AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 2 2017, Vol.356

サンゴの骨格を築く (Building coral skeletons)

とりわけ、サンゴは、海洋酸性化と温暖化の脅威にさらされている。これらの脅威の大きさを予測可能とするには、サンゴがどのようにしてその炭酸塩骨格を形成するのかを理解する必要がある。Von Euwたちは、超高解像三次元画像化と二次元固体核磁気共鳴分光法を組み合わせて、サンゴの骨格を調べた。彼らは、サンゴへの無機物の沈着が、物理化学的条件のみに依存する非生物的なものではなく、むしろ、有機分子を介して行われる生物学的に制御された過程であることを見出した。これは、我々のより温暖化した、より高い二酸化炭素濃度の将来におけるサンゴの健康状態にとって、重要な意味を持っている。(Sk)

Science, this issue p. 933

ラッサ熱ワクチンに向けた一歩 (A step on the path to a Lassa vaccine)

ラッサ熱は、重篤な、時には死に至る出血性疾患である。 これはアレナウイルス科の一本鎖RNAウイルスであるラッサ・ウイルスによって引き起こされる。 有効なワクチンはない。 このウイルス表面上の唯一の抗原は、宿主細胞の受容体を固定する糖タンパク質GPCである。 Hastieらは、この疾患のヒト生存者からの中和抗体に結合したGPC三量体の細胞外領域の高分解能構造を報告している。 その構造は、ウイルスの侵入機構と抗体中和についての洞察を与え、ワクチン設計のためのひな型を提供する。(Sh,kh)

Science, this issue p. 923

光駆動回転子における連成運動 (Coupled motion in a light-activated rotor)

巨視的なモータは、構成要素の同期を維持するのに歯車に依存する。Stackoたちは、分子規模で、それに類似した種類の連成運動を実証している(BaronciniとCrediによる展望記事参照)。彼らはその中で光吸収が、両者を結合する二重結合を軸として, 上下の分子片を回転させる分子骨格を構築した。同時に、立体的制約が、回転子最上部(上部の分子片)に繋がれた第三成分の動きを調節し、それにより、第三成分は最下部(下部の分子片)に対し絶えず同じ面をさらす。この設計は、分子機械の組み立てにおいて、より複雑な同期運動のための道を切り開く。(Sk,kh)

Science, this issue p. 964; see also p. 906

もつれ、交換、精製、繰り返し (Entangle, swap, purify, repeat)

量子インターネット成功の鍵は、遠く離れた量子記憶装置間に頑強なもつれを作り出す能力であろう。しかしながら、一般に、環境との不可避的な相互作用が、もつれの喪失をもたらす。Kalbたちは、基本的手段による量子通信網の、量子中継点間のもつれの純度や頑強性を増大させるのに使えるかもしれない、もつれの留出の手順について述べている。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 928

メタンは迅速に脱出口から出ていく (Methane takes the quick way out)

メタンの発生源と吸収源のすべてを勘定することは,大気中のメタン濃度の決定に重要である。Andreassenたちは,ノルウェーのバレンツ海で,メタンが漏れ出す氷底堆積物中に埋まった大きなクレーターの証拠を見つけた。彼らは,最近の氷河サイクルの終了時に氷床が薄くなったことで,海底に埋まったメタン水和物で作られたくぼみの上の圧力が下がり,結果として爆発的な噴出が生じたということを提案している。これが巨大なクレーターを生み出し,上部の水域に大量のメタンを放出した。(MY,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • バレンツ海:北極海の一部で,スカンディナヴィア半島の北東部に位置する海域の名称。
  • メタン水和物: 通常は気体であるメタン分子が,水分子に包摂されて固体結晶となっている氷状物質のこと。安定存在には, 常圧で -20℃ 程度以下, あるいは 300m 以深の海底で 2℃程度以下の高圧低温を必要とする.
Science, this issue p. 948

増殖信号の局所的特異性 (Local specificity of growth signals)

ラパマイシン複合体1(mTORC1)の機構的標的は、栄養物に応答して細胞増殖を調節する。 Maratたちは、脂質ホスファチジルイノシトール3,4-ビスホスフェート[PI(3,4)P2]が、細胞表面で生成されたときには、 mTORC1の刺激と細胞増殖の促進に関連するが、後期エンドソーム またはリソソームで合成されたときにはその逆を行うことを見出した。 栄養物を奪われた細胞では、PI(3,4)P2がリソソームで産生され、そこでmTORC1の阻害剤を補充した。 この結果は、がんや神経変性などのヒト疾患において変化するmTORC1の複雑な調節を明らかにする。(KU,kj,nk)

Science, this issue p. 968

膣微生物相はHIV感染に影響を及ぼす (Vaginal microbiome influences HIV acquisition)

