AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 30 2017, Vol.356

燃やすな、ベイビー、燃やすな (Burn less, baby, burn less)

人類は、山火事に主要な影響を持っているし、これまでもずっとそうであった。そして我々の温暖化している世界では野火は増加すると予想されている。Andelaたちは衛星のデータを用いて、意外なことに、気候の影響にも関わらず、世界的に火事が起きた領域は、過去18年間にわたり25%ほど減少したことを示している。この減少は農業の拡大と強化という理由により、サバンナと草原において最も大きかった。野火による焼失面積は、大気と植生そして陸上の炭素吸収源への将来変化の予測に対し重要性を有している。(Uc,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1356

たった1回のクリックでもっといい薬を作れちゃう? (Are better drugs just a click away?)

前臨床段階のモデル動物で前途有望であった薬が,臨床時に機能しないことがしばしばある。これは1つには,細胞内や組織間での薬の局在化に関する情報が限られるためである。概念立証型研究において,Tylerたちはクリック反応を適用して,ブロモ・ドメイン阻害剤の局在化について研究した。これらは抗ガン剤で,クロマチン構造と遺伝子発現に変更を加える。標識剤をクリック反応で結合できるようにしたこの阻害剤の誘導体は,クロマチン内で局在化し,ガン原因遺伝子と非原因遺伝子に対してはっきり異なる結合様式をとることを示した。白血病のマウス・モデルにおいて,クリック反応でこれらの誘導体に結合した標識は,白血病細胞の2つの組織起源である脾臓と骨髄で,阻害剤の蓄積の程度が異なることを示した。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • クリック・ケミストリー:シートベルトをカチッと締めるように,二つの反応原料を高収率で副生成物を出さずに結合させる,汎用性の高い基質特異的な反応のこと。
  • ブロモドメイン:ヒストンのアセチル化リジンを認識する機能を持つタンパク質ドメインで,このドメインを持つタンパク質は転写活性化因子として作用する。ある種のブロモドメインタンパク質はガン細胞の増殖に関わることが知られている。
  • ブロモドメイン阻害剤:ガン細胞の増殖に関わることが知られているブロモ・ドメインタンパク質のアセチル化リジン認識能を阻害する低分子化合物。
Science, this issue p. 1397

樹木の多様性の維持 (Maintaining tree diversity)

植物種間の負の相互作用は、同種密度に対する負の依存性(conspecific negative density dependence:CNDD)として知られている。この生態学的パターンは、熱帯地域において、種の多様性をよりしっかりと維持するためと考えられている。LaMannaたちは、熱帯・温帯緯度において、樹種の多様性が地域的な生物相互作用の強さと共にどのように変化するかを比較することによって、この仮説を検証した (Comitaによる展望記事を参照のこと)。地域に特化した生物学的相互作用が強いほど、普通種の個体数を制限するだけではなく、希少種の個体数をもより強く安定化することで、熱帯雨林の生物多様性の崩壊を防いでおり、結果として熱帯地方における強いCNDDを示す傾向となる。(Wt,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1389; see also p. 1328

ロードマップ上のカーボン・ナノチューブ (Carbon nanotubes on the roadmap)

高性能トランジスタに対する外形面での課題は、ますます小さくなる素子の中に収めることである。そのためには、横寸法を、およそ100ナノメータから40ナノメータに縮小する必要がある。Caoたちは、単一の半導電性カーボン・ナノチューブを用いることで小さな素子を作製し、さらに、これらのナノチューブを多数配列させたものも作製した。1ミクロンあたり1.2ミリアンペア以上の高いオン電流と、1ミクロンあたり2ミリジーメンス以上の電気伝導率という高い性能は、ナノチューブを、コバルト・モリブデン合金との端部に接合接触を作るこにより実現された。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ジーメンス: コンダクタンスの単位で, 電気抵抗の単位オーム(Ω)の逆数
Science, this issue p. 1369

神経管の構築 (Building the neural tube)

