AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 23 2017, Vol.356

スピキュールの形成を理解する (Understanding the formation of spicules)

スピキュールは、太陽大気中で形成される数分間続く小さな噴流であり、可視表面から上向きに高温プラズマを駆動する。スピキュールの基礎となる物理学はよく理解されていない。 Martinez-Sykoraたちは、観察と一致する特性を有する多数のスピキュールを自発的に生成できる、輻射-磁気流体力学的模擬実験を開発した。両極性拡散のような大規模磁場とプラズマとの相互作用は、そのスピキュールのような現象の形成とその後の展開を御することとなる。スピキュールがどのように形成されるのかを理解することは、それにより太陽コロナをどれだけ加熱するのか、また、それが他の太陽の諸現象とどのように関係するのかを評価するのに有用であろう。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1269

線維芽細胞を心筋線維症へつなぐ非翻訳RNA (Lnc-ing fibroblasts to cardiac fibrosis)

心臓傷害の治療は通常、心臓の収縮性細胞である心筋細胞に集中している。 しかし、心臓の線維芽細胞は、心機能の低下を補うために細胞外基質を沈着させることによって、心不全の病変形成に重要な役割を果たすことがある。 Michelettiたちは、心臓の線維芽細胞に豊富に存在し、そして梗塞したマウスの心臓組織において発現が増加する長鎖非翻訳RNA(lncRNA)であるWisperを解析した。 彼らは、線維化が既に開始された梗塞の後、マウスをWisperに対するアンチセンス・オリゴヌクレオチドで処置した。 その処置により、基質タンパク質の発現が低下し、組織再構築が減少し、そして心機能および生存率が改善した。 Wisper発現は、大動脈狭窄を有する患者からの組織試料中で増加し、コラーゲンの体積分率および線維症重症度と相関した。 したがって、線維芽細胞特異的なlncRNAは、線維症治療の有用な標的となるかもしれない。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • アンチセンス: 核酸(DNAまたはRNA) の, 標的遺伝子RNAの遺伝子機能発現を抑制できる性質[https://bsd.neuroinf.jp/wiki/アンチセンス法 から]
  • オリゴヌクレオチド: おおよそ20塩基対かそれ以下の長さの短いヌクレオチド(DNAまたはRNA)[ウィキペディア "オリゴヌクレオチド" 項目から]
Sci. Transl. Med. 9, eaai9118 (2017).

周囲条件中の量子効果 (Quantum effects in ambient conditions)

量子反動-- 測定されるべき量子反動物体の「反作用」-- は、通常は極低温で観測される。この温度では、熱運動と区別することがより容易である。Purdyたちは機械的振動子を用いて、光でそれを精査することによって、室温での量子反動の効果を取り出すことに成功した(Harrisによる展望記事参照)。測定用光線によって生成された力のゆらぎは、振動子の運動と光プローブの透過光の特性に相関を有する変化をもたらした。これらの相関関係は量子反動の効果を明らかにし、結果としてこの系を量子温度計として用いることを可能にする。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1265; see also p. 1232

タンパク質に基づくナノ容器の作り方 (How to make a protein-based nanocontainer)

細菌の微小区画体と細菌の関係は、膜結合小器官と真核細胞の関係と同じである。 それらは共存する酵素が反応速度を高め、感受性タンパク質を保護し、有毒な中間体を隔離するために特殊化された細胞内区画である。Sutterたちは、 6.5メガ・ダルトンの完全な細菌微小区画体の殻の原子・分解能構造を決定した。 その殻は、六量体、五量体、および3つの型の三量体を形成する何百個もの5種類のタンパク質のコピーから構成されている。 その構造によって明らかにされた組立原理は、本来のと人工的なタンパク質膜系における自己組織化を合理的に操作するための基礎を提供し、そして例えば、細胞内ナノ反応器の設計に役立つかもしれない。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1293

飛行の影響 (The influence of flying)

鳥類の卵は通常たまご型の形状であるが、その対称性、真円度、低重心の程度にはかなりの変化が存在する。何がこの変化をもたらしたのかを説明するために、生活史や巣作りの説明等の多数の仮説が提案されていた。Stoddardたちは、形態学的・生物物理学的そして進化学的観点から1400種以上から得られた約50,000の卵を観察し、従来の仮説に関する支持が殆ど無いことを発見した(Spottiswoodeによる展望記事参照)。そのかわり、彼らの結果は飛行への適応に対する選択がもっともこの変化の原因であるらしいことを示唆している。(Uc,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1249; see also p. 1234