テノフォビルは、HIV感染を防ぐために使用される暴露前予防薬である。臨床試験において、テノホォビルは男性に有効であったが、女性にはそうでなかった。 Klattたちは、女性におけるテノフォビルの有効性が膣微生物相の組成に依存することを示している(TuddenhamとGhanemによる展望記事参照)。 688人の女性の臨床試験において、膣微生物相が乳酸桿菌支配的であった女性は、そうでない女性に較べ、テノフォビルが3倍有効だった。テノホォビルがあまり有効でない女性においては、ガドネレラ菌が顕著に存在する傾向があり、著者たちは、この微生物がテノホォビルを急速に代謝し、それによって不活化しているかもしれないことを見出した。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ガドネレラ菌:細菌性膣炎を引き起こすグラム陰性菌
Science, this issue p. 938; see also p. 907

雨量分布に対する人類の影響 (Human impacts on rainfall distribution)

降水量パターンの変化は、農業の生産性を混乱させる可能性がある。古気候の記録に基づいて、PutnamとBroeckerは、将来の降雨パターンが人類が引き起こした地球温暖化に応じて変化するだろうということを議論している。とりわけ、由々しき事はこの影響が季節間で異なるだろうという示唆である。夏季期間中、例えば、現在雨の多い地域はもっと雨が多くなるであろう、そして現在乾燥している地域はもっと乾燥するであろう。北半球の冬期には熱帯降雨ベルトと乾燥地帯は北方に拡大するであろう。このように、将来の淡水資源を地球規模で評価する際に、気候変動の予測を考慮に入れる必要がある。(Uc,KU,kj,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.1600871 (2017).

KRAS変異による腫瘍を逃がさない (No escape for KRAS mutant tumors)

RAS遺伝子変異による腫瘍は,一般的に,最も新らしいクラスの抗ガン治療の1つであるPARP阻害剤に対して耐性を示す。Sunたちは,卵巣ガンや膵臓ガンのような浸潤性腫瘍に対するマウス・モデルで,MEKあるいはERK(RASの下流経路のタンパク質)の阻害が, KRAS遺伝子変異による腫瘍でのPARP阻害剤への耐性を覆すことを発見した。MEK阻害剤とPARP阻害剤は,臨床使用で認可された薬であるため, これらはガン患者の人たちを治療するための,容易に転用可能な併用療法を提供する。(MY,kj,nk)

【訳注】
  • RAS:RAS遺伝子により発現するタンパク質。グアノシン三リン酸との結合で活性型となり,下流の様々なシグナル伝達経路を活性化する。不活性型に変化する機能を内蔵するが,遺伝子変異ではこの機能が低下し,恒常的な活性化状態を持つタンパク質となる。この過剰なシグナルが、ガン発生やガン増殖に関与しているとされる。
  • KRAS遺伝子:ヒトのRAS遺伝子は3つあり,そのうちの1つ。
  • PARP阻害剤:損傷した1重鎖DNAの修復機能を持つ酵素であるポリADPリボース・ポリメラーゼ(PARP)を阻害する分子標的薬。
Sci. Transl. Med. 9, eaal5148 (2017).

ガラパゴス鵜の飛行喪失 (Loss of flight in the Galapagos cormorant)

現在の鳥ではまれであるが、鳥における飛行能力の喪失は進化の歴史において何度も起こったようである。 しかし、鳥類の飛行を不可能にした遺伝的変化はよく理解されていない。 Burgaらは3種類の鵜のゲノムを配列決定し、それらを飛べないガラパゴス鵜と比較した(Cooperによる展望記事参照)。 彼らは、一次繊毛形成に関与している遺伝子の変異体を同定した。 これらの変異体の機能的な解析は、その遺伝子の機能障害がガラパゴス鵜の飛行喪失に関係する骨格変化の原因であるかもしれないことを示唆している。(ST,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 一次繊毛:すべての細胞から一次繊毛と呼ばれる突起物が細胞外に突出しており、この機能障害は正常な組織や器官の形成に影響を与える。
Science, this issue p. eaal3345; see also p. 904

火星の古代湖の深さ (The depths of an ancient lake on Mars)

火星の Galeクレーターは、かつては川と地下水からの供給による湖であった。Hurowitzたちは、Curiosity rover探査機による Galeクレーターの3.5年分のデータを分析して、古代湖の化学的条件を決定した。表面近くには、大きくて高密度の粒子から形成された大量の酸化剤と岩石があったが、より深い層はより多くの還元剤を含み、微細粒子から形成されていた。この酸化還元の成層化は、異なる層では非常に異なる環境であったことを示し、火星の気候変動の証拠を提供している。この結果は、火星がかつていつ、どこで居住可能であったかを理解するのに役立つであろう。(Wt,kj,nk,kh)

Science, this issue p. eaah6849

特異な振動を検出する (Detecting unusual oscillations)

