AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 17 2017, Vol.355

本来の気孔以上のものを作る (Making more of your stomata)

イネ科型植物の気孔は,それぞれ2つの孔辺細胞と副細胞で構成されていて,2つの孔辺細胞だけからなる広葉型植物の気孔より開口機能が高い。Raissigたちは,小麦に似たイネ科型植物であるBrachypodiumのMUTE転写因子が,広葉型のモデル植物であるシロイヌナズナの等価タンパク質よりも少し大きいことを見つけた。BrachypodiumでのMUTEタンパク質の伸長は,これが隣接細胞へと移動することを促進し,隣接細胞が副細胞化することを促す。MUTEタンパク質が細胞間を移動できない突然変異型Brachypodiumは,気孔の副細胞を欠き,成長が不十分だった。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 孔辺細胞:植物の気孔を形成する,互いに向かい合う一対の唇型の細胞。
  • MUTE転写因子:気孔形成機能を持つ幹細胞が孔辺細胞へと分化するのに必要な転写因子。
Science, this issue p. 1215

シアノバクテリアの分子計時 (Molecular clockwork from cyanobacteria)

シアノバクテリアの持つ概日時計の発振器は,試験管中でたった3つのタンパク質(KaiA, KaiB, KaiC)とアデノシン三リン酸(ATP)から再構成可能である。Tsengたちは,これらの発振器タンパク質とそれらのシグナル伝達出力タンパク質との複合体についての結晶構造と核磁気共鳴構造を研究し,構造変異型複合体の生体内における影響について調べた。KaiBの大きなコンフォメーション変化と,KaiCによるATPの加水分解が,シグナル出力タンパク質の結合と調整されており,結果としてシグナル伝達と概日時計の昼夜サイクルを結び付けている。Snijderたちは,質量分析法と低温電子顕微鏡法により,時計タンパク質に対する相補的な分析を提供している。彼らの結果は,発振器複合体が一体化して動くことに対して,その根拠を構造的に説明する助けになる。(MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1174, p. 1181

金薄膜の剥ぎ取り (Lifting off gold films)

金の単結晶薄膜を成長させて取り外す方法は、曲げやすく透明な素子基板の作製に使用できる。Mahenderkarたちは、シリコン・ウェーハ表面上に金薄膜を成長させ、その後、光電気化学を用いて二酸化ケイ素の犠牲層を金の下に成長させた。この層は、粘着テープで金薄膜を剥ぎ取ることを可能にした。28nm厚みの金箔は、4000回の繰り返し屈曲後も、わずかな表面電気抵抗の増加しか示さなかった。その後、単結晶銅酸化物の可撓薄膜と亜鉛酸化物ナノ・ワイヤを、金箔上に成長させた。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 1203

始生代の安定陸塊には、冥王代の混ぜ物が入っている (Archean cratons get a Hadean mash-up)

46億年にわたる地球史における岩石の記録の大部分は、マントルへの地殻物質の沈み込みと再循環により、破壊されてきた。40億年前の地殻の破片のいくつかは岩石の記録として残っているが、それ以前の年代のものとしては、ジルコンの遊離鉱物粒として知られているだけである。しかし、O'NeilとCarlsonは、カナダのスペリオル地方の27億年前の幾つかの岩石の中に、43億年以上前の玄武岩地殻が再生され、混入したとみなせる同位体元素の証拠を見出した。したがって、 我々の惑星の最古の地殻が、少なくとも大陸の安定陸塊の一つが形成される際に、再生され、保存されていたことになる。(Wt,MY,tf)

Science, this issue p. 1199

プラズモンを旋回させる (Putting plasmons in a spin)

光の軌道角運動量(OAM)を運ぶ能力が、追加の自由度を光ピンセットや光情報通信のような応用に提供する。Spektorらは、光のOAMをプラズモン伝達によりナノメートル尺度の振動に圧縮できることを示している。彼らは、原子レベルで滑らかな金にらせん状パターンを形成し、結果として制御された角運動量を持つプラズモンを誘起できた。(NK,kh)

