AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 26 2017, Vol.356

読字学習における神経可塑性 (Neuroplasticity in learning to read)

失読症を引き起こすよりも、読字能力の低下によって脳の皮質下の変化が生じているのかもしれない。Skeideたちは、北インドの田舎の、読字不能成人を研究した。彼らは脳の画像化を用いて、読字学習がヒトの脳に変化を引き起こすかどうかを調べた。6か月間、読字不能成人に読むことを教えた後、著者らは、読字学習していない読字不能対照群と比較して、脳の反応を評価した。この新たな読字能力者たちは、視覚系の皮質下の計算中枢における機能的可塑性が増大していた。(Sk,MY,ok,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1602612 (2017).

女神探査機Junoが巨神の木星に飛びかかる (Juno swoops around giant Jupiter)

木星は、私たちの太陽系の中で最も大きく、最も重い惑星である。NASAのJuno宇宙船は、2016年7月4日に木星に到着し、2016年8月27日に最初の近接通過を行った。Boltonたちは、Junoが木星の雲頂直上を飛行して得られた結果を与えている。これには、極地域の気象画像や磁気・重力場の測定などが含まれている。Junoは、また、マイクロ波を使って可視表面の下を覗き、深部からのガスの湧出を見出した。Connerneyたちは、Junoの木星接近時とその近接軌道上の両方において、オーロラとプラズマ環境を測定した。(Wt,kh)

Science, this issue p. 821, p. 826

量子的感知を高める (Enhancing quantum sensing)

ダイヤモンドの窒素空孔(NV)欠陥の量子的性質は、磁場変化のわずかな変動を検知可能な原子方位磁石として用いことが可能である。SchmittらとBossらは、この感度を数桁高めることに成功した(Jordanによる展望記事参照)。彼らはNV中心にパルス列を適用した。その計測は高安定発振器で, 調整され比較された。これは、振動磁場の周波数 (メガヘルツ帯域)を、サブミリヘルツの分解能で測定可能とした。そのような高精度での測定は、例えば 核磁気共鳴に基づく単一分子の画像化手順の改良に応用できるかもしれない。(NK,MY,kh)

Science, this issue p. 832, p. 837; see also p. 802

堆積物は津波の歴史を物語る (Sediments tell a tsunami story)

大地震や大津波の発生可能場所を理解しようとするには、沈み込み帯に注ぎ込む堆積物を分析する必要がある。厚い堆積物は、2004年にスマトラ巨大断層で起きた地震と津波の大きさを制限すると予想されたが、マグニチュード9.2の地震はその期待を裏切った。Hüpersたちは、スマトラ巨大断層から回収された堆積物を分析し、堆積物の脱水の証拠を見いだした。これは断層強度を高め、はるかに大きな地震が起こることを可能にした。したがって、アラスカ湾のような他の沈み込み帯のモデルは、最大の地震の大きさと津波の危険性を過小評価している可能性がある。(Wt,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 841

ハエの飛行中の方向性を表す (Representing direction in the fly)

コンパス・ニューロンと呼ばれる細胞集団は,ショウジョウバエの進行方向を表現する。Kimたちは行動中のハエに対し画像化と光遺伝学を用いて,神経細胞網の下層にある機能構造を明らかにした。彼らは,コンパス・ニューロン間における局所的興奮と全体的抑制を観察した。この神経細胞網の特徴は,リング・アトラクター・ネットワーク・モデルにより最もよく説明された。これまでこのネットワーク構造仮説は,実際の脳では実証困難だった。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 光遺伝学:光感受性タンパク分子を特定の細胞に発現させ、その細胞機能を光で操作する技術。
  • リング・アトラクター:アトラクターは神経網理論で使われるシステム理論の概念。対象の構成要素集合の動態は時間的に安定な形に落ち着いていくのだが,落ち着き先が環状であるものをリング・アトラクターと呼ぶ。
Science, this issue p. 849

miRNAを分解する (Breaking down miRNAs)

多くの研究が、ミクロRNA(miRNA)の生合成を調べてきたが、miRNAの崩壊についてはほとんど知られていない。今回、Elbarbaryたちは、RNA誘導サイレンシング複合体と相互作用するエンドヌクレアーゼである、Tudor-SNを解析している。Tudor-SNは、miRNA末端から5ヌクレオチド以上離れて位置するCAとUAのジヌクレオチドでmiRNAを標的とする。Tudor-SNの仲介するmiRNA崩壊は、細胞周期におけるG1期のS期への移行に重要なタンパク質をコードする遺伝子を抑制する、miRNAを除去する。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ミクロRNA:自分自身の塩基配列と対合できる標的部位を持った遺伝子の翻訳を抑制することで、発生や形態形成、がん化等の多様な生体機能を制御する。
  • エンドヌクレアーゼ:RNA(orDNA)主鎖の末端から順に切断するエキソヌクレアーゼに対し、内部の主鎖を切断する酵素。
  • CAはシトシンとアデニン、UAはウラシルとアデニン。
Science, this issue p. 859

