AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 7 2017, Vol.357

発展途上国のための発展カリキュラム (Developing curricula for developing countries)

発展途上国のたくさんの子供達が経済的に貧しい環境で育っており、そしてしばしば十分には運営されていない教育システムに苦しんでいる。Dillonたちはデリーの幼稚園において使われた、安価で現地で得られるリソースを用いて行われるゲーム(5つは計算のためのゲーム、5つは社会認知のためのゲーム)を設計した。彼らは3,9,15ヶ月後に、このゲームの介在の効果を測定した。社会的ゲームを行った者たちと比較すると、計算ゲームを行った子供達は3ヶ月の時点において、非記号的と記号的な計算の評価で高い成績を示していた。しかしながら、一年もの間では非記号面の向上だけが持続した。(Uc,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 47

生まれつきの小頭症がZikaの元凶を暴く (Inherited microcephaly exposes Zika culprit)

小頭症は,最近アメリカ大陸で勃発したジカ・ウイルス(ZIKV)の恐るべき特徴となっている。このウイルスがどのように胎児の脳発生を損傷するのかは謎だった。Chavaliたちは,先天性の小頭症の場合,神経前駆細胞タンパク質であるMusashi-1(MSI1)の変異が,RNAが神経幹細胞中の標的へ結合するのを妨害し,その結果,脳発生異常になることを発見した(Griffinによる展望記事参照)。MSI1はまた,ZIKVのRNAに結合し,細胞中でのウイルス複製を増幅する。この相互作用が,妊婦を小頭症の子を生む危険にさらすのかもしれない。さらに,MSI1はマウスの精巣で高濃度で発現しており,このことが,このウイルスの性感染を説明するかもしれない。(MY)

Science, this issue p. 83; see also p. 33

ダイヤモンドによる核磁気共鳴で化学に取り組む (NMR on diamonds gets down to chemistry)

核磁気共鳴(NMR)分光法は、化学的特性解析法として非常に有用であるが、比較的大量の試料を必要とする。最近の研究では、ダイヤモンドの窒素空孔中心を活用して、ほんの数ナノメートル立方の試料からNMR信号を検出しているが、分解能が低かった。Aslamたちは、この技術を最適化して、溶液中でアルキル基、ビニル基、およびアリール基の水素原子を識別するのに十分な、1ppmの分解能を達成した(Bar-GillとRetzkerによる展望記事参照)。彼らはまた、固体での実施とフッ素検出も実証した。(Sk,MY,kj)

Science, this issue p. 67; see also p. 38

腫瘍転移が再構築を受ける (Metastases undergo reconstruction)

原発腫瘍からのガン細胞は、所属リンパ節および遠く離れた器官に移動出来る。腫瘍学における有力なモデルは、リンパ節転移が遠隔転移を引き起こすというものである。この「順次伝播型進行モデル」は、腫瘍流出リンパ節の外科的切除の理論的根拠である。Naxerovaたちは系統発生法を用いて、17人の直腸結腸ガン患者における原発腫瘍、リンパ節転移、及び遠隔転移の進化的関係を再構築した(Markowitzによる展望記事参照)。順次伝播型進行モデルは患者の3分の1にしか当てはまらなかった。残り3分の2の患者において、遠隔転移とリンパ節転移が原発腫瘍内の独立したサブクローンから生じていた。(KU,nk)

Science, this issue p. 55; see also p. 35

病気の出現に対する遺伝学的解析 (Genetic analysis of disease emergence)

1980年代にコムギは,コムギいもち病の原因となる真菌病原菌の攻撃に陥落し始めた。この病気は最初にブラジルで見られ,去年バングラデシュで壊滅的な収穫損失を引き起こした。Inoueたちは,コムギの収穫に対する世界的な潜在脅威の出現を可能にした遺伝的変化を突き止めた(MaekawaとSchulze-Lefertによる展望記事参照)。高収量にでき,土質に合ったコムギ種がブラジルで植えられたが,この品種はある抵抗性遺伝子の能力がないものであった。このため,エンバクとホソムギの収穫を落とす病原菌株に感染しやすく,この病原菌株が広がった。それに続き,コムギに対してその産物がエリシターとなるこの病原菌株の非病原性の遺伝子PWT3が変異して,コムギ種全体に対する感染力を強くし,コムギの収穫に対する潜在脅威の出現となった。(MY,kj,nk)