Science, this issue p. 1187

結核菌のプロドラッグ耐性に反撃する (Countering TB prodrug resistance)

結核の治療に対する抗生物質の武器庫は、エチオナミドのような多くのプロドラッグを含んでいて、その薬剤効果を示すために正常な代謝による活性化を必要とする。エチオナミドは小分子により増強される。Blondiauxたちはより強力な小分子類似体を選別し、そしてSMARt-420と呼ばれる化合物を特定した。この小分子は、TetR様抑制因子EthR2を不活化し、エチオナミドの活性化を強める。SMARt-420は結核菌の多剤耐性株のマウスの肺からの除去をうまく促進した。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • プロドラッグ(prodrug):そのままでは不活性な、或いは活性の低い薬剤で、体内で代謝作用を受けて活性代謝物に変化する。
Science, this issue p. 1206

正しい血液型を見つけること (Finding the right blood type)

血液型の適合は、妊娠や輸血そして骨髄移植において重要である。Zhangたちは、ありふれたpH指示色素によって補助された色変化に基づく血液型分析法を開発した。赤血球 (RBC)と血漿は、試験紙片に固定された抗体を用いることで少量の血液標本から分離された。その方法は、2分以内でおもて試験分類(forward grouping:RBC上の抗-A抗原及び/または抗-B抗原を検出する)とうら試験分類(reverse grouping:RBCと血漿中の抗-A抗体及び/または抗-B抗体との間の凝集を監視する)を可能にした。この試験法はまた、稀血の血液型分類も実行することができた。この経済的で、かつ確かな分析法は時間や資源に制約された環境において役立つであろう。(KU,kh)

Sci. Transl. Med. 9, eaaf9209 (2017).

寄生者の寄生者は私の友達? (The parasite of my parasite is my friend?)

病原菌の毒性因子は、ファージと呼ばれる細菌ウイルスにより、取り換えが可能である。そして、病原菌は宿主の免疫反応による攻撃を受けている。Diardらは病原性サルモネラ菌種への寄生ファージであるSopEφが、マウスの宿主炎症反応によって細菌間の広がりが促進されることを発見した。逆に、サルモネラ菌予防の粘膜ワクチン接種は、炎症反応を抑え、ファージ寄生のないサルモネラ菌へSopEφが移動することを抑制した。(ST,MY,kh)

Science, this issue p. 1211

触れずに接触を感知する (Sensing touch without touching)

衣類に組み込んだり、皮膚に装着することが可能な電子装置は、ヒトの健康や挙動を監視するための装着可能な方法を提供するであろう。その成功は、屈曲・伸縮の可能な接触に反応する感応素子の開発に依存している。Sarwarたちは、柔軟な重合体の構造中に埋設した、導電性ハイドロゲル重合体電極に基づく感応素子を開発した。この感応素子は、屈曲・伸縮時にも接触に反応し、接近する指を感知することも可能であった。この低コストの、製造容易な感応素子は、装着可能な技術の応用を加速するかもしれない。(Sk,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126. sciadv.1602200 (2017).

信号が順に点灯する (The lights go on in order)

脳の格子細胞と場所細胞は,自分自身がこの物理的世界のどこにいるかの把握を助ける回路の一部として機能する。Donatoたちは,その回路がマウスの脳の中でどのように発達するのかを調べた。ダブルコルチンやパルブアルブミンの発現様相から,情報が流入する順に上記回路内の神経細胞が成熟することが分かった。1つ1つの回路の成熟は,前段部の興奮性神経活動に依存する。それとは対照的に,星状細胞は内在する成熟プログラムに従う。星状細胞は上記回路の発達進行の始動に関与している。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ダブルコルチン:タンパク質の一種で,神経細胞系では未成熟ニューロンの標識として用いられる。
  • パルブアルブミン:タンパク質の一種で,神経細胞系では非常に早い発火特性を持つ介在ニューロンの標識として用いられる。
Science, this issue p. eaai8178