神経管の発生は、相反する勾配で作用する一対のモルフォゲンによって調節される。 成長した神経管は、一貫した背腹パターンで組織化される多様な異なる細胞型から構築される。 Zagorskiたちは、 このパターンが個体間で再現可能な方法でどのように説明されるかを求めた。 このモルフォゲンは、それぞれの勾配の最上部に向かって極めて正確に位置を規定しているが、勾配の状況は中間部でちょっと乱雑になる。しかし、遺伝子調節ネットワークの応答を両方のモルフォゲン勾配の入力を合わせた最尤推定としてモデル化することで、その中間位置さえもうまく説明できる。したがって、遺伝子調節ネットワークによる位置の計算は、乱雑な入力にもかかわらず、正確な組織のパターン形成を確立する。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • モルフォゲン: その濃度によって細胞の運命を決定する分子の総称。未分化の組織塊の限られた領域から分泌拡散し、その濃度勾配が各細胞に適切な位置情報を与え、特定の形体の構築を導くと考えられている。
Science, this issue p. 1379

握ってみよう (Get a grip)

すべすべした物をつかむには、圧力と摩擦を微妙に感覚する組み合わせが必要であり、それは、人間が日常的に行っていることであるが、ロボットにとっては困難なことである。加えて真空条件下なのかもしれない、低重力環境で、物をつかむことを想像してみよう。宇宙空間では、真空吸引も粘着パッドも役に立たないであろう。Jiangたちは、ずり運動により活性化したり非活性化したりできる、ヤモリの足に着想を得た乾式粘着部材を用いる把持装置を考案した。小さな粘着板は機械的に連結することが可能で、荷重を広面積にわたって分配することを可能にする。これらを、小さな力に対しては硬く、大きな力に対しては柔軟になる手首のような構造に取り付けることにより、粘着部材に損傷を与えることなく物を動かすことができる。(Sk,nk,kh)

Sci. Robot. 10.1126/scirobotics. aan4545 (2017).

新石器時代のトルコからの初期の頭蓋骨礼拝 (An early skull cult from Neolithic Turkey)

人頭蓋の崇拝は,アナトリアやレバントにおける多くの新石器時代遺跡により,よく知られている。Greskyたちは,紀元前9600年から8000年の間に居住が行われた重要なギョベクリ・テペ遺跡から,頭蓋崇拝の新たな証拠を発見した。この遺跡は,大規模な巨石建造物中で発見された巨岩のT字型標柱で名高い。深く掘られた溝,環状の穿孔,肉のそぎ落としを示す切れ目の跡,そして一例では赭土の塗布,を含む、死亡時になされた修飾の兆候を示す3つの頭骨が発見された。これらの修飾の配置は,これらの頭蓋が儀式的状況において,紐で吊られ,飾られたらしいことを示している。(MY,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • アナトリア:現在のトルコに属し,小アジアを指す古代地方名。
  • レバント:東部地中海沿岸地方の歴史的な名称。
  • ギョベクリ・テペ遺跡:アナトリア南東部にある新石器時代の遺跡。
  • 赭土(しゃど,red ochre):赤鉄鉱(ベンガラ)
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1700564 (2017).

確認された被害 (Damage confirmed)

花粉媒介昆虫に対するネオニコチノイド殺虫剤の影響についての初期の研究は,かなりの害があることを示した。しかしながら,これらの研究は,実地における現実的な殺虫剤の程度や,一般的にみられる環境条件を表していないという批判がくすぶり続いた。異なる作物と2つの大陸でなされた2つの研究が,今回,ネオニコチノイドがハチの健康を損なうことを実証している(Kerrによる展望記事参照)。Tsvetkovたちは,ハチが3~4か月の間,トウモロコシ作付けのそばで,農薬の標的とするトウモロコシ以外の植物の花粉を介してネオニコチノイドに曝されると,結果として生存と免疫応答の低下を、特に一般的に用いられる殺菌農薬に共暴露された場合に低下することを見つけている。Woodcockたちは,欧州の複数の行政区におけるナタネについての実験で,幾つかの非標的源からのネオニコチノイド暴露が,ミツバチと野生ミツバチの両方において,越冬成功と巣分かれを減らすことを見つけている。これらの実地結果は,ネオニコチノイドが現実の農業条件の下で,花粉仲介昆虫の健康に悪影響を与えることを確かなものにする。(MY,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ネオニコチノイド殺虫剤:昆虫に対して選択的に強い神経毒性を持つクロロ・ニコチニル系殺虫剤。1990年代に登場し,世界でもっとも広く使われている。
Science, this issue p. 1395, p. 1393; see also p. 1331