【訳注】
  • 抵抗性遺伝子:植物が持つ遺伝子で,真菌が持つ非病原性遺伝子の産物を感染シグナルとして認識し,植物内で生体防御反応を発動する機能を持つ。また,植物に対して,生体防御反応を誘導する真菌の産物をエリシターという。
Science, this issue p. 80; see also p. 31

アトピー性皮膚炎を深く研究する (Diving into the depths of atopic dermatitis)

ブドウ球菌属は,よく知られたアトピー性皮膚炎のけん引役である。Byrdたちは,ショットガン・メタゲノム配列決定を用いて,小児アトピー性皮膚炎の紅斑発生前と紅斑時に存在する,ブドウ球菌属の具体的な種と菌株を分析した。患者の症状がより穏やかであるほど,紅斑にはS. epidermidisが多く存在し,症状が重篤である患者の優勢な常在菌はS. aureus株のクローンだった。これらの患者から採られた菌株をマウスの皮膚に塗ったところ,ひどい紅斑からの菌株は,T細胞の分化と上皮肥厚を誘発した。このように,アトピー性皮膚炎になると,ブドウ球菌は全て同じとは限らない。(MY,kj)

【訳注】
  • メタゲノム解析:単一微生物の細胞を培養してそのゲノム配列を調べるのではなく,環境から一緒くたに集めたゲノム配列を解析し,どのような微生物種が存在しているのかを調べる方法。
  • ショットガン法:ゲノムDNA配列を決定するため,ゲノムDNAを無作為にランダムに切断して断片化すること。ショットガン法で作られた個別DNA断片はシークエンサーで配列が解読され,コンピュータを使って元のゲノム配列が決定される。
  • S. epidermidis:表皮ブドウ球菌の一種。
  • S. aureus:黄色ブドウ球菌。
Sci. Transl. Med. 9, eaal4651 (2017).

セレン化鉄をより深く調べる (A deeper look into iron selenide)

過去10年間、鉄系の超伝導体は、問題の解決を上回って、さらに多くの疑問を生み出してきた。最も基本的な未解決の疑問のなかに、相互作用がどの程度強いのか、そして電子対形成の仕組みが何なのかということがある。今回、二つのグループが、この興味をそそる化合物であるセレン化鉄(FeSe)におけるこれらの疑問の解決に貢献した(Lee による展望記事参照)。Gerberたちは、X線回折を併用した光電子放出分光法を用いて、FeSeが非常に大きな電子格子相互作用を有することを見出した。Sprauたちは、準粒子干渉画像法の助けを得て、超電導ギャップの形状を決定し、FeSeの電子対形成が軌道選択的であることを見出した。(Sk,kj,nk)

【訳注】
  • 電子格子相互作用:電子とフォノン(格子振動)との間に働く相互作用
Science, this issue p. 71, p. 75; see also p. 32

いたるところで交通を悪化させるやり方 (How to make traffic worse everywhere)

大都市での交通の流れの改善を目的とした政策の一つでは、車両に2、3人搭乗することが求めらる。これは、通常、多人数乗車車両(HOV)のために別に設置された車線や道路で運行される。これが実際に運行速度を増加させるかどうかは、HOV用道路がどれくらい頻繁に使用されるか、また、代替経路が使用可能かに依存している。Hannaたちは、ジャカルタにおけるHOV規則の廃止という、突然の政策変更を活用して、政策変更前後でHOV用道路と代替経路に対して、Google Mapsから走行時間を収集した(Andersonによる展望記事参照)。彼らは、都市全体にわたる深刻な交通事情の悪化を観測した。(Wt,MY)

Science, this issue p. 89; see also p. 36

黄色いレンガの道をたどって (Following the yellow brick road)

副腎は、ストレス反応や代謝などのさまざまな過程に影響する。成熟した副腎は、神経由来の細胞を含む複数の組織源から形成される。Furlanらは、副腎のこれら組織源細胞の起源を突き止めた。これらの細胞は最初にシュワン細胞前駆体となり、神経に付き従い、脊椎の後根神経節から副腎に移動する。一旦そこに入ると、細胞はクロム親和性細胞に分化する。著者らは、単一細胞トランスクリプトミクスを使用して、移動、発達、および分化の間の機能プログラムの変化を明らかにした。(NA,MY,kj)