一定の力の影響下で、結晶格子の周期的ポテンシャル中の電子は、いわゆるブロッホ振動を行う。同様の現象が光格子中の極低温原子で観測されていたが、均一系で生じるとは予想されていない。Meinertたちは、固有の周期性を持たない系である、一次元チューブ内の強く相互作用するセシウム原子列中に置かれた一個の不純物原子のブロッホ振動を観測した。強い相互作用の為に、ボゾン原子群は互いに離れたままで、結果として有効な格子構造を形成する。研究者らは、ホスト・ガスの原子間距離に相当する格子定数を有する、運動量空間におけるこの有効格子構造に起因する不純物原子のブラッグ反射を観測した。(NK.KU,nk,kh)

Science, this issue p. 945

光をナノメートル規模で局在化させる (Localizing light at the nanometer scale)

波動は,散乱により励起が徐々に消滅するまで,媒体を伝播する。無秩序の導入は,散乱を増大させることで,その伝播に影響を及ぼすことができ,これは,伝播が停止するレベルにまで達する可能性もある。通常は,この無秩序さの長さ尺度は伝播波の波長より大きい。今回Herzig Sheinfuxたちは,屈折率の高い材料と低い材料の層を数ナノメートルの厚さで交互に積み重ねたものが,光の局在化をもたらすことができることを示している。そのような遥かに波長以下の構造は,ナノメートル規模で光を操作する道筋を提供するかもしれない。(MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 953

磁気圏界面の構造を探る (Probing the structure of the magnetopause)

磁気圏界面は、地球の磁場(磁気圏)が支配する領域と周囲の太陽風領域とを隔てる宇宙の境界である。NASAの磁気圏精査ミッション(Magnetospheric Multiscale(MMS))を担う4つの探査機は、編隊を組んで磁気圏界面を繰り返し飛行して、その領域のプラズマと磁場の特性を測定した。RussellらはMMS測定を用いて、磁気圏界面の構造と力のバランスを調べた。彼らは、その動的小規模構造が複雑な幾何学を持つことを発見し、磁気圏界面において磁束が撚り合わされた磁気ロープの証拠を見出した。この結果は、地球の宇宙環境と他の惑星周囲の磁気圏に関する理解に有用である。(Wt,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 960

pleuromutilinの汎用合成 (A versatile synthesis of pleuromutilin)

合成の柔軟性は抗生物質の開発にとって重要である。なぜなら、数多くの微妙な構造上の変化が耐性株との戦いに貢献できるからである。真菌の天然物であるpleuromutilinの誘導体は、グラム陽性細菌の皮膚感染の治療のために10年前に認可された。グラム陰性菌に対する活性のためにその構造を調整する最近の努力は、ある特定の炭素中心での立体化学に焦点を当ててきた。Murphyらは、その分子のある部分の立体配置を変えることが出来るpleuromutilinへの合成経路を提示し、構造上の最適化のための独特の経路を提供している。(NA,KU,kh)

【訳注】
  • pleuromutilin:ヒラタケ属の代謝産物でグラム陽性菌に対して抗菌作用を有している。
Science, this issue p. 956

氷床は西南極で崩壊するのだろうか? (Will ice sheets collapse in West Antarctica?)

西南極氷床は気候温暖化に対して大変脆弱であり,かなりの海面上昇が起こる不安を掻き立てる。展望記事でHulbeは,氷床の崩壊が避けられないものなのかを検討している。複数のモデルは,世界が化石燃料による二酸化炭素の放出を抑制でき,低放出の経路をたどることができるなら,この氷床後退が止まるかもしれないと示唆する。しかしながら,これらのモデルは不完全で,特に浮氷下の海洋空洞に関しては不完全である。棚氷下を循環するより暖かな海水が,二酸化炭素の低排出条件のもとでさえ,どのように氷床を不安定化するのかについて、さらに解明するため,観察研究とモデル研究が進行中である。(MY,kh)

【訳注】
  • 西南極氷床:西南極を覆う氷床で,氷床が着底する岩盤は海面よりもかなり下にある。
  • 棚氷:氷床の一部がひさし状に海に張り出した部分のこと
  • 海洋空洞:棚氷の底部と岩盤面との間の空間で,海水が入り込んでいる。
Science, this issue p. 910

骨髄系細胞の分化 (Differentiating myeloid cells)

造血幹細胞は、適応免疫細胞と自然免疫細胞の共通の前駆細胞である。 しかし、分化をこれら異なる経路の下に導く正確な因子は不明なままであり、それは部分的には少数の前駆細胞との作用の困難さによる。 Leeたちは、条件的に過剰発現したHoxb8を持つマウス骨髄系前駆細胞を不死化し、そしてこれらの細胞をCcr2 / Cx3cr1二重レポーターで標識することにより、この問題を骨髄系細胞に対して解決している。彼らは低分子ライブラリー・スクリーン法とin vivo 確証研究を通して、mTORC1-S6K1-Myc経路が骨髄性分化を調節するということを見出した。 前駆細胞におけるこの経路の破壊は、単球と好中球の欠如に帰結する。 したがって、mTORC1-S6K1-Myc経路は、末端骨髄性分化におけるチェックポイントとして機能している。(KU,kj,kh)

Sci. Immunol. 2, eaam6641 (2017).