セルロースの可能性(The promise of cellulose)

植物の生物体量のほぼ半分を構成するリグノ・セルロースから得られる、セルロース主成分の生物エネルギーは、環境にやさしいエネルギー源としてかなりの可能性を有しているが、それでも生産するためにはかなりの資源を必要とする。Robertsonたちは、それらの生産のためのより効果的な手段を導くために、セルロース主成分の生物燃料の使用と、気候緩和、生物多様性、反応性窒素の損失、および水利用の間のトレードオフを概説している。未耕作地でその土地の在来種を育てることが、今後の有望な方法である。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. eaal2324

圧力下でも強い(Strong under pressure)

ヒト・サイトメガロウイルス(HCMV)は、ヘルペス・ウイルス科のメンバーであり、免疫不全の人にとって生命を脅かす感染症を引き起こすことがある。 HCMVは、単純ヘルペス・ウイルス1(口唇ヘルペスを引き起こすウイルス)のゲノムより約50%大きいゲノムをコードしているが、これら2つのウイルスは同様のサイズのカプシドを持っている。 Yuたちは低温電子顕微鏡法を用いて、HCMVカプシドの構造を3.9オングストロームの分解能で決定した。 これは、ヘルペス・ウイルス科の最初の高分解能カプシド構造である。 それは、このような大きなゲノムを収容することから生じるその高い圧力に耐えるようにカプシドを安定化させる広範な相互作用を明らかにしている。(KU,kh)

【訳注】
  • カプシド:ウイルスのゲノムを取り囲むタンパク質の殻。ウイルスが細胞に侵入後、細胞またはウイルス自身の酵素によって取り除かれる。
Science, this issue p. eaam6892

臨界期をもう一度 (Reopening a critical period)

若い脳は大人の脳と比べて柔軟である。この現象は、特定のスキルの獲得が最適となる臨界期という概念のもとになっている。 マウスでは、聴覚の臨界期は出生後の早い時期にのみある。若い脳は、大人の脳がやらないやりかたで周囲の音に神経回路を調整する。 この能力は、人間における幼児期の言語獲得の基礎となるのかもしれない。 Blundonらは、マウスでアデノシン・シグナル伝達の操作をすることによって、大人の聴覚野のいくぶんかの可塑性が回復出来ることを示している(KehayasとHolmaatによる展望記事参照)。成体マウスにおけるアデノシンの生成あるいはアデノシン受容体のシグナル伝達の阻害は、音調を識別する能力の改善をもたらす。(ST,nk,kh)

Science, this issue p. 1352; see also p. 1335

気候変動の影響の見積りを出す (Costing out the effects of climate change)

カリフォルニアの現在の降雨量など、米国における深刻な天候上の出来事は、現在の気候変動が与える将来コストの明白な証拠として提示されている。Hsiangたちは、6つの経済部門における、短期的な気候変動に対する応答を記録した全国的なデータを収集した。これらのデータは、一連の地球規模の気候モデルからの確率分布と統合され、ある範囲のシナリオにわたって、今世紀の残りの期間における将来コストの予測に使用された (Pizerによる展望記事を参照のこと)。著者たちは、国内総生産に対する全体的な効果の観点からは、米国南部には負の影響を、太平洋北西部とニューイングランドの一部地域には正の影響を予測している。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1362; see also p. 1330

凝集するのか、排斥するのか (To bunch or to antibunch)

素粒子はボゾン又はフェルミオンのいずれかに分類される。その物理特性や相互作用といった素粒子のその後の挙動は、その素粒子がどちらの量子統計に従うかに依存する。例えば、光子はボゾン粒子であり、凝集する傾向がある。電子はフェルミオン粒子であり、排斥し合う傾向がある。Vestらは、光と電子との複合励起子である表面プラズモン・ポラリトンは両方の特徴的な挙動を示すことを示している。実験系の光損失の度合を調整することで、干渉性プラズモンの凝集或いは排斥が制御できるという。(NK,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1373; see also p. 1336

脳の神経原性ニッチにおける特殊分化 (Specialization in brain neurogenic niche)

