を阻止する助けになるかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 肺胞マクロファージ:白血球の一種で,吸入に伴い肺胞上皮に沈着した粒子状物質を貧食して肺胞表面をきれいに保つ役割を持つ。
  • 転写因子:DNA 上の転写制御する領域に特異的に結合し,DNA の遺伝情報を RNA に転写する過程を促進,あるいは抑制するタンパク質。
Sci. Transl. Med. 9, eaal1243 (2017).