ウリジンの上昇と降下:思考の糧 (Uridine's rise and fall: Food for thought)

ヌクレオシド・ウリジンは、核酸の合成といった極めて重要な細胞機能におけるその役割に関して良く知られている。動物の身体全体の生理における役割は、さほど注目されていなかった。哺乳類において、血漿のウリジン濃度はしっかりと調節されているが、その根底にある機構は不明である。マウス・モデルを研究することで、Dengたちは、血漿のウリジン濃度が摂食行動によって制御されていることを示している (JastrochとTschöpによる展望記事参照)。絶食は、脂肪細胞が仲介して血漿のウリジンの上昇をもたらし、それが体温低下の引き金となる。摂食は、胆汁が仲介して血漿のウリジンの低下をもたらし、それがレプチン依存的様式でインスリン感受性を高める。このように、ウリジンはエネルギー収支に影響を与え、そして潜在的に代謝疾患に寄与する複雑な調節ループの一部である。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • レプチン(leptin):脂肪細胞で作られ、肥満の抑制や体重増加の制御に役割を果たすペプチド・ホルモン
Science, this issue p. eaaf5375; see also p. 1124

重水素がその場に凍てつく (Heavy hydrogen gets frozen in place)

水素脆化は、さまざまな日常的用途において鋼材破壊の原因となる。鋼材中に炭化物を加えるような、水素脆化を低減するいろいろな方法は、水素原子の位置を特定することができないため検証が困難である。Chenたちは、重水素を注入した鋼材試料と水素の拡散を最小化するための低温移送手順を組み合わせて、詳細な構造解析を可能にした(Cairneyによる展望記事参照)。彼らの知見は、析出炭化物の核に捕捉された水素を明らかにした。この技術は、腐食、触媒反応、水素貯蔵を含む、広範囲の問題に応用可能であろう。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 低温移送:原子プローブ断層撮影法における、試料劣化防止のための極低温移送技術
Science, this issue p. 1196; see also p. 1128

熱量測定が原子間接合の極小に達する (Calorimetry reaches an atomic junction)

金属における電気および熱伝導度は、電子が熱と電流の両者を輸送するため、巨視的な長さ尺度において結びつけられている。Cui たちは、この関連性(ウィーデマン・フランツの法則)が、金と白金において、原子の尺度まで保たれることを見出した(Segalによる展望記事参照)。彼らは、わずか一原子厚みの点接触での、熱および電気伝導度の測定を行った。金においては、金属の電子帯構造のため、熱伝導度と電気伝導度が量子化された。この実験は、高分解能の熱量測定や、他のナノ尺度での熱測定への道を開く。(Sk,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1192; see also p. 1125

タンパク質凝集が介在する酵母の老化 (Protein aggregation-mediated aging in yeast)

老齢の酵母細胞は,接合フェロモンに対する感受性の低下を来す。ヒストン脱アセチル化酵素Sir2の活性低下と,その結果の接合型遺伝子座のクロマチン変化が,老齢細胞の感受性低下に関係するとされてきている。しかしながらSchlisselたちは,彼らが研究した酵母株で別の機構を見つけた(GitlerとJaroszによる展望記事参照)。接合フェロモンに対する適正応答には,RNA結合性タンパク質Whi3が媒介する細胞周期の停止が必要となる。Whi3の凝集を促進する富グルタミン領域を除去することで,老齢細胞でのWhi3凝集を阻止すると,接合フェロモンへの感度の喪失がある程度抑えられ,複製寿命がわずかに増加した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ヒストン脱アセチル化酵素:ヒストン・タンパク質のアミノ基がアセチル化すると,その部分でのDNAの巻き付き力が弱まり,このDNA領域の遺伝子発現が活性化する。脱アセチル化酵素は,これを抑制する機能を持つと考えられている。
  • 接合型遺伝子座:一倍体の2種の型のどちらかであることを決める遺伝子が存在する遺伝子座。2か所ありサイレンシング(発現抑制)されている。この遺伝子が発現型座に転移することで接合型が発現する。
  • 複製寿命:1つの細胞が一生の間に分裂できる回数のこと。Sir2はこれを伸ばすことが報告されている。
Science, this issue p. 1184; see also p. 1126