ヒドロゲルの瞬間的強固な結合 (Instant tough bonding of hydrogels)

電子皮膚、適応レンズ、伸縮性電池などの柔らかい電子デバイスは、プラスチック、金属、骨に瞬時に結合する、強固で、水を含むヒドロゲルの使用によって可能になる。 Wirthlたちは、従来型またはより新型のヒドロゲルのいずれかとアルカン中に分散されるシアノアクリレート・ベースのいくつかの接着剤をブレンドした。 彼らはそれを使用して、硬質または軟質の材料と数分で強靭な結合を形成する材料を作成した。 この材料は、シアノアクリレート・アルカン混合物とヒドロゲルとの高速の相互拡散とシアノアクリレートと硬質または軟質基材との間の容易な水素結合形成を利用している。 潜在的な応用は、エネルギー収集技術を目的として、ロボット工学から装着型の電子機器まで多岐にわたる。(KU,ok,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1700053 (2017).

PKAの活性化機構が修正される (PKA-activation mechanism revised)

ホルモン受容体の多くは環状AMP(アデノシン一リン酸)の産生を刺激し,産生した環状AMPはPKA(タンパク質キナーゼA)を活性化する。教科書的な解説では,触媒サブユニットと調節サブユニットとの複合体から,活性化により触媒サブユニットが遊離すると示唆されてきた。Smithたちは,培養ヒト細胞におけるPKAの活性化を注意深く観察し,活性化には,ホロ酵素の分解(触媒サブユニットの解離)が必ずしも必要でないことを見つけた。このキナーゼは,キナーゼを細胞中で局在化させるアンカー型タンパク質に結合しており,そのようなアンカー型タンパク質のおよそ200オングストローム以内での作用に限定されているらしい。このように,PKAの活性は,以前に予想されていたよりももっと厳密に,細胞内の局部に的が絞られている。(MY,nk,kj)

【訳注】
  • ホロ酵素:単独では酵素活性を持たないタンパク質分子に,非タンパク質性の分子である補酵素が結合して触媒活性を獲得した酵素のことを言う。1
  • アンカー型タンパク質:ここではPKA の調整サブユニットに結合する機能を有し,PKAホロ酵素を細胞内の特定の場所に縛り付けるタンパク質のこと
Science, this issue p. 1288

最適な人間的入力 (Optimum human input)

外骨格補助具は,例えば非常に重い荷物を持ち上げたり,高い耐久性を与えたりするような,人の能力の増強に使うことができる。しかしながら,補助具は,使用者各々に対して最適な効果に調節される必要があるだろうが,これには手間がかかるかもしれない。Zhangたちは,足首用外骨格補助具の即時に適応できる、最適化過程に使用者自身を含ませることができると説明している(Malcolmによる展望記事参照)。著者たちは,間接熱量測定法を用いて代謝速度を測定することで,使用者が歩行,走行,荷物を運搬している間に補助具から供給される回転モーメントを調節することができた。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 間接熱量測定法:呼気中の酸素および二酸化炭素の濃度と容積からエネルギー消費量を算出する測定法。
Science, this issue p. 1280; see also p. 1230

ある人の食べ物は別の人の毒(One person's meat is another's poison)

ヒト腸には活発に代謝する微生物が詰まっている。 それら微生物は、食べ物であろうと薬であろうと汚染物質であろうと、私たちが経口摂取しているものを変換する効果を持つ。 Koppelらは、微生物の異物代謝の際立った特徴、その体細胞代謝との相互作用、そして個体間変動を概説している。腸内微生物の機能的組成に依存して、その結果生じる生成物は、栄養学的に有益な効果を持ったり、医薬品を改変したり、または有毒となるかもしれない。 われらが友の微生物のこれらの結果のすべては、ヒトの健康と幸福に重要な影響を与える与える可能性がある。(Sh,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. eaag2770

免疫スペクトルを拡張する (Broadening the immune spectrum)