【訳注】
  • シュワン細胞:末梢神経細胞の軸索の側面に付着している随伴細胞。この細胞がつながり、神経繊維を包む神経鞘を作る。
  • クロム親和性細胞:副腎髄質に存在する内分泌細胞。重クロム酸カリウムに染色するのでこの名前が付いた。
  • トランスクリプトミクス:特定の状況下で、細胞や器官に存在するRNA全体を網羅的、包括的に研究する学問分野のこと。
Science, this issue p. eaal3753

隅に住み込むトポロジカル状態 (Corner-dwelling topological states)

結晶の電気分極を計算することは驚くほどに難解であるが、いわゆるベリー位相と呼ばれるトポロジカル概念の助けを借りて計算することができる。四重極子や八重極子のような多重極モーメントへの拡張は、さらに難解である。Benalcazarらは、いくつかの型の固体においてこれら多重極モーメントを扱う理論体系を構築した。幾らかの結晶対称性の存在下で、四重極モーメントは量子化され、系の隅が、部分的に帯電したトポロジカルに保護された状態に対する受け皿の役割を演じている。これら予測は、冷却原子や光子系で検証できるかもしれない。(NK,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 61

コムギのゲノム解析と栽培化 (Genomics and domestication of wheat)

世界中の多くの人々の食生活を支えている近代コムギは、長い間、さまざまな種の間で選択と交雑の歴史がある。Avniたちは、ゲノムの立体構造を捕獲するHi-C方法を用いて、野生の異質4倍体コムギ(Triticum turgidum)のゲノムを組み立て,アノテーションを行った。その後彼らは、穀物の重要な栽培化痕跡である脱粒性を制御する遺伝子で、因果関係を持つとされる変異を特定した。彼らはまた,エンマーコムギの野生種および栽培種の遺伝子型の中で,エクソン捕獲に基づく栽培化についての解析を行った。これら知見は、エンマーコムギのゲノムについて説得力のある概観と、農業面において近代的なパンコムギの形質を理解する際の有用性を提示している。(ST,MY,kj)

【訳注】
  • Hi-C法:ゲノムの三次元構造をゲノム規模で得る方法。ゲノムを化学架橋することで構造固定し,その後断片化して断片構造を解析し,再度,計算機の助けを借りて元の3次元構造を組上げるやり方をとる。
  • アノテーション:塩基 配列データに遺伝子構造や遺伝子機能の情報、文献情報などを注釈付けすること。
  • エクソン:遺伝子中でタンパク質を符号化している領域。
  • エンマーコムギ:人類が最初に栽培化したコムギで染色体数は28本。
  • パンコムギ:現代の一般的なコムギで染色体数は48本。
Science, this issue p. 93

血管拡張のための細胞間信号 (Intercellular signal for vasodilation)

血管収縮と血管拡張は、組織に血液を供給する細動脈でつり合わなければならない。二次情報伝達物質であるIP3は、平滑筋細胞からギャップ結合を通って血管内皮細胞に受け渡される、血管拡張を引き起こす信号であると考えられている。 しかしGarlandらは、IP3ではなくCa2+が、血管収縮刺激に応答して電位依存性Ca2+チャネルを通って血管平滑筋細胞に入ることを見出した。 その後、このCa2+イオンはギャップ結合を通って内皮細胞に入り、この細胞型に依存する血管拡張反応を開始した。(Sh,MY)

【訳注】
  • 二次情報伝達物質:細胞内で情報伝達物質が受容体に結合して別の情報伝達物質が作られ、これが細胞の代謝や変化に影響を与えることがあるが、この新たに産生された情報伝達物質
  • ギャップ結合:隣り合う上皮細胞をつなぎ、水溶性の小さいイオンや分子を通過させる細胞間結合
Sci. Signal. 10, eaal3806 (2017).

機能は構造により起こる (Function follows form)

先天性ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)は、新生児障害の最も一般的な感染原因である。 それは、子供の聴覚消失の主要な原因であり、このことは、HCMVの母子感染を防ぐことのできるワクチンの必要性を強調する。Chandramouliたちは、ウイルス侵入の重要な決定因子である、HCMV五量体の複合体(Pentamer)に結合した中和抗体の結晶構造を報告している。その構造的および機能的研究は、ワクチン開発や抗体、および小分子治療の標的として役立つかもしれない他の機能的部位だけでなく、Pentamer上の潜在的な侵入受容体-結合部位をも明らかにしている。(KU,ok)

Sci. Immunol. 2, eaan1457 (2017).