遺伝子編集の将来性と挑戦 (Promise and challenges of gene editing)

伝統的な植物育種の取り組みでは、一つの新しい作物を開発するのに、10年、あるいは、それ以上がかかる可能性がある。展望記事になかでSchebenとEdwardsは、より早い植物育種のために遺伝編集技術である CRISPR-Cas9 を用いる最近の試みについてスポットを当てている。この技術は、ほんの一世代で、改良された実験的作物を生み出すことが可能であるが、これが標的とする遺伝子の遺伝子配列と機能が既知であることを必要とする。この技術が広く採用されるためには、公衆の受容と政府による適切な規制が必要であろう。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1122

非ヒト霊長類が言語進化のモデルになる (Nonhuman primates model language evolution)

ヒト以外の霊長類は長く、ヒトにおける言語を可能にするたくさんの重要要素が欠如していると見られていた。展望記事において、Snowdonはこの仮説に異議を唱える近年の研究、すなわち:マーモセットやチンパンジーは話者交代ができ、オナガザルやヒヒはヒトのように話すことができる発声器を持ち、そして幾つかの霊長類種は環境要因や社会要因に応答して音声を学習したり修正したりすることが可能である、について、議論している。類人猿はまた、複雑な手振り身振りを通じて伝え合っている。発話や言語を形作るたくさんの要素の検討に関する限り、ヒト以外の霊長類を研究することによって言語進化について多くを学ぶことが可能だろう。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1120

メラノーマ細胞はケラチン形成細胞に話しかける (Melanoma cells talk to keratinocytes)

ガンが駆動する変異を同定することは重要だが、治療学は通常タンパク質を標的とし、腫瘍の増殖は近傍の細胞の影響を受ける。 Ostalecki らは、ヒト・メラノーマ患者由来の皮膚標本のタンパク質プロファイル作成を行った。 彼らは、メラノーマの進行の様々な段階に関連する、メラニン形成細胞とケラチン形成細胞の中のタンパク質が、細胞内局在性と濃度を変化させることを観察した。 初期段階のメラノーマ細胞は、一対のタンパク質を隣接する正常なケラチン形成細胞に移動させ、タンパク質濃度と分泌の変化をもたらした。 この細胞間の情報伝達を抑制することは、メラノーマ患者にとって治療上有益かもしれない。(Sh,nk,kh)

Sci. Signal. 10, eaai8288 (2017).

重度の喘息におけるNK細胞:消せない炎症 (NK cells in severe asthma: Failed resolution)

抗炎症性副腎皮質ステロイドは、多くの型の喘息に対し最初に使われる療法だが、ひどい喘息の人には、この治療が効かないことがよくある。Duvallらは、この応答の欠如が、部分的には、炎症の消散に重要な介在者であるナチュラルキラー(NK)細胞の不全のせいだと報告している。 重度の喘息患者からのNK細胞は殺傷能力を損なっており、そして副腎皮質ステロイドはこれらNK細胞の機能をさらに抑制した。一方で、消炎促進介在物質LXA4は、NK細胞のエフェクター機構を維持した。このように副腎皮質ステロイドは、重度の喘息にとって逆効果であるかもしれず、LXA4のように特異的にNK細胞を活性化することは、代替の治療標的を提供するかもしれない。(Sh,ok,kj,kh)

Sci. Immunol. 2, eaam5446 (2017).