成体哺乳類の脳は、脳室下帯(SVZ)からニューロンを生成する。マウスにおいて、Paulらは環境シグナルと生成されるニューロンのタイプとを関連付けることができ、構造的な二次的分化がSVZにおいて生じることを示した。飢餓または満腹感に応答する神経回路は、SVZのある小領域が除かれ、脳室ニッチのちょうどそのその部分から新しい嗅覚ニューロンの産生が再調整される。(NA,KU,kj)

【訳注】
  • 神経原性ニッチ:神経幹細胞を取り囲む微小環境
Science, this issue p. 1383

三ヨウ化物イオンで欠陥を修復する (Healing defects with triiodide ions)

有機-無機ペロブスカイトにおける深準位欠陥は,無効な電荷担体再結合により太陽電池の性能を下げてしまう。Yangたちは,少量のメチルアンモニウム臭化鉛をも含有するホルムアミジニウム・ヨウ化鉛層の形成の際に,三ヨウ化物イオン(I3-)を添加することで,深準位欠陥形成が抑制されることを示している。この工程は,平方センチメートル当たりの太陽電池の認証効率をほぼ20%に上昇させる。(MY,KU,kh)

Science, this issue p. 1376

芳香の能動輸送 (Active transport of aromas)

揮発性有機化合物(VOC)は、宿主植物、病原体、片利共生生物、群落の間で、および花と花粉媒介者間での情報交換の目に見えない経路として機能する。 ペチュニア花の研究から、Adebesinらは、VOCが細胞外へ受動的に拡散するのではなく、ABC(ATP結合カセット)輸送体によって細胞膜を横切って能動的に往復輸送されることを示している(EberlとGershenzonによる展望記事参照)。 輸送体の無力化は、VOCの細胞内蓄積によって細胞膜に損傷をもたらす。(Sh,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 能動輸送:物質がそのための特別な機構とエネルギーを使い濃度差に逆らって拡散すること
  • ABC輸送体:脂質二重層を貫通するαヘリックスからなる膜貫通ドメインと、ATP-結合カセットと呼ばれる輸送体タンパク質からなるヌクレオチド結合ドメインから構成される、ATPのエネルギーを用いて物質の輸送を行う膜輸送体
Science, this issue p. 1386; see also p. 1334

抗ウイルス分子がコロナウイルスに飛びかかる (Antiviral gets the jump on coronaviruses)

コロナ・ウイルスは、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)ウイルスの場合のように、菌保有動物からヒト集団に飛び移り悲惨な結果をもたらす。 Sheahanたちは、コロナ・ウイルス感染症の潜在的治療薬として、エボラ・ウイルスに対して活性を示した小分子阻害薬を試験した。 この薬剤は、細胞培養における複数のコロナ・ウイルス型およびSARSのマウス・モデルに対して効果的であり、毒性はないようであった。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • コロナ・ウイルス:一本鎖のプラスRNAウイルス、外観が太陽コロナのように見える。
  • エボラ・ウイルス:一本鎖のマイナスRNAウイルス、外観が紐状に見える
Sci. Transl. Med. 9, eaal3653 (2017).

WNTシグナル経路による直腸結腸ガンの治療(Treating WNT-driven colorectal cancer)

WNTシグナル伝達経路は、様々な腫瘍、特に直腸結腸ガン(CRC)の増殖を促進する。 しかしながら、WNT標的化阻害剤は正常な胃腸の組織に有毒であり、その臨床での使用を妨げる。Liたちは、原発性および転移性CRCのマウス・モデルにおいて、キナーゼCK1αの小分子活性剤が、CRC細胞株におけるWNT活性を抑制し、腫瘍増殖を妨げ、生存期間を延長させることを発見した。 この阻害剤は、高いWNT活性および低いCK1α濃度を有する細胞に対して選択的であり、正常な胃腸上皮に対してほんの僅かな毒性しかなかった。(KU,nk,kj,kh)

Sci. Signal. 10, eaak9916 (2017).

電荷を分離するのは気体(Separating charges is a gas)

固体および液体の電解質は、正極と負極を分離しつつ、電荷またはイオンが動くことを可能にしている。分離は、エネルギー貯蔵装置における短絡の発生を防止している。Rustomjiたちは、圧力下で液化するフッ素化炭化水素を用いることによっても、分離が達成可能であることを示している。この電解質は、電池とコンデンサの両方で、特に低温において、優れた安定性を示す。(Sk,kh)

Science, this issue p. eaal4263