過食を起こす神経回路 (A neuronal circuit for overeating)

反復性の過食は一般的な摂食障害である。Zhangとvan den Polは、研究が進んでいない不確帯として知られている脳領域を研究し、視床室傍部、すなわち摂食行動の抑制に関わる脳領域、への抑制性入力を不確帯が投射することを見出した。マウスでは、この抑制性投射の急性刺激が数秒以内に、過食、特に高脂肪食の過食をもたらした。慢性刺激は持続的な過食と体重増加を誘発した。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 不確帯:腹側視床の一部を構成する哺乳類の脳の灰白質の小領域。内包の内側、背側視床の腹側に位置する。
  • 視床室傍部(視床室傍核):視床上部を形成する神経核の1つ。感情に関わるほとんどの脳部位とつながりがある。
Science, this issue p. 853

作用中のRNAポリメラーゼの捕獲 (Trapping RNA polymerase in the act)

酵素RNAポリメラーゼ(RNAP)は、ゲノム中のプロモーター領域を見つけ、DNA鎖を分離(または「融解」)し、鋳型DNA鎖を転写してRNAを得る。RNAPの可動なクランプ形部分は転写の開始において重要な役割を果たしている。Feklistovたちは小分子を用いることで、細菌のRNAPを様々な高次構造で固定した。彼らは、次に蛍光プローブを用いて、プロモーターDNAが分離される際の結合を監視した。意外なことに、彼らは、クランプが一時的に閉じてDNA融解の核を形成し、次に開いて一本鎖DNAを活性部位中に積み込み、次いで鋳型鎖の周りで閉じて転写を開始することを見出した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • プロモーター:RNAポリメラーゼが特異的に結合して転写を始めるDNA上の領域。
Science, this issue p. 863

腫瘍転移に安息の地はない (No safe haven for metastases)

ガンの標的治療法は大きな希望を与えているが、末梢性腫瘍に対するよりも脳の腫瘍転移に対してそれほど有効ではない場合が多い。これは、一般に血液脳関門の薬剤透過が困難であることに起因している。Kodackたちは、少なくとも脳に広がった乳ガンにおいては、脳の微小環境それ自体が治療抵抗性に役割を果たしていることを発見した。マウス・モデルとヒト・ガン試料において、ヒト上皮増殖因子受容体3(HER3)の発現が乳ガンに関連した脳病変で増加した。HER3は、標的治療が行われている際に腫瘍の生存を促進した。 したがって、HER3の抑制は、治療に対する腫瘍抵抗性を克服するのに役立つかもしれない。(KU,ok,kj,nk,kh)

Sci. Transl. Med. 9, eaal4682 (2017).

植物と微生物の結びつきを見る (Taking a look at plant-microbe relationships)

植物は陸地に集落を作るようになって以来、細菌や真菌との一連の相互関係を発展させてきた。実際のところ、そのような関係は、植物が栄養の乏しい苛酷な陸地で生育するために必要だったのだろう。Martinらは、デボン紀のライニー・チャートから現在見られる共生までに及ぶ証拠など、植物と微生物の共生とその進化の多様な様相を調べている。驚くべきことに、多様な機能を持つ植物と微生物の共生関係は、シグナル伝達経路、免疫回避、および根の発生など、いくつかの共通した昔から変わらない特徴を有する。(ST,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ライニー・チャート:スコットランドのライニー村で発見されたデボン紀の堆積岩で, 最初期の陸上維管束植物であるリニア属の化石を含む。
Science, this issue p. eaad4501

プロテオーム地図の作成 (Mapping the proteome)

タンパク質はその存在環境との相互関係に応じて機能し,そのため,細胞過程の理解には,タンパク質が何処に局在しているかの知見が必要とされる。Thulたちは免疫蛍光顕微鏡を用いて,12,003のヒト・タンパク質の単一細胞レベルでの存在位置を,30の細胞区画と下部構造に描き込んだ(HorwitzとJohnsonによる展望記事参照)。彼らは質量分析法を用いてこの結果を検証し,これを用いてタンパク質-タンパク質相互作用ネットワークをモデル化し精緻化した。細胞内のプロテオームは時空的に高度に調節されている。多くのタンパク質が複数の区画に局在しており,また多くが,細胞ごとに発現の様相の違いを見せる。この研究は,「Cell Atlas」と呼ばれる対話型データベースとして提供され,ヒト生物学を理解する現在進行中の取り組みに対して,重要な資産を提供する。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • プロテオーム:特定の細胞が特定の条件下に置かれたときに、その細胞内に存在する全タンパク質のこと。
  • 免疫蛍光顕微鏡:細胞内の特定タンパク質に,直接,あるいは一次抗体を介して,蛍光色素で標識した抗体を結合し,色素の蛍光を顕微鏡観察することで,対象タンパク質の細胞内での局在や移動を調べる方法。
Science, this issue p. eaal3321; see also p. 806