伝統的に、免疫系は2つの分岐を、即ち迅速な抗原非依存的自然応答とより特異的な抗原依存的可変応答を有すると考えられている。Kawabeたちは、その見解に免疫応答がより広いスペクトルを担当するという見方を加えている。彼らは、記憶・表現型CD4+ T細胞が、周囲のインターロイキン12(IL-12)の助けを借りて、感染とは無関係にナイーブT細胞から生成されることを見出した。 この細胞は、病原体認識のない時でもIL-12に応答してインターフェロンγを迅速に生成し、非特異的防御および病原体Toxoplasma gondiiに対する適応免疫強化の両方を提供した。 これらの記憶・表現型CD4+ T細胞は、初期自然応答を提供し、自然免疫と適応免疫の橋渡しをする。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ナイーブT細胞:一度も抗原刺激を受けていないT細胞
  • Toxoplasma gondii:トキソプラズマは寄生性原生生物の一種で、人にも寄生してトキソプラズマ症を引き起こす。通常は免疫系で抑え込まれるが、免疫不全の状態では重篤となることもある。
Sci. Immunol. 2, eaam9304 (2017).

線虫での不活発性の神経基盤 (Neuronal basis of lethargy in worms)

どのようにして脳は覚醒と睡眠を切り替えるのだろうか? Nicholsたちは,単一神経細胞の分解能で,線虫の脳全体にわたるCa2+の画像化を用いて,この疑問を研究した。彼らは,酸素濃度を変えることで,線虫を行動の静止と活動の状態の間で線虫を素早く切り替えることができた。彼らは,神経細胞網動態の体系的な下方調節で特徴づけられる脳の全体的な静止状態を観察した。酸素知覚神経からのシグナル伝達が,活動的神経細胞網動態を素早く呼び覚まし,また維持した。逆に,そのような覚醒合図がない場合には,神経細胞網動態が静止モードに収束した。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 線虫:線形動物門に属する体節構造を持たない生物で, 回虫やマツノザイセンチュウのような寄生虫の他に, 1 億種・地球上生物量の15% に達するとも言われる自由生活のものが土壌中にいる.
Science, this issue p. eaam6851

ヌクレオソームを含まない荷造り (Packaging without nucleosomes)

染色体におけるDNAの基本的な圧縮は、ヌクレオソームの周りのDNA巻きつきから始まると考えられているが、ヌクレオソーム巻きつけが有糸分裂染色体の凝縮に必要とされているのだろうか? Shintomiたちは、ツメガエルの卵抽出物とマウス精子核を組み合わせて、染色体様構造がヌクレオソームのほぼ完全な非存在下で構築されていることを見出した(KakuiとUhlmannによる展望記事参照)。 この「ヌクレオソーム欠失」染色体は、コンデンシンの豊富な不連続な軸と不完全に組織化されたクロマチン・ループから構成されていた。 この発見は、有糸分裂染色体組織化の組織化に関する教科書的見解に異議を唱えるものである。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • コンデンシン:染色体凝縮を促進するタンパク質複合体
Science, this issue p. 1284; see also p. 1233

高帯域幅の共鳴系 (Resonant systems with high bandwidth)

能動系の性能は、光学的、電気的もしくは機械的のいずれにおいても、その品質係数Qによってしばしば記述される。通常は、Q値が高ければ高いほど、共鳴は更に鋭くなると、即ちデバイスの帯域幅は減少するというということを人は記憶している。Tsakmakidisたちは、これが実際にその通りであるが、それは対称性のある系に対してのみの規則であることを示している。しかしながら、非対称(もしくは非相反的)系については、この法則に従う必要はない。彼らは、高Q値をもつ系がより非対称になるほど、帯域幅がより広くなる可能性があることを理論的に示している。この効果は、広い帯域幅全域で動作する高Q値のデバイス設計の期待を高める。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1260

チトクロムCにおける硫黄の二足わらじ (Sulfur's balancing act in cytochrome c)

チトクロムC酵素は、メチオニン残基の位置に依存する2つの異なる機能を有している。メチオニン側鎖の硫黄が酵素活性部位の鉄に配位していると、このタンパク質は電子伝達のために最適化される。そうでなければ、それはペルオキシダーゼ活性のために用いられる。 Maraらは超高速X線吸収及び発光分光法を用いて、このFe-S結合のエネルギー過程を調査した(BrenとRavenによる展望記事参照)。彼らは、光を用いてその結合を一時的に切断し、その後再形成の時間を測ることで、周囲のタンパク質環境がその結合力を, 各機能状態間を実際的な速度で切り替えるのにちょうど十分な大きさの, モルあたり4 kcalだけ増加させると決定した。(NA,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1276; see also p. 1236