ベリー位相のスイッチをぱちんと入れる (Flicking the Berry phase switch)

電子が、ディラック・ポイント(グラフェンの電子構造中の特定の位置)の周回軌道を作ると、その波動関数の位相はπだけ変化する。このいわゆるベリー位相は、固体状態の測定で直接観察するのが困難である。Ghahari たちは、負の電荷坦体でドープされた背景に囲まれ、正の電荷担体でドープされた中心領域から構成される、グラフェンのナノ構造を作り上げた。走査トンネル分光法により、外部磁場が閾値を超えて増大する際の、導電率の急上昇が明らかになった。この急上昇は、電子軌道がディラック・ポイントを取り囲むようになった時に生じ、ベリー位相のゼロからπへの切り換わりを反映していた。そのようにわずかな磁場の変化によって導電率を変化させる事は、将来の応用が期待できる。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 845

誰が種の生息場所を知る必要があるのか? (Who needs to know where species live?)

絶滅危機種の密猟は、世界中の生物多様性の低下の一因となっている。LindenmayerとScheeleは、絶滅危機種や、新たに発見された種の場所の情報を公表することは、密猟の脅威を増大させる可能性があり、また自然熱狂者がその場所に旅行した場合、生息地の破壊を加速する可能性があることを論じている。知らぬ間に更なる種の減少に加担することを避けるため、研究者、雑誌編集者、および情報管理者は、絶滅危機種の、完全な位置と生息環境の情報を公表するかどうかを決定する際には、これらの脅威を考慮すべきである。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 800

腐敗行為との戦いの意図せぬ犠牲者 (Unintended victims of fighting corruption)

腐敗行為は賄賂から不正経理まで、多くの形で生じる。しかし、腐敗行為と戦おうとする努力は、元々の腐敗行為から利益を得ていた者が、新しいシステムに適応しそれを食い物にするため、意図せぬ結果を生じる可能性がある。展望記事においてFismanとGoldenは、このような意図せぬ結果がどのように生じうるのかを示す二つの近年の研究に光を当てている。一つの研究では、米国で福祉切符を受け取る店主による不正経理を防ぐことが、切符が対象とする製品の価格上昇を全ての顧客に対して招いた。もう一つの研究では、ルーマニアでの高校の卒業試験で、大規模の不正を防止することが、大学に入学する低所得の学生をより少なくするという結果に繋がった。腐敗行為防止計画はこのような良くない影響、とりわけ低所得者層に対する影響を避けるように設計されなくてはならない。(Uc,MY,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 803

前立腺ガンに弱点を生み出す (Creating a weakness in prostate cancer)

乳ガン感受性遺伝子(BRCA)変異を持つ乳ガン細胞は,ポリADPリボース・ポリメラーゼ(PARP)阻害剤に対して選択的に脆弱であるが,この変異は,他の種類のガンではそれほど頻繁ではない。Liたちは,アンドロゲンの受容体を阻害することが,前立腺ガン細胞でBRCA1の発現を低減させることを見つけた。前立腺ガンのマウス・モデルで,先ずアンドロゲン受容体の阻害剤で措置し,次にPARP阻害剤で措置することが,2つの薬剤のどちらかだけが使われた場合や,2つが同時に投与された場合よりも,腫瘍の増殖を首尾よく抑制した。したがって,PARP阻害剤の有効性を向上するため,前立腺ガンだけでなく,BRCA変異を欠く他のガンに対しても,BRCAの欠損状態を治療的措置で誘発することが可能かもしれない。(MY)

【訳注】
  • BRCA:損傷した2本鎖DNAの修復に関わるタンパク質を発現する遺伝子で1と2がある。この変異は乳ガンや卵巣ガンを引き起こす。
  • PARP阻害剤:損傷した1重鎖DNAの修復機能を持つPARPを阻害する分子標的薬。BRCA変異を持つ細胞にPARP阻害剤が投与されると,DNA修復機能が2種類とも働かなくなり,合成致死と呼ばれる細胞死が誘導される。
  • アンドロゲン:雄性ホルモン作用を持つステロイドホルモンの総称
Sci. Signal. 10, eaam7479 (2017).