リチウムが新たな基底状態を手に入れる (Lithium gets a new ground state)

過去70年間,リチウムの最低エネルギーの結晶構造は,9R構造と呼ばれる比較的複雑な構造だと信じられていた。Acklandたちはこれが正しくないことを示している。実際のリチウムの最低エネルギー結晶構造は,はるかに単純な最密充填された面心立方型である。さらに,同位体である6Liと7Liの結晶相転移は,圧力と温度がわずかに異なる。この違いは,2つの同位体間での大きな量子力学的効果のためとされる。リチウムはこの種の量子効果を示す唯一の金属で,理論家に説明課題を提供する。(MY,kh)

Science, this issue p. 1254

キス・アンド・ランか完全付託か? (Kiss-and-run or a full commitment?)

感覚神経間の情報伝達は私たちの触覚と温度覚の根底をなし,Ca2+の流入に応答して,神経ペプチドが開口放出を担う小胞から遊離することで仲介される。Wangたちは,この遊離様式が,活性化されたCa2+チャネルの型により決定されることを発見した。電位開閉性Ca2+チャネルで生じるより多量の Ca2+の流入がある場合は,融合孔の大きさに制限を与えるタンパク質が阻害され,小胞の完全融合と小胞内容物の完全放出が行われる。他方、リガンド開閉性TRPV1カルシウム・チャネルが活性化される場合は,一時的に小胞が融合し,部分的だがパルス状の,より持続性のあるキス・アンド・ラン放出が生み出された。(MY,kj)

【訳注】
  • キス・アンド・ラン:開口放出とは異なり,小胞は形態を留め,小胞とシナプス前終末の細胞膜を貫通するチャネルが形成され,これを介して小胞内の内容物が部分的に放出される機構。
  • 開口放出:シナプス前終末の細胞膜の内側に接して集積した神経伝達物質を貯蔵した小胞の膜が,シナプス前終末の細胞膜と融合して一体化しシナプス間隙側に大きな開口が生じることで,小胞の内容物全体がシナプス間隙側に放出される機構。
  • リガンド開閉性チャネル:イオンチャネル自体が受容体となっていて,受容体へのリガンドの結合によりそのチャネル部分が開口し,イオンの透過が生じるイオンチャネル。
Sci. Signal. 10, eaal1683 (2017).

二十日鼠と人間のミクログリア(Of mice and men's microglia)

ミクログリア(小膠細胞)は、免疫系細胞であり、脳の保護と維持に機能する。 Gosselinたちは、単一のミクログリア細胞からのエピジェネティクスとRNA転写物を調べ、そして年齢、性別、および診断の差にもかかわらず、試料間で一貫した結果を観察した。マウスとヒトのミクログリアは、手術直後(ex vivo)であれ、培養後(in vitro)であれ、採取されたミクログリア間で似たようなミクログリア特異的遺伝子発現の様相を示し、また環境応答も同様に共通していた。興味深いことに、ヒトとマウスの間で、または培養後に発現に差異を示す遺伝子は、しばしば神経変性疾患に関与していた。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • エピジェネティクス:DNAの塩基配列の変化を起こすことなく伝達される遺伝子機能の変化を調べる学問領域
Science, this issue p. eaal3222

切断されたC-F結合経由のトリフルオロ・メチル化(Trifluoromethylation via broken C-F bonds)

トリフルオロ・メチル置換基は,医薬品研究で薬剤候補の性質を調整するのに広く用いられる。普通,この置換基は炭素-炭素結合の形成により,そのままの形で導入される。Levinたちは異常な別の機構を発見した。そこでは有機ホウ素化合物が,金錯体のCF3基からフッ化物を取り除く。活性化したCF2断片がその後,同じ金中心に付加された多様な他の炭素置換基に結合できる。取り除かれたフッ化物が元に戻る際に,金からトリフルオロ・メチル化合物を遊離する。この機構は陽電子断層撮影法の応用に,放射性フッ化物置換基を導入するのに有用であるかもしれない。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1272